ウッド・ハイトは、マッドの眼から見て最低の部類に入る人間だった。人間の屑、という言葉がぴ
ったりと当て嵌まる男だった。
妻がいながらもギャンブルに手を出し、親類であるジェシーに言われるがままに強盗を行い、取り
分が少ないと言って喚き散らし、黒人を撃ち殺すような男だった。
マッドの眼の前で黒人を撃ち殺したウッドは、当然の事ながらその場でマッドに取り押さえられて
保安官に突き出された。
その時にウッドが叫んだ言葉と言えば、
「黒人気違いの野郎が、南部出身者だからって差別しやがって!」
という、どうしようもないものだった。
その後のウッドといえば、先だってと同じ台詞を裁判でも吐いて、周囲の同情を誘って罪を軽くし
たというのだから、周囲の人間もどうしようもない。
それとも、未だに南部の人間がおかしな幻想を抱いているという事実を表しているのだろうか。
まあ、そんな事は、マッドにとってはどうでも良いことだ。マッドにとって重要なのは、ウッドが
ジェシー・ジェームズの親類であり、この男がジェシーの強盗団の一員であり、そしてこれが一番重
要なのだが、ジェシーの腹心であるディック・ライデルとあまり仲が宜しくない事だ。
ウッドとディックの馬が合わない事は、周知の事実であるらしく、また二人ともそれを隠そうとは
していない。二人が言い争う声は、強盗団とは関係のない者も聞いているし、マッドも聞いた事があ
る。
言い争いの大半は、ウッドがディックに絡んでいるだけのものだった。ウッドというのはケチな男
で、ディックのほうが金の取り分が多いだとか、そういう些細な事で喚いていることが多かった。
しかしもう一つ、ウッドがディックに噛みつくのが、マーサに関する事だった。
ジェシーは知らないのだろう。自分が良い恰好を見せようとしている女が、腹心のディックとデキ
ており、しかも自分の親族も色目を使っている事など。
ジェシーが何を考えているのか、マッドには分からない。用心深く誰も信じていないように見える
くせに、ディックやマーサが隠れて逢瀬を重ねているとは微塵も思っていない。ウッドのことも、ど
う見ても浅はかな男なのに、平気で仲間に入れている。
悉くが矛盾している破格の賞金首は、疑心暗鬼に駆られた自信過剰にしか見えない。或いは、自分
にとって都合の良いものしか見えてないのか。
いずれにせよ、ジェシーとディック、そしてマーサの関係が壊れる瞬間が、ジェシーにとっての破
滅である事は眼に見えている。あとは、それを破壊する為の弾が必要なだけだった。
幾つかの弾は既に放ってある。
先だってジェシーに疑われて殺された、ジムとエドも弾の一つだ。
残る弾は二つ。
一つはウッドで間違いない。
もう一つは。
銃声が聞こえ、マッドはゆっくりと音の発生源であるマーサの小屋へと向かう。
小屋の中には、牢屋から釈放されたばかりのウッドと、ライデル、そしてライデルを兄貴分として
慕っているボブ・フォードがいる。
その三人が揃って、事が起こらないわけがない。
事が起こるネタが多すぎるのだから。
マッドは、何も知らない態で小屋に近づき、いつものように気軽に扉を開く。そして、軽い足取り
で一歩踏み込もうとしたところで、驚いたように足を止めて見せた。
眼の前に広がっていた光景は、大方マッドが想像していた通りの光景だった。
古びて薄汚れた床に、眼をかっと見開いた状態で倒れ込んたウッド・ハイトの身体と、そこから流
れ出る血が一本線を引いている。その向こう側では呆然とした表情のボブ・フォードと、今にもウッ
ドの死体を始末しようと手を伸ばしているディック・ライデルの姿があった。
唯一、マッドが想定していなかったとすれば、その場にマーサがいた事だろうか。
マーサは幾分蒼褪めた顔で、ウッドの死体を見下ろしていたが、マッドがやって来て真っ先に反応
する気丈さを見せつけた。それは、気丈さと言うよりも、ジェシーという人殺しを匿ってきた図太さ
と言ったほうが正しいのかもしれないが。
「こいつが、いきなりあたしに襲い掛かってきたんだ。だから、ボブが。」
マーサの言葉を聞いてマッドがボブを見ると、確かにボブの手には、まだ薄く煙を吐き出している
銃がある。
ボブは泣きそうな顔で、だって、と言った。
「ウッドが、ウッドがディックを。」
「馬鹿!余計な事を言うな!」
ぼろぼろと真相を語って、マーサの咄嗟の嘘を掻き消そうとするボブを、ディックが叱り飛ばす。
マッドはそんな三人の言葉を振り払い、ウッドの死体に眼を落とす。マッドがひっ捕まえて、保安
官に突き出した男に間違いない。その時と違うのは、服装と、顔を酷く殴りつけられた痕がある事だ
ろうか。
ちらりとディックを見れば、ディックの顔にも同じように殴り合った痕がある。
「どうやら、そうとう激しくやり合ったみてぇだな。」
一通り小屋の中を見回して、マッドは平坦な声で告げた。
マッドが賞金稼ぎである事は、周知の事実だ。そのマッドがどう動くか、三人は戦々恐々として見
ている。
いざとなればマッドを口封じの為に撃ち殺そうとするかもしれない。が、この三人の手でマッドを
ころせるはずもない。
「知ってるか?こいつは、かの有名なジェシー・ジェームズの親戚筋にあるらしいな。」
マッドがさらりと零した言葉に、三人は一様に何を思ったか。
咄嗟に銃を構え直したボブは、きっと自分達がジェシーの仲間であると知れたと思っただろう。デ
ィックとマーサも同じかもしれないが、何か言い逃れる術はないかと視線を巡らせている。
「ジェシーが報復しにくるかもしれないって言いたいのか?」
「あたし達が、ジェシー・ジェームズの仲間だって言いたいの?」
そうして吐き出された言葉はてんでバラバラだった。
ディックは心の裡にある恐怖を口にし、マーサは保身に走った。そんな恋人の様子を、マッドは鼻
で笑い、そして眼にも止まらぬ速さで銃を抜くと、ボブが未だに手にしていたリボルバーを弾き飛ば
す。
その銃声に、咄嗟に自分の銃を引き抜こうとしたディックに、マッドは銃口を向ける。
「おいおい、言い訳をするんなら、穏やかにいこうぜ。」
マッドの行動自体が穏やかとは言い難いものだが、マッドにしてみれば銃口を突き付けたのはそち
らのほうだ。
ディックから銃口をあっさりと離し、さて、とマッドは三人を見比べる。
「残念だが、お前らがこの俺を撃ち殺すのは難しい。それは十分に理解したな?そして、俺も、お前
らが何に怯えてるのかも理解した。」
一つ死体が転がっているのに、マッドはいっそあどけない笑みを浮かべ、小首を上品に傾げて見せ
る。まるで人を人と思わぬ貴族のように。
「お前達は、ウッド・ハイトを殺した事でジェシー・ジェームズの不興を買わないかが不安で、そし
てこの事から自分達がジェシー・ジェームズと繋がっているとばれないかが不安なんだ。……おっと、
ディック・ライデル。銃を抜くのはなしだぜ。仮に銃を抜いても、俺はお前よりも早く、お前の心臓
を撃ち抜く。」
マッドの牽制に、ディックは懐に手を伸ばしたまま、呻くような声を上げた。
「いつから、」
「最初から。」
マッドは甘い南部訛りの残る、しかしそれ以外は美しいクイーンズイングリッシュで答えた。
「最初から、俺はお前達が、そしてこの場所がジェシー・ジェームズの塒だと知っていたよ。」
それを知らなかったのは、マッドが本当に知らないと信じていたのは、彼らがひたすらにお気楽だ
ったからだ。自分だけは神に守られていると信じ切っていたからだ。勿論、そうなるように仕向けた
のは、長い間此処に通い詰め、にも拘らず誰にもこの場所がジェシー・ジェームズの塒だと語らなか
ったマッドだが。
「俺達を、捕まえるつもりか?」
「だとしたら?」
「証拠がない。」
ディックの喘ぐような言葉に、マッドは笑みを深めた。
「証拠ねぇ……。」
うっとりとするような眼差しで、ウッド・ハイトの死体を見下ろす。
「証拠がなくとも、死体が此処に一つあるだけで、保安官が踏み込むには十分だぜ?そして、この小
屋を家探しするにはな。」
保安官は自分達の仲間だと思い込むかもしれないが、しかし今は時勢が変わりつつある。既にジェ
シー・ジェームズの強盗を喜ぶのは一部の人間だけで、大半は食傷気味だ。ましてジェシー・ジェー
ムズが狩場にしているミズーリ州の知事は、彼を捕える為に大掛かりな賞金を準備している。
「待って!」
この時、やはり頭を働かせたのはマーサだった。この女傑は、自分と恋人を守る為に賞金稼ぎマッ
ド・ドッグを利用しようと考えたのだ。
「ジェシー・ジェームズの隠れ家を教えるよ。だから、見逃しておくれよ!」
「悪いが、あんたを信用する理由がねぇな。あんたが嘘を吐いてねぇって、誰が証明してくれる?」
俺が、とか細い声が上がった。
大人達の都合に翻弄され続けたボブ・フォードだった。
「俺が、ジェシー・ジェームズのところにあんたを案内するよ。もしもあんたを騙してたなら、俺を
撃ち殺してくれて構わない。だから、兄貴と姉さんを、見逃してやって。」
純朴な少年は、普通に考えれば、こんな場所にいるべきではなかった。けれども純朴であるが故に
ディック・ライデルに憧れている心を利用され、今もまたマーサという女に利用されつつある。
いや、そう仕向けたのは、やはりマッドだ。
良いだろう、とマッドは頷いた。
「だが、まだ完璧には信用出来ねぇ。だから、マーサとディック。お前らには俺についてきて貰うぜ。」
「ど、何処に。」
狼狽えるディックに、マッドは冷ややかな笑みを見せた。
「州知事のところさ。そこにいって、お前達には命乞いをしてもらう。お前達との取引を俺一人の腹
に仕舞っておくほど、俺は馬鹿じゃねぇ。お前らには、非公式の場にして公式の場で、ジェシー・ジ
ェームズを裏切ると宣言してもらうのさ。」