眼が覚めたら眼の前は真っ暗だった。
何事かと思い、しばらく眼を瞬かせていると、それは眼隠しをされているからだと気付く。しか
し、それはそれで何が起こったのかという考えになる。
とりあえず、眼隠しを外そうとしても、両腕は後ろ手に縛られて動かせない。両脚は縛られてい
ないから自由に動かせるものの、これでは何も出来ない。
何があったんだ。
突然、拘束されたままの状態で闇の中に放り込まれた自分について、マッドは自問する。此処に
こうして放り込まれる前、一体何をしていたのか。
Moonshine
月の綺麗な晩だった。
その夜、マッドはほろ酔い気分でふらふらと街を歩いていた。久しぶりに、頬を染めるまで酒を
飲んで、なんだかふわふわとした気分だった。笛を吹きながら、そのまま夜空の下を駆け抜けてい
ってしまいそうだった。
それくらい、なんだか地に足が付いていないような気分だった。
それでも腰に帯びた銃にはしっかりと鉛玉が詰め込まれていたし、あちこちに漂う険呑な気配は
逐一見逃さずにその動向を見ていた。賞金稼ぎとして染みついたそれらは、マッドがどれだけ酔い
しれていようとも、決して抜け去る事はない。マッドは、自分が憎まれている事を知らぬ愚か者で
はなく、撃ち取った賞金首の仲間達が自分の命と身体を望んでいる事を良く知っていた。だから、
どれだけ酒に溺れても、そこに命を預けたりはしなかった。
その夜、マッドの身のこなしには、酔いを感じさせぬほど隙はなかった。
けれども、その有りもしない隙を突いて、路地裏から這い出た二本の腕はマッドの口を覆ったの
だ。そこには、些かの気配も感じられなかった。
口を覆われてから初めてそこにいる事に気が付いたマッドは、しかしその時には押し当てられた
布から漂う頭にツンとくる匂いを吸いこんでしまっている。
マッドは決して無防備ではなかったが、しかしそれは気配を感じ取っている相手に対してのみ有
効な防御。その瞬間まで気付かなかった以上、それは無防備と同義だ。そして無防備すぎたマッド
は、明らかに何らかの効力を持っているその匂いを、なんの防御壁もないままに吸いこんでしまっ
た。
もはや、身を捩って抵抗する事はおろか、振り返って相手が何者かを確認する暇もない。マッド
は鼻腔を一杯にした匂いに頭の中を埋め尽くされた。神経の隅々までに行き渡って痺れさせるよう
なその匂いは、一旦取りこんでしまえば、もう吐き出す術はない。
結果、何の抵抗も出来ぬまま、マッドは身体を弛緩させ、頭の中を重く掻き混ぜる匂いが促すま
ま瞼を閉じて意識を失った。
そして、眼が覚めた。
それが、今の、この状況である。
頭の中は未だに匂いの残滓が残って重く、ぼんやりとしている。それを洗い流す為にも吸い込ん
だ空気は、埃っぽく黴くさい。どうやら、ここは荒野のど真ん中でも、何処かの宿の中でもないよ
うだ。眼隠し越しに感じる闇の深さから考えても、一番考えられるのは、何処かの廃屋。しかも、
街からは離れた場所にあるうらぶれた小屋か何かか。
そんな場所に、こんな方法で、しかも身体を縛りつけて放り込むとなれば、その目的は決して安
穏としたものではないだろう。
マッドはその想像に軽く舌打ちし、自由にならない身体で、それでも何か打開する術はないかと
辺りを探る。例えば硝子片の一欠けでも落ちていたなら、両腕を自由にして逃げ出すには十分だ。
幸いにして、今この場所には誰もいない。見張りの気配もないのは、それはマッドを侮っているか
らか。いずれにせよ、逃げるにまたとない好機だった。
しかし。
ざくり。
聞こえた足音に、マッドはぎょっとした。気配は何処にもない。だが、はっきりと、すぐ傍で人
の立てる音がした。その音を聞いた瞬間、やはり気配のないまま、マッドの身体は闇から伸びた手
に捕まえられ、引き起こされる。そして、再び地面に叩きつけられた。
受身も取れぬ不自由な状態で床に転がされ、マッドは痛みに小さく呻く。だが、痛みに身を委ね
る暇も与えず、何処からともなく再び手が伸びてきて、マッドを乱暴に仰向けにし、ゆっくりと身
体の線を撫で始めた。
「っ………!」
ねっとりとしたその手つきに、マッドは息を飲んだ。何を求められているのか、マッドは瞬時に
理解した。分からぬような子供でもないし、何よりマッドは『そういった』意味合いの眼で見られ
る事が多い。
西部の男にしては細い手足と白い肌。そして女性的ではなくても端正な顔立ちは、時に欲望の対
象となる事を、マッドは良く知っている。
今、自分の身体を弄る手も、はっきりとその欲望を伴っていた。
「ふざけんじゃねぇ……!止めろ!」
しかしマッドには犯されて喜ぶ趣味はない。まして、明らかにこれは凌辱だった。そんな事は、
男としても人間としても受け入れられない。自由な両脚を無茶苦茶に動かして、自分の身体に圧し
掛かっている身体を跳ね除けようとする。
だが、両腕を拘束され目隠しされた、しかも地面に倒れた状態では、十分な抵抗を繰り出す事は
出来ず、それどころか自分の手よりも大きい手に両脚を掴まれ、そのまま大きく広げさせられてし
まう。そこに脚を乗り上げられてしまい、両腕が外されてもマッドは自分の脚を閉じる事は出来な
い。
脚を広げられて、圧し掛かられている状態。となれば、次に何が行われるのかは想像に難くない。
「っく………!」
そっと、優しげに脚の間に触れられる。予期していた通りの事とは言え、男ならば触れられれば
感じるのは当然の場所だ。マッドは思わず息を飲んだ。小さく身を震わせたマッドの様子に気付い
たのか、触れる手つきは徐々に大胆になっていく。
大きな手が強弱を付けて揉みしだく。布越しの、的確だがもどかしい愛撫に、マッドは奥歯を噛
み締めて身を捩った。
男に触れられて感じるなんて、マッドにとっては屈辱だ。けれども男であるが故に、それは的確
すぎる。声を噛み締めても身を反らせ、腰を浮かせるマッドの姿から、マッドが感じてしまってい
る事は分かるだろう。
「ん、くぅ………。」
声を出すまいとするマッドは、同時に股間への愛撫に夢中になっていた。だから、もう一本の手
がジャケットを払い落したのにも気付かなかった。
「あ、ぅ……っ?!」
カリ、と胸に走った痛み。それもまた、直前まで気配はなかった。或いは、愛撫に夢中になり過
ぎて気付かなかっただけなのか。けれども、服の上から噛みつかれたそこからは、信じられない事
に微かな疼きが走った。
「ふ、ぅん……!」
服の上から、ねっとりと乳首を舐め回される。痛みを覚えたその部分をまるで宥めているかのよ
うに、やさしく舐めて、時々軽く噛んではマッドに疼きを覚えこませる。ざらりと濡れた服の感覚
が、またそれを増長させる。
「ぅ、く……っ、やめ、ろ……っ!」
自分の身体の反応が信じられない。もしかしたら、吸い込んだあの匂いの中に、催淫作用も含ま
れていたのかもしれない。だが、それを考えても仕方がない。マッドの身体は乳首を舐められて、
感じてしまっている。
その間も脚の間を撫でて揉み上げる手の動きは止まらず、しかもその隙にもう一本の手がシャツ
の裾を引き摺り出して、その隙間から肌への侵入を果たしている。シャツの下に潜り込んだ手は、
ゆっくりとマッドの身体を登っていく。腹筋を撫で上げて脇腹を擽り、そして胸へと。
「んやっ………!」
きゅっともう一つの乳首を摘ままれた瞬間、マッドの口からは信じられないくらい甘い声が飛び
出していた。慌てて声を噛み殺そうとしても、すぐに痺れるような波が胸から湧き上がってくる。
歯でコリコリと甘噛みされ、指で捏ね回され、マッドは頭を仰け反らせた。
有り得ない。有り得ないくらいに感じてしまっている。マッドは自分の身体が信じられなかった。
何故こんな場所を触れられて感じているのか。
だが、そんな考えも掻き消されてしまうほど、マッドの両の乳首はぷっくりと腫れ上がり、マッ
ドに未知の快感を与えている。
決して単調にならないように強弱を付けながら胸を愛撫する男は、マッドの意識が快楽に沈みか
けているのを良い事に、脚の間から手を持ち上げて、ベルトを攻略してしまっていた。
「ああっ………!」
突然敏感な部分を外気に曝され、マッドは思わず声を上げる。そして、今の自分の状態が、何を
意味するのかを悟り蒼褪める。
「やめ、やめろ………っ!」
秘部を露わにされた自分の姿が、男の前に曝されているのだ。布越しに愛撫され続けた欲望は既
に芯を持っている。それに、そっとかさついた手が触れた。それでもはやり気配が微塵もない事が、
酷く不気味だった。
「ひ、いや……いやだ……っ!」
これから訪れる直接的な快感に怯えて、マッドは見えない視界の中で首を横に振る。けれども、
マッドの訴えが届くはずもない。
「あっ……!」
ただし、男の動きはマッドの止そうとは異なるものだった。シャツの下に潜り込んで乳首を摘ま
んでいた手が離れ、内側から一気にシャツを引き裂いたのだ。あっと言う間に露わになるマッドの
身体の線。けれどもそれは、これから訪れる凌辱が近付いた事をマッドに更に教えるだけだった。
不意に胸から離れた甘噛み。
と、思った途端、舌が臍の中に差し込まれ、マッドは腹筋に力を込める。同時に内腿を撫でられ
て身を逸らせた瞬間、添えられていただけだった手が、ゆっくりと陰茎を撫で始めた。
「ひっ………。」
引き攣れた声を零し、その快感に耐えようと唇を噛み締めれば、今度は脇の下を舐め上げられる。
全くの予想もつかない男の愛撫の動きに、マッドは戸惑う。眼隠しをされているが故に男の行動は
見えず、気配もしないから何処から手が伸びるのか予測も出来ない。けれどもこちらの様子は明ら
かにされている故に、マッドが何に防御して、何処が無防備なのかは相手の手の内にある。
挙句の果てに、相手に気配がないと分かっていつつも、いつもの癖で気配を探ってしまう。その
所為でマッドの身体はいつも以上に過敏になっていた。そこを攻められるのだから、堪らない。
「や、やめ……あ、ああっ、んあっ…!」
かさついた手が、徐々に扱く手を早め始める。裏筋から袋まで、感じるところを嫌というほど擦
り上げられる。その状態で、脇腹や鎖骨、脇下まで舐められて、自分でも知らなかった性感帯を掘
り起こされ、マッドは何度も仰け反った。
「く、はぁ…っ!ん、ぅ、んぅ……。」
闇の中で、目隠しされて何も見えないとはいえ、けれども自分の身体の変化は嫌でも分かる。は
っきりと立ち上がった欲望も、腫れて硬くなった乳首も、まざまざと分かってしまう。男に愛撫さ
れて、このまま達してしまいそうなくらい感じさせられている自分も。
ひくひくと震えるマッドの身体の上を、かさついて武骨な指が、じっとりと刻み込むように辿っ
ていく。乳首の回りをくるりとなぞって、胸の間を切り込むように直進し、臍に辿り着く。そして
そのまま茂みの奥へと分け入って、放ちたくて堪らないマッドの先端をくるくると撫でる。
「ひ、あ、ああっ!」
そこに触れられたマッドは、腰を持ち上げて、悲鳴を上げる。身体の上で最も過敏になった部分
を、そんなふうにされては耐えられない。けれども決定的ではないそれに、マッドは、ぴゅく、と
2、3滴の白い液体を零して悶えた。もどかしい絶頂は、マッドを苦しめる。
苦しむマッドを置いて、かさついた指はそのまま裏筋をなぞってマッドを反応させ、そのまま更
に奥にある窄まりへと向かっていく。
「はっ……!や、ぁ…!」
悶えていたマッドは、そこに触れられた瞬間、弾かれたように身を起こそうとした。だが縛られ
て、しかも犯されている身体は力が入らず、あっさりとかさついた指を受け入れてしまう。
硬く閉じた蕾を、かさついた指は宥めるように何度も優しくなぞっては押す。まるで扉をノック
して、中に入れて欲しいと窺っているようだ。
だが、当然の如く、マッドにはそれを受け入れる事は出来ない。首を激しく振って、拒絶する。
「だ、めだ……!それだけは……!」
そんな事をされたら、間違いなくもう後には戻れない。だから、それだけは。
けれども頑なな扉に業を煮やしたのか、武骨な指はむりやり抉じ開ける事を選んだようだった。
たった一本。けれども、それだけでも今まで犯された事のないマッドには激しい苦痛と違和感を齎
した。
「あ、ああっ、ああああっ!」
指が入り込む際、もう片方の手は優しくマッドの雄を弄り続ける。しかし違和感は消えない。マ
ッドは眉間に皺を寄せて、悲鳴を上げた。だが、マッドの悲鳴を聞いても、中にある指は動きを止
めない。何度も抜き差しして、時折マッドの中を掻き混ぜる。
「う、うう、ぁ、…あ…ああっ。」
指の数が増えた。二本に増えた指は、先程よりも勢いを増してマッドの中を弄ぶ。一本は奥を目
指し、もう一本はあちこちを掻き混ぜる。何かを捜すかのようなその動きは、捜し物が何であるの
かを唐突にマッドに教えた。
「ひぃ、ふあぁああっ!」
ある一点を掠めた時に、眼の裏に白い光が翻った。信じられないくらい高い声を上げて仰け反っ
たマッドは、それが一体何なのか、理解できずにいた。けれども捜していた男のほうには明白だっ
たのだろう。
ふっと、何か、安堵したような気配が流れてきた。それは、初めてマッドが感じた男の気配だっ
た。
が、それを掴み切るよりも先に、男は立て続けにたった今見つけたばかりの場所を責め始めた。
「い、……ぁ!あ、はぁ……くはぁあっ!」
柔らかい粘膜を、何度も何度も擦られる。それは初めて感じる、強過ぎる快感だった。網膜に白
い光が焼きついて、息をする事も困難だ。
「っぁっ…ぃぁあっいやっ…やぁあっ!」
感じるところばかりを執拗に擦られて、マッドは泣き叫ぶ。その合間合間にも拒絶の言葉を吐く
が、中を掻き混ぜる指の動きが止まる事はない。それどころか、更に本数を増やされ、三本になっ
た指で犯される。その指に、マッドは脚を大きく広げて善がり狂うしかない。
「も、んぁああんぁあっ、…ぁはっ、ぅん、やぁあ…や、め……!」
頭を振り乱し、悶えるマッドの訴えが届いたのだろうか。唐突に、マッドの中を蹂躙していた指
は引き抜かれた。その際の擦れにも切ない声を上げ、マッドはぐったりと弛緩する。自分がどれだ
け厭らしい姿をしているのかも忘れ去って、けれども中途半端に投げ出された身体の奥には、淫ら
に熱が蠢いている。
疲れと疼きに我を忘れたマッドは、男がマッドの脚を抱え上げて、秘部を更に剥き出しにしよう
として、ようやく身体を強張らせた。ここからが、男の本来の目的ではないか。
「あ……、い、いや………。」
身を捩っても、弛緩した身体は抵抗らしい抵抗を生み出さず、むしろ身体の奥の疼きを更に膨ら
ませてしまう。
だが、それをマッドはあらん限りの矜持で抑え込み、拒絶の言葉を吐く。
しかし、男はマッドの身体の上から退こうとはしない。マッドの片脚を高く持ち上げ、先程より
も更にマッドの脚を開かせる。
「嫌だ……!止めろ!」
太腿を抑えられ、抵抗できる脚は封じこまれる。それでも何とか叫んで、最後まで抵抗しようと
マッドはあらん限りの声を上げた。が、その口さえ、封じられてしまう。
「んっ、ふぅ……!」
激しく深く口付けられて、舌を抑え込められる。言葉を奪われて、口腔内さえも犯し尽くされる。
口蓋を擽られ、舌は絡め取られ、歯列の裏側まで舐め取られる。
長い口付けの果てに、マッドは呼吸さえも奪われて、今度こそ完全にぐったりとした。
マッドがぐったりとした事を良い事に、男は再びマッドに腰を進める。奥が疼いて堪らない蕾に、
男の剛直が押し当てられても、マッドは身動きできなかった。代わりに、弱々しく請うだけだ。
「あ、駄目、だ……頼む、いや……っ、いやっ……!」
弱々しい請いは、捕食者にとっては満足のいくものだった。けれども、だからといってそれが止
まる謂れはない。止まらない男の腰の動きに、マッドは何度も請う。
「いやぁ、やめて……!だめ、ぁあっぃやぁあ、やだっ、キッド……!」
咄嗟に――心の中で一か八かの賭けもした――叫んだ。
途端に、ぴくりと男の動きが止まる。そして、はっきりとうろたえた。その気配に、マッドは先
程微かに掴んだ気配の尻尾が、正しいものである事を知る。そして、一か八かの賭けに勝った事も。
賭けに負けた男は、先程までの傍若無人ぶりを捨てて、酷くうろたえていた。同時に、完璧に隠
蔽していた気配も放っている。
うろたえた沈黙の後、ようやく男が口を開いた。
「何故、分かった……?」
男が、想像していた声と同じ声をしていた事に安堵しつつ、マッドは殊更素っ気なく聞こえるよ
うに吐き捨てた。
「キスした時に髭が当たったのと、葉巻の匂いがした。それと、さっき一瞬あんたの気配がした。」
マッドの感じるところを探り当てた瞬間の、安堵の気配。それを指摘してやると、マッドの眼を
覆っていた眼隠しが、武骨な手によって取り払われた。それでも辺りは闇だったが、しかし男の顔
はしっかりと見える。
紛れもなく、賞金首サンダウン・キッドの顔だった。
「で、てめぇ、これは一体何の真似だ。怒らねぇから言ってみろ。」
「……嘘を吐くな。」
既に声が怒っている。そう告げる男に、マッドは顔を顰めた。
「当たり前だろうが。俺はてめぇに犯されかけたんだぞ。しかも俺はさっきまで、見ず知らずの男
に犯されるんだと思ってたんだぞ。怒らねぇほうがおかしいだろうが。」
「……私だと最初から知っていたら、大人しく抱かれたとでも言うのか?違うだろう。」
サンダウンの声は、自嘲気味だった。見れば、顔も微かに何かを堪えるような、苦痛の色を浮か
べている。
「抱かせてくれと言ったら、お前はそうしたか?しないだろう?」
何かとてつもない疲労を感じたようなサンダウンの声に、マッドは呆気にとられる。自分が半裸
であることも忘れて、ぽかんとした。
「いや、待て。そこでなんで俺を抱こうっていう発想になるんだよ、なぁ。そこんところから説明
しろよ。」
「………………。」
瞬時に口を噤むサンダウン。その顔は完全に諦めきっている。何を。
「おい、おっさん。勝手に一人で終わるな。俺は被害者なんだぞ。被害者には犯行の動機を知る権
利があるんだぞ。」
「………言ってどうなる。」
口調は、いっそ苦々しかった。だが、マッドはその一語に、もっと苦々しい顔をして吐き捨てた。
「言わなきゃ分からねぇ。それとも、てめぇは俺に言わずとも分かれって言う気か。」
「言うつもりはない。」
「だから強姦か?何様だ。」
「………すまなかった。」
「じゃあ言えよ。すまないって言うくらいなら、理由くらい言いやがれ。言っとくけどな、理由を
聞いてやるだけでも有り難いと思えよ。普通なら、強姦犯罪者なんか有無を言わさず縛り首にし
てやるんだからな。」
逡巡は長かった。その間、サンダウンの眼の光が、忙しなく様々に瞬くのを、マッドはじっと眺
めていた。よくよく考えれば、強姦した加害者と被害者がこんなふうに顔を突き合わせているのは
おかしな事なのだが、今のマッドにはそれはどうでも良かった。実際マッドは最後までされたわけ
ではないし、それに相手がサンダウンであると分かった途端、屈辱だとかそのへんの事はすっとん
でいた。
やがて、サンダウンがぽつりと呟く。
「………お前が欲しかった。」
短く、それ以上の事は言おうとはしない。ただ、マッドから眼を逸らして、それだけを小さく呟
いた。そのまま沈黙に呑まれそうな中、マッドが口を開いた。
「………それは、最初に言うべき事じゃねぇのか。」
「………言ってどうなる。」
サンダウンの言葉は、最初と同じだった。
「言っても、お前はどうせ本気にしないだろう。或いは、気味悪がって私の前から消え去るか。」
「あんたは俺の行動をいつから読めるようになったんだよ、ああ?言っとくけどな、俺は言葉が本
気かどうかの区別くらいつくし、逃げ出すような卑怯者でもねぇぞ。」
苛立った口調でマッドは言うと、逸らしたままのサンダウンの顔を両手で包み、無理やり自分の
ほうを向かせる。
「なんで俺が、てめぇに告白されて、逃げなきゃならねぇんだよ。この俺がてめぇの前から逃げ出
すってか?どんだけ自意識過剰なんだ。てめぇを捕まえるのは俺であって、俺がてめぇから逃げ
る謂れは何処にもねぇ。」
分かったか。
マッドが真直ぐにサンダウンを見つめると、サンダウンは耐えかねたように眼を閉じ、そして頷
いた。
「ああ、そうだったな……お前は、そうだった………。」
弦のように真直ぐな人間だった。
呟くサンダウンに、マッドは、で、と告げる。
「どうするんだよ、これから。続き、すんのか?」
「…………?」
怪訝な顔でサンダウンがマッドを見ると、マッドはもう一度顔を顰めた。
「俺から退くのか、それともこのまま続けるのかって聞いてんだよ。」
その台詞に、サンダウンは眼を丸くする。
「……良いのか?」
「……あんた次第だな。」
マッドは、別にサンダウンの事が嫌いではない。凌辱者がサンダウンだと分かった瞬間に、怒り
のボルテージが一気に下がった事からも明白だ。だから、多分、サンダウンに抱かれる事は、苦に
はならないだろう。
そう言った途端、サンダウンが物凄い勢いで抱きついてきた。マッドの骨が軋みそうなくらい、
同時に溺れる者が藁を掴むような、必死な様相を見せて。その身体を抱き止めて、マッドはゆっく
りと後ろに倒れる。
それは、初めての抱擁だった。