[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。




「もしも、」

 男は葉巻をふかしながら告げる。真っ白い煙は、ウィリアムのところにまで流れ込み、甘ったるい
香りでウィリアムを巻き取る。

「もしも、サンダウン・キッドが、保安官としての最期の事件について後悔があるとすれば、それは
間違いなく、犠牲者を出した事にあるだろうな。あの悪名高いギャング共を、たった二人の犠牲で退
けた事は、むしろ誇るべき事だと思うが、サンダウン・キッドはそうは思わなかった。」
「新聞では、死亡した二人を、下手にギャングに逆らったからだと非難する論調でしたが。」
「ああ。」

 男は小さく笑う。

「レイモンドの書いた記事では、間違いなくそういう論調だったな。義賊ジェームズ・ヤンガー・ギ
ャングに逆らうとは何事か、と。だがな、さっきも言ったように奴らは義賊でもなんでもない。自分
の欲望の為に他人の金を狙う盗人だ。銃で他人を脅して他人を従わせる、小悪党そのものだ。」

 それまで、ジェームズ・ヤンガー・ギャングが強盗をしてこられたのは、義賊だから誰かに庇われ
ていたのではなく、これまで彼らが餌食としてきた人々が、銃の脅しに屈したからだ。
 そして、だからこそ彼らは、これまでと同様にノースフィールドでも圧倒的な暴力を見せつければ
上手く事が運ぶと思っていたのだ。
 しかし、そうはならなかった。
 ミズーリ州のその町では、誰一人としてジェームズ・ヤンガー・ギャングの脅しに怯える事も屈す
る事もなかった。
 むしろ、ギャングを捕える事に積極的だった。
 だから、三人の強盗が銀行に入り込んだ時、銀行には三人の金庫番がいたが、彼らは強盗の銃口に
頭を下げる事はなかった。
 ダークヒーローとして扱われるジェシー・ジェームズの兄、フランクは金庫番ヘイウッドに銃を突
き付け、

「この銀行は包囲した!銀行の外には、俺達の同志――南部軍の生き残りが集結している!北部軍の
悪党エイムズの金を即座に俺達に明け渡せ!」

 もちろん、南部軍の生き残りなんてものは集結してはいない。彼らにいるのはその場にいる三人と、
銀行の表にいる見張りの二人、そして端で逃げ場を確保している三人だけだった。そして、そんな事
は銀行員達はとっくの昔に分かっていた。
 だから、金庫番であるヘイウッドは、銃で脅され、金庫の置いてある鉄格子扉に押し付けられなが
らもとにかく冷静だった。

「悪いが此処にいる誰も、金庫の鍵は持っていない。金庫の鍵は明日、警備兵と一緒に来る店長が持
ってくる事になっているんだ。」
「嘘を吐くな!」
「嘘じゃない。」

 私はお前達とは違うんだからね――ヘイウッドがそう言ったかどうかは定かではない。けれども、
悪党相手に一歩も引かなかったこの男が、ヤンガー兄弟の末弟であるボブを逆上させた。ボブはヘイ
ウッドの頭を何度も銃把で殴りつけたのだ。

「良いから早く鍵を出せ!此処に金がある事は分かってるんだ!」

 血が出るほどに殴られながらもヘイウッドは、ない!と怒鳴り返した。実際は、彼が金庫の鍵を持
っていたのだが。けれども、ヘイウッドはそれを吐かなかった。
 そして銀行員と強盗の暴力的な問答に、もう一つの声が覆い被さった。

「強盗だ!強盗だぁああ!」

 ぎょっとしたフランクとジェシー、そしてボブは周囲を見回す。彼らの周りにいるのは三人の、打
ちのめされている銀行員だけで、強盗だ、と叫ぶ余裕はない。ならば、この声は誰のものなのか。決
まっている。銀行の外で、誰かが叫んだのだ。
 正確に言えば、それは金物屋のアレンと、医学生のヘンリーだった。銀行近くで様子を見ていた彼
らは、銀行の様子が怪しくなったと見るや、大声で叫び、町全体に注意を促したのだ。
 当然、その声は金物屋の――強盗だと叫んだアレンの納屋でその時を待っていたサンダウンの耳に
も入る。
 ジェームズ・ヤンガー・ギャングは世論――というか新聞を味方につけている。居場所が分かった
からといってその場で逮捕すれば、すぐに不当逮捕だと新聞は騒いで釈放に乗り出そうとするだろう。
だから、奴らを捕えるのは、現行犯逮捕でなくてはならなかった。その為に、今の今まで奴らを泳が
せていたのだ。
 ギャングにとって、町民のこの行動は想定外のものだった。まさか、銃で屈せぬ者がこの世にいる
とは思わなかったのだろう。銀行の前で見張りをしているヤンガー兄弟長男のコールと、クレルはそ
れだけで混乱に陥った。
 そして、これはサンダウンにも想定外だった。
 混乱した強盗クレルは、強盗だと叫ぶ医学生の背中目掛けて、躊躇いなく銃を撃ったのだ。医学生
ヘンリーは、当然の事ながら銃など持っていなかった。しかも背を向けていた。武器を持たない市民
の背中を打つのは、ならず者の中でも恥ずべき行為と見做されていたのに。

「ちくしょう!ヘンリーが撃たれた!」

 アレンが怒鳴りながら納屋に飛び込んできて、準備していたライフルに掴みかかる。その横を、サ
ンダウンは無言で通り過ぎ、アレンと交代するように通りに飛び出した。

「隊長殿?!」

 かつて歩兵隊で部下だったアレンが、サンダウンの背中に叫ぶのを聞き流し、サンダウンは通りの
真ん中で、通りの突き当りにある銀行を見る。視界の先に広がっていたのはうつ伏せに倒れた若者と、
その後ろで混乱しているのか、脚を絡ませながら逃げ出す二人の強盗だった。
 裏口に向かって逃げ出す二人が何処に向かうのか、サンダウンにはすぐに分かった。裏口には厩が
ある。馬に乗って逃げ出そうというのだ。
 サンダウンは即座に二人を追いかけようとし、ヘンリーの身体の前で立ち止まった。
 が、その時、ひくりとヘンリーが動いた。

「あ、僕は、平気、です。」

 医学生は肩を押さえてよろよろと立ち上がる。
 それに手を貸そうとしたサンダウンを、ヘンリーは制する。

「ヘンリー!無事だったか!」

 ライフル銃を片手に、アレンが駆け寄ってくる。それに、ヘンリーは頷いて見せる。そして利発な
眼で銀行を見た。

「大丈夫です。肩を掠っただけです。それよりも銀行の中には、まだ人が。早く助けに行ってくださ
い。」

 若者の言葉にサンダウンは頷くと、振り返りもせずに歩きながら、アレンに告げる。

「町民に武器を持たせて狙撃の準備をさせろ。決して奴らを一人で捕えようとするなよ。」
「もう、みんな準備してまさあ。さっきの銃声で町全体が臨戦態勢ですぜ。」

 アレンの言葉に頷き、サンダウンは厩のほうへと一人向かう。
 残されたアレンは納屋に戻って窓からライフルを構える。
 ヘンリーはと言えば、向かいにあるダンバーホテルに駆け込んだ。そして何か武器になる物がない
かと辺りを見回す。そんな医学生に、つい最近大学を辞めた友人が声を掛けた。

「よう。何やってんだ、ヘンリー?」
「何って、武器を探してるんだ。君は聞いてなかったのか?近々怪しい連中が町を襲うって話があっ
たじゃないか。それが今なんだよ。」
「ああ……さっきの銃声がそれか。」

 欠伸をする友人に、ヘンリーは少し呆れたような表情を浮かべる。この騒ぎの只中にあって、その
態度は如何なものか。
 ヘンリーの視線に気づいたわけでもないだろうが、彼は黒髪を小さく揺らして淡い笑みを浮かべた。

「で、お前は武器を探してどうするんだ?悪いが、お前の銃の腕は大したことねぇから、当たらねぇ
と思うぞ。」
「だが、何もしないよりましだ。」 
「へぇ?」

 友人は懐から葉巻を取り出し、ゆっくりと口元に持っていく。この豪胆さは、ヘンリーにはどうし
ても身に着けられないものだった。強盗があっても眉一つ動かさない友人が、かつて南北戦争の為、
苦渋に満ちた生活を送ってきたのは知っているが、それにしても動じなさすぎではないか。

「俺なら、」

 黒い眼がくるりと動いた。

「俺なら、このホテルの最上階を陣取るな。そこなら、通りが全部、見渡せる。」

 繊細な白い手が、腰に帯びた黒い銃をなぞる。くるりと優雅に、貴族さながらの動きで身を翻した
友人の背を、ヘンリーはぽかんとして見る。そんなヘンリーを、肩越しに振り返り、黒い眼が閃く。

「何をぼさっとしてやがる。奴らに一泡吹かせてやるんじゃねぇのか。」

 バントラインが、黒い眼と同じように、ぎらりと煌めいた。