『サンダウン・キッドという保安官を皆は知っているだろうか?テキサス州の保安官を務めた事もあ
る男だが、そのやり口は悪辣だ。この男は元々北部軍に所属しており、南部出身者を嫌悪している。
南部出身者から不当に税を巻き上げ、苦しめている。ジェシー・ジェームズ達は、この男に苦しめら
れている人々に、銀行から奪った金を渡し、苦痛を一時でも和らげようとしているのだ。しかし、そ
れをサンダウン・キッドが許すはずもなく、この悪徳保安官は、ジェームズ・ヤンガー・ギャングを
眼の仇にし、捕えようと躍起になっている………。』

 ジョージ・レイモンドの記事の乗っている新聞を読むと、初老の男は髭を一つ捻り、ふん、とその
新聞を床に投げ捨ててしまった。

「随分と嫌われたものですな、シェリフ……いや、今の貴方が掲げる星は、マーシャルですかな?」

 眼の前で、勧められた椅子に座りもせずに佇立する保安官に、仕立ての良いツイードに身を包んだ
初老の男は嘆息交じりの皮肉を告げる。尤も、この皮肉は保安官にではなく、嘘八百を書き上げた新
聞記者に向けて放ったものだ。
 かつて、かの有名なアメリカ大統領エイブラハム・リンカーンが、まだ大統領になる前――大統領
に立候補した時に、その暗殺を未然に防いだ事で一躍有名になった老人は、また、形の良い髭を捻り
始める。
 そう、この老人こそが、アメリカ初の私立探偵社を立ち上げた、アラン・ピンカートンである。
 大統領の警護から、ならず者の追跡まで請け負うピンカートン探偵社は、今も幾多の無法者を追い
かけているが、その中でもジェームズ・ヤンガー・ギャングへの執着は何倍にも強い。
 ジェームズ・ヤンガー・ギャングを追いかけて数年のうちに、探偵社の探偵百名ほどが、その命を
散らしているのだ。あまりの犠牲の多さに、この少しばかり怒りっぽい創設者が、ジェームズ兄弟の
生家に爆弾を投げ込み、非難を浴びたのは有名な話である。

「しかしこの記者も随分とくだらん三文小説を書いたものですな。あのならず者共は、保安官殿もご
存知の通り、一度として他人に金をばら撒いた事などありませんぞ。奴らが奪った、善良なる市民の
金は、悉くがサルーンで賭博や酒、女に消えていったのですからな。」

 ギャング共が、スラムに金を配った事など、一度もない。
 それを事実であるかのように書き上げ、ギャングを義賊として褒め称える新聞記者の思惑には、金
と、やはり南北戦争の影がちらついている。
 ならず者をヒーローに押し上げて物語を書くことで、刺激に飢えた人々が彼の書いた新聞を読み漁
り、金が懐に入ってくる。けれどもそれと同時に、戦争に負けた南部軍に属していたジェームズ・ヤ
ンガー兄弟を、英雄とする事で、南部出身者の気持ちを慰めているのだ。その慰められる者の中には、
新聞記者自身も入っているのだ。
 ピンカートンは、この記者が南部出身であり、かつては広大なプランテーションを持ち、けれども
既にそれは失われ、一時はアルコールに溺れるほどに成り下がっていた事を調べていた。

「この新聞記者がジェームズ・ヤンガー・ギャングを英雄に仕立てた理由は、この二人が南部軍出身
であるだけではなく、どうやら彼らは北部軍の人間を、仇打ちと称して殺そうとしている事にもある
ようです。」

 覚えていますかな、とピンカートンは、保安官サンダウン・キッドに問うた。

「貴方が、一番最初に奴らに関わった銀行強盗事件を。あの時、現金出納係が一人撃ち殺された。あ
の者は、現金を護っていたから殺されただけではなく、奴らに、ある北部民兵士官と間違われた為、
仇打ちされたようなのです。」

 その仇討の精神が、南部出身者の心に小気味良いものを齎したのだ。だから、南部寄りの記者は、
ジェームズ・ヤンガー・ギャングを義賊と物騙り、おもねるのだ。
 だが、見間違いで殺された現金出納係には、堪ったものではなかっただろう。
 サンダウンは、そのような未だ戦時中と勘違いし、己の信条――という名前の欲望を振り翳すなら
ず者の事情など、知ったことではなかった。

「それで、私に何の用です?」

 探偵に勧められた椅子に座らず、表情らしい表情を見せずに、保安官は静かに問う。己を此処に呼
び出した理由を。
 何を孕んでいるのか分からない荒野と同じ声音で話すサンダウンに、ピンカートンは、少しばかり
びくりとしたが、すぐに答える。

「むろん、私もあなたに用があった。しかし私もまた、貴方と同じように此処に呼び出された人間な
のです。」
「左様。」

 低い声と同時に、ずるり、と奥の扉から中年の男が現れた。ぐっと引き締まった体躯は、西部の男
というよりも、軍人に近い。広い額に、鼻の下と顎の下に長く蓄えられた髭。ゲティスバーグの戦い
では 自らも白兵戦に赴き、戦後はミシシッピ州の知事も務めた事もある、アデルバード・エイムズ
将軍その人であった。
 サンダウンも、北部軍時代にその下で働き、そしてサンダウンを連邦保安官に任命した者でもある。

「久しいな、サンダウン・キッド。連邦保安官の任命式依頼かね?」
「は………。」

   ゆっくりと敬礼したサンダウンに、エイムズは微かに笑みを浮かべた。かつて己の部下にいた時と
変わらぬ武骨さに、親しみを込めて。
 そしてその変わらぬ武骨さのまま、サンダウンは感情の起伏のない声で、ピンカートンに問うた内
容と同じ内容を、もう一度繰り返した。ピンカートンに対した時のものよりも、少しばかり尊敬を込
めた言葉で。

「閣下、私を呼んだ理由を教えていただきたいのですが。」
「お前が、あの無法者集団を捕えようとしているからだよ。」

 エイムズは、部屋の中にあるソファに深々と腰かける。サンダウンがジェームズ・ヤンガー・ギャ
ングを追っている事は、かの記者が書き上げた法螺吹き嘘つき物語を読んでいる者なら、誰でも知っ
ている。
 
「それで、私はお前に協力を要請したいのだよ。」
「協力……?」
「そう。奴らの捕縛を、だ。」

 アデルバード・エイムズは、知事を辞めた後、ミズーリ州で小麦製粉業を営んでいた。そして、こ
のミズーリ州のノースフィールドにある銀行に、このほど出資したのだ。

「その事を、奴らは何処かで聞きつけたようだ。」

 ジェームズ・ヤンガー・ギャングは、次の獲物を、エイムズが出資しているノースフィールド銀行
に選んだらしい。
 けれども、その言葉に対し、サンダウンは怪訝な表情をするでもなく、疑問を口にした。

「その事実を、何故、閣下はご存知なのです?」

   ジェームズ・ヤンガー・ギャングがノースフィールド銀行を狙おうとしている。
 情報元は一体何処なのか、そしてその情報を知り得たのなら、何故更にそこから彼らの居場所を突
き止め、奴らを逮捕しないのか。
 すると、エイムズはにやりと人の悪い笑みを浮かべた。

「サンダウン・キッド。ゲティスバーグの戦いの歩兵小隊長よ。お前なら、私が何を考えているのか、
分かっているのではないかね?何せ私の出資した銀行には、バトラー将軍も関係しているのだからね。」

 奴隷解放の頚城を作った男の名は、しかし同時に攻撃的な人間とも称された事もあり、こと南部出
身者には憎悪の対象となっている。そして、エイムズにとっては義父でもある。

「それは、事実ですか?」
「むろんだ。」
「………事実ではあるが、しかし同時に奴らを誘き出す撒き餌として、そのようにしたのでは?」

 エイムズの笑みが、ますます深くなる。
 つまり、彼らはならず者共が己の方向を見るように、そのような噂をばら撒いたのだ。ただし、そ
れは間違いない事実として。

「言っておくが、私は元々事業の一環として、銀行に出資する予定だった。別に、奴らを捕える為に
そんな事をしたわけではない。それに我々がそのような噂を立てずとも、どのみち奴らは我々を恨ん
でいる上に金の匂いを嗅ぎつけて、近い将来、襲い掛かってきただろうよ。」

 そうなる前に、突然の襲撃に右往左往するのではなく、万全の準備を期して、そして奴らの強盗を
ここで打ち止めるためにも。

「お前の力を借りたい。ゲティスバーグで南部軍相手に一歩も引かず、こちらの陣営に一兵たりとも
寄せ付けなかったお前の力がな。さすれば、お前を口汚く嘘八百書き立てている記者の鼻を明かす事
もできるだろうよ。」

 エイムズの最後の言葉に、サンダウンは微かに表情を動かした。それを見て、エイムズは、ああと
嘆息した。

「お前には、記者に書き立てられた汚名も名誉も、どうでも良い事だったな………。」
「それで、」
   サンダウンはエイムズの言葉など聞いていないかのように、エイムズとピンカートンを見比べ、問
う。

「………奴らが、いつ、やって来るのかを教えていただけませんか?」




 1876年8月23日。
 ミネソタ州ミネアポリスのニコレットホテルに五人の、そしてセントポールのマーチャントホテル
に三人の、重装備をした明らかに近代的なホテルに泊まるには似つかわしくない連中が宿泊した。彼
らは人に聞かれぬようにテラスで何事か議論し、そして三組に分かれて行動し始めた。
 彼らの目立つ風体は、ホテルのフロント係にあっさりと面倒事を起こす類の人種と見ぬかれ、そこ
からエイムズ将軍の耳に入り、テラスでの議論内容も盗み聞きされている。
 彼らは、銀行に突入する計画を立てていたのだ。
 銀行に突入する係、逃走を手助けする係、逃走経路である町との境にある橋を確保する係の三組に
分かれて行動する、と。
 銀行に突入するのはジェシー、フランクのジェームズ兄弟と、ヤンガー兄弟の一人であるボブ。
 銀行の外で逃走を手助けするのはコール・ヤンガーとギャングの一員であるクレル。
 そして逃走経路を確保するのが、ジム・ヤンガーと、ギャングのビルとチャーリーである。
 彼らは、予定通り、ノースフィールドのファースト・ナショナル銀行を襲った。




「……ならず者共を纏めているコール・ヤンガーと、その取り巻きの一人が、そちらに向かったぞ。
そろそろ、襲撃するつもりのようだ。」

 家族と共にデヴィジョン通りを歩いていたエイムズ将軍は、武装したギャング二人が緊張した面持
ちで銀行に向かっているのを見て、静かにその後を追いかけ、銀行近くに潜んでいるサンダウンに囁
いた。
 民家の納屋にいたサンダウンは、将軍の言葉に、ただ静かに頷いた。

 1876年9月7日。
 世に名高い、ミネソタ州ノースフィールド襲撃の始まりである。
 そして、ジェームズ・ヤンガー・ギャングの破滅への道のりと、サンダウン・キッドが保安官とし
て最後に行った仕事の始まりだった。