東の空に、一つ星が強烈に瞬いている。
 夜明け間際に煌めく星を見上げもせず、サンダウンは銃に一つずつ弾を込めていた。
 視線の先にあるのは、小さな農家だ。納屋と、馬小屋と、そして畑とが、明かりの灯る家を取り囲
んでいる。
 保護された農家の少年が、唇を噛み締めて家を睨み付ける。あの家の中には、彼の両親と、瀕死の
重傷を負ったならず者がいる。

「無事だと思いますかい?」

 自警団が、そっとサンダウンに囁いた。ならず者達が姿を隠し、そして何よりも体力を回復させる
為に、善良な農夫婦を脅し、彼らの家に入り込んでから既に一日が経っている。その間、ならず者達
が農夫婦に手を出していないか。

「……おそらく、無事だろう。」

 ならず者の中で、チャーリーのみが軽傷だが、他の三人――ヤンがー兄弟はいずれも重傷を負って
いる。重傷者の面倒を見るには、チャーリー一人では手が足りない。ヤンガー兄弟の面倒を見る為に
も、夫婦は生かされているはずだ。

「なるほど。けど、どうやって助け出すおつもりで?奴らはきっと、あの小僧の親を人質にしますぜ。」
「………そんな暇は与えるつもりはない。」

 サンダウンは、無表情としか言えない声を出した。ひたすらにそっけなく、平坦な声の答えと、自
警団を置き去りにする。
 ただ一人、無防備と言っていいほどの自然体で農家に近づくサンダウンに、家の中に潜むならず者
達は気が付いていた。だから、彼らはひとまず一発、脅しでサンダウンに銃を撃ちこんだのだ。銃声
一つ鳴らせば、普通はたちどころに怯む。そうしてから、人質を盾に交渉し、逃げおおせる。
 そんな幻想を、未だにギャングは抱いていたのだ。
 這う這うの体で逃げ出したノースフィールドで、あれほどまでに如何なる脅しも効かなかったにも
関わらず、だ。
 そしてサンダウンは、ならず者達が自分に気づいている事に、気づいていた。もちろん、ならず者
が、これまで自分よりも弱い、銃声一発で怯むような者しか相手にせず、弱い者を平気で撃ち殺し、
人質とする存在である事も、十分に分かっていた。
 サンダウンが、銃声一つで怯えるわけがない。
 サンダウンはヤンガー兄弟の浅はかな考えなど分かっていた。
 だから、脚元に鉛玉が一つ転がった瞬間に銃を抜き放ち、農家目掛けて無言で一つ、鉛玉を送り込
んだ。
 脅しではない。
 サンダウンは、彼らに警告するつもりなど、微塵もなかった。農夫婦を人質にされる前に、彼らを
戦闘不能にする。それは普通ならば、小屋の中の様子が分からない以上、できない事だっただろう。
けれどもサンダウンは、生憎と、普通ではない。
 南北戦争を生き抜いた、卓越した気配の感知能力と、正確無比な狙撃の腕が、ならず者からの一切
の反撃を無効にする。
 サンダウンが初めに撃ち放った銃撃は、窓を突き破り、農家の妻を今にも盾にしようとしていた、
チャーリー・ピットの心臓を過たず撃ち抜いた。
 チャーリーは、即死だった。
 無慈悲な鉛の弾に、眼の前で仲間が殺されたヤンガー兄弟は、人質を忘れ応戦してきた。近づくサ
ンダウンに一斉に銃を向けたのだ。
 けれども、夜明け前の薄暗い視界の中、しかも瀕死の男達が、たった一人で荒野に佇む保安官を、
撃ち殺す事は困難だ。
 何よりも、彼らにはサンダウン・キッドと同じだけの能力をもっていなかった。
 周囲の砂に穿ちを付ける銃弾と火花に、サンダウンは微かの表情の変化もなく、いっそ無造作と言
える態で、立て続けに二発、銃を撃つ。
 その銃は、ジムとボブの手をそれぞれに撃ち抜いた。そしてその後、彼ら二人の膝を貫く。
 頽れた弟二人を隣に、残る一人、一番の瀕死の重傷者コール・ヤンガーは、それでも冷静だった。
 サンダウンが放った銃は五つ。
 チャーリーの心臓を撃ち抜いた一つ。
 ジムとボブに最初に二発、後から更に二発。
 サンダウンが持つピースメーカーは、六発しか銃弾を装填できない。つまり、サンダウンが今すぐ
に放てる銃弾は、あと一発だけ。それが終われば、弾を詰める作業に入らねばならない。あと一発を
凌げば、まだ希望がある。
 けれども、サンダウンはならず者の希望を、悉く絶望に変えてきた男だ。
 弾があと一つしかない?
 それが外れたら隙ができる?
 それはコールの淡い淡い望みに過ぎない。
 仮に、そこにいた保安官がサンダウンではなかったのなら、コールの希望は、より一層現実味を帯
びただろう。
 けれどもサンダウン・キッドはサンダウン・キッドでしかなく、他の保安官に変化する事は、決し
て起こらない。
 そして。
 サンダウンにとって、弾が一発残っているという事は、少なくとも確実に一人の人間を撃ち落す事
ができるという事と、同義だ。
 即ち。
 コールの望みは、最初から絶たれている。
 ピースメーカーが、一声、最後の雄叫びを上げた。それは僅かな躊躇いもなく、瀕死のコールの肩
に地獄の一歩手前へと連れ去った。

「もう、もう止めてくれ!」

 ずたずたの兄の姿に、とうとう、末弟ボブが悲鳴を上げた。人質は既に彼らの手を逃れて、部屋の
隅に移動し、それを再び捕えるだけの力は残されていない。そしてこのまま放置していれば、コール
は間違いなく死んでいただろう。

「降参だ!俺達の負けだ!もう、誰も動けない!」

 悲鳴の終わりのほうは、すすり泣きに近かった。それはそうだろう。これまで彼らは一度たりとも、
真の恐怖を味わってこなかったのだ。南北戦争のあの修羅場の時は、もしかしたら感覚が麻痺してい
たのかもしれないが、けれどもその時でさえ、仲間が悉く斃れるなんてことはなかった。
 けれども。今。彼らは圧倒的な強者の前に立たされて、完膚無きにまで叩き潰されたのだ。
 恐怖というものを嫌と言うほど刷り込まされ、後は泣いて許しを請うしかできることはない。
 ボブの命乞いを聞いて、サンダウンはやはり何の表情も変えず、気負い一つ見せず、無造作な足取
りで打ちのめされた小屋の中に入った。
 小屋の中は、サンダウンが銃弾を撃ち込んだ窓が割れている以外は、綺麗なものだった。それ以外
は、何一つとして壊れていない。床の上で呻く、男達が、ひたすらに無様であるだけで。
 サンダウンはそれに蠅に向けるほどの注意を浮かべてから一瞥し、部屋の隅で抱き合う農夫婦の姿
を認める。二人は、顔色こそ悪いものの、しっかりと立ち上がり、きっぱりとした眼でサンダウンを
見返した。

「保安官殿ですか?」

 夫の言葉に、サンダウンは頷く。

「サンダウン・キッドだ。オスカーから救助要請があって、やって来た。」
「オスカー!」

 妻のほうが声を上げる。

「あの子は、あの子は無事なんですか?!」
「ああ………。外で自警団達と一緒に待っている。会いに行くといい。それとついでに、自警団達を
呼び寄せてくれ。こいつらの始末をしたいからな……。」

 夫婦は頷くと、小走りで小屋から出ていく。それを少しだけ見送って、サンダウンは息も絶え絶え
な男達を見下ろした。
 血みどろの男達――うち一人は死んでいる――の処遇がどうなるか、サンダウンには分からない。
いや、薄らとだが分かる。
 普通ならば絞首刑ものだろうが、彼らに死なれては困る輩がいるだろう。未だ南部軍に固執する貴
族連中や、彼らの『功績』を騙る新聞記者が。
 しかし、死なずとも彼らはもはや悪さはできない。そういう身体になるよう、サンダウンは彼らを
撃ち抜いた。彼らはこれから、歩くこともやっとな人生になるだろう。強盗など出来るような動きは
二度と返ってこない。
 本当ならば――撃ち殺したビルやチャーリーも含めて絞首刑にしてやりたかったが、それができな
い事を見越して、サンダウンは銃を撃ったのだ。

「いずれにせよ、奴らはしばらくは動けない。」

 事後処理を終えたサンダウンは、エイムズ将軍にそう告げた。
 けれどお、エイムズは首を横に振る。

「だが、二人逃げおおせたままだ。」

 彼らの目の前には、銀の星が落ちている。

「ジェームズ兄弟が、未だ捕まっていない。」
「しばらくは、尻尾を出さないでしょうよ。」

 その場に呼ばれた、ピンカートンが、低く告げる。

「奴らはそういう奴らだ。ほとぼりが冷めるまでは、地下に潜って過ごすことでしょう。今回のそれ
は、きっと今までよりも長い。それにメンバーもそう簡単には見つからんでしょう。」

 あの二人は、仲間を見殺しにしたのだから。
 それでも、とメンバーになるのは、新聞の記事に踊らされている愚か者だけだ。

「だから、次に奴らが仕事をする時、奴らは自らの首を絞める事になる。内々から、ね。」
「ふむ。けれども、だからといって、保安官辞任の話にはつながらんぞ。」

 エイムズ将軍は、元部下を睨み付ける。
 それに対して保安官は、表情を微塵も変えない。

「私がこのまま保安官に留まれば、あまり良い結果にはならないでしょう。」

 ヤンガー兄弟に義理立てしている南部軍の生き残りの復讐や、新聞記事に煽られた見当違いの偽善
者共がやって来る可能性がある。そしてそれらは、サンダウン本人ではなく、サンダウンの身の回り
にいる人々を傷付ける可能性が、多大にある。

「私は、奴らに近しい者を傷付けられる事は、ごめんです。」

 胸の星は既にサンダウンから離れている。
 それがサンダウンの胸に戻る事は、二度とないだろう。

「止めようとしたら、閣下であれ、容赦なく撃ちます。私の銃の腕は、ご存知でしょう。」

 低く、最後に一言、失礼、と言い置いて、保安官は将軍と探偵に背を向けた。
 捨て置かれた銀の星は、微かに曇った煌めきを浮かべた。