サンダウンが厩に辿り着くその一歩手前で、再び銃声が轟いた。そして、ぽーんと音がしそうなほ
ど、気持ちよく放物線を描いて飛んでいく人影が。馬に蹴り飛ばされたその人影の頭から、一筋、真
っ赤な線が垂れているのを、サンダウンは見た。
 そして、重苦しい音を立てて地面に落ちたその身体の脇を、物凄い勢いで馬が通り過ぎようと躍り
出てきた。
 サンダウンは、その馬の乗り手をはっきりと見た。
 コール・ヤンガーだ。ギャングの要の一つだ。己は馬に乗り、隣に誰も乗っていない馬を並走させ
ている。
 コールのほうも、サンダウンを見た。そして、その眼に、見る間に恐怖が宿った。当たり前だ。サ
ンダウン・キッドと言えば知らぬものはいない。
 西部一の銃の腕を持ち、彼の縄張りを荒らしたならず者が、その銃弾から逃れられた事など終ぞな
い事は、アメリカ西部を生きる者なら、誰でも知っている。
 コールは、サンダウンの名声が新聞社の手によって貶められている事を知っているはずだ。何せ、
わざわざ新聞社にご丁寧に本名で手紙を出すくらいなのだから、自分達が如何に崇め奉られて書かれ
ているか、そしてその為に何人もの名声が地に落とされたのか、知っているだろう。
 もしかしたら、仲間内では、そうして失墜した人々の名を馬鹿にしていたのかもしれない。
 だが、当の本人の前で、それを口にして嘲笑う事は出来はしなかった。所詮、南部軍崩れの強盗だ。
己よりも遥かに強い者を、陰でこそこそあげつらう事は出来ても、眼の前でそれをしてみせる度胸な
どあるわけがない。
 そもそも、コールは既に一発の銃声で混乱の極みにいる。そこに恐怖が落ちかかったのだ。
 しかし、それでも、南部軍として北部軍の生き残りを殺害しているような輩の中にある矜持が疼い
たのだろうか。サンダウンの脇を一瞬で通り過ぎると、銀行の表口から大声で中にいる仲間に危機を
知らせたのだ。

「逃げろ!作戦は失敗だ!保安官がすぐ傍に来てやがる!」

 そう。サンダウンはコールの顔を見た。もはやコールに、銀行強盗の罪から言い逃れする事など出
来ない。この場から逃げたとしても、銀行強盗を実行したという証言者がいるわけだ。
 だから、コールには何処までも何処までも逃げるしか、残された道はなかった。
 ぱっと、銀行の表から一人の男が現れた。コールと一緒に、銀行の前を見張っていたクレルだった。
こちらは、わざわざ銀行の中に入って仲間に危険を知らせたらしい。そして、コールが並走させてい
た空いた馬の背に飛び乗った。
 同時に、サンダウンの背後の厩――銀行の裏口から一人の男が飛び出す。サンダウンはそちらを咄
嗟に見やり、けれども銃はコールを狙って、そして裏口から逃げ出した男を追うように銃声が轟くと
同時に、己もまた銃を撃った。
 サンダウンはコールなど見てはいなかった。けれどもその銃は過たず、そして西部一の名に違わず、
コールの右肩を恐ろしい精度で貫いた。
 コールは思わず仰け反った。その様子を見たクレルが何事か叫ぶ――が、その左眼に、何処からと
もなく飛んできた鉛玉が食らいついた。完全に背後を見ていたサンダウンの銃弾が、コールを気遣い
横を見たばかりのクレルの左眼に、真横から飛び掛かったのだ。
 サンダウンの意識は、既に負傷した二人のならず者からは離れていた。あの程度の傷を作っておけ
ば、何処に逃げたとしても逃げきれない。サンダウンにはその確証があった。サンダウンには、それ
よりも、たった今、裏口から飛び出してきた男――逃げ出してきた銀行員を背後から撃ちった強盗に、
同じように傷を付ける必要があった。
 倒れた銀行員に駆け寄り、サンダウンは裏口を真っ直ぐに見つめる。そこにいたのは、たった今、
銀行員を撃ち殺したばかりで、硝煙の漂う銃を持って立ち尽くした男だった。ボブ・ヤンガー。ヤン
ガー兄弟末弟だ。
 銀行員に止めを刺そうと引き金に指を掛けている。
 だが、サンダウンの眼に射抜かれたボブは、石の眼に行き合ったかのように硬直した。この男もま
た、サンダウンの姿を見るなりその眼に恐怖を沸き上がらせた。そして踵を返すや、

「やばい!やばい事になった!」

 甲高く叫びながら、銀行の奥へ戻っていく。
 銀行の中では、未だにフランクとジェシーのジェームズ兄弟が、金庫番のヘイウッドを痛めつけて、
どうにかして金庫を開けさせようとしているところだった。今のところ、彼らが手に入れたものとい
ば、銀行の中に残っていた小銭を掻き集めたものだけだった。
 彼らはコールとクレルの警告と、ボブの泡を食ったような声を聞いて、ようやくその手を止めた。
 いや、正確には最後の一手を打った。どれだけ痛めつけられても金庫の鍵を渡そうとしなかったヘ
イウッドの眉間に、銃を突き付け、撃ち殺したのだ。
 そして――掻き集めた金の入った袋を片手に、ボブと同じく泡を食ったように逃げ出した。
 サンダウンの悍ましいほどの気配が、銀行の中に入り込んできたのだ。その気配を伴った銃弾が、
一つ、今にも銀行の表扉から出ようとしていたボブの脚に噛みついた。
 そんなボブを放り出して逃げるジェームズ兄弟の脚にも、一つずつ、無言で鉛玉が食らいつく。
 サンダウン自身の歩みは、それほど早くはない。人質が盾にされていないか、強盗が他にも紛れて
いないかを確かめてから坑道していたため、強盗との距離はかなりあった。けれどもそれを補うほど
の、無情なほどの正確無比な弾道が、強盗達を噛み砕いていた。

「逃げろ!逃げろ!」

 表ではコールが血塗れになりながら叫んでいる。
 サンダウンに狙撃されたコールとクレルは、その後、住人達からの一斉射撃にあったのだ。強盗達
は、まさか住人達が自分達に反撃してくるとは思わなかったのだ。いつもの通り、銃を掲げれば怯え、
言われるがままになると信じていた。
 けれども、そんな南部軍の思惑は完全に外れた。ノースフィールドの住人達は、銃に対して恐怖す
るような性根を持っていなかったのだ。
 そして、もう一つ。彼らの予期していなかったことがある。

「これで、奴らの援軍はなしだな。」

 ノースフィールドの町外れにある橋の上。そこには逃走経路を確保している強盗が三人ほど残って
いた。彼らは、銀行で混乱が起きたと見るや、すぐに加勢に駆け付けようとした。町の住人は通りの
混乱に眼が行っていて、そちらにまでは気が回らない。
 けれども、それをしっかりと見ていた者がいたのだ。
 ホテルの最上階にいた医学生と、その友人だ。
 二人は――正確にはヘンリーの友人が、突入しようとするジム・ヤンガー、つまりコールの弟の肩
を撃ち抜いた。そしてその後に続くビルの心臓を撃ち抜いた。そして、チャーリーの握るリボルバー
を弾き飛ばす。
 立て続けにそれをやってのけた友人の隣で、ヘンリーは感嘆の息を吐いた。

「流石だな……。」
「流石ってのは、俺よりもあのおっさんのほうだろうさ。」

 葉巻を燻らせたまま、銃から硝煙を吐き出す友人は、ちらりと通りの奥にある銀行を見る。保安官
が銀行の中に入っていくのを、二人は見ていた。銀行の前では、強盗達が馬に乗ってロデオまがいの
動きをしている――住人達の銃撃から逃げようと、右往左往しているのだ。

「あのおっさん、背中に眼でもついてんのかね。あの二人を撃つ時、そっちを見ようともしなかった
ぞ。」

 ただし、撃ち方は甘いが。二人とも、まだ死んでいない。
 けれども、片方が落馬した。撃たれたのだろう。残る一人が、それを押し上げようとしている。
 この時、クレルが瀕死の重傷を負い、それをコールがどうにかして自分の馬に乗せようとしていた
のだ――クレルはその直後に、死んでしまうのだが。
 コールは銃撃の中、クレルと馬を盾に、それでも仲間を助けようともがいていた。それが、南部の
矜持だったのだろう。
 そんなコールの前に、それぞれ足を打たれたジェームズ兄弟がやって来る。彼らは自分達の馬にど
うにか乗り上げ、全速力で逃げ出したのだ。
 忘れてはいけないのは、この時、銀行にはヤンガー兄弟末弟のボブが残っていた事だ。ジェームズ
兄弟は、ボブを置き去りにして、逃げ出したのだ。ボブも這う這うの体で逃げ出してきたが、この時
馬は一頭も残っていなかった。実は、彼の馬は銃撃の最中に撃ち殺されていたのだ。だから、ボブは
歩いて逃げるしかなかった。
 そして、フランクとジェシーは、そんなボブを自分の馬に乗せる事もなく逃げ出したのだ。

「……そんなもんか。」

 ヘンリーは、この時友人が、微かに失望したように呟いたのを聞いた。そして、あの強盗団が微か
な南部訛りであったこと、そして友人が南部出身であった事を思い出した。
 友人は、同郷の行為に、失望してしまったのだろうか。
 弾切れだ、と言い置いてさっさと引っ込んでしまった友人を見送るヘンリーの眼下では、今正に、
ジェシー・ジェームズが仲間を放り出して逃げ出しているところだった。
 そして大通りでは、取り残されたボブの叫びに応じて、己が瀕死であるにも関わらずコールが舞い
戻り、ボブを引き上げて再び逃げ出すところだった。

「良いのかい?彼らを逃がしてしまって。」
「逃げられるわけがねぇだろうが。」

 友人の言葉は、あっさりとしていた。
 そう。逃げられるわけがなかったのだ。
 逃げ出した強盗達全員に牙を喰い込ませたサンダウンが、死んだヘイウッドの亡骸を抱えて銀行か
ら出てきた。無抵抗のまま殺された金庫番の亡骸が、まだ温かいうちに保安官は、自警団を即座に立
ち上げるように命じる。
 ヘイウッドが暴力の末に殺されたという事実は、流れるように西部全域に広がった。新聞社の中に
は、それがヘイウッドが愚かだったからだという論調のものもあったが、しかしそれを凌ぐほどに、
大衆のジェームズ・ヤンガー・ギャングへの失望は大きかった。
 義賊と銘打たれているにも関わらず――彼らがそう名乗ったのではないが――何の抵抗もしない銀
行員を殺したのだ。それは、義賊からはかけ離れた姿だった。そもそも、彼らは何度も何度も、背中
を向けた武器を持たない人々を撃っている。
 もはや、『大衆』の中に、彼らを庇おうとする者も、恐ろしいと思う者もいなかった。
 名高いギャングは、確実に破綻を迎えようとしていた。