肌理の細かい手首には、荒々しく縄が幾重にも掛けられており、その様子が酷く痛々しい。先程
 までは威勢の良かった形の良い唇も、今は弱々しい息を吐くだけだ。その唇の下に続く顎から首筋
 にはしっとりと汗が浮かび、そこに御座なりに引っ掛けられたタイが、肌蹴られた胸元の上で踊っ
 ている。
  大きく乱暴に開かれたジャケットとシャツの下から薄い色の胸の尖りが現れた時、力なく横たえ
 られた身体を取り囲む男達の間から卑下た笑い声が上がった。そして楽しむように、すっきりと筋
 肉のついた細身の身体を臍から擦り上げ、誰にも攻められた事がないであろう乳首を捻り上げる。
  その瞬間、男達に取り囲まれた憐れな獲物の口から、遂に悲痛な声が零れ落ちる。

 「や、止めろっ、いやっ!」

  端正な声が恐怖に歪む様に、男達は満足そうに顔を見合わせた。しかし、その悲痛な声を聞いた
 からといってこの行為が止まるわけではない。何せ、降って沸いたこの獲物は、男達が知る限りこ
 の西部では最も上質な獲物だ。
  若くしなやかな身体というだけでも十分に欲をそそると言うのに、彼は同時にこの荒くれた世界
 の一画を担う賞金稼ぎ達の頂点にいる男でもある。賞金稼ぎにはあるまじき端正さと秀麗さを備え
 た身体は、今までにも男からの劣情を投げかけられていただろうが、何せ中身は荒れ狂う太陽の馬
 車のように獰猛な性質をしている西部一の賞金稼ぎだ。誰もが手を拱いて見ているだけしか出来な
 かった。
  だが、今日、彼は自分の立ち位置に奢り、男達が屯するこの砦に単身やってきた。確かに、子供
 達を誘拐し、壊れるか死ぬかするまで性欲の相手をさせていた男達には高額の賞金が掛けられてい
 た。それは公的なものだけでなく、恐らく被害者達からの恨みの籠った金も孕んで膨れ上がったの
 だろう。
  そして、それらを受けて西部一の賞金稼ぎは此処へやってきた。
  しかしそれは男達にとっては絶望ではなく、夢にまで見た身体を組み敷けるという念願の状況だ。
  如何に彼がどれほど名の売れた賞金稼ぎであろうとも、数には太刀打ちできない。よりにももよ
 って天敵である自分達のもとに転がり込んできた青年は、大勢に取り囲まれて成す術もなくその身
 体を地面に引き摺り倒された。

 「うう、……ああっ、嫌だっ………!」

   首筋や臍、胸を、大勢の男達の舌や唇や指先で弄ばれ、青年の身体が跳ねる。その身体は男達
 の太い腕で押さえ込まれ、暴れようともがく両脚にも何本もの腕が絡みついている。
  男達に身体をねぶり回される度に、彼の口からは拒絶の形をした嬌声が上がり、強気な光を湛え
 ていた黒い瞳にも今は潤んだ膜が張っている。

  「くくく、敏感だな。」

  少し触れただけで跳ね上がる身体に、男達は驚嘆したように声を零す。そして男達にとってそれ
 は願ってもない事だ。
  西部一の賞金稼ぎを捕え、その身体を思いのままに貪って、快楽を注ぎ込む。彼の身体が敏感で
 あればあるほど快楽に屈し、男達の性奴となるのは早い。
  自分達の精に塗れて懇願する青年を想像し、彼らは卑下た笑みを深くした。
  そして思う存分嬲った上半身にまだ吸い付きながらも、青年の身体の最後の砦であるベルトに手
 を掛ける。かちゃかちゃという金属音に、西部一の賞金稼ぎは狂ったように暴れた。

  「止めろっ、やめっ………ああっ!」

  無茶苦茶に暴れる彼の両脚を押し広げ、左右から別々の男が閉じられないようにと押え込む。後
 ろから身体を弄っていた男の手がゆっくりと胸の尖りを揉み潰すのに合わせて、前に固まっていた
 男達の手の一つが広げられた脚の間へと伸びていく。
  布越しに擦り上げられて、嬌声を上げ仰け反る身体。反り返った臍から首筋のラインが艶めかし
 い。

  「やだっ、やっ!ああっ、いやあっ!」

   揉みしだかれる度に声を上げる青年が、その快楽に気を取られている隙に、ベルトを外す動き
 が再開される。その間も、もはや口を閉じる事も出来なくなったのか、青年の口からは引っ切り無
 しに声が溢れている。
  その様子に男達は息を荒くしながら囁く。

  「気持ちよさそうじゃねぇか………。俺達も楽しませろよ。」

  言って、細い腰に纏わりつく、ごついベルトを外す。びくびくと震える青年の腰骨に一人の男が
 覆い被さり、そのまま形の良い太腿を覆う邪魔なものを引き下げようとする。

 「…………てめぇらが、五分後も動けたらな。」

  眼の前にあるのはひくひくと震える身体で、だからその低い声を発したのが誰なのか、男達は一
 瞬分からなかった。
  その一瞬が命取りである事は、荒野に生きる者なら誰でも知っている。
  男達の纏いつく手を恐ろしい勢いで払い落した右足が、なんの躊躇いもなく腰骨に覆い被さって
 いる男の股間を蹴り上げた。すっ飛んで行く仲間に、男達は再び呆ける。その隙に青年の黒髪が動
 いて、背後から自分を抱き竦めて胸を弄っていた男の顔面に後頭部をぶつけた。鼻血を噴き上げて
 悶絶するその腕から脱出を果たした青年は、自分に纏いついていた男を何人か蹴り飛ばして立ち上
 がる。
  その眼には陶酔の色は何処にもなく、冷ややかな光が浮かぶだけだ。

 「てめぇ………!」

  先程まで思い通りになっていた獲物が、唐突に肉食獣に変貌したのを見て、男達はようやく怒鳴
 り声を上げた。
  が、それと同時に彼らの砦に、銃を掲げた賞金稼ぎ達が雪崩れ込んできている。

 「マッド、遅くなった!」
 「問題ねぇ。ちょうど良いくらいだ。」

  先頭に立つ賞金稼ぎが王にそう告げると、王はいつの間にかナイフで荒縄を切って自由になった
 手を、ひらりと振って答える。
  その様子を見て、事もあろう事か先程まで西部一の賞金稼ぎ自分達の性奴に出来るという、思い
 上がった幻想を抱いていた男達は、事態を把握した。

 「てめぇ、俺らを騙しやがったな!」
 「いや、俺もまさかここまで上手くいくとは思わなかったぜ。」

  自分の身体を囮にして男達がそちらに眼を向けている隙に襲うなど、作戦にもならない作戦だっ
 た。が、それが本当に実を結ぶとは。
  マッドはベルトを締め直し、シャツのボタンを留めながら、呆れたように呟く。
  その間に、砦に雪崩れ込んだ賞金稼ぎ達は、罵る性犯罪者達を次々に捕縛していく。最後の一人
 が呪詛を吐きながら引き立てられた時には、マッドの姿は艶めかしく肌を見せる奴隷ではなく、紛
 れもなく賞金稼ぎの君主の姿に戻っている。
  そして、愚かにも自分を貪ろうとしていた男達に、にっこりとほほ笑みかけた。

 「さあ、てめぇらには縛り首用の荒縄が、両腕広げて待ってるぜ?」





  しかし、男共に触られた事が不快ではなかったというわけではない。
  べたべたに舐められた上半身は気持ち悪く、マッドはすぐにでも洗い流してしまいたかった。だ
 から、抱いて欲しいと纏わりつく女の影のいない塒に戻ってきたわけだが。
  暗がりにぬっと突っ立った影に、ぎょっとしてしまったのは、マッドの所為ではないだろう。
  無言でこちらを見つめるおっさんは、どういう理由かは考えたくもないが、気配をぎりぎりまで
 隠していた。それを不気味に思いつつ、マッドはそろそろと風呂場に移動する。が、その間もサン
 ダウンの視線が追いかけてくる。

 「なんだよ………?」

  無言の眼差しに根を上げたマッドは、風呂場の扉に手を掛けたまま、サンダウンに問い掛ける。
 するとサンダウンは、マッドが声を掛けてくれるのを待っていましたと言わんばかりに、マッドに
 擦り寄り、背後からべったりと抱きつく。
   そして、おどろおどろしい声で、こう言った。

 「それで、あの男達は良かったのか?」
 「は?」
 「最近逢わないと思っていたら、まさか他の男達に抱かれに行く為だったとはな…………。」
 「おい………。」
 「私に逢う事よりも、あの男達に肌を見せるほうが大事だったのか。」
 「何言ってんだ、おっさん。」

  サンダウンの恨みがましい声と言葉から思い浮かぶのは、どう考えても本日の狩りの事だ。
  マッドはサンダウンの言う通り、あの男達の撒餌となって肌を見せる為に、数週間サンダウンに
 は逢わなかった。何せサンダウンに逢えば、ただでは済まない。首筋や胸元や背中はおろか、内股
 とか脚の付け根とか、果ては女は絶対にそんな所に跡は付けないだろうという尻の割れ目の間にま
 で跡を刻まれるのだ。
  今回の一件では下半身まで見せるつもりはなかったが、しかしだからと言って、そんな肌の状態
 であの場に赴く勇気は、色んな意味でマッドにはない。
  いやそれ以前に。

 「なんであんたが今日の事を知ってんだよ。」
 「………………。」

  ふい、と背けられる視線。
  なんだこのわざとらしい様子は。

 「てめぇ、俺をつけてたな!」
 「それの、何が悪い。」

  開き直ったおっさんに、マッドは本気で頭痛を感じた。
  賞金稼ぎである自分が、賞金首であるサンダウンをつけるのは説明がつく。だが、その逆――賞
 金首が賞金稼ぎを追い掛けるなど、それは一体どう説明をつけたら良いのだ。

 「お前の姿を最近見なかったから、心配して探しただけだ。」

  サンダウンのその台詞は、説明には程遠い。むしろ、余計な疑問を湧き立てるだけだ。なんで賞
 金首が賞金稼ぎの心配をするんだ、という。

 「探し当てたら、お前は性質の悪い男共の所へ一人で向かって裸に剥かれている。腸が煮えくり返
  らずにいられると思うのか。」
 「そしてあんたは俺が裸に剥かれる様子をじっくり眺めていた、と。」
 「………………。」
 「何が『腸煮えくり返った』だ!てめぇもその様子見て楽しんでたんじゃねぇのか!じゃなきゃな
  んで助け にこねぇんだ!」
 「お前の仲間がすぐに来たから…………!」
 「やかましいわ!助ける気もねぇくせに、恨み事なんか吐くんじゃねぇよ!」
 「そうじゃない!」

  真っ赤になって怒鳴るマッドに、サンダウンも声を荒げ、その身体を引き寄せた。相変わらずの
 手加減抜きの抱擁に、マッドは一瞬息が詰まる。その隙にサンダウンはマッドの額に軽く口付け、
 マッドの黒髪に顔を埋める。

 「そうじゃない、マッド、私は…………。」

  ようやくマッドを腕の中に閉じ込めた事で、サンダウンは安堵したように溜め息を吐いて呟く。

 「私は、お前がお前自身を囮にした事に、腹を立てているだけだ。」

  耳元で囁かれた言葉の意図が理解できずマッドは眼を見開く。サンダウンの肩口に顔を埋めたま
 ま、ぽかんとしていると、サンダウンは苦く呟いた。

 「あの男共の所に行くのを見て、お前の事だから策があるだろうとは思っていた。だが、あの囮は、
  お前でなくても良いだろうとも思った。」

  マッドは賞金稼ぎの頂点にいる。その彼が、あんなふうに男達の前に身体を投げ出す必要など、
 本当にあったのかと言われれば、その答えは『否』だろう。
  けれどマッドは念には念をいれたのだ。マッド以外にも、あの男達の好みそうな賞金稼ぎ仲間は
 いた。しかし、彼らも実力を疑うわけではないが、最後にあの男達の拘束を振り払う時、彼らがマ
 ッドほど鮮やかにそれをやってのけるかと言われれば、その答えも『否』だ。
  間違いの許されないその瞬間。だからマッドは自ら赴いた。
  そしてそれは、サンダウンも当然理解している。それでも、許せない、とサンダウンは呟いてい
 る。
  マッドが他の誰かに肌を見せている事が、そんなに不服か。その独占欲じみた考えに、マッドは
 皮肉な笑みを少しだけ口の端に浮かべる。

 「は、俺が誰に肌を見せようが俺の勝手だ。」
 「…………そうじゃない、と言っているだろう。」
 「じゃ、なんだってんだよ。」

  マッドの台詞に、サンダウンの声は苦々しさを帯びる。その声にマッドは顔を顰めた。サンダウ
 ンはこう見えて嫉妬深い。マッドが他の賞金首を追っている事にも稀に嫉妬を見せる事が――じゃ
 あお前が稼げと言いたくなる――ある。その男が今回の狩りで腹立たしく思う事など、せいぜいマ
 ッドが男達に肌を見せた事くらいじゃないのか。

 「言っているだろう。私は、お前がお前自身を囮にした事を怒っているんだ、と。」
 「同じじゃねぇか。俺が他の男に肌を見せて舐めまわされた事に腹立ててんだろ?」
 「確かにそれも腹立たしいが、そうじゃない。」

  噛み合わない台詞に、サンダウンは遂に焦れたようだった。怪訝な表情をしているマッドに触れ
 るだけの軽い口付けをして、サンダウンは聞きとれるかどうかの声音と早口で囁く。

 「お前が自分を危険な目に合わせた事に腹を立てている、と言っているんだ。」
 「は…………?」

  あまりにも早口だった事と、言われた言葉が言葉だったため、マッドは思わず聞き返す。が、そ
 の為に開いた唇に、今度こそ深い口付けが仕掛けられた。身構える隙もなく濃厚な口付けを受ける
 事になったマッドに抵抗できる術はなく、そのままベッドへと引き込まれる。

 「おい、キッド?!」

  ベッドの上に投げ出されたマッドは、展開に焦って声を上げるが、覆い被さってくる男に敵うは
 ずがない。
 なにせ相手は、西部一の賞金稼ぎであるマッドを軽くあしらう事ができる、サンダウン・キッド
だ。サンダウンは誰にも真似できないくらい上手くマッドの抵抗を封じると、その身体を包み込む。
そして、マッドの 髪を柔らかく撫でていく。
  勝手に塒にやって来てはマッドに詰られる度に『お前の作った料理が食べたい』だとかわけのわ
 からない事をほざく男は、それと同じくらいの頻度で、こうして慈しむような指先をマッドに残し
 ていく。それはるで、何か恋焦がれているような印象があって、マッドに考える余地を残すものだ
 った。
  だが、マッドがうろたえているうちに、それは徐々に熱を帯びたものへと変化していく。

 「何考えてんだ、おっさん!」
 「お前にあの連中が触れた事が、気に入らない。」
 「やっぱりその事に腹立ててんじゃねぇか!」
 「それに、何週間逢ってなかったと思っている。」
 「ふざけんな!放せ!」
 「マッド…………。」

  じたばたと暴れるマッドにサンダウンは圧し掛かり、耳を甘噛みする。途端に、びくり、とマッ
ドは身体を波打たせた。そこにサンダウンの声が降りかかる。

 「…………心配した、と言っている。」

  他の誰かに心変わりしていないか、抱かれていないか、怪我をしていないか、殺されていないか。
 逢えなかった分、それだけ心配して不安だったのだとサンダウンは囁く。

 「私には、お前しかいないんだ………。」

  平気で恥ずかしい事をさらりと言ってのけたおっさんに、マッドは唸り声を上げながら顔を赤く
 する。そしてその言葉に動きを封じられたマッドが、ベッドの上に作られた檻の中から逃げ出せた
 事は、終ぞなかった。