「で?今から行く街ってのは、どんな街なんだ?」

 マッドが、馬を並走させている宣教師に問いかける。斑の馬に乗った宣教師は、背筋をぴんと伸ば
して、

「先住民族が暮らす街だ。」

 と答えた。
 正確には、先住民族と白人が混在して暮らしている、と彼は付け足す。今はその町でカトリックを
布教しているのだ、と。
 当時、インディアン保留地の囲い込み作戦が実施されていた。基本的にインディアンは保留地から
出る事は許されず、それどころかインディアンを閉じ込める為に野性のバッファローを絶滅させよう
という案まで成されていたのだ。
 その後、悪名高いインディアン教化政策が打ち出されるわけだが、その一環としてキリスト教が用
いられた事は言うまでもない。インディアンの子供達を取り上げて教会に押し込め、そこで白人とし
て教化しようという愚策だ。 

「あんたは、インディアンにキリスト教を叩きこむ為に呼ばれたんじゃねぇのか。」

 この教化政策が打ち出されるのはまだ先の話だが、その先駆けとして呼ばれたのが宣教師である事
は想像に難くない。
 眼の前にいる若い僧侶も、そういう立場ではないのか、とマッドが些かなりとも皮肉を込めて言っ
たのだ。
 マッドの皮肉が通じたのだろうか。若い宣教師から苦笑めいたものが零れる。

「確かに、一応そういう使命は受けた。」

 代々司教を輩出してきたエインズワース家は、異教の大地をキリスト教で埋め尽くせという使命を
担い、それを遂行する事を期待されているはずだ。
 だが、エインズワース家の一員であると自称する宣教師は、

「だけど、そういうのは嫌いだから、適当にやっている。」

 その言い分に、一歩下がったところからマッドを追うサンダウンは、マッドの背中から呆れのよう
な気配が醸し出されたのを見て取った。
 マッドとて、別に教会の言い分など丸きり信じてもいないだろうし、黒人だのインディアンだの言
う政府のお偉方の言葉もどうでも良いと思っているだろうし、白人だからどうこう言うのはマッドの
好みではないだろう。
しかし、眼の前の宣教師は、一応使命を持って――しかも家名を背負って――大陸に渡ってきたわけ
である。
 大陸に来るのも、ただではない。長い航海の果ては、大陸ではなく死であることすらある。それで
も人々は、夢だの使命だのを追いかけて、この地に来るわけである。
 それらは、白人以外の者にとっては、ひたすらの不幸の道であったとしても、だ。

「いや別に、神父になったのも宣教師の役目を引き受けたのも、布教がしたかったからではないし。」
「お前、なんで神父になったんだ。」

 マッドの呆れ切った言葉に、宣教師が、ははは、と笑う。

「私の家系が、司教を輩出してきた家系だという事は、君も良く知っているだろう?」

 マッドの過去を密やかに撫で上げる台詞に、サンダウンは少しだけむっとしたが、当のマッドはせ
せら笑っている。

「家名に従って、牧師になったって?」
「神父だよ。」
「どっちでもいいよ。」

 マッドは心底面倒臭そうに、宣教師の訂正を振り払う。

「結局、家系の為に宣教師になったって事に変わりはねぇんだから。」
「それは違う。神父になったのは、確かに代々そういう事になっているからという面もあるが、宣教
師になったのは、家名も何も関係ない。」

 きっぱりと、若い僧侶は言い切った。
 あまりにもはっきりとしたその言い分に、ふと、マッドが口を噤む。まさか、この男の何かに呑ま
れたわけではないだろうに。
 サンダウンは、男の声の中に何かマッドの琴線を揺さぶるものがあっただろうか、と先程の言葉を
反芻してみたが、思いつくところはなかった。
 口を噤んだマッドに、宣教師はそれだけでは説明不足だと感じたのか、言葉を続ける。

「神父というのは、そこそこ教養が学べる職種でね。神学を学ぶにしてもラテン語は必須だし、古典
文学ももちろん学ぶし、科学への反論という事で、化学や数学の知識も一応は学ぶんだ。」

 知識欲の為だけに神父になったのか。
 だとしたら、正しくこの男は、知恵の実を食べて楽園を追放された初代人類の子孫である。そして
それが神父になっているという皮肉。
 もっとも、神父のくせに、使命を隅に追いやっているが。
 
「そうやって色々学んだ事を、子供達に伝えたい。神父と言うのは、日曜学校とかも開くじゃないか。
そんなわけで、神父になった。元々、人に色々教えるのは好きだったし。」
「………日曜学校では、普通、説教しかしねぇよ。」

 マッドは、当然の事を指摘する。
 神父は、普通、算数も古典も教えたりはしない。サンダウンも昔は教会に通ったものだが、神父か
ら算数や古典を教えてもらった事は一度もない。わりと居眠りをしていたので、もしかしたらその時
に何らかの言及はあったかもしれないが。
 大体、それならイギリスで大人しく神父の傍ら子供に数字でも教えていれば良い。話を聞いていれ
ば、どうやら大学まで出た、良いとこのボンボンだ。宣教師になるという使命を受けたとしても、金
にものを言わせて断る事も出来ただろう。
 しかし、宣教師は微かな笑みを浮かべている。
 緩やかに立ち昇った宣教師の雰囲気に、サンダウンはふと、この男は好んでこの大地に来たのでは
ないだろうか、と思った。宣教目的ではなく、全く別の目的の為に。

「私は、どうしても此処に来たかったんだ。」
「何故?」

 間髪入れないマッドの問いに、宣教師はもじもじし始めた。
 そんな宣教師の様子に、マッドは胡乱げな眼差しを向けている。胡散臭いのだろう。

「いや、まあ、色々とあって…………。」

 口を濁す男は、どうやら何かを隠しているらしい。隠している、という割には随分な隠し方である
が。  ただ、この時にサンダウンは、若い宣教師の中にある業のようなものを垣間見たような気がした。
業の形までは流石に見極められなかったが、しかし、宣教師という名前の付くものからは程遠く、し
かし有り得るような業であるような気がした。
 そしてその業が、どことなく、自分が腹の底に溜めている業と、似通っているような予感も。
 ふと、だからさっき、マッドは男のはっきりとした物言いに口籠ったのではないか、と思った。サ
ンダウンに似通ったものを感じ、その所在を確かめようとして。
 ただし、分からない。何が、どう、サンダウンと同じなのか。マッドにも、サンダウンにも、まだ
分からない。

「と、とにかく、私は別にそんな先住民達に無理やり布教しようとかそうは思わないんだ。一応、形
だけでも聖書とかは読み聞かせるけど。」
「……それ、たぶんお伽噺の一種だと思われてるぜ。」

 言い繕う宣教師に、マッドは小さく呟き返す。
 三大宗教の啓典も、所詮はそんなもんである。
 しかし、インディアンと友好的にやっていくには、無理やりに宗教を押し付けるのは良くないだろ
う。彼らは彼らなりの宗教を持っているのだ。それを、教化しようというのが、宣教師の役目ではあ
るのだが。

「とにかく、そんなわけで、この町では彼らを刺激しないでくれ。」
「何がどう、とにかく、に繋がるのかは分からねぇが、そんな事はしねぇよ。」

 あっちの男も、とマッドはサンダウンを肩越しに振り返る。その時に見えた黒い眼差しには、何か
を探るような眼差しはなかった。
 そう、と宣教師が、酷く安堵したような背中を見せた。