抱き竦める腕に、振り払って一喝してやらねばと思う。こんな事をしてどうするんだとか、後悔
 するのはお前だろうとか、色んな言葉は思い浮かぶのに、よりにもよって肝心の声自体が出てこな
 い。それどころか、背後で今にも泣き出しそうな声をして縋りつく男に、どうしようもなく心の琴
 線が揺さぶられる。
  俺が望んでいるんだと囁くのは、自分よりも幼い子供だ。そんな子供に責任が取れるものかと思
 うのだが、けれど振り解けない。声だけでマッドは抵抗する力を奪われて、その腕が導くままに口
 付けられた。
  それは、決してマッドの意に沿うものではない。けれど、やはり身体はぴくりとも抵抗しなかっ
 た。




 13.Touch





  真を、穿たれた所為だろうか。
  マッドが嫌かどうかそれだけで決めてくれ、という男の言葉にマッドは、組み敷かれているのに
 腕を投げ出したまま抵抗もせずに、呆然としてそう思った。
  この状況は、絆されたの一言で済ませられる状況ではない。今すぐにでも自分に覆い被さる身体
 を跳ね除けて、逃げ出さねばならない状態のはずだ。なのに、マッドの身体はサンダウンに抱き竦
 められたまま、抵抗らしい抵抗をする事が出来ない。
  止せ、と弱々しく告げると、宥めるように眼元に口付けを落とされた。それに顔を背けて精一杯
 の意志表示をしたが効果はなく、むしろサンダウンは伸ばされた頬骨から首筋のラインに手を這わ
 せ始める。

 「……………マッド。」

  子供特有の、どこか頑是ない我儘さを有する声音でサンダウンはマッドを呼ぶ。耳元での囁きに、
 もう止めろと言いたくなる。
  身体を覆い尽くす気配はマッドが良く知るサンダウンのままで、なのに中身は後先を考えない子
 供の純粋さで求められたら、どうすれば良いのか分からない。いや、中身が子供であるサンダウン
 に流されてはいけないと思うのだが、縋る声に動く力を奪われてしまう。

 「マッド、俺が嫌か…………?」

  荒野の空と同じ色の眼は、今は少し曇っている。焦がれるような光が灯るそれに、それはただの
 刷り込みだと言ってやりたい。けれども言ったところでサンダウンを傷つけるだけで、その手を止
 める効果はない事は眼に見えていた。
  それに、嫌ではない。マッドは、サンダウンにこうされる事が、嫌ではないのだ。幾多の男達に
 欲望に濡れた眼で見られた時は嫌悪しか感じなかったのに、今、サンダウンに組み敷かれている事
 に罪悪感はあっても嫌ではないのだ。
  そんなマッドの様子に気付いたのか、サンダウンが酷く嬉しそうに笑った気配がした。腕をやん
 わりと掴まれ、両脇に縫い止められるように押さえつけられる。そして再び唇が重ねられても、マ
 ッドは逃げる事さえできない。
  声も出せずに、ただ本能的な怯えを瞳に灯すマッドを、サンダウンはその髪に指を差し入れて撫
 でて、そのまま身体の線をなぞっていく。そしてマッドが着こんでいるジャケットに手を差し入れ
 ると、マッドがぎょっとしている間に払い落してしまった。

 「キッド!」

  流石に、サンダウンが求めるものが熱を帯びている事に気付いてマッドが叫ぶと、サンダウンは
 首を傾げて、嫌か、と問うてくる。

 「駄目だ。」

  これ以上は。
  そう告げると、サンダウンはマッドの首筋に顔を埋める。その感触に、ぶるりと身を震わせてい
 ると、サンダウンは小さく笑った。

 「今更だと、思わないか?」

  だってお前は俺の想いを聞いてしまって、口付けさえ受け入れてしまっているのに。
  そう言って、かさついた指先をマッドの首を硬く閉じているタイの結び目に引っ掛け、一気に解
 いた。
  はらりと落ちる赤い紐の軌道をマッドが追いかけている間に、サンダウンの指は器用にマッドの
 シャツのボタンを外していく。その様子を黙って見やる事しかできず、マッドはサンダウンの舌が
 首筋を這っても、ふるふると震えるだけで何も出来ない。
  どうして自分はこうも良いようにされてしまっているのか。そう思っても、サンダウンに触れら
 れるたびに身体からは力が抜けてしまって、抵抗する気力が奪われる。
  ぐったりと震える呼吸を曝しているマッドを見て、サンダウンは優しく身体を弄り始めた。それ
 に切なく喘いでいると、突然身体の内側にもやもやとしたものが走って、マッドは身を竦める。

 「ひっ………!」

  武骨な指先が胸を這って、その尖りに引っ掛かった瞬間、マッドは小さく息を呑んだ。その反応
 を見て、サンダウンは執拗にそこを弄り始める。強弱をつけて行われるそれに、マッドは身を捩っ 
 て辛うじて抵抗の様子を見せる事が出来た。

 「や、やめろ!」
 「何故?」

  制止の言葉を紡ぐが、マッドが快感を拾い上げているのは明らかで、サンダウンはそれ故にその
 行為を止めようとしない。それどころかそこに口を近付け、舌で転がし始める。

 「んんっ………あっ!」

  身体を捻り逃げようとしても、もはやそれをサンダウンが逃がすはずもなく、マッドは身体を押
 さえつけられて、更に強く吸い上げられてしまう。その度に高い声を上げてしまう自分に、マッド
 は愕然として泣きそうになる。
  羞恥に頬を染めて顔を背けると、サンダウンはようやく顔を放してくれたが、しかし立ち上がっ
 た胸の突起に添えた指は放してくれない。頬に唇を寄せて、耳朶を噛むようにして囁く。

 「マッド、どうして欲しい?どうすればお前は悦ぶ?いつも、どうされていた?」 

  その囁きに、マッドは上気した顔のままで眉根を寄せた。
  サンダウンの言葉は、マッドの一番柔らかい部分を抉るには十分で。それ以上にサンダウンの眼
 には、自分はいつも男にこうされているように見えるのかと、心臓を刺し貫かれたような気がした。

 「っ、俺が知るかよ!」

  怒りで我を取り戻したマッドは、サンダウンを押しのけて立ち上がろうとした。が、それはサン
 ダウンの腕によってあっさりと阻まれてしまう。

 「放せ!こういうのは女にでもしてやれよ!」

  怒鳴ると、サンダウンは少し驚いたようにマッドを見つめた。

 「マッド、『俺』は本当に、お前に一度もこういう触れ方をしなかったのか?」
 「当り前だろうが!」 

  賞金首と賞金稼ぎがなんでこんな事、と思い、マッドは先程までの自分の醜態を思い出して更に
 顔を赤くする。
  が、そんなマッドにサンダウンはといえば、しがみつく腕を強くするばかりでマッドを逃がす気
 はないようだ。しかも、喜色を湛えた声で呟く。

 「ならば、一番最初にお前を抱くのは、俺だ。」
 「だっ……!」

  先程からの行為で何をされるのかは理解していたが、あっさりと言葉にされた事でマッドは完全
 に固まってしまう。ぱくぱくと口を開閉させるマッドに、サンダウンはそっと指先だけで頬に触れ
 ると、同じように触れるだけの口付けを行う。
  そして、眼元に怯えを残したマッドを見下ろすと、苦笑いを浮かべた。その笑みがあまりにも穏
 やかで、マッドはしばし見惚れてしまった。その間も口付けは止まらない。額から頬、鼻梁から米
 神、顎から首筋へと移動していく。再び胸の飾りを啄ばまれて、マッドは身を逸らす。

 「あ、だ、駄目だって!ひぃっ!」

  けれど、同時に下肢を擦られ、制止の言葉は宙に溶けた。布越しの愛撫に、マッドは身を捩る。
 耐え切れずに縋るものを求めて眼の前にある身体にしがみつくと、愛撫の手はいっそう激しくなっ
 た。

 「うっ………あ、あ……はっ………。」
 「マッド…………。」

  夜の縁のような低い声に、一瞬だけ、この男には記憶が戻っているんじゃないかと思った。けれ
 ども、記憶のある男が、こんなふうにマッドに触れるはずがない。
  カチャカチャとベルトを外す音が、やけに大きく響くのを聞きながら、マッドは眼を硬く閉じる。
 とてもではないが、眼を開けていられなかった。外気に曝された下半身の震えが、生々しい。

 「うう…………。」

  直に触れられて、サンダウンの手の熱を感じて、マッドは一気に限界まで追いあげられる。歯を
 食いしばって声を押さえようとするマッドの奥の窄まりに指を進めながら、サンダウンは囁いた。

 「………声を上げろ。」

  辛いぞ、と言われて、じゃあ止めろと思う。いやそれ以前に止めさせなければならない。けれど
 犯されている身体は抵抗一つ出来なくて。

 「あぐぅっ!」

  身体に入り込んだのは、たったの指一本。だが、それだけでもマッドの視界は真っ赤に染まった。
 痛みに痙攣する身体に、サンダウンの手は前も優しく扱くが、だが容赦なく後ろを責め立てる。
  息をする事さえ出来ない痛みの中で、しかしマッドの身体は徐々にそれに馴染み始めていく。中
 を侵略されていく痛みは、唐突に翻った。少し折り曲げられたサンダウンの指先が、マッドの中の
 ある一点を引っ掻いた。

 「ひっああああっ?!」

  火花が飛び散った。本気で、腰が砕けるかと思うほど。それをサンダウンが見逃すはずもなく、
 何度もそこをなぞる。

 「ああっ、あっ、は、ああんっ!」

  いつしか、サンダウンの指の動きに合わせて、鳴いていた。駄目だと思う思考回路は、既に何処
 かで焦げ付いて、僅かにその臭いがするだけだ。もう、中で何かが弾けてしまいそうだ。あと少し
 で。なのに、サンダウンの指は引き抜かれてしまう。
  唐突に終わらされたそれに、身体の奥でぱちぱちと燻る炎を持て余してマッドは泣きそうになる。
 しかし同時に、最後までなされなかった事に対する安堵が、心の中に吹き荒んでいた。
  ほっと息を吐いて身体の力を抜いた、その瞬間。
  ひたり、と灼熱の塊が添えられる。それが何なのか理解する暇は与えられない。

 「っあ!あああああ、いあっ、かっ、はっ!」

  暴力そのもののようなものが押し入ってきて、マッドは身を逸らせる。身体を折り曲げようもの
 なら、臓腑を突き破られてしまいそうだった。壮絶な違和感が、痛みが、マッドから血の気を引か
 せる。
  いや、それ以上に、自分達が成している事が。

 「あ!待て、んあ!待て、待、て………!」

  制止の言葉は、情けないくらい弱々しかった。が、サンダウンは好き勝手に動きだす。時に労わ
 るように身体を撫でるが、それだけで止めてくれない。

 「やめ、あああっ、あ、あ………!」

  内臓を捏ねるように突き上げられては引き抜かれ、そして突かれる。時には角度を変えて、内側
 の全てに触れるように。何度目かの突き上げの時、今までとは違う感覚が襲ってくる。

 「待て、おかしい、変だ!うあっ、あっ!」
 「マッド………。」

  懇願は、名前を呼ぶ声に掻き消される。その間も、身体を貫く熱の部分から、硬かった内部が融
 け出すのは止まらない。

 「違うおかしい、待て頼むからっ、ぁ、やめっ!」
 「無理だ………。」

  サンダウンは一語で否定し、傲慢にマッドの中を掻き混ぜる。その声に、マッドは全身をがくが
 くと震わせた。頭の奥で、白い瞬きがどんどん大きくなっていく。世界が粉々になりそうだ。

 「駄目だ、駄目、だ!キッド、もう!」

  僅かに残る理性を集めて、最後の抵抗を叫ぶ。だが、それは口付けで閉ざされた。その瞬間に膨
 れ上がった白い光。そこに向かって意識が落ちていく。

 「―――――っあああ!」

  もう、避けられない。観念して眼を強く閉じて、その衝撃に耐えようと息を詰めた。

  世界が、一気に漂白された。
  焼け落ちるその中で、囁かれた。

 「俺のものだ………マッド。」