マッドがサンダウンから眼を逸らすのも、すぐだった。
口元に淡い笑みを湛えたまま、マッドはあらぬ方向を見やり、どうでも良いけどな、と囁く。
「ただ、ガキの身元はともかく、ガキも含めたこの町の住人に、悪い事が起きたって事だけは確実
だな。」
集団失踪にしても、唐突に、何もかもをそのままにして消えるというのは尋常ではない。自発的
であれ、外圧が掛かったのであれ。そして、自発的に消え失せたという可能性は、現在も誰一人と
して見つかっていない事から、絶対的に低い。
何よりも、酒場に残されていた痕跡が、何かが起きた――或いはやってきた――のだという事を
示している。そして、やってきた物、者、或いは出来事は、きっと禍々しい色に染まっていたに違
いない。
何せ、此処に来るまでの間、やってきてからも、ディオが常に緊張を孕んだような眼をしている。
きっと今も、砂の上で微動だにせず、筋肉を強張らせて、この町の至る所に漂っている何かを見つ
めているのかもしれない。
「いっそ、あいつが、また人間にでもなれば、何か分かるのかもな。」
第七騎兵隊の恨み憎しみを背負い、挙句に人間になった時のように。この町に漂う何かを背負っ
たなら、何が起きたのかも分かるかもしれない。そしてその時、ディオは一体誰の姿を模っている
だろうか。
酒場で屯していたならず者達の姿だろうか。
それとも何もわからぬままに消え去らざるを得なかった町人の姿だろうか。
もしくは、生首だけになった少女の姿だろうか。
或いは。
「………何が、言いたい。」
唐突に、まるで闇から這い上がるかのような声をサンダウンが出した。圧倒的に感情を欠いた、
しかし悍ましさを孕んでいる声音に、けれどもマッドは口元に刷いた笑みを消しもせず、小首を傾
げた。
「何が?俺は特に何かを定めるような事は言ってねぇぜ。」
だが、その言葉はサンダウンを納得させはしなかったようだ。今までマッドに影のように付き従
っていた砂色の髪が、ひらりとたなびいたかと思うと、二人の間に横たわっていた子供の身長ほど
の距離を一気に詰めた。
ぬっと壁のように立ちはだかったサンダウンを、しかしマッドは眼前で見ても、ひくりとも動揺
した様子を見せなかった。
「……何を、知っていると言うつもりだ?」
「てめぇこそ、俺に何を知っていて欲しいんだ?」
ずるりと引き抜かれた真鍮色の銃口が、マッドを威嚇するように首筋に噛みついてきた。しかし、
同じようにマッドの黒光りするバントラインもサンダウンの腹腔に押し当てられている。
硝子のような青い眼でマッドを淡々と見下ろすサンダウンを、マッドもまた飄々とした黒い眼で
見上げた。
「俺が知ってるのは、この町が保安官とならず者の癒着の所為で治安が悪くなって、阿片も横行し
始めてるところに、住民全員失踪なんていう事件が起きたって事くらいだぜ。なんで失踪したか、
なんて事までは俺は知らねぇ。せいぜい、多分夜に凶行が行われたんだろうなっていう想像くら
いしか出来ねぇよ。それとも、あんたが言いたいのは今回の失踪の話じゃねぇのか」
マッドは嘲るように笑い、サンダウンの青い眼を覗き込むように、サンダウンが求めている答え
――マッドが知っている情報の最後の部分を、目の前にぶら下げるように、回りくどく囁く。
「あんたが言ってるのは、もっと昔の話か?例えばこの町が、もっと平和だった頃の?治安の良し
悪しの境目の話か?」
ぐり、と首筋に押し付けられている銃口に力がこもった。なのでマッドも、腹腔に押し当ててい
るバントラインに力を込める。
はっきりと言っておけば、マッドはこのサンダウンがどんな行動に出るか、さっぱり分からなか
った。もしかしたら、今日こそこのまま喉笛を噛み砕かれて斃れるかもしれなかった。けれども、
マッドの中には命乞い、または一歩でも退くという選択肢は残されていなかった。退く理由がない、
というのが、一番の大きな理由であったからだ。
西部一の賞金稼ぎであるマッドには、目の前にいる賞金首から逃げ出す事などあってはならない。
そして、例え命が潰える時刻を早める事になろうとも、笑んだ口元をつもりはなかったし、戯言
に近い言葉を絶やすつもりはなかった。
「けど、その時の話が、今の俺に何の関係があるんだ?俺は暇つぶしで、この集団失踪事件が起き
た町に来ただけだぜ?まさか、治安が悪くなった時期に起きた何かが、今回の事件を引き起こし
たとでも言うつもりかよ?まあ、仮にそうだとしても、なんであんたがそんな事を知ってるんだ?」
笑みを湛えたマッドに、サンダウンが喉を押し潰さんばかりの勢いで、銃口を突き付けてきた。
しかし、そんなものでマッドが屈するわけもない。マッドは何もかもを分かってやっているのだ。
そんな事くらい、サンダウンとて知っているはずだろうに。
それとも、この町は、そんな事すら分からなくなるほど、深く突き刺さっているとでも言うのだ
ろうか。おそらく、そうだから、こんなにも必死なのだろう。
相変わらずの無表情で、けれどもサンダウンにはあるまじき行動に出ている男を見上げ、マッド
は鼻先で小さく笑う。
「あんたは俺に、一体何をして欲しいんだ?」
知っていて欲しいのか、知っていて欲しくないのか。何かして欲しいのか、何もして欲しくない
のか。
望みなど何一つとして口にせず、ただただ無言で銃を突きつける男に、マッドは膝を折るつもり
はなかった。そんな男を甘やかすなど、愚の骨頂だ。声を上げるべき時に上げない男に、何故飴玉
をやらねばならないのか。
まして、自分の事など何一つとして語るつもりなどないくせに。
「あんたは、この町で起きた事に、何が関係してると思ってんだ?そんで、俺がそれを知ってると
でも思ってんのか?例えば、この町から疎まれて追い出された保安官の恨み辛みが凝り固まって、
それこそディオが人間になったみたいに、この町の人間を食い尽くしたとでも思ってんのか?」
瞬間、今まで無表情であったサンダウンの眼が、大きく見開かれた。
かと思うと、今まで喉元に突き付けられていた銃がいきなり引き抜かれ、その圧迫感が消えるや、
今度はかさついた荒々しい手が、マッドの白い首に絡みついた。
その一瞬、マッドは息が詰まるような感覚を覚えたが、すぐに新たな圧迫感に慣れ、笑みも絶や
す事もない。
「………何を、知っている。」
問いかけにも、流石に首を絞められているので掠れてはいるが、笑みを含んだ声を返す。
「何も知らねぇと、思ってたって?賞金首の癖に随分と悠長じゃねぇか。まさかこの俺が誰なのか
忘れたってわけでもねぇだろう。」
西部一の賞金稼ぎ。
賞金稼ぎの王。
そして嘆きの砦。
そこまで成り上がるには、銃の腕だけではなく情報を得る力が重要となってくる。マッドは獲物
についての情報は、誰よりも良く知っているという自負があった。
だから、勿論、サンダウンの事も。
この町に来たのも、暇つぶしの意味合いも強かったが、もしかしたらサンダウンがいるかもしれ
ないと思ったからだ。
サンダウンが追い出された町。
その町から丸ごと人が消え去ったという噂をサンダウンが聞いていたら、少しは気になって、様
子を窺いにやって来るかもしれない。そして果たしてその通りになった。
「それよりも、あんたこそ俺の質問に一つくらい答えてみせたらどうだ?」
マッドは、恐らくサンダウンの問いかけに答えた。
けれどもサンダウンはマッドの問いに答えていない。
サンダウンはこの町の事について何か知っているのか。この町で起きた事に、過去の憎しみが関
与していると思っているのか。
そして何より、マッドに、一体何をして欲しいのか。
マッドに何かして欲しい事があるから、わざわざマッドの前に姿を現したのだろう。しかし、サ
ンダウンは答えない。答えず、首を横に振るだけだ。
「何も言わねぇなら、俺は勝手に動くぞ。あんたが途中で止めても、きいてやらねぇからな。」
「………お前は、何を知っている?」
先程と同じ問いだった。だがそれは、今度こそこの町で起きた真相について言っているようだっ
た。
マッドはその問いに、ふん、と鼻先で答える。
「安心しろよ。憎しみだろうがなんだろうが、始末はちゃんとつけてやるさ。どんな形になっても、
どんな答えになってもな。」
そう告げるマッドの眼は、西日を向いていた。
もうすぐ、夜が来る。