鋭い光が瞼を突き刺した。皮膚を透かして瞼の裏を赤く染めたそれに、サンダウンは少し眉根を寄
 
 せる。痛みさえ感じそうな強い光を、こんなふうに感じるのは久しぶりの事だ。そう思い、はっと
 
 眼を開く。



 雪に閉ざされていた連日、こんなふうに光が眼を突き刺す事はなかった。それが戻ってきたという
 
 事は。

 

 眼を開いた瞬間、眼が眩むほどの真っ白が溢れかえり、サンダウンは思わず再度眼を閉じた。粗末
 
 な木の枠で囲まれた四角い窓そのままに、朝の日差しが降りかかってきたのだ。白いシーツの上に
 
 更に白い光が焼き付いて、部屋に強い陰影を描く。倦まず弛まず雪をちらつかせていた分厚い雲が、
 
 途切れた朝だった。






 聖者の友人









 身を起こそうとした時、腕の中にある重みに気がついた。サンダウンの胸に顔を埋めるようにして、
 
 黒い髪がシーツの上に散っている。髪と同じ黒の睫毛に縁取られた瞼は硬く閉じ、まだ目覚める気
 
 配がない事を示している。普段ならばサンダウンが身じろぎすれば、すぐに気がつくはずなのだが。



 あどけない寝顔を無防備に曝す姿は、もしかしたらサンダウンが想像していた以上に、その身に降
 
 り積もっていた消耗は酷かったのかもしれない。雪と共に訪れた都会の空気と栄華の残像は、サン
 
 ダウンが知らぬだけで、マッドの根本に近い部分を侵食していたのだろう。それはともすれば、マ
 
 ッドの過去を抉りだすような行為で。

 

 サンダウンはマッドの過去など知らないし、知ろうとも思わない。知ったところで、何が変わるわ
 
 けでもないのだ。ただ、常に自信ありげに振舞うこの男にも、心の琴線のような柔らかく薄暗い部
 
 分があった事が、酷く不思議に感じた。そしてそれを――おこがましい事この上ないが――似合わ
 
 ないと感じたのだ
 
 

 彼には、自分のように薄暗い悪魔を腹の底に構えるなど、似合わない。鮮烈な光で臓腑を全て満た
 
 している様こそ相応しい。
 
 
 
 だから、眼に見えない傷で身体を囲う彼を、引き寄せたのだ。何があってもマッドは、サンダウン
 
 の気配を第一に感じ取る。そこに付け込み、過去の残像から眼を逸らさせた。賭博師や賞金稼ぎが
 
 語る過去の中に、サンダウンはいないのだ。そんな場所に捕らわれて欲しくなどない。 



 ブレントやクレイグを甘言を紡ぎ、マッドを連れ去って堕落させる悪魔だとは言わない。だが、彼
 
 らと同じ場所にくれてやるわけにもいかないのだ。サンダウンの中にある魔王を唯一殺せる彼を、
 
 誰かに渡す事など出来るはずがない。



 顎先から首筋に朝日を受け止めても目覚める気配を見せないマッドの身体の下から、サンダウンは
 
 腕を引き抜くとベッドから降りた。もう少し彼の側にいても良いが、一度眠りから明けた身体は、
 
 長年染みついた習性の所為か再び眠りにつく事はできそうにない。そして何より、宿の外が騒がし
 
 い。

 

 厄介事でなければ良いが、と思いながら窓の外を見下ろす。雪が積もってから引っ切り無しにサク
 
 セズ・タウンに訪れる騒動。それは普段如何にサクセズ・タウンが、人々に通り過ぎられているか
 
 を物語っている。こんな時でもなければ、訪れる気にもならないという事か。
 
 

 それとも、



 誰かが――要するに自分とマッドが――厄介事を引き寄せているのか。


 
 あまり有り難くない考えを抱え込みながら、サンダウンは雪の中で立ち往生している粗末な馬車と、
 
 それを動かそうとしている男達を見下ろした。西部の男達の色に混じって、白の中では異様に目立
 
 つ黒い人影が立ちつくしている。同じ黒でも、マッドの色とはまた異なる。まるで喪服のような色
 
 だ。
 
 
 

 幅広の帽子と足元が隠れるほどの黒い服は、教会にいる聖職者が着るものだ。しかし、この町に赴
 
 任してきたわけではなさそうだ。だが、旅の神父というのも考えにくい。では、一体何をしにきた
 
 のか。
 
 

 見当もつかない行動からは、あまりよい予感がしない。そしてその不穏な空気は、朝日が落ちた部
 
 屋にも零れてしまっていたらしい。物騒というほどではないが、穏やかさからはかけ離れた気配に、
 
 マッドの賞金稼ぎとしての本能が睡魔を押しのけたようだ。
 
 

 小さな呻き声と共に、ベッドが軋む。振り返ると、マッドが猫のように四つん這いになってベッド
 
 の上で伸びをしていた。くんっと伸びた項から腰までのラインが絶妙だ、などと思っていると瞬き
 
 を繰り返しているマッドと眼が合った。



「……………。」

「………何してんだ、てめぇ。」

「……………人が新しく来た。」



 お前の腰を見ていた、などと言えるわけもなく、サンダウンは自分が持っている情報をマッドに伝
 
 える。するとマッドはもぞもぞとベッドから這い出して来ると、サンダウンの隣に立って窓の外を
 
 見る。そして、新しい人影を見つけると、その形の良い眉を顰めた。



「神父か…………。何しにきたのかね。」



 マッドも黒い司祭服に、不穏な空気を感じ取ったようだ。朝日の照り返しで、いっそう眩しい世界
 
 に一点落ちた黒が、酷く不吉だ。その点がじわじわと広がるような臭いを嗅いだような気がした。



 






 

「友人を捜しておりましてね。」



 宿屋の食堂で、ウェイン夫妻相手にその神父はそう語った。食堂には他の宿泊客もあちこちに散ら
 
 ばっており、新手の闖入者の様子を窺っている。サンダウンもその中の一人だ。そしてサンダウン
 
 の前の席では、マッドも同じように何でもなさそうな表情を浮かべながら、神父の一言一言を――
 
 そしてそれに対する宿泊客の反応を――漏らさず聞いている。



「彼も私と同じ神父でしてね。確か数年前、この街に赴任したはずなんですよ。」



 初老の神父の言葉に、ウェイン夫妻は顔を見合わせる。そして気の毒そうな表情を浮かべて口を開
 
 いた。



「気の毒なんだけどね、前に此処にいた神父さんは随分前に亡くなったんだよ。」

「な………それは、何故………。」

「病気でね。性質の悪い風邪にやられて、こじらせてね。」



 蒼褪めて驚きを隠せない神父に、ウェインは痛ましそうに告げる。

 

「もともと身体が弱い人だったみたいだね。結局何の手だてもとれないまま、ある朝亡くなってた。」

「それは………そうでしたか。」



 ぽつりと呟き手元に視線を置いた神父は、年齢も相まってか酷く小さく見えた。その様子を、しか
 
 しマッドは冷淡とも言える眼差しで探っている。



「彼は、実は南部の有名な貴族の出身でしてね。オールブライトという非常に格式の高い家の出でし

 た。」



 その瞬間に、ひくりと反応したのは影に隠れていた賭博師だ。かつて己がいた場所に近い名前を聞
 
 いた為か、はっきりと動揺が見え隠れしている。対して、賞金稼ぎであるクレイグのほうは腹に氷
 
 でも詰めたかのような態度だ。そしてマッドは。サンダウンの気配が濃い為か、特に反応していな
 
 い。



「彼は神父になる前に結婚しておりましてね。一人子供がいるのですが、戦争で家が分断されてしま

 いましてね。しかし、その子は事を非常に気に掛けておりました。それで、こちらに赴任する前に
 
 私にくれぐれも頼むと言っていたのですが………。」


 
 深い溜め息を吐き、神父は額に手を置く。そしてゆっくりと信じられないとでも言うように、首を
 
 横に振った。しばらくの間、黙りこくっていた彼は、やがて迷いを断ち切るように顔を上げた。



「何か、遺品となるような物は残っていませんか?彼が、生前使っていたような物は。せめてそれだ

 けでも持って帰って、子供に渡してやりたいのですが。」



 神父の真摯な願いに答えたのは、ウェイン夫妻ではなかった。彼らの会話に聞き耳を立てていたマ
 
 ッドが、予告もなしに立ち上がったのだ。



「遺品なら、あるぜ。」



 その手に持っているのは、今にも崩れ去りそうなほど変色した一冊の本だ。サンダウンには読めな
 
 い記号で描かれた、音の配置が記された、本。それを持ってマッドは小さな神父のもとへ行く。



「この町にいた神父ってのは、あんたの言う神父に間違いねぇだろう。オールブライト………擦り切

 れて読みにくくなってるが、確かにこの楽譜にはその名前が書かれてる。」


 
 それに、と言いさして、マッドは続けるべき言葉を閉ざした。急に黙り込んで、古びた楽譜を神父
 
 に渡す。突然の変調を不審に思うでもなく、神父は眼の前に差し出された楽譜に飛び付いた。



「これは………彼が良くピアノで弾いていた………。」

「ああ……教会のピアノの所にあったぜ。」


 
 神父の言葉に相槌を打ちながら、マッドは意識を別の場所に飛ばしているようだ。強いて言うなら
 
 ば、誰にも手出しが出せないような、遠い場所に。
 
 

 その視線が、不意に食堂の片隅にいるブレントへと向けられる。オールブライトという言葉を聞い
 
 てから、表情を強張らせた賭博師は、昨夜のような慇懃無礼さは鳴りを潜め、追い詰められた蛙の
 
 ような様相だ。それを見つめるマッドの眼差しは、まるで解けてしまった糸をもう一度手繰り寄せ
 
 ようとするかのようで、マッド自身それが何を示すのか理解していないのだろう。



 過去の世界を彷徨う素振りを見せ始めたマッドを、サンダウンはその手を引いて現実へと引き戻す。

 はっとしたマッドの表情には、しかし幸いにも昨夜満ち溢れていた氷ような膜は張られていない。



「なんでもねぇよ。ぼーっとしてただけだ。てめぇが気にするような事じゃねぇ。」



 薄く笑みを刷いて、ひらりと手を払うマッドは、しかし妙に上の空だ。

 笑みを浮かべたばかりの口元が、小さく呟いている。



「オールブライト………か。」