アメリカ西部の気候は乾き切っており、地面は砂地が基本だ。
 
 砂地を覆う植物は人工的に植えられたものでなければ、かさついた背丈の低い雑草くらいしか根を張っていない。その他と言えば、

 風の流れに従って放浪するタンブル・ウィードくらいだろう。

 水気のない土地は水に対する耐性が異様に低く、一度雨でも降ろうものなら、水捌けの悪さ故に泥だらけになり、その泥の間を水が
 
 弾けて流れるようになるのだ。しかし、基本的には春夏秋冬問わず日差しと乾燥に曝されている西部は、例えばもっと西――シエラ
 
 ネバダ山の近くならば季節の変動に何らかの備えもするのだろうが――季節が移ろおうとも日々の暮らしの備えは対して代わらない。

 それ故、その年の冬、未曾有の大雪が滅多にお目にかかる事のない鈍色の空から降りかかってきた時、荒野を彷徨う放浪者達には
 
 なす術がなかった。





 冬将軍の襲撃





 吹雪というものを、サンダウンは久しぶりに見たような気がした。遥か遠い昔、まだ少年だった頃に、故郷である北部で見たのが最
 
 後だった。西部に移り住んで以降、こんな雪を見る事は二度とないだろうと思っていた。見る事はあっても、それは遠くに連なる山
 
 々の頂に見つけるものであって、自分の頭上に――ちらちらと舞う事はあっても――こんなふうに降りかかる事はないと思っていた。

 それほどまでに、この西部の大地は乾いている。

 それを裏切るかのような白い雪が、風に流されてしまうという頼りなさげな風体で、しかしその数、幾億という量で荒 を責め立てて
 
 いる。



 身体に纏いつく冷気と湿気。

 見上げる空は雷が鳴る寸前の色合い。

 吐く息は白く、全身も白く染まる勢いで、粉雪が散っている。

 賢い愛馬も、生まれて初めて見る光景に些か戸惑っているようだ。
 
 

 しかし、おぼろげながらも記憶の残っているサンダウンは、これが戸惑っている場合ではない状況である事を知っている。舞い散る
 
 などという風情のある降り方ではない。視界の一寸先まで白い闇に閉ざされているこの大地は、どう考えても生命の危険を感じるに
 
 値する。
 
 

 馬脚を速めて、この迫りくる白から逃れようとは考えるが、方向も覚束ない状態ではそれも難しく、またこの天候では自分を泊めて
 
 くれるような安宿やサルーンは満杯だろう。賞金首である自分が、簡単に宿泊施設を見つけられるとは思えない。
 
 

 そう思考を巡らせている間も、地面を覆う雪の高さは地道に伸びている。

 愛馬の蹄を完全に覆い始めた雪を振り落とす為に、とりあえず走らせているが、当てがあるわけではない。
 
 

 死に場所を探しているとは言っても。
 
 
 
 サンダウンは苦く思った。

 死に場所を探して荒野を放浪しているとは言え、まさか雪に埋もれて死ぬ事は想定していなかった。野垂れ死ぬ事は考えていたが、
 
 それがこんな未曾有の時だとは。どう足掻いても、世界は自分を落ち着かせてはくれないらしい。

 世界の事を考えていた思考は、自然とその世界の断片を背負って自分に投げつける男の事へと向けられる。サンダウンとしては、彼
 
 の銃弾に貫かれて死ぬ事を考えていたのだが、それが叶う事も叶えてやる事もできないようだ。



 それとも。

 いるのだろうか。

 この前代未聞の白い世界を背負って、サンダウンを捜しているのだろうか。
 
 

 その想像に、微かに胸の中に渦巻いていた苦味が薄れたが、そんなにうまくいくわけがないという思いも、胃の中に粘膜のように広
 
 がっている。

 いくら彼でも、この、唐突に始まった白の猛攻の真っただ中を突っ切って来る事はあるまい。今頃、どこかの町のサルーンで、女や
 
 賞金稼ぎ仲間にちやほやされて、ぬくぬくとしているに違いない。彼の住む世界は、一部分がサンダウンに向けて解放されているだ
 
 けで、その全てがサンダウンで占められているわけではないのだ。閉ざされたサンダウンの世界に対し彼の世界は広く、サンダウン
 
 の知らない部分が、サンダウンの想像もつかないくらいに数多くある。
 
 

 そんな事は、全て承知の上だ。

 それでも望むのは、彼以外に自分を看取る可能性がある人間がいないからだろう。

 どうしようもないくらいに望んでいるサンダウンは、自分を嗤うしかない。

 そもそも、自分が何処にいるのかも分からない状態で、彼の存在を捜す事など不可能だ。

 それは彼とて同じ事だろう。

 

 霞み始めた視界で、乾燥した笑みを浮かべた時。白い世界を激しく割り込むように、吹雪の中からぬっと黒い馬蹄が現れた。死を引
 
 き連れているのではないかと思うくらい、不吉さを孕んだ影。
 
 何、と疑問を呈する暇すら必要ない。

 地に降り積もった雪を、鼻息荒く削るように前脚で掻く、この世の全ての白を冒涜するかのように黒い馬体は、見慣れすぎた姿だっ
 
 た。その背に背負う鞍の模様も留め金の数も、覚えている。まるで、サンダウンの望みに答えるかのように現れた蒼褪めた馬に、し
 
 かし高揚したのは一瞬の事。その背にあるべき色がいない事に、愕然とする。
 
 

 だが、サンダウンが想定をする暇も与えず、現れた黒馬――ディオは、サンダウンの指を引き千切るような勢いでその手の中にある
 
 手綱を咥えて奪うと、首を振ってサンダウンの愛馬を連れて行こうとする。サンダウンを乗せたまま。
 
 

 暴れ馬はいつも以上に激しく暴れ、何とかしてサンダウンを動かそうとしているようだ。不吉な馬の並々ならぬ様子と、その背に乗
 
 ってそれを御す男がいない事に、サンダウンは世界中にある不幸が暴走しているような錯覚を覚えた。それに追い詰められたように、
 
 サンダウンはディオの後を追うべく愛馬を走らせる。雪を蹴り上げ雪煙を噴き上げる勢いで走っていくディオの姿を見失わないよう
   に、サンダウンも同じ速度で愛馬を走らせる。横や背後で白い煙が巻き上がり、前面から顔に叩きつけられる吹雪に時折眼を閉じな
   がらも、サンダウンは速度を緩めない。
 
 

 そして、雪に掻き消されそうなディオの黒の足元に、ぽとりと落とされた点を見つけた。今にも埋もれてしまいそうだが、はっとす
 
 るほど眼に眩しい色に、サンダウンは馬から飛び降りその傍らに駆け寄る。
 
 
 
 黒のジャケットに花のように白い模様が開き、端正な長い指と顔は景色に溶け込みそうなほど白い。崩れた身体を彩る黒の髪は、そ
 
 の首には死神の鎌が掛かっているにも拘らず、そのコントラストに見惚れるほど美しい。雪の降り積もる睫毛など、繊細な硝子細工
 
 のようだ。

 
 
 こんな日に、出会う事はないと思っていた。

 けれども、サンダウンの望みに応じるようにその姿を見せた。



 しかし、その姿に眼を奪われている場合でも、喜びを噛み締めている場合でもない。今にも攫われそうなくらい雪に身を委ねている
 
 身体を裏に腕を滑り込ませ、抱え上げる。黒く長い手足からはごっそりと白が抜け落ち、力ない頭は普段からは考えられない素直さ
 
 で、サンダウンの胸に埋まる。血の気の窺えない首筋は、それでも秀麗だ。頬に触れると冷えた熱が零れる。その身体を古びたポン
 
 チョで包もうとした時、腕の中の身体が微かに身じろぎした。その瞬間に、懐から転がり落ちた丸い物を、咄嗟に手を伸ばして受け
 
 止める。透明な硝子で蓋をされた円形の器の中で、ふるふると震えているもの。
 


 方位磁針。

 という事は。



 その懐に手を伸ばし、引き摺り出したのは古びた地図。かなりの前のものだろうが、そこには町の生死が殴り書きの――しかし滑ら
 
 かな字によって幾つも書き込まれている。その中に、まだ新しく書き込まれた文字がサンダウンの眼に留まった。
 
 

 地図を丁寧に畳み黒いジャケットの中に戻し、力ない身体を再び抱え上げ、愛馬の背に乗せる。愛馬に積んでいた荷物はディオの背
 
 に。そして己は愛馬の背――彼の身体の後ろ――身体を支えるように。
 


 手の中では方位磁針が、硬く緩やかに震えている。その指し示す方向を頼りに、白い闇の中に割り入った。