とにかく、とマッドがジャケットの裾を翻して立ち上がった。
「自警団の団長とやらが消えた森に向かう前に、情報収集するべきだな。どうも、この人捜しは俺が
思っていた以上にきな臭い。森に入ったところを原住民に襲われるだとか、そういった事が起こって
もおかしくねぇ。」
きな臭い事なんて、依頼を聞いた時から分かっていただろう、とサンダウンは思うのだが、あえて
口にはしなかった。口にしたところで、マッドがきな臭さを承知している以上、更なる警告は意味が
ないからだ。
サンダウンがむっつりと頷いたのをマッドは確認もせず、さしあたってどこから手を付けるべきか、
と呟いている。
放ったらかしにされる事は慣れているので、サンダウンはそんなマッドを無言で見ていたが、ふと
腰を上げた。
急に動いたサンダウンを、マッドはこちらの動きに驚いた子犬のような眼で見上げる。だが、サン
ダウンが急に動き出した事を特に非難するつもりはないらしく、実際に、どうしたんだ、と問いかけ
た時の仕草は、小首を傾げるというあどけないものだった。
「………酒場を探してくる。」
情報収集は酒場で、というのは使い古された手ではあるが、あながち馬鹿にできるものではない。
鬱屈した気分を酒で晴らそうという連中は多いし、特に目ぼしい店が立ち並ぶわけでもない街ならば、
酒場で時間を潰すしかない。原住民の多い街でも、この考えが通用するかは分からないが、しかし行
ってみる価値はあるだろう。
「お前はどうする?」
サンダウンは首を傾げたままのマッドに聞くと、マッドは首を元に戻して、行かねぇ、と答えた。
「二人で同じところに行っても時間の無駄だし、それに変に警戒されて話すものも話して貰えねぇん
じゃ意味がねぇ。俺は別のところを当たるぜ。」
まずは街の中をうろついて、街の全体を把握しておきたい。
そう言うマッドにサンダウンは一つ頷いて、ポンチョを揺らしながら宛がわれた部屋から出ていく。
背後で、マッドがひらひらと手を振っている気配がしたが、サンダウンはわざわざ振り返らなかった。
そうせずとも、マッドはサンダウンが気が付いている事を知っていると、サンダウンは分かっている
のだ。
教会は、土埃舞う大通りの一番目立つところに建っている。粗末とはいえ、この街の中心は教会な
のだ。それは、この街が先住民族を教化する為に造られたことを仄めかしているように思えた。
それに対して酒場は大通りから少し外れた裏通りに、ひっそりと隠れるようにして造られている。
まるで、そこでは如何わしい事が成されているのだ、と言わんばかりの立地だ。実際、合法とはいえ、
酒場は酒と賭博と売春の場であるのだ。キリスト教が街の建設の根本にあるのならば、背徳の塊のよ
うな酒場という建物は、裏通りに隠しておきたかったのかもしれない――街に存在している時点で、
背徳を神の眼から誤魔化せるわけもないのだが。
もっとも、神なんてものを信じていないサンダウンには、全く以て関係のない話ではある。そして、
大通りだの裏通りだのは先住民族にはさほど意味のない概念である気がする。通りに関係なく、あち
こちに蹲る彼らの姿を見ていると、そう思うのだ。
先住民達にとって、白人の造った街の構造など、どうでも良い事だろう。彼らにとって大事なのは、
街の裏側手に大きく広がる森なのだ。
サンダウンは埃っぽく茶色に塗れた街と、その背後に広がる青々とした森の対比を視界に入れる。
この色合いの差だけで、先住民達が、どちらにひれ伏すか分かるというものだ。乾き切った土ばか
りの街よりも、明らかに生命の宿る森のほうを聖域としても、なんらおかしくはない。
しかし、白人達の持つ酒や葉巻には、先住民達も興味があるのだろう。サンダウンが音もなく入り
込んだ、うらぶれた酒場には、数人の先住民と思しき男達が白人に混ざって屯していた。
人種入り乱れる酒場の様子に、この街は一応は先住民との共存に成功しているように見えなくもな
い、とサンダウンは思った。それが本当に完璧な成功であるのか、歪でいつかは壊れる成功であるの
か、サンダウンに判じる事はできないが。そしてサンダウンには、それを判じる必要性がない。サン
ダウンにとって今一番重要なのは、マッドをこの街から無事に引き離す事だからだ。つまり、そう思
っている時点でサンダウンはこの街が決してより良いものではないと察知しているのだが、サンダウ
ンがそれを自覚するには至っていない。
いや、サンダウンの中では好ましからざる状況というのは、マッドにとって如何なる意味を与える
か、という事で自覚されるのだ。
この街を浚っていく乾いた砂も、堂々と命を繁らせる森も、マッドには好ましからざるものだ。サ
ンダウンは、深い意味も思いつかぬまま、ただただそう感じている。
適当に空いたカウンター席に、無造作に腰を下ろし、街よりも、森だ、と心の中で呟いた。森が、
危険なのだ。聖域云々を無視しても、あの、森は、マッドには危険だ。何が危険なのかは分からない
が。
「………注文は?」
本能の警告を鬱々と聞いていたサンダウンに、サンダウンと同じくらいに無愛想な酒場のマスター
が注文を問う。その問いに、サンダウンは負けず劣らずの無愛想な声で、適当な酒を注文する。
サンダウンの注文を受け取ったマスターは、のっそりと頷くと、もそもそとグラスに酒を注ぐ。
酒場の中は、とにかく砂が床を這いずり回っていた。壁や天井にはそれほど砂がこびり付いていな
いのを見るに、どうやらマスターは無愛想でありながらも、毎日掃除はして、砂が溜まらないように
はしているのだろう。しかし、入り込む砂を毎度毎度追い出す事は出来ないようだ。
マスターは酷く無口な人間だった。そして明らかにこの街では見ない顔であるサンダウンを見ても、
特に何も言わない。入口付近に屯している男達などはサンダウンの様子を伺いながら、ひそひそと何
かを話している。
マスターがこちらに対して何かを言わないというのは、ある意味好都合ではある。マスターからの
情報は今は取れないが、別の人間から――サンダウンを見てひそひそと言っている男達の会話に、耳
を欹てる事を邪魔されないのだ。
ポスターの一枚も貼られていない素っ気ない壁からは、サンダウンが賞金首であるという情報を誰
も知り得ない事を示している。だから、サンダウンはゆっくりと人々の会話に耳を傾ける事が出来る。
もしも、マッドであったなら、するりと人々の輪の中に入っていき、それとなく水を向けて話を引
き出すだろうが、それはマッドが気になった時にすれば良い。サンダウンにはサンダウンなりの情報
収集法があるのだ。
やがて、サンダウンはグラスを三杯空け、葉巻を数本購入してから酒場を出た。
ひとまず、この街を覆う噂話は一通り拾い上げることができたのだろう。特に、教会に関する噂も。
サンダウンをちらちらと見ていた男達が、サンダウンが教会に入った事を見ていたのが幸いして、早
い段階で教会についての話題が挙がったのだ。
男達は、サンダウンを教会で起きた事件の後片付け――特に尼僧の処分を行うのではないか、と口
にしていた。教会でどのような事件が起こったのかまでは聞こえてこなかったが、その事件には教会
の先の司教と、あの尼僧が関わっていたらしいという事。そして尼僧は街の住民から、決して快くは
思われていない事。それどころか、サンダウンに処分されるのではないか、とさえ言われるような事
をしたのだという事。
司教から聞いた尼僧の自警団の団長に対しての態度や、そして尼僧の台詞が、これら噂話に関わっ
てくるのかは分からない。だが、数年前の事件とやらについては少しばかり調べる必要がありそうだ。