「私が、」

 サンダウンのしわがれた声が、マッドの背中を追いかける。
 すらりと気取った深いダークブラウンのジャケットにぶつかった言葉に、マッドが足を止めた。

「私が、間違っている、と?」

 低いその声は、今その事実い気が付いたのだという驚愕は何処にもなく、それどころか、むしろ、
ああやはりという諦観が溢れていた。
 サンダウン・キッドも、己が何を大きく間違えたのか、気が付いてはいるのだ。ただ、それを正す
事が出来なかったのだろう。それを誰も許そうとしなかったのだろう。
 サンダウンの乾き切った、何も孕んでいない声にマッドは振り返らない。ただただ、足を止め、そ
の先に向かうまでの時間を少しばかりサンダウンに傾ける。

「ああ、大間違い野郎だね、あんたは。」

 マッドはボブが消え去った方向を見つめ、その先に蟠る悍ましいほどの悪意を睨み付ける。悪意の
一旦であるマーサとディックは消え去った。残るはジェシーと、その周りをうろつく愚か者ばかりだ。
 ジェシーのような小物を、悍ましいと言うまでもないと思うかもしれない。
 しかしだからこそ、

「憐れむ相手を間違えて、撃ち抜く相手を躊躇って、それの何が間違ってないって?」

 小物であるからこそ、無自覚の悪意を振りまいて、だからこそそれが悍ましい。
 ジェシー達は自分が悪である事を知っている。しかし同時に、自分達は正しいとも思い込んでいる
のだ。未だに戦前の、輝かしい南部の貴族生活の夢の中で、自分達は悪事を成しても天網を掻い潜れ
ると信じ込んでいる。
 典型的な、南部の、夢遊病者だ。
 そしてその夢に羅感した、連中も。

「キッド、俺はお前みたいな間違いを犯すような真似はしねぇ。」

 このミズーリ州は、南北戦争の爪痕が残る土地だ。斜陽した南部貴族が蔓延り、彼らは特権意識が
強い。輝かしい日差しを浴びるプランテーションが、まだ頭の中にこびり付いているのだ。
 けれども、もはやそれだけで何をしても許される時代ではない。その夢を追いかけて、惰眠を貪り、
あまつさえその毒を撒き散らかすような輩は、

「子供であっても、このマッド・ドッグ様は見逃したりしねぇ。」

 まるで歌でも歌うような、いっそ芸術性のある声音でマッドは告げる。甘やかな、微かに残る南部
訛りにサンダウンが振り返る。

「お前は間違えた事はないのか。」

 いつものサンダウンの声と比べて、幾分か滑らかな響きがあった。その響きが何を意図しているの
かは分からないが、マッドはいつも以上に美しい声音で答える。

「間違えた、と思ったことはねぇよ。」

 賞金稼ぎである以上、誰かがマッドのした事を間違っていると思う事はあるだろう。しかしマッド
は撃ち殺す相手を違えた事は一度としてない。そう思っているし、事実そうだ。少なくともマッドは
無辜の市民を撃ち殺した事は、ない。
 ただ、女であれ子供であれ、確かにその振る舞いによって何処かで嘆く声があったなら、そしてそ
れ相応の金が支払われれば、その脳天を撃ち抜くだけだ。

「あんたみたいに、躊躇いもしない。」

 そして、ジェシー・ジェームズ達のように、既にその生き様は影法師のようでしかないのに、過去
の栄光に縋り付いて夢遊病者のように漂ったりもしない。
 過去、どれだけ同じ夢の世界で生きていたとしても、だ。

「俺は、この世界の最先端を歩いていたい。」

 喉の奥だけで転がした言葉は、サンダウンには聞こえなかっただろう。
 南部の、燦然とした日差しの中で、何一つとして不自由のない生活が広がっていたあの時代。それ
が黒々とした銃痕と共に崩れ去った戦時中。そして、そこから一歩も踏み出せない人々の群ればかり
が広がった、戦争の終わり。
 そこで、諾々と沈み込んでいたくはない、と。
 掌から零れ落ちる砂粒の、その粒の最先でありたい、と。
 マッドはサンダウンを置き去りに歩き出しながら思う。ジェシー・ジェームズ達は、そうは思わな
かったのだろうか。過去に捕えられた、コール・ヤンガー達も。あの時代に、白昼夢のように漂う南
部の日差しを、既に通り過ぎた時代でしかないと、思えなかったのか。
 放たれた銃弾は、もはや元の銃口に戻る事は出来ないのだから、自分達も同じだと思えなかったの
か。
 思えなかった、のか、思っても無駄だったから、なのか。だからコール・ヤンガーは捕えられ、ジ
ェシー・ジェームズには今から引導が渡されようとしている。
 そして強盗団の腹の底など、マッドにはどうでも良い事だった。
 南部の日々も打ち砕かれた城塞も過去のものでしかなく。
 賞金稼ぎマッド・ドッグは、ふらりと獲物の匂いを追いかけて、背後にいる荒野の獣を放ったらか
しにして、夜の深まりに身体を溶け込ませた。





 置き去りにされた荒野の獣――サンダウン・キッドは、消え失せたマッドの端正な背中を無言で見
送る。
 美しい猟犬は既に目の前にはなく、ただ、硬質な足音が規則正しく、微かに耳に響くだけだ。それ
も聞こえなくなりつつある今、サンダウンがそこに居座る理由もなかった。
 サンダウンが問いたかった幾つかの言葉は、声にさえならず、マッドの圧倒的なサンダウンの糾弾
の前に流されてしまった。
 大間違いだ、と。
 マッドは過去のサンダウンをも詰る。
 その通りだ。
 昔から、サンダウンは間違いばかりを犯している。それは人として当然の情ではあるのだろうが、
裁きの場としては欠片も正しくない。
 情の采配は、一見して簡単なようで、恐ろしく難しい。
 人々の心裡など、わかりはしない。泣いている顔の下で口元を歪めて笑っているのかもしれないし、
ひっそりと笑いながら実際は悲鳴を上げているのかもしれない。
 サンダウンは、それを上手く聞き取っていたかと言えば、下手くそだっただろう。
 けれどもそれならばマッドが上手いのかといえば、それも違う気がする。マッドはただ、ただただ、
事実だけを冷然と見据えているだけのような気がする。
 ジェシー・ジェームズに些かの同情も出来ないのは、周知の事実だ。しかしその取り巻きはどうだ
ろう。まだ子供もいるのに。
 サンダウンの疑問は、けれどもマッドは一蹴した。
 だから、駄目なのだ、と。

「罪は罪だ。」

 マッドの声が、聞こえもしないのに耳元で震える。

「理解していないのなら、なおさら、罪だ。分かっていて許されると思っているのならば、なお重い。」

 もちろん、これはマッドの心根ではないだろう。マッドはそれほど罪を憎んでいるわけではない。
むしろ、気紛れに自分の好き勝手に撃ち殺している節もある。

「気に入らねぇからさ。」

 知っている。マッドの言葉は、いつだってそこに行きつく。ただ、その背後に広がる意図を、誰も
知らないだけで。
 罪が罪だと言い切れないこの時代が気に入らないのか、罪を犯しても哀れさを醸せば許される事が
気に入らないのか、はたまた、ただ彼の心の琴線が犯罪者を嗅ぎ分けてそれらを切り分けるのか。
 サンダウンには、分からない。
 分かるのは、マッドがかつてと同じように――あの銀行強盗の時と同じように――冷然と銃を構え、
混乱の真ん中を撃ち抜こうとしていることだけだった。