左眼から脳の裏側まで、炎の槍で貫かれたように酷く熱を持っていた。頬は麻痺したように動か
ず、耳は何か音を聞き届ける力も残っていない。その癖、自分の魘される声と、不気味に遅く、時
に早鐘のように打ちつける鼓動は、貫かれて熱い頭の中でがんがんと鳴り響いている。
熱いのは、頭の中だけではない。肩と、脇腹も、同じように熱を孕んで、じくじくと痛んでいる。
火傷でもしたのだろうかと疑うほどだ。火膨れでも出来ているのではないだろうかと訝しんでも、
それを確かめようと腕を動かす事も出来ない。サンダウンを蝕む熱の塊は、その場だけに留まらず、
まるで毒のように身体全体に広がっていく。その熱に侵された四肢は、指一本動かす事さえ億劫だ
った。
そうして全身を焼かれているのに、骨の髄は酷く冷たい。表面を焦がされて、身体の芯に氷を差
し込まれたようだ。その氷が解けでもしたのか、身体を伝う汗も、やはり冷たかった。
焼かれながら凍えるという状態に、地獄の何処かはこんなものなのだろうと思う。これが地獄の
何下層目なのかは分からないが、炎と氷で同時に罪人を責める場所があってもおかしくない。そし
て、そこで燃やされて凍り付いても、サンダウンは神に慈悲を請う事はないだろう。サンダウンは
自分が救いようのない存在である事を知っている。きっと、地獄に突き落とされた事でさえ、十分
すぎる慈悲なのだろう。
あの、薄暗く、痛みも何もない世界にいるよりは。
嗤笑を零し続ける魔王達の声が、心臓の内側を引っ掻いている。閉ざされた世界の扉が、実はま
だこの身体の中にあって、それはいつでもサンダウンを呑みこもうとしているのだ。
あの世界から抜け出せなかった者達が、一体何人いるのかサンダウンには分からない。それを確
かめる前に、サンダウンはこちらに戻る事が出来たからだ。だが、残された彼らは、阿鼻叫喚と呪
詛を散らし、扉を開こうとしているのだろう。
哄笑して、脆い扉を押し開こうとする彼らを思い出した瞬間、それと同時に唇に何か冷たいもの
が当たった。
それが水だと理解するよりも早く、それは口の中に滑り込んで喉の奥に流れていった。サンダウ
ンが飲み干してしまうと、また、冷たいものが唇に当たって水が喉に流し込まれていく。
むろん、単に流し込まれただけだったら、サンダウンはむせていただろうから、それもなく呑み
込んだところを見るに、サンダウンも望んでそれを呑みこんだのだろう。無意識に強請っていたの
か、飲み干してもそれはすぐに新しく唇に宛がわれる。その涼しい味のする液体は、サンダウンの
喉の奥で蟠っていた魔王の柵を少しずつ溶かしていくようで、徐々に心臓の内側でけたたましく鳴
り響いていた扉の軋みが、遠ざかっていった。
やがて、もう良いと判断したのか水を流し込むそれは不意に止まった。代わりに、汗で濡れた頬
を何かで拭く気配がする。その心地に身を委ねていると、頬を拭く気配の中に、嗅ぎ慣れた匂いが
ある事に気付く。
甘ったるい独特の葉巻の匂いと、その中に一抹混ざり込む硝煙の香り。
その懐かしい匂いに、脆く崩れ去りそうだった扉に、膠が塗り込められていく。
すっと頬から離れていく感触に、咄嗟に腕を動かした。熱くて重くて動かないと思っていた腕は
不思議な事にあっさりと動いて、離れていくはずだった手を捕える。掴んだ手首は、思い描いてい
た形をしていた。
それはもしかしたら、悪魔が化けた姿だったのかもしれない。或いは悪魔は天使よりも美しい姿
をしていると言うから、化ける必要もなかったのかもしれない。だが、サンダウンにはそれが悪魔
であろうと関係なかった。
神の慈悲など欲しくはなかったが、けれどもその懐かしい形をした、何度も掴んで地面に押し付
けた形をした手首に、離れて欲しくなかった。
じっと、立ち止って、掴んでいる手首を見下ろしている気配がした。それを何と思っているのか
はサンダウンには分からない。憐れみであろうと、嘲りであろうと、侮蔑であろうと、なんと思わ
れていても、放したくなかった。
しばらくの間、痕が付くようにと握り締めていると、やはり空気は不意に動いた。
「………まだ、寝てろよ。」
わんわんと自分の鼓動と呻き声しか捕えなかった耳朶に、はっきりと声が届いた。その声は、酷
く静かだった。もしかしたら、熱に喘ぐサンダウンを思い遣ってのことだったのかもしれない。そ
うして放たれた声は、溶岩のように泡立ち続ける耳に、雨が降り注ぐかのように、しっとりと治ま
った。
だが、そう言って再び離れようとする動きに、サンダウンは腕を掴む手を緩めない。
地獄に捨て置かれても当然だと思っていた心は、ようやく直に耳に響いた声で、あっと言う間に
翻った。一人で、こんな所にいたくない。一緒に連れて行って欲しい。
縋るように腕を掴み続けていると、細い指が額に当たった。ゆっくりとした手つきで、サンダウ
ンの額に張り付いた髪を払いのけている。
「………あんたが、動けるようになるまで、此処にいるさ。」
声からは、何の感情も読み取れなかった。
だが、彼が嘘を言った事はなかった。だから、サンダウンはその言葉に従って、意識を手放した。
それから、何度か意識の浮き沈みがあった。
意識が浮かぶたびに、肌を焼き付くすような熱さと、芯から冷えるような凍えを感じた。それに
震えていると、ゆっくりと足音が聞こえて、額に濡れたタオルと、身体に毛布を掛けられた。そう
して去ろうとする気配に、駄々を捏ねるようにして腕を掴めば、感情の読み取れない声が響く。
「………あんたが眠るまで、傍にいてやるよ。」
そう言って、少しずつ、傍にいる時間が増えた。そして、耳元で喚いていた自分の心臓の音――
つまり扉をけたたましく鳴らし続ける音は、小さくなっていった。
何度目かの意識の浮上の後、サンダウンは薄ぼんやりと目の前にある光の揺れを見上げた。オレ
ンジの光と茶色と黒の影が揺れ動く天井を眺めた後、サンダウンは自分がようやく眼を開いた事を
知った。
そっと気だるい腕を動かして左眼に触れると、そこは包帯で覆われていた。夢ではなかったのだ
と思い、残った右眼を視線だけ動かせば、左眼以外に肩や脇腹にも包帯が巻かれ、自分がまるで襤
褸雑巾のようになっている事を知る。そして、未だにずくりずくりと疼くそれらが、その傷が決し
て浅い物ではない事を教えた。何よりも、熱を持つほどに抉られた身体は、未だに気だるく、碌に
動かせない。
沈み込んだベッドの上で、溜まり込んだ澱を吐き出すように溜め息を吐けば、オレンジの光が陰
影を付ける薄暗い部屋の中の空気が震えた。
その震えに動かされるように、部屋の隅で、息を殺していた気配が動く。その気配に、サンダウ
ンは息を呑み、そして呼気を荒くした。それは、熱の所為ではない。喉を震わせて息を吐いて、立
ち上がった姿を見れば見るほど、サンダウンの呼吸は荒くなり、何度も唾を呑みこんだ。
「起きたのかよ。」
低い声。その顔からは、何も読み取れない。それが少し悲しかったけれど、それでも良かった。
サンダウンに近付くマッドは、すっと手を伸ばすと、サンダウンの額に触れる。その手を、今すぐ
にでも引き寄せて、その身体を抱き締めたかった。
だが、マッドの手は、今のサンダウンには追いかけられない速さですぐに離れてしまう。
「まだ熱があるな………しばらく、大人しくしてな。」
襤褸雑巾のようになったサンダウンを迎えに来て、連れて帰った彼は、ずっと傍にいてくれたの
だろう。馴れた手つきでサンダウンの額に濡れタオルを置くと、サイドテーブルに用意していた液
体をサンダウンの唇に宛がう。
柑橘系の匂いのするそれは、オレンジか何かを擦りおろしたものだろう。食事をとる事もままな
らないサンダウンに、こうしてずっと、少しでもと何か口に入れていたのか。
そう思うと、堪らない気持ちになった。
何度も犯し、辱めた男にそうするのは、何故なのか。
疑問は、意識するよりも先に口をついて出た。
「何故……だ……?」
長い間使っていなかった声帯は、すぐには完全に使う事は出来ず、零れた声は酷く掠れて、聞き
取りにくかった。だが、すぐ傍でサンダウンを甲斐甲斐しく世話するマッドの耳には、それが聞き
とれたようだった。
微かに顰められた眉。それを見て、サンダウンは自分の口走った言葉が失敗だったと気付く。
サンダウンも、そんな事が聞きたかったわけではなかったはずなのに。あの退廃と凌辱しかない
世界で、思い描いていたのはこの世界で犯し続けていたマッドの事だった。彼を、何も言わずに辱
めていたのは、口にして形にした後で失う事を恐れていたからで、凌辱されて何故追うのかと嘲笑
ったのは、そうする事でマッドがサンダウンの望まない答えを口にした時の衝撃を、少しでも和ら
げるためだ。
本当は、そんな事はどうでも良かったはずなのに。どんな形であれどんな理由であれ、マッドな
らば何でも良かった。あの世界では絶対に手に入れる事の叶わない彼が、愛おしくてならなかった。
しかし、今になって尚も、臆病な魔王は疑問しか口にしない。自分から動こうとしない。
マッドの眼が不愉快そうに光り、すっと手がサンダウンから離れる。ひらりと立ち上がった姿は、
芋虫のように転がったサンダウンに比べれば、あまりにも美しかった。サンダウンが手を触れるな
どおこがましいと言わんばかりに。
「………俺が何を考えてようが、あんたの知った事じゃねぇだろ。」
硬いものを孕んだマッドの声に、サンダウンははっとする。見上げた先にあったマッドの眼は、
声と同じで硬い。
「俺が何を思おうが、あんたにはどうでも良い事だろ?今までだってそうしてきたじゃねぇか。」
それは、初めてのマッドからの糾弾だった。これまで凌辱されても、その時は拒絶の声を出すが、
それ以外の時にサンダウンを糾弾した事はない。だからこそ、サンダウンの胸を深く抉った。左眼
を抉られた時よりも、肩と脇腹を貫かれた時よりも、痛い。今更だとは自分でも思う。だが、もう
届かないのかと、絶望が胸を満たす。抉られたところに満たされたそれは、零れ落ちても何度も注
ぎ込まれる。
だが、それはサンダウンの咎だ。ずっと逃げ続けていた事への、報いだ。それでもマッドのいる
世界に存在している事を、感謝せねばならない。
絶望の中に、微かな救いを見出して、サンダウンは眼を閉じる。此処にはマッドがいる。それだ
けで、この身体には十分であるはずだった。
「俺が、何を思ってあんたに抱かれてたのか、あんたに言ったって仕方ねぇじゃねぇえか!あんた
が何を思って俺を抱くのか、俺は知らねぇのに!」
マッドの悲鳴のような声に、サンダウンは閉じていた眼を開いた。すると、そこには白い顔を更
に白くさせ、蒼褪めてさえ見えるマッドがいた。その顔を見つめて、サンダウンは何度か唾を呑み
こんだ後、本当ならば一番最初に言うべきだった言葉を、ようやく口にした。
「………お前が、欲しいんだ。」
ずっと、誰からも愛されているであろうマッドが、欲しかった。忌み嫌われている自分の傍に、
かつての誰かのように諦めずに、いて欲しかった。……出来る事なら、誰にも渡したくなかった
「傍に、いてくれ………。」
叶わないであろう願いを口にした言葉は、情けないくらいに、弱々しかった。
あまりにも憐れな罪人の姿に、マッドはしばらくの間、唇を震わせて吐息を零していたが、やが
て呟く。
「馬鹿だろ……あんた。」
そうして近付く繊細な指先。それの先端が頬に触れただけで、その部分から焦がれと凍えが消え
ていくようだった。それに身を任せている内に、マッドの両手はサンダウンの頬を挟み込み、マッ
ドは呟く。
「俺が、あんたの心を読めるとでも思ったのかよ?」
いいや。心などが読める人間が、そこまで優しく気を使うような指先をするはずがない。
「本気で、俺が、あんたを憐れんでいるとでも、思ったのかよ?」
いいや。マッドは人を憐れむだけの偽善はせずに、打破の為に動くだろう。
「それとも、あんたを嘲ってるように、見えたのか?」
いいや。その眼は、嘲りや妬みや僻みからは、一番遠い。
「あんたは、どうしてもっと早く、そう、言わねぇんだ!そうしたら、俺だって何か言ってやった
のに!」
「……すまなかった。」
「それで許されるとでも、思ってんのか!」
サンダウンの謝罪は、叩き落とされた。もしも、サンダウンが怪我人で、熱に浮かされていなか
ったなら、マッドの手は謝罪はおろか、サンダウンの顔を殴りつけていたかもしれない。だが、そ
の衝動を堪えて、歯を食いしばって耐えるマッドを見て、サンダウンはもう一度だけ呟いた。
「私を、諦めないでくれ………。」
「俺がいつ、あんたを諦めたよ、ああ?!」
本気の怒声だった。気炎を巻き上げるマッドの眼には、鮮やかな怒りの光が灯っている。何処に
も翳りのない澄んだ怒りに見惚れている間にも、その気炎は鮮やかに噴き上げる。
「俺が、いつ、てめぇを諦めた!犯されたって、ずっと追いかけただろうが!屈辱も全部呑み込ん
で追いかけただろうが!大体、じゃあ俺が諦めたら、てめぇはどうする気なんだ、ええ?!」
「……お前が諦めるのなら……仕方がない。」
「ふざけんなよ!自分はそれで他人にはその言い草かよ!そうだよ、てめぇはいつもそうだ!人の
事好き勝手扱っておいて、その癖腹減ったガキみたいな、迷子になったみたいな眼で人を見やがっ
て!その癖、諦めたような眼で見やがって!そんなふうに犯されるこっちは、じゃあどうしたら良
いんだ!」
「マッド?」
何故か酷く傷ついたような眼をしているマッドに、サンダウンは熱の下で首を傾げる。だが、そ
れの意味を測るには、サンダウンの身体に残る傷は深すぎた。そんな軟弱なサンダウンを殴り飛ば
す勢いで、マッドは凶暴に叫んだ。
「てめぇにとって、俺は、そんな簡単に諦められるような存在だってのかよ!」
諦めたような声で、俺を欲しいだなんて言うんじゃねぇ!
怒鳴ったマッドの頬は、青白さを掻き消して赤く染まっている。それを見た瞬間に、サンダウン
はまた自分が失敗した事を知った。もっと、欲のままに動いて、抱き締めても良かったのだ。気付
いて、慌ててその身体を抱き締めようと身を起こす。
だが、傷を負った身体は簡単には動かず、上体を起こした瞬間、ぐらりと傾いだ。それを見たマ
ッドに支えられて、ようやく体勢が整い、同時にマッドの身体を抱き締める。それは、縋りつくと
言った方が正しかったかもしれない。それでも、無様であっても抱き締めた身体は、泣きたくなる
くらいに温かい。
よろめくように、支え合うように抱き合って、二人はしばらく沈黙した。そして、
「お前のいる世界に、いたいんだ。」
この世界の住人ではないと言って、世界から、弾かないで欲しかった。お前などいらないと言っ
て、背を向けないで欲しかった。どれだけ裏切って諦めて憎んでも良い。ただ、この世界の片隅に
おいて欲しかった。
でなければ、また、あちら側に引きずり込まれるとも、分からない。
「…………てめぇ、いい加減にしろよ。」
抱き締めた身体が、その眼に強烈な光を灯す。臆病で怯惰にうじうじとする魔王を殴り飛ばし、
睨みつける。サンダウンに犯されても最後まで理性を失わなかった眼は、凄惨だ。その眼で、人間
を諦めようとした人間の言い訳を、一蹴する。
「てめぇが逃げない限り、この世界はてめぇの世界だろうが!」
全ての光と全ての色を、貪欲に飲みこんだ漆黒の眼が、サンダウンを射抜いた。その眼は、あの
世界で唯一サンダウンにこの世界を思い出させた月の色が、奥底に横たわっている。
そうだった。
世界は、あの薄暗く何一つとして望めない場所に放り込まれたサンダウンを、見捨てもせずにず
っと見ていた。いつでも逃げていたのは自分である事は、最初から分かり切っていた事なのに、心
底では理解していなかったのだ。魔王達が叩いている扉。あれは、サンダウンが作り上げたものに
他ならない。
「………許してくれ。」
「誰が許すか。」
苦々しげに、それでも、声が返ってくる事が、どうしようもなく嬉しかった。あの世界では、サ
ンダウンの声に返ってくる言葉はなかった。そして、許しを請える相手も、いなかった。マッドの
眼の色を灯す、月以外は。
あの閉ざされた世界では、きっと許しを請う事さえ出来ないのだろう。魔王しか残らない世界で
は、慈悲も断罪もなく、あるのは凌辱と退廃のみ。そこに、言葉を投げ合う意味はない。そんな世
界で、罰を願う事はあまりにも愚かだった。罰は、この世界で願うべきことだ。
そして、死の輪からも弾き出された世界は今は遠い。心臓の中にある扉はマッドが人間として存
在する以上、二度と開かれない。
許さねぇぞ、と告げるマッドをサンダウンは抱き締め、そしてあの世界の事は記憶の彼方に飛ば
した。あの閉ざされた世界の事など、サンダウンにはもはやどうでも良かった。ただ、腕の中にあ
る人間を、誰にも渡したくなかった。
「マッド………。」
「許さねぇからな。」
「お前が、今すぐ、欲しい。」
あの世界が、遠く離れている事を、今すぐに実感したかった。あの世界で負った傷が、ずくずく
と痛んで冷えた熱を持っている。それを忘れるように。
耳元で囁いた後、サンダウンは――多分、初めて――マッドに口付けた。途端にマッドの眼が見
開く。明らかに性的な意志を持って蠢き始めたサンダウンの指に、ぎょっとして身を離そうとする。
「何考えてんだ、てめぇは!自分の身体がどういう状態か分かってんのか!」
「ああ………。」
「嘘吐け!分かってたら、そんな事しようだなんて思うか!」
「思う。」
「思わねえ!今のてめぇは、どういうわけだか知らねぇが!左眼失くして肩と腹を刺されてんだぞ!」
「知っている。それとも、片目になった私では、不服か。」
安心しろ、銃の腕は鈍っていない。
「本当だろうな!俺が決闘に勝っても、片目だからとか言い訳しやがったら承知しねぇぞ!」
「しない。だから………。」
「何が『だから』だ!駄目に決まってんだろ!」
「お前が私の上で動けば、良いだろう。」
「良くねぇ!」
「………下が好みか。」
「違う!」
熱を持った身体を引き摺って、マッドにじりじりと迫るサンダウン。それから逃げようとするマ
ッドは、しかしサンダウンの傷を刺激しないようにと考えている為、強くサンダウンを引き剥がす
事が出来ない。
「マッド……お前が欲しい、お前だけが、欲しい。」
凌辱の時からは想像もつかないような熱っぽい声で囁き、サンダウンはマッドの身体を抱き込ん
だままベッドに倒れ込む。倒れ込んだ時に衝撃を感じたが、脇腹の痛みも肩の痛みも左目の痛みも、
特に気にならなかった。
ただ、気だるい身体はマッドの身体に覆い被さる事は出来ず、隣に倒れ込んだマッドの身体を引
き寄せ、その顔中に口付けを繰り返す。
そんなサンダウンに、マッドが黒い眼を見開いて睨みつけてきたけれど、何処までも澄んだその
眼に睨まれたら、そんなものは全く以て逆効果だ。あの世界では抑圧されていた感情が、全部流れ
出てしまう。
「マッド………。」
欲情に掠れた声と、熱い息でマッドに触れると、マッドの身体がびくんと震えた。
今のマッドは、サンダウンの傷を気遣うあまり、抵抗がほとんど出来ない。仮にサンダウンが万
全の体調であったとしても、サンダウンにいつも組み敷かれているから、逃げ出す事など出来はし
ない。
その事実にゆっくりと笑い、サンダウンはマッドの唇に口付ける。
そして、魔王達が閉じ込められている世界に、鍵を掛けた。
小さな叫び声が聞こえたような気もしたが、それはきっと、気の所為だったのだろう。サンダウ
ンには、遠くの誰かの叫びが聞こえるような耳は、生憎と持ち合わせていない。
冷ややかさで作り上げた錠を降ろし、サンダウンはもう一度、マッドに口付けた。