賭博師が消えたという話は、あっと言う間に小さな町全体に広がった。
 
 

 静謐なミサの後に起こったその事件は、町の人々を僅かにうろたえさせた。その程度で済んだのは、
 
 彼らが歩んできた惨状の為だろう。人一人消えたところで、それほど騒ぎにはならない。それでも
 
 人々が戸惑いを見せたのは、この町が雪に閉ざされている事と、賭博師を追ってやって来た賞金稼
 
 ぎがいるからだ。
 
 

 しかし、人々の戸惑いとは裏腹に、ミサに出た後に神父に乱暴を働いていたロッシュは、その手を
 
 休めて小さく鼻で笑い飛ばしただけだった。ミサの間中、部屋に閉じこもっていたクレイグの反応
 
 も似た様なものだった。
 
 

 吹雪の中を追いかけてきたわりには、妙に淡白な態度に、サンダウンは表情にこそ出さなかったが
 
 内心で訝しんだ。






 真理の目前











「あんたらが殺したんじゃないのか。」



 賭博師を追う賞金稼ぎ達にそう言ったのはウェインだった。そう思っているのはウェインだけでは
 
 ない。事の次第を知って宿に集まった町の人々は、皆、賭博師と賞金稼ぎの遣り取りを見たか、も
 
 しくは聞かされて知っている。ウェインの問いは町民全ての思いだ。
 
 

 だが、ウェインの言葉にロッシュは低く笑った。



「おいおい、俺はあんたらと一緒にミサにいて、その後はこの神父と一緒にいたんだぜ。」



 ぐい、と乱暴に小柄な神父を引き摺り寄せ、殺してる暇なんかねぇよ、と勝ち誇ったように言う。



「なら、あんたの相棒がやったんじゃないか。」



 ちらりとクレイグを見やると、クレイグは不可思議な笑みを浮かべるだけで特になんの反論もしな
 
 かった。代わりに声を上げたのは、賭博師がいない事に気付いたマッドだった。



「それはねぇよ。」



 先程からずっと心此処にあらずといった態を保っていたマッドだったが、どうやら聞くべきところ
 
 はしっかりと聞いていたようだった。



「銃声を聞いてねぇからな。」

「銃で殺したとは限らないじゃないか。」

「殴って殺すにしても、首締めて殺すにしても、時間が足りねぇよ。」



 ブレントもミサには参加していたのだ。ミサが終わってからマッドがいない事を指摘するまで、そ
 
 んなに時間は経っていない。そもそも雪が地面を覆い隠すこの町で、おかしな真似をしても、雪に
 
 全て足跡が残ってしまう。吹雪いている時分ならともかく。



「町を出ていった様子もねぇし。多分、どっかに隠れてやがるんだろ。」

「隠れる?何故?」



 そう問うたのは、コーヒーを沸かそうとしたところを引き摺りだされた保安官だった。



「確かに彼は命を狙われているようだが………。」



 ちらりとロッシュとクレイグを見やってから、続ける。



「今、その危険は迫ってないだろう?逃げる必要も隠れる必要もない。」

「そこまで俺は知らねぇよ。」



 首を竦め、マッドは葉巻を取り出す。その仕草一つから、知っていても答えないという雰囲気が何
 
 故か滲みだしている。それは、先程までの深い思考の末に、何かに気付いたからか。それを見てき
 
 たサンダウンとしては、知っているのに話さないというマッドの態度は些か苛立つものがあるのだ
 
 が。



「ま、いずれにせよ、どっかで死んでるって事はねぇだろうよ。隠れてる間に凍死する可能性はある

 かもしれねぇが。」

「だったら、捜しに行ったほうがいいじゃない。何か企んでる可能性だってあるし。」

「止めとけよ。」



 今にも外に飛び出していきそうなアニーをマッドは面倒臭そうに引き止めた。



「どうせ隠れるっつったって、倉庫かどっかに隠れるくれぇだろ。わざわざ捜しに行かなくても、寒

 さに耐えられなくなったら勝手に出てくるだろ。」



 それに捜してる最中に何かされても知らねぇぜ。
 
 

 薄い笑みと共に告げ、マッドは組んでいた脚を解いて、椅子から腰を上げる。話を打ち切る意志を
 
 孕んだその行動に、アニーが不満そうな表情を見せたが、マッドはそれを一瞥しただけでさっさと
 
 部屋に引っ込んでしまった。



「なんだい、あの態度!」



 ここ数日マッドの態度にご立腹なアニーは、膨れて男が消えた後の階段を睨みつける。その様子を
 
 ちらりと見て、保安官は咳払いするとサンダウンに向き直った。



「どうだろう?此処はやはり捜しに行くべきじゃないのかね?」

「……………いいや。」



 アニーと同じようにマッドが消えた跡を見つめながら、サンダウンは答えた。サンダウンとしても、
 
 大体のところはマッドと同意見だ。寧ろマッドが持つ懸念はそれだろう。個人個人の情報が少ない
 
 上、各人の関係も奇妙なこの状況で、現状を把握する事は酷く困難だ。そんな時には何が切欠で事
 
 件が起こるか分からない。そしてその時に真っ先に犠牲になるのは力のない者達だ。彼らの善良さ
 
 は、あっと言う間に踏み躙られる。もしもブレントが本気で何かを企んでいるのならば、町の人々
 
 だけで捜し出すのは危険だろう。マッドが言うように、見つけた時に何をされるか分からない。



「だったら、ちゃんとそう説明したらいいじゃないか。」



 むっとするアニーに、だがサンダウンはマッドがそこまで説明しなかった理由がなんとなく分かる。

 今のマッドは、普段に比べれば上の空だ。きっと、アニーの相手をしている余裕がないのだろう。

 それは恐らく、マッドが何かを思い出したからだ。この、雪に閉ざされた町に散らばった奇妙な欠
 
 片を繋ぐ為に、マッドはサンダウンが知らない彼の過去を思い出している。
 
 

 いつもなら、サンダウンがすぐ傍にいればサンダウンに視線を向けるはずが、サンダウンが追いか
 
 ける事が叶わない遠くばかり見ている。正直、その様は、アニーでなくとも――サンダウンでも面
 
 白くない。



 マッドが退場した事で、宿のカウンターに集まっていた人々も思い思いに散らばって行く。ロッシ
 
 ュは再び神父の首根っこを引っ掴んで甚振ろうとし、クレイグはそんな相棒を鼻先で笑い飛ばし部
 
 屋へ戻って行く。
 
 

 皆が散り散りになる中、リリーがそっと囁いた。



「何が分かったのかしら。」



 ひっそりとした声は、こんな時でも余裕を失わないのか甘やかだ。



「もしかしたら、消えた理由に、気付いたのかもしれないわ。」

「……………。」

「私には、そこまでは分からないわ。私は、消えてしまった人の事は良く知らないから。でも、彼は

 知っていたのかもしれない。」



 遠い遠い昔に。

 その言葉に顔を顰めると、リリーはおかしそうに笑った。



「貴方達は、彼が知らない顔をすると、嫌がるのね。」



 サンダウンと宿から出ていこうとしているアニーの背を交互に見比べ、気にする事ないのに、と告
 
 げる。



「私は役者だから良く分かるわ。彼が私達に対する仕草は全て計算されたもの。手の取り方、話し方、

 確かに染みついたものでもあるけれど、本音が伴わないそれは演技と同じだわ。」



 洗練された声は、嘘は言わないが、本音の一端も見せない。



「貴方といる時は、あんなにも無防備で我儘なのに。」



 酷く何か間違った物言いをされた気がする。そもそもマッドは、確かに利己的な事を言ったりする
 
 が、サンダウンに対しても真実を告げた事はない。



「だって、口にする必要がないから。」



 リリーは、さらりと言った。



「きっと、今のこの状況をおかしいと認識している人は、当事者を除けばほとんどいないわ。雪が降

 った町に私達が現れ、賭博師が現れ、それを追う賞金稼ぎが現れた。そしてこの町の神父の友人だ
 
 と告げる者が現れ、その直後に賭博師が消えた。不思議に思う事はあっても、誰も危険を感じたり
 
 はしない。気付いているのは、彼と貴方だけ。同じ事を感じているのに、わざわざ本音を口にする
 
 必要はない――きっと、そう思われてるんじゃないかしら。」

「………………。」



 リリーの指摘がマッドの本質を突いているのかどうかは分からない。しかし仮に突いていたとして
 
 も、それをどう受け止めれば良いのかサンダウンには判断しかねる。いずれにせよ、マッドが真実
 
 を語らないという事実が覆るわけではない。



「ただ、私達が唯一彼について貴方達に勝るのだとしたら、それは彼に似た人を知っているという事

 くらい。」



 その台詞に、サンダウンは今度こそ眉間に皺を寄せた。それは、あの夜、クレイグがマッドの心の
 
 琴線を最も強く弾いた台詞だ。マッドをいとも容易く荒野から連れ去る言葉に、サンダウンは僅か
 
 な殺気さえ見せる。それに気付かぬふうを装って、リリーは朗読でもするように淡々と続ける。



「でも、今、彼が気付いている事は、きっとそこに近付かないと気付けないような事だったんでしょ

 うね。」



 それは、マッドにとっても際どい行為だったのではないのだろうか。あの夜見せた表情が、それを
 
 物語っている。過去の幻影に引き摺られぬよう、曲がらぬようにと足掻く男が、この町を覆う奇妙
 
 な気配を割る為に、敢えてその危険を冒している。駄目だ行くなと言ってみても、きっとマッドは
 
 止めないだろう。何故ならばそれは、この場にいる誰にも肩代わり出来ないからだ。



 サンダウンはマッドが消えた二階を見上げる。あの男が、自分の知らない世界に引きずり込まれる
 
 など、許せない。そんな事になろうものならば、無理やりにでも奪い返さねば気が済まないだろう。

 部屋に閉じこもって考えでもまとめているのか、それとも何もしていないのか知らないが、過去の
 
 道を辿り始めているマッドを引き摺り出すべく、サンダウンはマッドの後を追って二階へ上がろう
 
 とした。



 その時、扉が開く音がして、すっかり出かける準備をしたマッドが階段を降りてきた。