サンダウンは、マッドと宣教師が話をしている間、ゆっくりと街中を見回していた。
 砂埃舞う舗装されていない道路と、木々を簡素に組み合わせてできた粗末な家々。到底、豊かとは
思えない街並みだが、しかし背後に森を従えている所為か、これまでサンダウンが見てきた西部の街
よりも、落ち着いた空気が流れている。
 行き交う人々も、白人と原住民が入り乱れていて、とても整然としているようには見えないのだが、
何かに締め付けられているように、小競り合いは見当たらない。子供達のはしゃぐ声や、物売りの声
だけが盛大だ。
 そんな街の様子に、違和感を覚えているのはサンダウンだけだろうか。
 ちらりとマッドの背中を見ても、マッドは特に何かを気にしているふうではない。マッドが気にし
ている事といえば、宣教師の何かを隠しているような物言いくらいだろうか。宣教師から漂う、奇妙
な感情の波には、気が付いていないのか。それともそれも隠し事の一つと思っているのだろうか。
 とはいえ、サンダウンも宣教師の感情の波が、どういう代物であるのか分かっていない。それを名
付ける近しい意味の言葉があったような気もするが、その言葉を見つけ出す事は今のところ出来てい
ない。
 そもそも、宣教師の感情についての言葉などどうでも良いのだ。結論として、それがマッドに深く
斬り込むものでなければ。
 サンダウンは、先程から宣教師が、事あるごとにマッドの昔の話をする事が気になっている。昔、
それはサンダウンがマッドを知るよりも、爪先一つ分遠い場所にあり、そしてその時のマッドのいた
土地は海を隔てて遠い。
 要するに、サンダウンの手が届かない場所の時の話だ。
 だから、その時の話によって、マッドに何か瑕が付こうものなら、サンダウンはそれを全力で阻止
しなければならない。サンダウンの手の届かない時期については、サンダウンが口で何かを言っても
削り取る事が出来ないからだ。
 宣教師如きがマッドを力づくでどうこうできる、とは思わない。けれども宣教師の背後にあるであ
ろう、イギリスと教会絡みの何かが、不気味だった。
 今のところ、宣教師の周りがざわついて、マッドに何か危険が及んでいるようには見えない。だが、
実際のところ、どうなのかはサンダウンには分からなかった。
 イギリスが、教会が、そんなに恐れるべきものか。
 過去のサンダウンが疑問を投げかける。それに対して、サンダウンは自分自身に対しての何かしら
ならば、恐れる事は何もない、と答える。サンダウン自身に対しての危機ならば、なんとでもなる。
サンダウンは、もはや死んだ人間と同義だ。今更惜しむものは何もない。
 だが、マッドだけは。
 あの宣教師が、とサンダウンは考える。実はマッドの耳元で囁くべき何かを、イギリスから持ち込
んではいないだろうか。
 宣教師が、力づくでマッドをどうこうしようというのならば、その時は何とでもできるだろう。マ
ッドはそう容易くはやられはしないだろうし、その時はサンダウンも傍にいる。
 けれども、ただ、耳元で流し込まれた毒であるならば。
 ただ幸いにして、今のところ宣教師の言葉がマッドの琴線に触れた形跡はなかった。マッドはそれ
よりも、宣教師の意図を気にしている。むろん、その意図が過去に関わるものであるならば、マッド
の琴線は否応なく震えるだろうが。
 サンダウンは、マッドと宣教師の様子を気にしつつ、一方で違和感を覚える街の様子を眺める。こ
ちらはマッドの過去云々関係なく、物理的な意味合いでマッドを傷付けそうな風情がある。
 ささやかな盗みや小競り合い、といったものではない。一見すれば穏やかな田舎町に見える態だが、
どうしても、何かきな臭いものが漂っているのだ。サンダウンは、これに似た街を何処かで見たよう
な気がする。そしてその街の末路は、決して良いものではなかったような覚えも。

「おい、キッド。」

 マッドが振り返ってサンダウンを呼ぶ。

「とりあえず、荷物を置いてこようぜ。」

 教会に部屋が準備してあるという。簡単に部外者を教会に入れても良いのか、と思うが、そもそも
神の家なのだから誰が入っても良いのだ、と宣教師は言う。

「まあ、好んで人が入り込むような、立派なものでもないけれど。神の家に豪華さは必要ないよ。」

 尤も、ヨーロッパでは荘厳な教会作りに明け暮れている事もあるのだが。しかしアメリカ西部の荒
野では、そんな神の家など造っている暇などないだろう。
 サンダウンは礼拝堂の片隅に積もった砂を見る。
 粗末な木の板が張り付けられた床の隅には、外から入り込んだのだろう。砂が山を作っている。今
もなお、砂山の頂点を様々な形に変えているその上を見渡せば、煤けたような天井がいっぱいに広が
っていた。そして飾られている救世主の皺にも、砂がしっかりと食い込んでいる。
 本当に、突貫で出来た教会なのだ。
 インディアンの保留地という事で、とにかく間に合わせでも教会を作ろうという事になったのだろ
うか。とにかく、荘厳さは何処にもない、簡素中の簡素さで出来上がっている。強い風が吹いたら、
吹き飛んでしまうのではないだろうか。そしてそれを、インディアン達は望んではいまいか。
 唐突に現れた、白人達の傲慢ぶりに、彼らが怒り狂ってないはずがないのだ。
 宣教師は、今はまだ、この地は穏やかだ、と言っている。インディアンと移民が緩やかに共存して
いる、と。しかしそれは、我々白人側の願望でしかないのではないか。インディアン側は、いつ誰が
憎しみに染まってもおかしくないのではないだろうか。
 宣教が、成されてはいなくても。
 時折、宣教師の周りに子供がじゃれつく。それは白人、インディアン関係ない。だが、子供は良く
ても大人はどうだろう。それに宣教師自身、今はまだ宣教に熱心でなくとも、上から咎められたなら、
宣教せざるを得なくなるのではないか。
 例えば、こいつでは宣教は無理だと判断され、イギリスに帰されるような事になれば。イギリスに
帰らないようにする為に、インディアン達に宣教を施すのではないか。帰らぬようにする為に。
 その時、サンダウンはふと宣教師の中にある感情の漣の意味合いに気が付いたような気がした。サ
ンダウンがその形を明確にしようとした時、宣教師が声を上げる。

「とりあえず、今日はゆっくり休んで、明日から聖地の調査を頼む。教会の中の君達用の部屋は、自
由に使ってくれて構わない。」

 インディアンの一人も見当たらない教会を見渡し、更に聖地に踏み入るという悪事を働くのだ、と
思う。
 許しは得た。
 しかし、それは本当に全てのインディアンの許しだろうか。

「ご自由にって事は、女を連れ込んでも良いって事だよな。」

 マッドが投げ遣りめいた口調で呟けば、 途端に宣教師は顔を赤くして、

「そ、それは止めてくれ。仮にも教会なんだ。」
「俺に、尼さんの相手をさせようって言ってるくせに。」
「そういう意味で言ったわけじゃ………。」
「そういう意味って?俺は特に何も言ってねぇぜ。」
「……………わ、私は、今から用事があるから。」

 もにょもにょと言いながら、宣教師は速足でマッドとサンダウンの前から去っていく。
 その後ろ姿を眺めながら、マッドが『童貞め』と呟いた。流石に聞き咎めて、こら、と窘めれば、
マッドはぷくりと膨れる。その顔を、宣教師に見られなくて良かった。

「だってよ、どう考えたってあの野郎、隠し事をしてるぜ。」
「……それは私も気づいている。」

 だからといって、童貞云々言い始めるのは宜しくない。そもそも、依頼人が胡散臭いと分かってい
て依頼を引き受けたのだろうに。
 そう指摘すると、マッドの頬がますます丸くなる。元に戻らない、なんて事がない事は今までの経
験上知っているが、それでも少し不安になってくる。
 溜め息を吐いて、マッドの機嫌を直す言葉を探し始めていると、礼拝堂の入口のほうから、かたり
かたりと足音が聞こえた。宣教師が、帰ってきたのだろうか。
 ふらりと二人で振り返ると、そこにいたのは宣教師ではなかった。黒に白の裏地が見える衣装に身
を包んだ女――おそらく、この教会のシスターだろう。
 そして、
 ――ああ、自警団の団長に迫られているっていう。
 マッドの頬が元に戻り、ちいさく頷くのが視界の隅で見えた。
 尼僧は、見知らぬ二人の男のが何者であるのか承知しているのか、無表情のまま、ゆるりと頭を下
げた。美人だが、能面のようだ。ただ、瞳が妙にぎらりと瞬いたのが気になった。
 その瞬きの意味は、すぐに知れる。

「マッド・ドッグ様ですね。神父様より伺っております。」

 神父、というのは宣教師の事を指しているのだろう。頷いたマッドに、尼僧は再び瞳をぎらつかせ
た。

「神父様より、自警団団長の捜索を依頼された、という事で間違いございませんね?」

 幾分強い口調で吐き出された言葉に、マッドはもう一度頷く。マッドが頷くたびに、尼僧の眼がぎ
らつくのを見ながら。

「では、私からもお願いがございます。行方不明の自警団団長、彼の者を見つけ出してください。」

 そして、

「神父様に彼の者を引き渡す前に、殺してほしいのです。」