家系が代々聖職者に関わるような職種だったと言う若い僧侶の名乗った姓は、おぼろげながら聞い
た事がある家の名前だった。
だが、眼の前ではにかんだように微笑む男の顔を、幼い頃に見つめた煌びやかな社交界の中で、そ
の脚元を駆け回っていた子供達の中から見出す事は難しかった。男の顔をまじまじと見つめた後、マ
ッドは葉巻を咥えて、たっぷりと息を吸い込んだ後、煙を吐き出す。その煙と共に、
「覚えてねぇな。」
と言えば、僧侶は笑みを少しだけ困ったものに変えただけだった。そして、それは仕方のない事な
のだと言わんばかりに、二、三度頷いた。
「君は、小さかったからね。」
「てめぇと大して変わらねぇ。」
僧侶は、どう見てもマッドとそう大差ない齢だ。すると、私は記憶力は良いから、という答えが返
ってきた。
「それに、君は良く目立つ。」
付け足された台詞には、先程までの屈託のなさとは異なり、何か奇妙なものを孕んでいた。けれど
も、マッドがその形を言い当てる事はできなかった。
マッドが口を挟めない隙に、ウィリアムと名乗る僧侶は、
「それは、今も変わらないようだけれど。だから、すぐに見つける事ができた。」
その口ぶりは、まるでマッドを捜していたかのようなものだった。たまたまマッドの姿を――昔の
知り合いの姿を見つけて、場末の酒場に飛び込んできた、というわけではないようだ。
マッドは少しだけ頬を固くし、僧侶を見る。
もしかしたら、この僧侶はマッドが置き去りにした過去が、執拗に手を伸ばしてマッドの脚を掬お
うとしているものであるかもしれないのだ。
「俺に、何の用だ。」
マッドの声の中にある固いものに、僧侶も気が付いたのだろう。ふ、と浮かべていた笑みを一瞬だ
け掻き消した。が、すぐにそれは苦笑となって浮かび上がる。
「別に、君をどうこうしようというわけじゃない。私は、個人的に君に頼み事があって君を捜してい
たんだ。」
個人的な頼み。
と言われても、それを真っ直ぐに鵜呑みにはできない。如何にそこにマッドに連なる者の名前が並
んでいなくとも、過去の香りが漂うものであるならば、油断はできない。
そんなマッドの警戒を他所に、唐突に僧侶はもじもじし始めた。先程まで明朗に言葉を発していた
のに、急に何かを言い淀んでいる。
「その、人を、捜してい欲しいんだ。」
「あん?」
もじもししながらも、若い僧侶の口から零れ出た台詞は、マッドは予想していなかった言葉だった。
「君は賞金稼ぎになったんだろう?噂は聞いている。人から依頼を聞き入れ、その結果に応じて金品
を受け取る。だから、私の依頼も聞いて欲しい。私の捜し人を、捜して貰えないだろうか。」
「ちょっと待て。」
眼の前の若い僧が、己の過去に食い込んでいる、とかそういう事をひとまず置いておかねばならな
いくらい、僧侶の中の賞金稼ぎの認識が世間一般と大きく異なっている。
マッド・ドッグは賞金稼ぎである。そこに間違いはない。しかし賞金稼ぎというのは、一般的には
賞金首を撃ち取って金を貰うという業深い職業である。その業深い職業に聖職者が関わってこようと
いうのは、随分と皮肉なものであるのだが、そういう事は別段珍しい話ではない。ただしこの場合の
関わり方は、聖職者が気に入らない相手を何がしかの言いがかりをつけて殺してしまおう、というも
のだ。人捜しなんてものを賞金稼ぎに頼む事は、ない。少なくともマッドはこれまでの賞金稼ぎ人生
の間、聖職者及びそれ以外の人間からも、人捜しをしてくれ、なんて依頼を受けた事はない。
それとも或いは、
「その捜し人を、見つけ出して撃ち殺せばいいのか。」
そういう話なら、まだ分かる。
復讐者が何処にいるのか分からない、というのは、ままある話である。
が、
「とんでもない。」
表情と身振り手振りで、とんでもない、という意志を全身で表示されてしまった。
つまり、純粋に人捜しだけをマッドに依頼している、と。
「なあ、俺は賞金稼ぎなんだよ。」
「知っている。」
「人探しってのは、俺の仕事じゃねぇよ。」
「私の捜し人に賞金がかかっていても?」
「賞金首なのか?でも撃ち殺したら駄目だって言わなかったか?」
それとも、生け捕りにしたい、という事だろうか。
マッドが疑問に思っていると、僧侶は、今は賞金首ではないと答える。
「今から私が賞金をかけるから、彼を捜してほしい。」
「おい、待て。」
「人を捜す時にだって、賞金を懸けるだろう。そして君は賞金稼ぎだ。ならば、取り立て私の依頼が
おかしいわけもないだろう。」
いやいやいや。
マッドは首を横に振った。
確かにそれだけを聞けばおかしくはない。おかしくはないが、このご時世、賞金稼ぎと言えば賞金
首を捕まえる者の事だ。
「だから、私が捜し人に賞金を懸けるから、彼は賞金首という事になるんじゃないか?ならば、何も
おかしくない。私は、彼を保護して欲しいんだ。」
撃ち殺すでもなく、生け捕りにするのでもなく、ただ保護したいのだ、と。
真剣そのものの顔つきで、僧侶はマッドを見つめた。マッドはその眼差しが、狂気と紙一重のもの
であると悟った。そして、その眼差しと同じ色合いの意味で、何人かから見つめられた事がある事を
思い出す。
しかし、過去に出会った彼らとは異なり、僧侶の眼は丸きりマッドを素通りしているようだった。
「お前の捜し人っていうのは、一体誰なんだ。」
別に引き受けようと決めたわけではないが、マッドは今のところ引き下がる様子を見せない僧侶に、
仕方なく問いかけた。変に押し問答をしていて、周囲に再びざわつかれるのは、マッドは好まない。
「ある町の自警団の団長だ。」
僧侶はマッドの問いに、素直に答える。
そして、また、もじもじし始めた。
「年齢は、私達と変わらない。まだ若い男だ。とても美しくて、とても強い………。」
そして、と不意に僧侶の眼が鋭い光を放つ。
「たぶん、君に似ているところがある。