「てめぇに!てめぇなんかに!俺の気持ちがわかって堪るかよ!」

  親友の叫びに、勇者は虚を突かれたように一瞬放心した。
  一度失ったと思ったものは、再びこの手に戻ってきた時にはもはや全く別の存在になっていた。
  いや、違う。
  彼も自分も何一つとして変わっていない。
  ただ、あまりにも自分が浅はかだっただけだ。
  しかし、後悔した時にはもう遅い。
  親友は血を吐くような咆哮と共に、その手の中に凄まじい光の奔流を滾らせていた。




 だからその手を離して





  双璧。
  まだ、何一つとして世界の事も分からない時分から、オルステッドとストレイボウはそう呼ばれ
 ていた。
  雨が降っていようとも外を駆け巡る事を好んだオルステッドと、太陽がさんざめく中でも奥まっ
 た書庫で本を読む事を求めるストレイボウは、周囲の目から見ても、そして自分達から見ても相容
 れない存在のように思えた。
  けれど、互いに反発しあいながらもその存在を認めていた二人が、まるで相手の弱点を補うかの
 ように、一人は剣士に、もう一人は魔道士になったのは、ある意味必然とも言える事だったのだろ
 う。

  その時には、オルステッドも、周囲が自分達の事を双璧だと呼ぶ理由が分かっていた。
  事実、オルステッドとストレイボウが揃えば、向かうところに敵はいなかった。力で相手を斬り
 伏せる剣と、知略で相手を翻弄する魔法と、この二つをそれぞれ極めた二人は、互い以外に敵とな
 る相手などいなかった。そんな二人の姿は、正に双璧と呼ぶに相応しい。オルステッドも、いつし
 かそう思うようになっていた。
  ストレイボウは幼い頃から、唯一オルステッドとまともり渡り合えた人物だ。その実力だって認
 めている。何よりも、時には剣と魔法という相反するものを得手とするが故に反発しても、本当に
 やりたい事をしている時は、いつだって傍らにストレイボウがいた。何一つ言わずとも、ストレイ
 ボウはオルステッドが望む時に傍にいたのだ。 彼となら、双璧であっても構わないし、彼以外に
 そんな存在はいないだろう。

  オルステッドは、そう思っていた。
  ストレイボウもそう思っている。
  そう信じていた。

  だから、魔王の住まう山で、彼が死んだと思った時、身体の半分を失ったかのように感じた。身
 体の半分が、まるで麻痺してしまったかのようだ。双璧とは相手がいて、やっと完全になるものだ。
  二つで一つ。
  翼が一枚では羽ばたかないように、双璧も片割れが欠けてしまえば、ただのガラクタだ。
  そう思っていた。

  だから、再び魔の山の頂で、自分の半身とも言える彼の姿を見つけた時、王殺しの罪を被せられ
 て国中から恨みと恐れと侮蔑の眼で見られている事などどうでも良いと感じるくらいに心が軽くな
 った。これで全てがうまくいくのだと感じた。

  だって、私達は双璧だ。
  君がいれば、もはや傷などどこにもない。

  なのに。

  彼となら、双璧であっても構わないし、彼以外にそんな存在はいないだろう。
  オルステッドは、そう思っていた。
  ストレイボウもそう思っている。
  そう信じていた。
  勝手に、そう、信じた。
  ストレイボウは常に傍らにあるものだと信じていた。
  ストレイボウの心は常に自分へと向いているのだと思っていた。

  ―――なのに、君は、私の手を跳ね除けた。

 「わかるか?!俺がどんなに苦しんだか!」

  振り乱す夜明け色の髪はところどころほつれ、国中に追われ満身創痍のオルステッドよりも疲労
 困憊しているようだ。
  声はひび割れ、瞳だけが狂おしいほど光っている。オルステッドの手を、汚らわしいもののよう
 に振り払った手からは、 どれだけ強く握り締めたのだろう、自分の爪で傷つけて血を流している。
 常に理知的で冷静だったストレイボウの面影は何処にもない。
  オルステッドの知らない苦く歪んだ表情で、魔法の詠唱の時からは考えられないほど、しわがれ
 た声をぶちまけている。
  数十年間、牢獄に繋がれていた囚人のそれよりも酷い、親友の有様に、オルステッドは一瞬これ
 もまた魔王の罠かと思ったくらいだった。しかし、目の前にいるのはどうしたってストレイボウで、
 自分の親友だ。どれだけ、自分の知らない顔を見せていても。

  いや。

  知らなかった、のではない。
  オルステッドは、吐瀉するように絶叫するストレイボウの姿に、己を嘲笑った。
  気付いていなかったのだ、自分が。
  彼は親友だ。
  私達は双璧だ。
  言葉も態度も必要ない。
  そう思って、何もしてこなかった。
  そんな事しなくたって、彼はずっと傍にいる。
  だって、ずっとそうだった。

  ―――ああ。

  今更。
  こんな事になるまで、気付かなかった。
  彼の苦しみに、ではない。
  自分の中にある、彼への甘えに、だ。
  親友だ―――だから、心など考えなくとも分かる。
  双璧だ―――だから、ずっと傍にある。
  そんな確証、一体、どこにあった?

  自分で作り上げて自分で捺印した、手前勝手な証書だけが、自分の胸の内にあるだけだ。その証
 書は、たった今、ストレイボウの手によって引き裂かれ、そしてストレイボウの手は自分の手の中
 にはないし、ストレイボウはオルステッドの手を振り払って、その手の中に、人を殺す意志を備え
 た魔力の塊を掴んでいる。

  そんな事したら、君の手を掴めないじゃないか。

  剣を携えて、オルステッドは思う。だが、ストレイボウはそんなオルステッドの腕を拒絶するよ
 うに、魔力を強める。
  彼の持てる限り最大の魔力を持って、オルステッドを拒絶する。それはまるで、自分の腕を引き
 千切るかのよう。もうオルステッドに自分の世界を邪魔させないと、そう言っている。傍にあるの
 は嫌だと叫ぶストレイボウに、オルステッドは、千切れたストレイボウの腕を抱えて、途方に暮れ
 るしかない。

  ずっと傍にあると、信じていたんだ。

  両腕のない血に染まった彼を見下ろし、そう呟いた。




  一対の翼の、一つが完全に散って落ちる様。
  片翼で飛べる鳥など何処にもいはしない。
  あとは、散った翼の後を追うだけだ。

 

 




 
 

 
  

 
TitleはB'zの『だからその手を離して』から引用