その後、マッドは街の中をふらりふらりと歩いていたが、どうも上手い具合に情報収集は出来なか
った。街の人々は示し合わせたかのように二年前の出来事には口を閉ざし、インディアン達も微かに
困惑した瞳でこちらを見るだけだった。
一度だけ、あの呪い師を遠目に見かけた。女性とも男性ともつかぬふうの彼は、その職業の所為だ
ろうか。周りのインディアン達から随分と尊敬された眼差しで見つめられていた。
どうにも情報が集まらないマッドは、日も暮れかけた頃、近くの安っぽい酒場に入り込んだ。別に
それ以上の情報を求めていたわけではない。これ以上は何も掴めないだろう事は、賞金稼ぎとしての
本能が囁いていた。酒場に入ったのは、単純に酒を求めての事だった。
酒場の中は、そこそこ込んでいた。他の街にないのは、インディアンの男達も、ちらほらと入り込
んでいる事だろうか。
不思議な空間が出来上がったその中で、マッドはそこだけは酷く日常的に浮き上がった場所を見つ
けた。
サンダウンが、酒場の片隅で酒を煽っているのを見つけたのだ。
マッドは、テーブルを挟んでサンダウンに相対する席に座り込むと、サンダウンを見据えた。サン
ダウンも、酒を煽る手を止めてマッドを見ている。西部の青空を模したかのような青い眼は、あの宣
教師と同じ色合いをしている。
「………何か、」
収穫でもあったのか。
サンダウンの低い問いかけには、おそらく何も見つからなかったのだろう、という予測が見え隠れ
していた。そして実際にそうだったので、マッドはぷくりと頬を膨らませる。
「うるせぇな。てめぇこそ、どうなんだ。」
酒場に行くとわざわざ宣言してきたのだから、さぞかし何らかの情報を手に入れている事だろう。
マッドのそんな皮肉に対して、サンダウンは、まるで幼子を見るかのように目を細めただけだった。
それがますますマッドの頬を膨らませる。
これ以上放っておくとマッドの頬がもとに戻らなくなる気がしたので、サンダウンは口を開いた。
「………この街の連中は、随分と、自警団の団長と、あの宣教師に恩を感じているようだ。」
まるで、マッドが二年前の出来事に辿り着けない理由が、それであるかのように語る。
背の高い男は、緩慢な動きで懐から葉巻を取り出すと、それに火を点けた。
しかし先程からの諸々含め、サンダウンの集めた情報――とさえ言えないものだが――はマッドの
お気に召すものではなかったらしい。
「結局、てめぇは何もやってねぇのか。」
マッドが詰るように――というか不貞腐れたように言うと、ちらりと青い眼が光った。葉巻を咥え
て一度吸い込み、煙と共にサンダウンは呟く。
「いや、一つ、分かったことがある。」
「何?」
「この街の、前の司祭についてだ。決して、褒められた人間ではない。」
ただし、この街で知ったのはその男の名前と、その男が尼僧の父親であるという事だけ。だが、そ
の男の名前を、サンダウンは知っている。
サンダウンが保安官であった頃に知り得た情報なのだが、それをサンダウンがわざわざ前置きで語
る事はない。その事実だけでも十分に、尼僧の父親が褒められた人間ではない事を指し示すのだが。
「かつては、別の土地の司祭だったのだがな。」
司祭とは名ばかりの、人々の寄付を掻き集めては、私腹を肥やす事に忙しい男だった。
その言葉に、マッドは尼僧が握りしめていた、やたら豪奢な十字架を思い出す。あれは、生臭坊主
だった父親のものだったのだろうか。
良い噂は聞かなかった、とサンダウンは呟く。
それでも司祭としてやっていけたのは、掴むだけの尻尾が見当たらなかったのだ。
「此処の自警団の団長が、その尻尾を引き摺り出したかもしれないってか?」
だから捕まり、拘置所か何処かで宣教師付きの尋問の最中に心臓発作でも起こしたのだろうか。そ
れならば、自警団の団長が娘である尼僧に恨まれているという理由が付くのだが。
「マッド。」
サンダウンの声が妙に掠れた。声を、出来る限り低くしているからだ。周りの連中に、聞かれたく
ない話だろうか。
いや、それ以上にマッドにも聞かせたくないのだろう。サンダウンの眉間に、微かにではあるが、
不快感を示す皺がある。
「私が、尼僧の父親について聞いた、最も胸糞の悪い話は、これだ。」
その司祭に限った話ではない。キリスト教によって、インディアンに無理やり自分達の生活様式を
押し付ける話は、あちらこちらにある。インディアンを教会に押し込めて、そこで西洋人の考え方を
埋め込むのだが。
教会の中で、インディアン達が司祭やシスターから拷問や強姦を受けたりする話は、多々と聞く。
「あの司祭は、原住民に限らず、行き場のない少年達を集めては、夜な夜な性行為を行っていたとい
う話が、あった。」
マッドは、サンダウンの無表情を見返す。
サンダウンは無表情だが、やはりどことなく不快感が醸し出されている。
「あの尼僧は、その事を知ってたのか?」
「……さあな。」
知っていたとしても、何もしないだろう。あの尼僧の、侮蔑に満ちた眼差し。インディアン達には
何をしても良いと思っている可能性がある。
「自警団の団長は、司祭のその悪癖について何か掴んでいた?」
可能性としてはある。もしも、それで司祭を尋問し、その時に宣教師も立ち会っていたなら、彼ら
の間にだけ広がる秘密もあるだろう。
だが、それは秘するほどのことだろうか。
宣教師は名誉に関わることだ、と言っていた。名誉とは先代の司教と、その娘である尼僧の名誉だ
ろう。
だが、それはマッドにまで隠さねばならないことだろうか。マッドは何も、司教のやってきたこと
全てを語れとは言っていない。ただ、司教の死に目に、何故宣教師と自警団の団長が立ち会っていた
のか、を聞いただけだ。司教の尋問、という答えをすぐに出さなかったのは何故か。
尋問の内容について聞かれて、そして司教のしてきた事を答え、彼らの名誉がけがされる事を恐れ
たのか。
それとも、他に、何かあるのか。
宣教師に。
或いは。
自警団の団長に。
それとも、その両方に。
「あの教会。漁ってみるか。」
マッドはぽそりと呟き、立ち上がる。
それを見たサンダウンも、ゆるりと陽炎ように立ち上がった。