とある新聞社は、西部開拓時代にアメリカに創立された。
大衆紙に対して高級新聞というスタイルを貫き、その優れた体裁が人気を博して発行部数は右肩上
がりだった。
が、南北戦争時代に、どういうわけか――経営陣に南部出身者でもいたのだろうが――南部よりの
論調ばかりを掲載し、消費者から総スカンを喰らってしまった。
ちょうど、その時期の話である。
新聞記者のジョージ・レイモンドは、どうにかして自社の発行部数を南北戦争前まで引き上げよう
と、躍起になっていた。
会社の方針として、当然の事ながら伸び悩む発行部数を引き上げる事は、最優先事項になっていた
し、新聞が売れるか売れないかは、レイモンドの懐具合にも響く。コールド・ラッシュは過ぎ去った
とは言え、寒々しい食事を口にするのは真っ平だった。
とはいえ、レイモンドは既に金の卵を産むガチョウを捕まえていた。
かの有名な強盗集団ジェームズ・ヤンガー・ギャング。
彼らがアメリカ西部を荒らし回るようになってから、大衆の興味はそちらに向いていた。となると、
当然の事ながら、新聞各社もそちらを追いかける、というわけだ。
古臭い経営陣の中には、我が社は高級新聞であり、大衆紙ではない、と言い張るかもしれない。大
衆向けの、ゴシップと娯楽に満ちた記事などではなく、貴族や高給取りが好む、政治と文化に満ち溢
れた記事を、と。
しかし、それがこの体たらくだ、とレイモンドは舌を出す。
貴族向けだからと言って、南北戦争で貴族率いる南部軍を贔屓した結果、相当数の顧客を逃がして
しまった。
それに高給取り共は、確かにイギリスからやって来た本物の代々伝わる金持ちもいるだろうが、大
半は中身の伴わない成金だ。成金の中身は大衆と変わらない。要するに、ゴシップとスキャンダルが
好物の下種だ。
なので、レイモンドは高級新聞を標榜する自社の中で、敢えてゴシップ色の強い記事を書いている。
落ちぶれた貴族によるインディアン退治、南部出身賭博者と牛泥棒の決闘。どれもこれも、確かに
元ネタはあるが、真実は隠して書いてある。だが、こちらのほうが大衆には受ける。
それに、だ。
なんだかんだ言っても、レイモンドとて南部出身なのだ。インディアンや農民等には、少なからず
とも見下している。彼の書く記事の登場人物は、明確に書かれてはいないが、実はその主人公は南部
出身である事がほとんどだ。
そして、ジェームズ・ヤンガー・ギャングの主人公達も、南部出身だった。
「……ジェシー・ジェームズは、警察の包囲網を突破して逃走した後、貧民窟で奪った金をばらまい
たものと思われる、と。」
レイモンドは、自分の書いた記事を読み直し、幾つかの部分に修正を入れる。その修正は大部分が
事実に対してドラマ性を求めて、大袈裟に、且つ都合の悪い真実を塗り潰したものだった。
「ジェシー・ジェームズから金を手渡された無職の男はこう語っている。ジェシー・ジェームズの金
で自分達は生きていける。無能な政府よりも、あの男は遥かに我々の事を考え、思ってくれている、
と。」
そして最後に、いるはずもない人々の言葉を添える。或いは、本当にいるけれども、実際には金を
与えたのはレイモンドであり、レイモンドの言う通りに答える人々の。
そうやって書き上げた文章を、レイモンドは満足気に見て笑う。
これで、今日も自分の記事のある新聞は良く売れる事だろう。昨日、ジェームズ・ヤンガー・ギャ
ングが列車強盗を起こしたばかりだった。人々は注目して、詳しい情報を得ようと新聞を買うだろう。
書き上げた原稿を印刷するように助手に命じる。
まだ青く、何の役にも立たない助手は、慌てて原稿を受け取り、ちらりとレイモンドの記事を見る。
「どうだ、良く書けているだろう?」
いつか自分でも記事を書きたいという夢を持っている助手が、レイモンドの原稿を盗み読みしてる
事は良く知っている。レイモンドもそれを咎めはしない。むしろ、レイモンドの虚栄心を満たしてく
れているのだから、止めようともしないだろう。
「は、はい!流石ですね、レイモンドさん!他の新聞は、起きた事をただ書くだけなのに。こんなに
臨場感溢れる記事を書けるのは、レイモンドさんだけですよ!」
「当たり前だろう。」
いいか、良く覚えておけ、とレイモンドは助手を指差す。
「単に事件を取材しても客は取れない。ようは、どうやったら相手が喜ぶかを考えるんだ。客にとっ
て耳触りの良い話に持っていくんだ。」
はい、と助手は頷く。
そして、思い出したように言った。
「そういえば、今回の事件でヤンガー兄弟が怪我をしたそうですが、それは書かないんですか?」
「確かに怪我というのはピンチをイメージし、大衆を湧かせる一つのスパイスになる。が、それは彼
らの無事を俺が確認できてから、だ。大衆が欲しいのは、安全なピンチだからな。今はまだ、怪我の
ことは記事にすべきじゃない。」
分かったら印刷してこい、と助手を追い払う。助手は危なっかしい足取りで、原稿を持って印刷機
へと向かっていく。
その後ろ姿を見送りながら、レイモンドは苦々しく顔を歪めた。
「怪我だと……いい加減にしろよ。こっちはまだあいつらに稼いでもらわないと困るんだよ。」
保安官に彼らが撃たれて死ぬなんて、レイモンドは望んでいない。
しかし、実は強盗団が決して意気揚々と凱旋しているのではなく、常に殺されかけ、追い詰められ
ている事は、レイモンドが良く知っている。
強盗団は事件を起こすたびに、何処かしら撃たれ、おそらく売り上げのほとんどはその治療に飛ん
でいるのではないだろうか。
もちろん、レイモンドが記事にしたように、貧民街にばらまけるだけの金なんであるはずもない。
「どうにかしないとな……。」
強盗団を確実に追い詰めている保安官がいる事は知っている。恐ろしい銃の腕で、強盗団の取り分
を削り取り、深手を負わせている保安官が。
「サンダウン・キッド……。」
レイモンドはその名を吐き捨てる。
忌々しい事に、北部軍出身の男だ。それが、また南部軍の息の根を止めようとしている。レイモン
ドも南部の人間だ。微かな仲間意識が、ちらちらと打算と金に塗れた思惑の中に入り混じる。
「お前が彼らを仕留めるよりも先に、俺がお前を追い払ってやる。」
レイモンドは暗がりで薄らと宣言したが、生憎とサンダウンはその時すでに、保安官を半ば止める
覚悟でいた。
サンダウン・キッド。
その名を知らぬ者は、今の時代ならいるかもしれない。いや、或いは『別の存在を表すものとして』
知られているかもしれない。けれども当時、サンダウン・キッドと言えば、間違いなく西部一と謳わ
れた銃の腕を持つ保安官の事だった。
詳しい過去の事は知られていないが、ただ北部軍に従軍し、その時の功績を認められて保安官とな
ったと言われている。それが本当の事であると示すのが、サンダウンは保安官の席を二つ持っていた
事である。
サンダウンは、基本的にはシェリフとして一つの町にいる。しかし同時に、何か事件が起こり、そ
の事件が州を跨ぐほどのものとなった時、州を超えて事件を捜査する事ができるマーシャル――連邦
保安官の任にも着いていた。
連邦保安官は州知事に任命されるものである。そして、当時の州知事は南北戦争で功を成した軍幹
部なる事が多かった。つまり、サンダウンが従軍していた軍の将軍なりなんなりが州知事になってい
たなら、サンダウンを連邦保安官に任命していてもおかしくないのだ。
当然、知事からの信任もそれなりにあっただろう。
しかし、にも拘らず、サンダウンは保安官を辞任しようかと考えている真っ最中だった。
理由は一つだけである。
己の銃の腕が、延々とならず者を呼び込む業であるからだ。
けれども今すぐには止められない理由もあった。それが、かのジェームズ・ヤンガー・ギャングの
所業であった。
奴らは犯罪者だ。
サンダウンは、それを知っている。
無抵抗の人間を平気で殺す輩であると、サンダウンは間近で見て、確信していた。
人々は彼らが義賊であると思っている。貧民街に金をばらまく、正義の人だと。それが事実である
かどうか、サンダウンには完全には分からない――その可能性は低いだろうと捜査の結果から分かっ
ている。そして、自分が殺した相手について人々の同情が向かうと、それは己のやった事ではないと
嘘を吐く連中である事も知っている。
大衆の意見、なんぞサンダウンは知らない。
サンダウンが知っているのは、強盗に巻き込まれて死んでしまった人々の遺族の嘆きと、無辜であ
りながらも金を奪われてしまった人々の悲哀だけだ。
これらを打ち止めにしなくては。どれだけ人に恨まれようとも。大衆とやらが、強盗で何かしらの
利益を受ける輩が、どれだけ妨害したとしても。
ならず者を惹きつけて荒野に堕ちるサンダウンには、恐れるものは何もない。
これが、保安官としての、最後の事件。