数日前。

「これ以上、奴らを野放しにはしておけない。」

 ミズーリ州知事クリッテンデンの言葉は、仄暗い会議室に響いた。瀟洒なレースを編み込んだ白い
テーブルクロスが敷き込まれた長机の上には、金の燭台が添え付けられており、蝋燭にオレンジ色の
炎が灯っては揺れ動いていた。
 不安定な蝋燭の炎は、この会合に呼ばれた人々を照らしだし、壁や床に、奇妙な陰影を描き出して
いる。
 クリッテンデンの呼びかけに応じて会合に集まったのは、地元の有力者達――鉄道会社の経営者や
銀行の頭取、保安官の片手にサルーンを経営する人物など、多種多様であった。ただ、一様に言える
のは、いずれもそれ相応の金を動かしている人物達である。
 金を動かす――即ち、俗な言い方をすれば金持ちであり、つまりは常日頃から強盗に頭を悩ませて
いる人物達だった。
 そしてもう一人。無言で金持ち達の動向を見守る人物が、ひっそりと奥に座り込んでいる。
 静寂を保つ一人を除く彼らの目下の悩みの種は、まるで息を吐くように老若男女問わず襲い掛かり、
金目の物を見れば、ただの1セントも見逃さない、欲の張った強盗――ジェシー・ジェームズであっ
た。

「まったく、奴らの何処が民衆に受けているのか、さっぱりわかりませんな。」

 苦々しげに言い放ったのは、つい先日、馬車が襲われた駅馬車の経営者だった。婦人達を乗せた馬
車を襲撃したジェシーは、夫人が付けているアクセサリーを根こそぎ奪い取り、笑いながら立ち去っ
たという。
 この時盗んだ宝石類が、全てマーサの手に渡った事は、彼らの知らぬ事であった。

「奴らの手口を聞けば聞くほど、卑劣で些かの共感も得られんのですがね。にも拘らず、民衆の中に
は未だに奴らを熱狂的に支持する連中もいる。理解できませんよ。」

 ぼやく保安官の言葉に、隣に座っていた鉄道会社の社長も頷く。

「被害者達の言葉を聞く限り、奴らは銃を振り回し、時には殺人も平気で行う犯罪者だ。支持を得ら
れる部分など何処にもない。支持している人々は、被害者の事など見えていないのか。」

 未だに南部軍という亡霊に憑りつかれているんですよ、と小馬鹿にしたように先程の駅馬車の経営
者が言う。

「奴らの支持者は大抵が南部出身者だ。南部の人間が北部の人間を搾取するのは当然だと思っている。
未だに、貴族文化から抜け出せていないんですよ。」
「確かに、」

 クリッテンデンは頷いた。

「そういう論調の新聞社も、ありますな。」

 州知事の言葉に、鉄道会社の社長は溜め息を吐く。

「むしろ、新聞社はそういう意見のほうが多いでしょう。ジェシー・ジェームズを南部軍出身の、未
だに北部に対して反骨精神を持つ英雄である、と。」

 南北戦争が終わり、人々は緩やかに新しい時代を築き上げようとしている。フロンティアは消滅し、
西部という言葉も徐々に消え失せるだろう。
 しかし、それが許せぬという者もいるのだ。

「ですが、ジェシーは南部出身だからという、そういう義侠心で動いているわけではないでしょうに。
むしろ、未だ服役中のヤンガーのほうが、そういう面があったように思いますが。」
「新聞社にとっては、そんな事はどうでも良いのだよ。ジェシー・ジェームズが南部軍に従軍した事
があった。これだけで話のネタにはなる。」

 尤も、ジェシーが襲っているのは、もはや南部北部関係ないのだが。
 けれども、新聞が売れれば良い輩にとって、そんな事実はどうでも良いのだ。

「南部軍であろうと北部軍であろうと関係ない。ジェシー・ジェームズはあまりにも治安を乱し過ぎ
た。これをこのまま放置しておくことは、州知事として看過できない。」

 クリッテンデンはきっぱりと言った。
 ミズーリ州は、ジェシーにとって働きやすい土地だ。南部であるが故に、同郷のジェシーに共感し
ている部分もある。
 かつて、ジェームズ・ヤンガー兄弟が苦杯を呑んだ、北部のノースフィールドは強盗の銃になど屈
しなかったが、ミズーリ州はジェシーの銃口にすぐに手を挙げて蹂躙されるだけの土地だった。クリ
ッテンデンには、それが我慢ならない。

「しかし、どうするのですか?」

 憂鬱そうに、保安官が問う。

「確かに、州民もジェシーの犯罪には食傷気味です。が、新聞社達は未だに奴らを義賊扱いし、奴ら
に少しでも不利になるような事をすれば、殊更批判を書き立てる。」

 それによって潰された保安官を、何人も知っている。
 誰を思い出しているのかは分からないが、鬱々としている保安官に、クリッテンデンはけれども強
硬に告げる。

「しかし、奴らを放置しておくことはできない。」

 だから、とクリッテンデンは会合に集まった人々を、ぐるりと見渡す。いずれの人々も、何か不安
げな表情を浮かべている。それは、自分達が中傷の対象になるのではないかという不安だろうか。

「奴らに、賞金を懸けようかと思う。」

 そんなもの、と鉄道会社の社長が投げ遣りに答えた。

「もう、とっくの昔に懸けている。それ目当てに、嘘の報告がどれだけあったことか。」
「中途半端な額を懸けようというのではない。」
 
 それでも、なおもクリッテンデンは言い募った。まるで、ジェシーを捕える事に固執するかのよう
に。

「千ドルとか、そんな生半可な額では世間一般は見向きもしない。その程度の賞金首は、大勢いるし、
ジェシー・ジェームズよりも、よっぽどか楽に捕えられるだろうからな。」

 それに、新聞社からのバッシングもない。みな、そちらのほうに流れるだろう。そうではなく、ジ
ェシー・ジェームズでしか得られない金額にしなくては、新聞社に、誰にバッシングされてもそれだ
けの勝ちがあると、思うほどの。

「1万ドルだ。」

 ひやり、とする声が仄暗い、オレンジ色の蝋燭が揺れる部屋の中で響いた。その瞬間、確かに蝋燭
の炎も激しく震え、その会合にいる人々の心境を表すようにその影もまた震えた。

「その金額じゃねぇと、俺は動かねぇなぁ。」

 今の今まで無言だった、机の隅に坐していた人物が、ゆっくりと口を開いたのだ。
 貴族かと思うほど端正な、けれども乱暴な、一方で甘やかな南部訛りの残る声に、会合にいるほと
んどの人物が狼狽えた。
 何者であるかも分からなかった上に、しかしどう考えてもその口調は洗練されている。

「知事、先程からずっと気になっていたのだがね。そちらは一体どなたなのかな?」

 声から察するに、南部貴族だ。ただ、貴族と言うにはあまりにも口調が乱暴だ。恐る恐るといった
ふうの問いかけに、笑う気配がした。

「俺が誰なのか、それはあんた方には、一生関係のない事だろう?俺はただ、そこにいる州知事に頼
まれて、ジェシー・ジェームズの暗殺を頼まれただけでね。ただし、それなりの金額を払って貰わね
ぇと動けねぇっていうだけで。」

 賞金稼ぎだよ、と州知事は答えた。
 賞金稼ぎ、とその場にいるほとんどが、その言葉を繰り返す。なるほど、確かにそれならば、ぞん
ざいな口調も納得できる。しかし、賞金稼ぎと一言で言ってしまうには、その声音は、そして微かに
漂う仕草も、洗練されすぎているように見えるが。

「信用できるのかね?」

 駅馬車の経営者の問いかけに、いや、と保安官が制する。

「知っているぞ。お前は、マッド・ドッグだな。」

 保安官の指摘に、賞金稼ぎは笑いを深めた。

「なるほど、確かに腕は確かだ。そしてこちらが馬鹿な真似をしない限り――契約不履行であったり、
それ以外の部分でも騙しをしなければ、信用できるだろう。」

 そして確実に仕留めるだろう。
 しかし―――

「一万ドルか。」

 保安官は、金を出資するであろう経営者達の顔色を窺う。
 マッドはと言えば、涼しい顔で、

「出せるだろう?」

 と嘯いている。

「出せないわけがない。それだけ、儲けてるんだからな。くれるもんをくれるんなら、俺はジェシー
・ジェームズの死体を、確実にあんたらの前に引き摺り出すぜ。」

 奴らの塒も、奴らの中から離脱しそうな輩も、俺は知っているからな。
 低く甘い声は、何処をどうとっても、貴族に近い。しかし、それを指摘する事を許さぬ色が、マッ
ドの中にあった。

「よかろう。」

 最初に声を上げたのは、鉄道会社の経営者だった。

「一万ドル、出そうじゃないか。ただし、確実に、奴らの息の根を止めてくれるのだろうな。」
「確実に、一切の慈悲もなく。」

 マッドは、ひっそりと答えた。
 そして誰にも聞こえないように。

「何年か前に、仕留めそこなった奴らを、今度こそ、確実に。」