「さて………。」
自分を見下ろすサンダウンの眼が、怖い。うっとりとマッドの頬を撫で、愛おしくて堪らないと
言わんばかりに口元に穏やかな笑み湛えて、そして青い眼はこちらが恥じらうくらい、優しい光を
帯びている。
思わず頬を赤らめて、サンダウンのから眼を逸らしそうになって、マッドははっとする。いや、
なんで頬を赤らめる必要があるんだ。ぶんぶんと首を振って湧き上がる気持ちを否定するマッドを
サンダウンは相変わらず優しく眺めていた。
サンダウンはマッドを安宿から引き摺り出すと、そのまま人里離れた場所に担いでいった。抵抗
しない――いや抵抗できないマッドを担いで、誰も訪れる者のいない朽ちかけた小屋に監禁するの
は非常に楽だったに違いない。
放せ放せと辛うじて声だけで抵抗するマッドを、サンダウンは嬉々として小屋に放り込み、小屋
の扉には鍵を掛けた。
がちゃり、という無機質な音にマッドが身を震わせたのは、これから自分の身に振りかかる事を
期待して――ではなくて恐怖しての事だ。
サンダウンがマッドに求めている事は明白だ。
惚れ薬を飲んで、マッド以外に眼がない男は、何度も自分の望みをマッドに告げている。
抱きたい、中に入りたい、喘がせたい、泣かせたい。男の欲望を忠実に声に出す男に、しかしそ
れを告げられているマッドも男だ、生憎と。
だが、惚れ薬の効果効能によって、性別という高い壁など難なく乗り越えてしまったサンダウン
には、男だなんだという言い訳は全くの無意味だった。男の身体など抱き締めて何が楽しいのか、
サンダウンは飽きもせずにマッドの身体を抱き締め、背中や腰に指を這わせ、マッドの唇の弾力を
味わっている。マッドが、止めろ、と言っても止めようとしない。
惚れ薬に酔っているサンダウンはそれで良いのかもしれないが、基本的に性的嗜好はノーマルは
マッドにしてみれば、堪ったものではなかった。
「マッド……愛している。愛しい人。」
熱っぽく囁かれる声も、そんな声聞かされたってマッドはこれっぽっちも嬉しくないのだ。口腔
を荒らすような情熱的な口付けの合間合間に、囁くように甘えるように落とされる言葉は、聞いて
いるだけで蕩けてしまいそうなくらい、激しい熱を帯びている。
その熱を吹き込みながら、荒野を生きる男を象徴する、武骨でささくれ立った大きな手が、その
武骨さに似合わない、優しい手つきでマッドの身体を解こうとする一方、逞しい両腕はマッドを逃
がさないように背と腰を縛り上げている。
抱き竦めるサンダウンの腕の中で、乾いた砂と葉巻の匂いの中に混じって、サンダウン自身の男
らしい匂いを嗅いでしまい、マッドは思わずときめき――
そうになんか、なってない。
マッドは再びぶんぶんと首を振って、流されそうになっていた己を叱咤する。此処で流されてし
まっては駄目だ。流されて、身体の関係を持つなんて事だけは、絶対にしてはならない。そんな事
になった日には、惚れ薬の効果が切れた後どんな顔をして決闘を申し込めば良いのか。
必死になって高鳴る胸の鼓動を隠そうとするマッドに、サンダウンはすこしばかり獰猛な笑みを
浮かべた。その肉食獣を思わせる表情に、再び心臓が早鐘を打ち始める。
「……お前も、私が嫌なわけでは、ないだろう?」
「な、何言って………!」
「私は、お前を見ると胸が騒ぐ、身体が騒ぐ。お前以外は、見えなくなる。お前に触れるだけで、
世界が完結する。それで、良いと思ってしまう……。」
「………………。」
恐ろしく強烈な言葉を吐かれた気がして、今度こそマッドの心臓は鷲掴みにされた。そんなマッ
ドを見下ろし、サンダウンは勝ち誇ったように告げる。
「お前も、同じだろう……?」
「……………。」
完全な勝者の顔をした――決闘で勝った時でもこんな顔はしない――サンダウンから、マッドは
眼を逸らす。その、赤くなった頬にサンダウンの指が触れる。
「何せ、お前も、あの薬を飲んだんだからな。」
「てめぇが飲ませたんだろうが!」
そう。マッドはサンダウンが半分だけ飲み残した惚れ薬を、全部飲まされたのだ。つまり、マッ
ドも、サンダウンがマッドに惚れているのと同じように、サンダウンに惚れてしまったわけである。
それ故に、マッドを愛していると囁くサンダウンを本気で止める事が出来ず、結果として腕の中に
いるわけである。サンダウンの腕の中に抱かれていると、身体の芯から熱くなって、そのまま服を
むしり取って、無茶苦茶に愛撫して欲しくな―――。
………まずい、本当に薬が回ってきたようだ。
マッドは、とりあえずサンダウンを見ないようにしながら――見たらその髭面をカッコいいとか
思うのは眼に見えている――震える腕を突っ張ってサンダウンから身を剥がそうとする。
「いいか、キッド。俺もお前も、薬の所為でおかしくなってんだ。」
「そのようだな。私に触れられる度に、お前は顔を赤くしているし。」
「っそんな事は言わなくて良いんだ!とにかく、俺もお前もおかしいんだ!そんな状態で突っ走っ
て、眼が覚めた時に困るのは、分かるだろうが!」
「…………お前、そんな事を考えていたのか。」
「てめぇも考えろよ!」
というか、何故、自分の状況変化に戸惑わないのか。突然マッドを抱きたいとか思い始めた自分
をおかしいとか思わないのか。大体、惚れ薬の仕業であると分かって、何故、それに抵抗をしよう
としないのか。
「考えるだけ、無駄だと思ったからだ。」
「ちょっとは踏ん張れよ!」
あっさりと、思考する事を放棄したと告げた男に、マッドは怒鳴る。
すると、宥めるように口付けが降ってきた。唇を啄ばむそれに、思わず答える自分がいて、マッ
ドは泣きたくなった。が、それを凌駕してもっと欲しいと強請る自分がいる。
「……お前も、その気になっている。」
「これは、薬、が………!」
意地の悪い笑みを浮かべるサンダウンを、マッドはきっと睨みつけるが、普段見た事がないサン
ダウンの表情に、再び胸が高鳴った。愛しい相手の前で、サンダウンはこれほどまでに無防備に表
情を浮かべるのか。
「私はお前が欲しい。お前も私が欲しい。それなら、何も、考える必要はないだろう?」
そして、今、サンダウンが愛していると言うのはマッドだけだ。その事実に、マッドの胸が歓喜
に震える。駄目だ、と思うのに、サンダウンの腕に抱かれる事を止められない。サンダウンの手が
全身を撫で、その度に身体は期待で熱を持つ。
「嫌、だ………。」
「嘘を吐くな。私はそんな言葉を聞きたいんじゃない。」
それとも、とサンダウンが一瞬、酷く頼りなさそうな表情を浮かべた。
「それほど、私の事が、嫌か?」
薬でも流される事がないほどに。
微かに痛みを堪えるような色を帯びた声に、マッドははっとする。そして、眼の奥に不安そうな
揺らぎを浮かべたサンダウンを見て、慌てる。そんな顔をさせたいのではないと、うろたえ、酷い
後悔の念が押し寄せる。
愛しい人に、こんな顔をさせたいはずがないのに。
「俺が、あんたの事を嫌いなわけがないだろ!俺だって、あんたの事が……」
怒ったように口にしてから、はっとした。が、その時には既に遅い。サンダウンは喜色を満面に
浮かべて、マッドに抱き付いてくる。
「マッド、マッド……愛している。お前以外はいらない………。」
「あっ……だ、駄目だ……!俺は………!」
抵抗は、本当に御座なりなものだった。愛しい男に触れられて、悦ばない人間が何処にいるだろ
うか。むしろ抵抗するマッドの手は、優しくサンダウンの腕に添えられて、続きを強請っているよ
うにさえ見える。
「マッド………。」
古びたベッドの上に押し倒されて、マッドの身体は今度こそ期待に震えた。サンダウンの指が、
はっきりとした欲求を持って、マッドの身体の線をなぞっていく。
「お前が、欲しい。」
耳元で、ねぶるように熱い呼気が囁かれた。それ以上に、武骨な指先がマッドの敏感な部分を探
し求めて身体の上を這っている。その指先からマッドは逃れる術を持たず、ただ、サンダウンに包
み込まれて身を委ねるしかない。
これほどまでに安堵できる場所など他にはなく、他の誰かに触れられたいとも、思わない。もう、
何もかもを差し出してしまいたい。
「私のものに、なれ………。」
その言葉に、マッドは震えながら、頷いた。