ガタンゴトンと揺れる座席とその音を聞きながら、マッドは面倒臭そうに飛ぶように視界の端から端へと去
 っていく風景を眺める。
  荒野を駆け巡る時に身に着けている鉛玉の束も、何本ものナイフや銃を支えるホルスター付きのごついベル
 トも外し、ひとまずバントラインだけの軽装備になったマッドの姿は、さながら品の良い上流階級の旅行客だ
 った。
  列車の席も乗り合いのような席ではなく、きちんとした特別席だった為、切符を拝見しにきた車掌達はマッ
 ドの姿を見ると、にこやかに微笑んで見せるのだが、しかし奈何せん、マッドの相対する席には擦り切れたポ
 ンチョに包まった髭面のむさ苦しい小汚いおっさんが鎮座しており、それを見た瞬間に彼らはそこだけが何か
 異空間であるかのような表情をしてみせるのだった。




  一日目





  列車で行くかどうか、実は結構ぎりぎりまで悩んだ。
  何せ普段は荒野で暮らしている二人である。別に社交性がどうこういうあたりは――サンダウンはともかく
 マッドは問題ない。しかし問題は、列車を乗るにあたり、どうしても普段よりも軽装備にならざるを得ない事
 だった。
  特にマッドは、賞金稼ぎという職業上、身につける武器の数も多い。それをバントライン一つでどうにかし
 ろと言われると、別に攻撃力的には問題なくても、ほんの少し落ち着かない気分になるというものだった。
  だが、馬で移動するには距離が長く、ホテルに泊まる事よりもホテルに到着するまでが旅行のメインになり
 そうだった為、マッドは仕方なく二人分の列車の切符を購入し、彼らの愛馬は列車の一番後ろ――家畜用の車
 両に乗車している。

  と、此処までは滞りなく進んだのだが、乗車の際に一番大いに揉めたのがサンダウンの服装だった。

  出発日、駅で待ち合わせをした賞金首と賞金稼ぎは、賞金稼ぎの怒鳴り声で旅行第一日目を華々しく幕開け
 た。
  サンダウンよりも先に駅に到着していたマッドは、ひとまず待合室で新聞を読みつつサンダウンを待つ事に
 した。列車の中で待っていたら、サンダウンが列車に乗れないし――切符はマッドが持っている――それに見
 通しの良い待合室にいればサンダウンをすぐに見つけられると思っての事だ。
  マッドは例えサンダウンが着ぐるみを着ていても、サンダウンだと分かる自信があるが、しかし万が一とい
 う事もある。
  そんなわけで駅構内を見渡せる待合室にいたわけなのだが、マッドの心配はあっさり杞憂に終わった。

  大勢の人の行き交う駅構内で、マッドは荒野と同じようにサンダウンを見つける事が出来たのだ。サンダウ
 ンの気配は荒野と変わらず明瞭で、その服装もいつもと変わらない。というか、長い間荒野の乾燥した空気に
 曝されて色褪せて風化一歩手前の服装をしたサンダウンの恰好は、裕福でない者も行き交う駅構内でもとりわ
 け目立っている。
  要するに、別にマッドでなくても注目する。むしろマッドは周囲の人の目線でサンダウンの存在に気がつい
 た。
  しかも、注目を集めたまま臆面もなく駅構内を横切り、サンダウンはマッドの前で立ち止まった。必然的に、
 マッドにも集まる視線。
  その体躯と顔の秀麗さと行動から、今まで幾度となく人の注目を集めておりそれに慣れているはずのマッド
 ではあるが、流石に連れがボロくて注目を集めた事は初めてかもしれない。
  いやそれ以前に俺はこのおっさんに服はちゃんとしたものを着てこいと言わんかったか。それどころかどう
 見ても着替えも持ってなさそうなんだが。

 「すまん、遅れた。」

  あんまり悪びれてなさそうなその物言いに、マッドは呆気に取られていた意識が一瞬で現実に立ち返り、そ
 して怒りで突き抜けた。

 「遅れたじゃねぇ!なんだってそんなボロっちい服で来るんだ!てめぇ、これから行くとこ何処だか分かって
  んのか!」
 「む…………。」

  第一声で服装をけなされたサンダウンの心境は、初デートで彼女に服をダメ出しされた彼氏と同じものに違
 いなかったが、しかしこの場合は彼女――マッドに分があるというものだ。大体、誰が高級ホテルに、擦り切
 れたポンチョ姿でチェックインできるなどと思うだろうか。

 「大体てめぇ着替えはどうした、ってか荷物はどうした荷物は?銃以外持ってねぇって丸腰にもほどがあるだ
  ろうが。」
 「着替え、は、昨日洗濯したばかりでまだ乾いてなかった。それ以外の荷物はない。」
 「なんだそりゃ!じゃあ何か、てめぇの普段の荷物は、ありゃほとんどが着替えか!?」
 「………そうなるな。」
 「っ………金は?!」
 「ない。」

  もはや、お前が奢ってくれるんだろうと、それを前提にしたサンダウンの出で立ちは、完全に駄目な大人の
 見本だった。
  お前自分の首を保安官に突き出して賞金を貰って来いと言いたいマッドは、それをすんでのところで飲み下
 し、ひとまず落ち着こうと努力する。そんなマッドに向かって、己は何も悪くないと信じ切っている態のサン
 ダウンは一言告げた。

 「列車が来たようだな。ぐずぐすしてないで乗るぞ。」

  みすぼらしい風体の男が、それなりの服装をしたマッドの腕をとり、列車――しかも個室に連れ込む様子は、
 おそらく見る者に犯罪の香りを嗅がせただろう。サンダウンが通報されなかったのは、マッドが少なくともあ
 る程度はサンダウンに協力的――というか無抵抗――たっだからだ。
  でなければ、サンダウンが特等席の個室にいる時点で、車掌達が突入してサンダウンを列車から引き摺り下
 ろしていただろう。切符を拝見する際に車掌が、ぷっくりと頬を膨らましたマッドと、みすぼらしいサンダウ
 ンを交互に見比べる視線は、好奇のそれではなく眼の前の光景が犯罪に関与しているかどうかを判ずる目だっ
 た。
  ちらちらと出て行く寸前までこちらを気にしていた車掌の気配が消えてから、ようやくむっつりと不機嫌に
 黙り込んでいたマッドが口を開いた。

 「とにかく、向こうに着いたら、まずはてめぇの服を探すぞ。全身隅々着替えさせるぞ。抵抗したら、その髭、
  全部毟ってやるからな。」
 「分かった。」

  サンダウンが素直に頷いたその理由が、髭を毟られる事に恐れをなしたからでも、マッドの機嫌をこれ以上
 損ねないようにする為でもなく、単にマッドの金で服が買えるからだという可能性について、マッドは目を瞑
 る事にした。




  突然門を叩いた客に対して、その店の主人は非常に好意的な笑みを浮かべた。流行りの服から正装までちゃ
 んと揃えてあるその店の客は、富裕層がほとんどであり、田舎の百姓やカウボーイは入ってこれない。
  それでも店の主人が突然の客を喜んで迎えたのは、現れたのが上品なジャケットに身を包んだ、秀麗な若者
 だったからだ。事業で成功したというには若すぎるから大方富豪の子息か何かか、と見当をつけた主人は、若
 者の黒い瞳が値踏みするように店内を見回すその眼前に出て、歓迎の意を示した。

 「いらっしゃいませ、ミスター。本日はどのような御用件でございましょうか?」
 「ひとまず正装――そこまで正式なものじゃなくていい。上下一式が何着か必要だ。」

  淀みない若者の声は、微かな南部訛りがあるものの、それ以外は完璧な発音だった。ここまで完全に流暢な
 声は、鉱山で一山当てたという富豪――所謂成金達の中にはまずいない。それなりの格調高い家柄でなくては、
 ここまで矯正された発音は出来ないだろう。
  大勢の富豪を見てきた主人でも、もしや英国の上流階級かはたまた貴族かと緊張するその前で、その若者は
 自分の背後でぐずぐずしていた男を引き摺り出した。

  その、引き摺り出された男を見て、主人は眼を点にする。
  背の高い金髪碧眼の、と、此処まではいい。問題はその服装だ。貴族然とした若者とは対照的すぎる、要す
 るに小汚い恰好をしたむさ苦しいおっさんだった。華やかな服が置かれた店の中で、このおっさんの部分だけ
 が、浮いている。
  異次元から飛ばされてきた異物を見たような表情で、救いを求めるように若者に視線を向ければ、若者はこ
 れまた苦虫を噛み潰したような表情で、その顔に相応しい苦り切った口調で吐き捨てた。

 「とにかく、こいつの着る服が、必要だ。」

  それはどう考えても分かる。しかし何故。
  貴族の若者が、むさ苦しい小汚い男の服を誂えてやっている意味が、分からない。
  貴族の若者が見合いをする自分の下男の為に服を選んでやっているというのが、一番穏便な考えなのだが、
 犯罪行為だと考えれば、みすぼらしい男に貴族の振りをさせて何らかの詐欺行為を行おうとしているという想
 像が過る。
  まさか賞金稼ぎがリゾートホテルに泊まる為、賞金首の為に服を買ってやっているなどとは、いくら何でも
 考え付かないだろう。

  貴族や富裕層御用達の店の主人ともなれば、彼らが時として奇妙な趣向を持っている事は知っている。その
 為、突拍子もない事を考える前に詮索する事は無用であると頭に叩き込んでいる主人は、すぐさま頭を切り替
 えると、この奇妙な二人組を持て成す事にした。

  気を取り直して奥へと導こうとすると、むさ苦しい男が若者になにやら言っているのが視界に入った。どう
 やら居心地の悪さを感じた男が、外で待っているとごねはじめたようだ。その瞬間、若者の形の良い眉が、ぎ
 ゅっと吊り上がる。そして彼の秀麗な両手が、物凄い勢いで男の髭面の頬を挟み込んだ。

 「お前の服を選ぶのに、お前がいないと駄目だろうが!」

  渾身の両手打ちで男を黙らせると、若者は次々に服を選んでいく。その様子は、正直言って男がいなくても
 良いんじゃないだろうかと思うくらい手際が良く、趣味も良い。
  一通り店内を見終えた若者は、選んだ服の中から一着を男に渡し、さっさと着替えてこいと言った。

 「で、その服着たまま行くぞ。嫌だとか言うなよ。」

  試着室に男を押し込み、問答無用と言わんばかりにその台詞を吐いて、彼は試着室のドアを閉めた。




  その夜ホテルを訪れた二人は、高級ホテルに相応しく、それなりの姿をしていた。富裕層ばかりの中でも決
 して見劣りしない彼らは、好奇の視線を集める事はあっても、決してそれは不快な視線ではない。
  客の一人は三十から四十の年の頃で、金の髪と髭は手荒く纏められているが、それが不快に感じないほど鋭
 い眼差しと皺が刻まれており、むしろその粗削りの部分が一種の厳めしさと落ち着きを醸し出していた。もう
 一人のほうは対照的に上品な気配を持つ、文句なしに秀麗な若者だった。仕草一つ一つが全て細やかに計算さ
 れたものであるかのように、一つのミスもない動きは、紛れもなく上流階級のそれだ。
  年の差が開いた、しかも対照的な空気を持つ二人に、好奇の眼差しを向けない者がいないわけがない。
  しかし、どちらかと言えば好意的だった好奇の視線は、そんな彼らがペアチケットを取り出した瞬間に一転
 した。   彼らが名を告げてチケットを出すまではにこやかだったホテルのフロントマンは、チケットを見た瞬間に、
 微妙な表情をしたのだ。

  しかしそれは本当に一瞬の事。すぐさま再びのにこやかな表情に戻ると、その貼り付けた笑みのまま、二人
 に鍵を渡した。それはやはり、昼間の服屋の主人と同じように、上流階級に接する立場にある者の根底に流れ
 る、詮索無用の精神が成せる技だったのだろう。
  ホテルマン達の不可解な表情に首を傾げつつ、マッドは与えられた部屋に向かいながら溜息を零した。

 「ま、あんたの恰好が咎められたわけじゃねぇんだから、良しとするか。」
 「…………。」

  マッドの台詞に沈黙で答えたサンダウンは、なんだか少し憮然としているようだった。昼間、身繕いされた
 サンダウンは、服装についてはマッドから良という回答を得たものの――尤もそれはマッドが選んだ服なので
 マッドが良と言わないとおかしいわけだが――次にマッドはサンダウンの髭についても口出ししてきた。
  お前みたいな手入れなしの髭なんか認められるかと言ったマッドに、サンダウンは必死の抵抗を試みた。髪
 もどうにかしようと喚くマッドからなんとか逃れられたのは、その攻防戦が夕方まで続き、マッドが疲れを見
 せ始めたからに他ならなかった。
  疲れた、ホテルに行く、と言ったマッドはとりあえず今はサンダウンの髭と髪については諦めたようなので、
 サンダウンとしては今の状態が続く事を祈るしかない。

 「………ところで、あの名前は、偽名か?」
 「ああ。」

  マッドの意識を更に逸らそうと、サンダウンは先程マッドがフロントで口にした名前について問う。すると
 マッドはあっさりと頷いた。

 「スミスとホワイトなんて、何処にでもあるような名前だろ。偽名でなきゃなんだってんだ。それとも俺に本
  名を宿帳に書けってか?」

  この場所にまで自分達の名が知れ渡っているかどうかは知らないが、自分達の本名も通り名も書く事は得策
 ではない。特にサンダウンは賞金首なのだから、偽名以外の何を書けば良いのか。
  そう言って笑いながら部屋のドアを開けるマッドは、部屋の中を見るなり固まった。
  入り口で立ち止まって動かないマッドを不審に思い、その肩越しに室内を見渡し、サンダウンはマッドが凍
 りついた理由と、そしてホテルマン達が奇妙な表情を浮かべた理由を悟る。

 「……………。」

  柔らかなオレンジの光りが籠った広い部屋。
  その中央には、堂々と、艶めかしいダブルベッドが、たった一つ設置されていたのだった。