「よお、久しぶりだな。」
お馴染みの言葉と共に、お馴染みの賞金稼ぎがサンダウン・キッドの前に立ち塞がる。
何を考えているのかは知らないが、サクセズ・タウンを追い詰めた元凶である馬を愛馬にしたマッ
ドは、何も考えていないような顔で、銃を掲げている。
「久しぶりっつうか、冗談抜きであんた、長い事見当たらなかったな。てっきり何処かに高跳びした
んじゃねぇかと思ったぜ。」
荒野におけるサンダウンの不在を、少し不貞腐れたような声で詰ったマッドは、けれどもサンダウ
ンの姿が長期間見当たらなかった事については、それ以上言及しなかった。
仮に言及されたとしてもサンダウンも困っただろう。
何せ、サンダウン自身が説明できないような事態に巻き込まれていたのだから。説明できたとして
も誰も信じまい。
「まあ、俺としちゃあ、こうしてあんたが逃げずにいりゃあそれで良いわけなんだがな。ただ、そろ
そろ、この関係にも蹴りを着けようじゃねぇか。」
ひらりと漆黒の愛馬から飛び降り、黒々とした眼でサンダウンを見上げる。視線で、自分のいる場
所まで降りてこい、と言う賞金稼ぎに、サンダウンがその言葉を聞いてやる義理は何処にもなかった。
けれども、そんなサンダウンの考えを呼んだのか、マッドが奇妙な言葉を吐いた。
「言っておくが、今回を逃せば俺があんたに手を出すのは、しばらく先になる。俺としちゃあ、そう
なるよりも先に、あんたとの関係を始末しておきたいのさ。」
サンダウンも馬から降り、ただし銃には手を伸ばさず、どういうことだ、と片眉を上げる。
けれどもマッドは鼻先で笑っただけだった。
「知りたきゃ、この俺に口を割らせたくなるような事をするんだな。」
マッドが掲げたバントラインが、ぎらりと黒光りする。
その閃きを見て取ったサンダウンは、無言で腰に帯びていたピースメーカーを引き抜いた。真鍮色
の輝きがサンダウンの前で斜めに横切った、かと思うや、一撃、銃声が轟いた。
粗点を合わせたかどうかも疑わしい。しかし、現実として、サンダウンがその一瞬で、マッドの手
からバントラインを弾き飛ばしていた。
ただし、マッドはその状態になっても、特に驚いた素振りは見せなかった。それは、かなりの確率
でサンダウンに銃を弾き飛ばされているという事実もあったし、何よりもマッドがこうなる事を予測
していたようにも思えた。
視線で、砂地に転がった銃を追いかけたマッドは、すぐにサンダウンに眼を戻す。
「やれやれ。あんたはこういうふうなやり方しかできねぇのかね?大方、女にも乱暴な方法で接して
んだろう。」
肩を竦めるマッドに、サンダウンは表情一つ変えない。
無言と無表情で話の先を促すサンダウンに、マッドはもう一度、やれやれと首を横に振った。
「あんたが今の今まで何処に行っていたのかは知らねぇが、あんたがいないうちに、あんたを超える
賞金額の賞金首が出てきたのさ。」
その額は、一万ドル。
サンダウンの倍の賞金額に、サンダウンは微かに眼を細めただけだった。だが、次にマッドが吐い
た名前に、
「あんたも、名前くらいは知ってるだろう?ジェシー・ジェームズ。そしてフランク・ジェームズ。
あの兄弟さ。言っておくが二人合わせて一万ドルじゃねぇ。一人ずつに対して一万ドルだ。」
眼を僅かにだが見開いた。
むろん、サンダウンとてその名前は知っている。いや、知っているどころの話ではない。
あの二人は、サンダウンが保安官として最後の仕事をした時に、取り逃がした二人だ。
「おまけに、あいつらの取り巻きにもそれぞれ五千ドル――あんたと同じ金額だ、それが懸けられて
る。」
取り巻きの事はサンダウンは知らない。
ジェームズ兄弟が、あちこちで悪さを始めた事はサンダウンも耳に挟んでいたから、依然と同じよ
うに、仲間を集めたのだろう。だが、あの二人に仲間を集めるだけの人望があっただろうか。
サンダウンが見た限りでは、人望があったのはヤンガー兄弟のほうだった。だから、あの二人が再
び何かしようとも、所詮は烏合の衆であり、大した事は出来ないだろうと考えていたのだが。
「………奴らは、一体、何をした?」
「強盗と名のつくものなら、何でも。」
列車強盗、銀行強盗、駅馬車強盗………。
「行きずりの犯行も多い。大した金になりもしねぇのに、人を襲って財布をふんだくる。そういう事
ばっかりしてやがる。」
一つ一つを見れば、かつてのギャング団ほどの大きな犯行はない。けれども、その数が多すぎる。
しかも、相手も選んでいないようだ。
特に、ジェシーが根城にしていたミズーリ州は酷かった。
ミズーリ州はジェシーに対して、幾分か義賊として好意的に見ている部分があったが、しかしそこ
でももはや食傷気味に見られるほどに、ジェシーの犯行は矢鱈滅多になっていたのだ。
事態を重く見た当時のミズーリ州知事、クリッテンデンは、ジェシーを討伐する為に、財界にまで
働きかけた。
1881年7月25日のことである。
クリッテンデンは秘密の会合を開いた。集まったのは、火薬武器製造業者、銀行のオーナー、鉄道
会社の幹部、現金輸送会社の社主、そして州の法務官もいた。
この時、ジェシーを始めとする強盗達に、一万ドルと五千ドルの金額が懸けられたのだ。
「いや、俺もあんな小物なんぞ放ったらかしても良いと思ったんだがね。一万ドルは魅力的だ。あの
男を撃ち取って一万ドルってのは、美味すぎる話だ。」
「………美味すぎる、と思うということは、裏があると考えているのか。」
マッドの言葉が、決して法外な賞金額に浮ついたものではない事を見て取ったサンダウンは、問い
かける。しかし、マッドはそれに対して微かな笑みを浮かべただけだった。
「裏って言うほどの裏はねぇよ。あの男のやり方は、とにかく杜撰だ。奴自体を見れば、危険も少な
い。ただ、それでも今まで捕まってこなかったって事は、それ相応の理由があるんだろうが、それ以
前に、」
マッドの笑みが一瞬、凄惨なものに変わる。
「一万ドルっていう賞金は、ジェシー・ジェームズの危険性に懸けられたもんじゃねぇ。奴を殺した
後に起こる、バッシングに対する見舞金みたいなもんだろうよ。」
延々、ジェシーを義賊として祭り上げ、英雄と見做してきた新聞社。それが、仮にジェシーを捕え
た場合、捕えた者に対してどれだけの根拠のない誹謗中傷を行うか。
マッドは、それを知っている。
サンダウンも、勿論知っている。
「お前は、新聞社を敵に回しても、一万ドルが欲しいと?」
「魅力的だろ?俺以外にも、そう思う奴は大勢いるぜ。」
止せ、とサンダウンは喉の奥だけで呟いた。
新聞社共が書き立てるある事ない事に、マッドが屈することはないだろうとは思う。だが、サンダ
ウンは彼らの性根が腐った実態を、身を以て知っている。
「なんだ?てめぇがこの俺様の心配をしてくれるってか?」
サンダウンの表情は崩れていないが、マッドは何を読み取ったのか、そう言う。けれども、そこで
ジェシー・ジェームズを追う事を止めるとは言わない。
「てめぇなんかに心配されるほど、俺は落ちぶれちゃいねぇぜ。安心しろ、このマッド・ドッグ様が、
新聞社の連中がぐうの音も出ないようなやり方で、ジェシー・ジェームズの心臓を撃ち抜いてやるさ。」
あんたの代わりに。
マッドの囁きは、誰にも聞こえなかった。