その日は、闇夜だった。
  定例通りにおぼろ丸を犯し、相変わらず薄気味悪いくらいに冷たく、しかし善がり狂う身体を突
 き飛ばすようにして、その中から抜け出たのはつい先程の事。
  本来ならば、もう少し痛みを感じる為に続行する拷問行為を、途中でやめたのは、いつものよう
 に月が照ったからではない。
  当初はサンダウンの拷問行為を、自らも自身を罰する行為として受け入れてきたおぼろ丸の眼は、
 最近になってから明らかに別の光を灯し始めている。以前は、確かにおぼろ丸は年齢の割には大人
 びて、それ故に他の少年達を見下しているところがあった。だが、それを抑えるだけの悔恨の情が
 ――何かを失った事、しかも自分の所為で失った事を悔いているような情があった。その、失って
 初めて気付く様が、自分に似ていたからこそ、サンダウンはおぼろ丸を自分自身の代わりに貶めて、
 自らを罰しようとしたのだが。
  しかし、今のおぼろ丸は。

 「ふっ、うんぁぁああっ!」

  恥も外聞もなく、嬌声を上げる姿は、どう考えても以前とは異なっている。いや、もしかしたら
 そうする事で、おぼろ丸はおぼろ丸自身を貶めているのかもしれないが。サンダウンが離れれば、
 すぐに他の少年達の袖を引いて、激しく絡み合う事で、自分自身に侮蔑の眼を向けて欲しいのかも
 しれないが。
  確かにそれは、おぞましいと思うには十分だ。善がり狂うおぼろ丸の姿は、興醒めだ。
  だが、それだけだ。
  おぼろ丸が誰と絡み合っていようがサンダウンには関係のない事だ。サンダウンは自分を罰する
 為に、おぼろ丸を犯している。おぼろ丸が自分を罰する為にサンダウン以外にも腰を振ろうが、サ
 ンダウンにはどうでも良い事だった。
  ただ、快楽に耽って罰も拷問も遥か彼方に追いやった姿は、サンダウンが求める『失った事を今
 更になって後悔する姿』ではない。少年達を馬鹿にしながら自分の手管に少年達が陥落するのを嗤
 う姿は、ただの淫婦に過ぎない。そしてそれは、拷問器具としての機能さえ果たさない。
  一向に昂ぶりの気配を見せないサンダウンに焦れたように、口淫をしようとしたおぼろ丸に、サ
 ンダウンは、この少年が拷問器具としては使い物にならない事を悟った。だから、突き飛ばしてさ
 っさと立ち去ったのだが。

  サンダウンは、自分の前に立ちはだかる少年を見て、やれやれと首を竦めた。
  怒りで頬を紅潮させ、正義の御旗を掲げようとするユンに、心底げんなりとした。ただえさえ闇
 夜で、心が腹の中にいる澱んだものに呑み込まれそうだと言うのに、よりによって澱みを作り上げ
 た一員である、サンダウンを英雄の座から引きずり落とした良識者ぶった連中と同じ偽善の顔をし
 た少年に会うとは。
  とにかく相手をするのが面倒で、無視して通り過ぎようとしたら、偽善者は声を荒げた。

 「逃げようと言うのですか?!」
 「ああ、そうだ……。」

  面倒だからな、と口腔内で呟いている内に、ユンは肩を怒らせる。

 「ふざけないでください!自分が何をしているのか分からないわけじゃないでしょうに!卑怯です
  よ!」

  卑怯で結構だ、お前の相手をするくらいならば。
  心の中で呟いた声は、当然ながらユンには届かない。サンダウンが黙っているのを良い事に、ユ
 ンはますます増長して叫ぶ。

   「恥ずかしくないんですか!人の優しさに付け込んで、あんな事……!」

  おぼろ丸は優しいから何も言わないのだ、と。愚直どころか暗愚とさえ思える言葉を平気で吐く
 少年に、お前こそ恥ずかしくないのか、と思う。そもそもユンの望みはサンダウンには明白だった。
 おぼろ丸を見るたびに頬を赤らめ、夜な夜なその名を呼びながら自らを慰めて。それを誰も気付か
 ないと思っているのか。おぼろ丸自身、ユンのそれに気付いて、馬鹿にして、それでいて袖を引い
 ているのだ。そしてユンはその事実に気付かない。
  相手をする事を想像しただけでもやつれてしまいそうなユンの言い分に、サンダウンは本当に何
 もかもが面倒臭くなった。サンダウンはおぼろ丸など一向に求めていないのに、求めていると思わ
 れる事は屈辱でしかなかったが、それを告げる事でさえ億劫だった。

 「………ならば、お前もして貰えば良いだろう。」

  どうでも良くなって、サンダウンは既にユンがおぼろ丸にして貰っている事を、して貰えば良い
 と告げる。すると、ユンは絶句した。

 「お前の言う通り、奴が優しいと言うのなら、お前が犯しても何も言わんだろう!」
 「ふ、ふざけるなっ!僕は、あの人を犯してなんか……!」
 「同意の上でと言うのなら、それはこちらも同じだ。」

  むしろ最近ではおぼろ丸のほうが積極的だが。
  もしも、ユンとサンダウンの間に差があるとすれば、おぼろ丸は潔癖で血の匂いのないユンを馬
 鹿にしているが、血の臭いの濃いサンダウンを馬鹿にはしていないと言う事。
  それと、

 「お前と違って、私は奴の事など、どうでも良いと思っているがな……。」
 「っ……貴様!」

  愛やら恋やらに夢を見ている少年は――激しく腰を振っている間はそんなものよりも欲を満たす
 方を優先させているだろうに――今度こそ、怒りも露わに食ってかかる。まるで、恋人を貶され、
 それに怒りを抱いているかのように。おぼろ丸の方では、ユンがおぼろ丸を想う気持ちの一割も、
 ユンに傾けていないだろうに。 

 「……奴が欲しいのなら、勝手にするが良い。私に何かを言う必要もない。別に、私は奴など欲し
  くないからな。私が欲しいのは、後にも先にも、一人だけだ。」

  わざわざ言葉を選ぶ事も億劫で、ユンが傷つくだとか怒るだとか、そんな事も考えずにただ思い
 付いた言葉を吐き出していく。そうして吐き出した言葉だったが、最後の一文は口を突いて出た瞬
 間、思わず魂さえ込めた本心になった。
  その、狂気の中にあった一抹の本心に気付いたのだろうか、狂信者のようなユンの表情にも、微
 かに信を疑う色が浮かぶ。

 「……なんですか、それは?」

  呟く声に、サンダウンは低く自嘲した。

 「そして、あれは、もう、私のいる世界には、いない。」







  薄暗い小屋の中で、二つの影が蠢いていた。一つの影はもう一方の影の成すがままに動き、激し
 く喘いでいる。今が一体いつなのか、時間の感覚さえなくなるような荒淫に犯されるマッドは、今
 も秘所をサンダウンで埋められ、且つ尿道に細い紙縒りを差し込まれていた。後ろと前の両方から
 前立腺を犯されるのは、想像を絶する快感だろう。しかし、それだけでは飽き足らず、彼の膨らん
 だ陰茎には、無情にも何重にも紐が巻き付いている。おそらく、くっきりと痕になっているだろう
 それを優しく撫でて、サンダウンはマッドの耳朶を舐める。

 「いっ…ぁんっ……ぃいっ……あ…は…ふぁあっ…あぁー…っ!」

  ぼろぼろと涙を流しながら身を捩るマッドは、それでも逃げようと言うのか脚で何度も床を掻く。
 それを甚振るように、サンダウンはゆっくりとした動きでマッドの内部を蹂躙する。絡みつく粘膜
 楽しもうと、引き抜いては、また奥の奥まで犯していく。その一突きごとに、マッドは達しそうな
 ほどの快感を感じて、ひくひくと全身を痙攣させる。

 「…ぁうっ…んんっ…駄目、だ…だ…め……いぃっ…」

  体内を弄ぶサンダウンの動きに合わせて腰を振り、甘く濡れた声を出し、犯されて悦ぶ姿を曝し
 きっていると言うのに、それでもマッドは拒絶の言葉を吐く。
  全身に刻まれた痕の所為で、もはやサンダウン以外には抱かれる事も、まして女を抱く事も出来
 ない身体は、蹂躙される事を望んでいる事は間違いなかった。現に、吐き出されたマッドの精液は
 濃く、彼が碌に性欲の処理もしていない事を告げている。それでも、マッドはサンダウンを拒絶し
 ようとする。

 「素直になれ……抱かれたかったんだろう?でなければ、犯した男を追いかけるはずがない。」
 「っ……黙れっ……くぁ、んあぅ……」
 「強情だな……そんなに腰を振って、まさか復讐でも考えているとでも言うつもりか?」

  サンダウンの言い分に、マッドは言葉もままならないのだろう、嬌声を上げて、何度も腰を持ち
 上げて射精を求める。だが、縛られ、尿道を塞がれている為、それは叶わない。

 「んやっ……ひ、止まらなっ……ぁ、あっ……!」

  達する事が出来ないのに、奥は犯され続けている。その所為で、マッドは延々と達する感覚に襲
 われ続ける。腰を振って、何度も何度も、極まりを感じ続ける身体は、まるで出来の悪いマリオネ
 ットのようだった。口からはだらしなく涎が零れ、蕩けきった声が空を震わせる。
  肉欲をそそるその姿に、サンダウンは皮肉な笑みを浮かべる。追われる身であるサンダウンには、
 性欲を満たす事は久しい行為だ。

 「それとも、私を、憐れんでいるのか?」

  ありとあらゆる欲望を満たす事の出来ない、サンダウンを憐れんで、その身体を見せつけている
 のだろうか。
  達し続けて、既に自失しているだろうマッドを見下ろすと、その黒い視線とぶつかった。そして
 一瞬言葉を失う。
  蕩けきって、身体の奥を犯される悦びに浸っていたマッドの眼は、しかしサンダウンの予想に反
 して、微かに自我を持ってサンダウンを睨みつけた。そして、理性を失った人間しか出せないよう
 な声を必死に噛み殺す。

 「……ふっ、んぅ……ってに、っぅ、そう……思っ…てろっ……くぅんっ!」

  それは、突き放すような声だった。

  それだけ必死になって紡いだ後、マッドは再び意識を快感に攫われたのか、腰を振りたくり泣き
 叫ぶ。

 「んあっ……あっ、っっっぅぅぁぁああああっ!」

  ようやく紐を解かれ、尿道を解放されたマッドの口から、喉が張り裂けんばかりの、甘ったるい
 声が溢れ出した。

  凌辱が終わり弛緩した身体はぴくりとも動かない。薄暗い小屋の中に白い身体を沈め、マッドは
 涙を零して横たわる。その秘部からは、サンダウンが注ぎ込んだ精が幾つも筋を作って、形の良い
 双丘を汚していた。
  いつもなら、その身体を拭きながら、全身に痕を付けていく。マッドの欲望に赤黒く刻まれた紐
 の痕を愛でながら、何度も口付けてマッドの小さな喘ぎ声を楽しみ追い詰めていくのだが。
  嬌声の合間に聞こえた、拒絶とは違う、突き放す色のあった声。それは、マッドがサンダウンの
 何かを諦めたように聞こえた。その声に、不思議な事にサンダウンは傷ついたような気がしたのだ。

     サンダウンを諦めた身体に興味はない。
  そう呟いて、凌辱の色を残したマッドを置き去りにして、サンダウンは薄暗い小屋の扉を閉めた。

  それっきり、マッドには逢っていない。

  それが単に間が悪かっただけなのか、それとも本当にサンダウンを諦めたのか、分からない。た
 だ、置き去りにしたのは自分だと言うのに、サンダウンは、とにかく傷ついたような気分になった
 のだ。何もかもが億劫になり、食べる事、歩く事、全てが面倒だった。眠ったまま、そのまま眼が
 醒めなければ良いとも思った。眼を開ければ、なんの望みもない世界が広がっているのは分かりき
 った事だった。
  そうして、放り込まれたルクレチアという、全ての可能性が否定される国は、まるで望みもない
 世界の延長のようだった。
  くすんだ、光はおろか、闇でさえくすんだ世界に来て、そこに人間が誰一人としていない事に気
 付いて、ようやく何故自分がこんなにも傷ついているのかが分かった。

  何の事はない。
  単に、マッドにだけは、諦めて欲しくなかっただけだった。