アニーから金を受け取ったその足で、マッドはひらひらとゴールドの元へ行く。一度としてマッド
の手綱から放れたことのない愛馬は、じっとマッドを見つめている。マッドは愛馬に笑みを見せ、ど
うやらこれが分岐した世界の最後らしいと腹の内で呟く。
 これから、マッドはクレイジー・バンチを狩りに行く。その果ては一体何なのか。『前』はサンダ
ウンとマッドが勝ってみせた。だが、『今』は。マッドと愛馬のゴールドだけでクレイジー・バンチ
の元へ向かう。
 クレイジー・バンチがどこまで『前』と違っているのか。O.ディオは『今』もガトリング砲を持
っているのか。
 マッドだけで、勝てるのか。あの、ならず者の群れを。

「マッド。」

 背後から呼び止められる。振り返るまでもなく、声の主が誰かは分かっている。勿論それは『今』
のサンダウンだ。もしも『前』であったなら、ここまで接近を許さずとも、声を掛けられずとも、そ
の気配には気が付いただろう。けれども『今』のサンダウンからは、あの焦がれるような荒野の気配
は何処にもない。
 マッドは振り返らず、ただ立ち止まった。

「一人で行くつもりか。」
「誰を連れて行けっていうんだ?」

 いや、他の賞金稼ぎ連中に声を掛ければついてくる奴もいるだろう。けれども、それは本当に正し
いのか。帳尻合わせが何処に効いてくるのか、もはやマッドには分からない。誰が死んで、誰が死な
ないのか。
 誰かの幸せが、誰かの不幸に裏返るのか。

「……私も行こう。」
「…………それは、あんたの台詞じゃねぇ。」

 それは、息子を失った元保安官の台詞だ。あの元保管官が結局金は出したのか聞きそびれたままだ
った。マッドも彼には会っていない。

「あんたが、そんな台詞を吐く必要はねぇんだ。」
「………お前は。」

 サンダウンが小さく溜め息を吐いた。

「死にたがりではないと思っていたんだが。」
「死ぬつもりはねぇよ。」
「それなら、何故?」

 一人でいくのか。
 その言葉に、マッドは喉の奥でくつくつと笑う。死ぬつもりで一人でいくわけではないのだが、傍
目に見ればそう見えても仕方がないか。確かにマッド一人で勝てるのかという疑問はマッドも持って
いるには持っているが、死にたいとは思っていない。

「たぶん、O.ディオも俺と同じだろうからさ。」

 この、帳尻合わせ。マッド一人が『前』と『今』を変えただけで、そんな事が起こるものだろうか。
修正力とやらが働いているにしても、悲劇を求める方向に向かうのは何故か。そういうふうに、誰か
が仕込んでいるのか。
 誰かの幸せが、誰かの不幸に裏返るように。
 だとしたら、そういうふうに動こうとするのは、『前』を知っていて『今』との差が分かる誰かと
いうことだ。その誰かは、『前』も不幸を振りまいていた誰か、だ。そしてマッドの事も、サンダウ
ンの事も、サクセズ・タウンのことも知っている。
 自分がどうやって死んだのかも知っている。

「………半分以上が嫌がらせさ。」
「何?」

 マッドの独り言に、サンダウンが怪訝そうな声を上げる。それに、マッドはもう一度喉の奥だけで
笑う。ビリーとアニーの兄が殺されたのは、サンダウンへの嫌がらせだ。帳尻合わせともう一つ、O.
ディオ個人の恨み辛みがあって、それがあの二人に向いたのだ。
 けれどもディオは、マッドが差を生み出した事には気が付いていないはずだ。
 まさか、自分と同じ存在がいるだなんて思わないだろう。マッドも、自分だけが逆行したのだと、
思っていた。
 そして、ここでふっと思いつき、マッドはようやくサンダウンを振り返った。

「なあ。」

 気が付いた。マッドとO.ディオの間には、帳尻合わせの必要がない事を。そして実際に帳尻合わ
せをしないためには、

「とりあえず、あんたは賞金稼ぎと自警団を掻き集めて、街の防衛をしてくれねぇ?撃ち殺しそこね
たあいつらが、襲ってくるかもしれねぇし。」

 マッドとO.ディオの結末は、どちらかの死が前後するだけの話だ。『前』はO.ディオが死んだ。
『今』は仮にマッドが先に死んだとしても、サンダウンが街を守っていれば、O.ディオは勝手に死
ぬだろう。それを取りこぼさないように、サンダウンには街をしっかりと守ってもらわなければ。

「俺は一人でいく。奴の言ってることを理解できるのは俺だけだろうし、俺の言っている事を理解で
きるのも奴だけだ。」
「撃ち殺されて死ぬつもりか?」
「何度も言うが、俺は死にたがりじゃねぇ。」

 ただ、前よりも確かに、自分の死の気配が強くなっている事には気が付いている。それはたぶん、
この世界の分かれ目が再び近づいているからだ。

「お前は、以前、私に撃ち殺されて死ぬとか言っていたな。」
「お前に、じゃない。」

 マッドを撃ち殺すのはマッドのサンダウンだ。『今』此処にいるサンダウンではない。あの、荒野
を押し固めたような、砂と青空を身に纏ったサンダウン。
 きっと、ディオに殺されたところで会えるはずもないだろう。
 マッドは黙り込んだサンダウンから目を逸らし、ひらりと音もなくゴールドに跨る。

「じゃあ、守りを固めんの、忘れんなよ。」

 ゴールドが嘶く。
 世界が回り始めた。




 O.ディオは暗がりの中で目を凝らす。数発の銃声の後、手下どもの声が、唐突に聞こえなくなっ
たのだ。ガトリング砲を取り出し、のっそりと辺りを見回すと、闇の中、きらきらと輝く闇よりも深
い黒と眼があった。
 咄嗟に構えたガトリングの銃口に、彼は、ころころと笑う。

「そんなにびびるなよ、O.ディオ。」

 甘やかな声に、O.ディオは一瞬瞠目した。聞いた事がある、知っている声だったのだ。その存在
がいる事は確かに知っていたし、あの二人を殺した以上いずれやって来るとは思っていたが、しかし
こんなに早く間近にいるとは思っていなかった。
 だが、O.ディオが驚愕したのは次の台詞だった。

「初めまして、じゃあねぇだろう?久しぶり、とでも言ってやろうか。」

 笑みと共に吐かれた台詞は、目の前の男がO.ディオと同じであると物語っていた。