「どうして、そうなった。」

 サンダウンの問いかけに、マッドがしょんぼりと項垂れた。まるで叱られた子供のような姿に、サ
ンダウンは慌てて、別に怒っているわけではない、と言う。

「ただ、どうしてそんなことを引き受けたのか、と思っているだけだ。」
「あんただって、俺に黙って変な依頼を引き受けた事があるじゃねぇか。」

 しょんぼりしながらも頬を膨らませて、マッドが言い返す。以前、サンダウンがマッドの名前を出
されて仕方なく引き受けた貴族からの依頼の事を言っているのだ。マッドに相談もせずに引き受けた
事を、その時はマッドに詰られたのだ。
 だが、それこそ、仕方なく、というやつだ。
 マッドの名前を出され、マッドをまるで人質のようにされてしまえば、サンダウンにはどうする事
もできない。
 マッドの名前は、サンダウンにとっては、それこそ口にしてはいけない神聖四文字のようなものな
のだ。
 けれども、マッドが引き受けてきた依頼は、少なくともサンダウンを人質に取られて云々というも
のではないだろう。というか、この荒野において、西部一の賞金首であるサンダウンを人質にできる
ような輩がいるはずがない――いるとすれば、目の前で膨れっ面をしているマッドくらいなものであ
る。

「人捜しなんて、お前の引き受ける仕事じゃないだろう。」

 マッドは賞金稼ぎだ。
 賞金稼ぎの頂点に立っているといっても過言ではないほど、腕の良い賞金稼ぎだ。マッドに狙われ
た賞金首は、悉くが撃ち抜かれるか、縄で引っ括られて保安官の前に引きずり出されているかのどち
らかだ。
 手配書を検分するマッドは、文字通り舌なめずりして獲物を窺う肉食獣の様相なのだが、生憎とサ
ンダウンの目にはご飯を探す子犬にしか見えていない。
 というか、サンダウンとしては賞金稼ぎなんて危ない仕事はやめて欲しいというのが本音なところ
だ。普段はサンダウンが一緒にいるから、無体な輩はサンダウンが蹴散らすが、マッドの仕事となる
と、そうもいかない。マッドは自分の仕事に手を出されるのを非常に嫌う性質であり、サンダウンが
気を利かして、マッドが狙う賞金首の逃げ道を先回りで塞いでいた時など、今以上の膨れっ面で、し
ばらく口を利こうともしなかった。
 そもそも、サンダウンも賞金首であるという点を見れば、何故、相反する立場である二人が、こう
して一緒にいるのかという疑念は付きまとう。
 しかし、これはサンダウンとマッドにとっては、いちいちあげつらって口にするほどの疑念でもな
い。
 サンダウンにとってマッドは、何を以てしても守らなくてはならない存在で、マッドにとってサン
ダウンは、誰を差し置いても甘えられる存在だ、というだけだ。二人にとって、二人が一緒にいるこ
とは、何一つとして不思議な事ではない。

「俺だって、最初は断ったんだ。」

 膨れっ面のまま、マッドが言う。
 人捜しなんて賞金稼ぎのする仕事じゃない。それは、マッドだって思ったことなのだ、と。しかし
依頼人がしつこかったのだ。
 しつこさに押されるようにして、マッドは結局、ほぼ無理やり前金を押し付けられてしまったのだ。

「投げ返してやればよかったのに。」
「できねぇよ。」
「何故?」

 いつものマッドなら――サンダウンの前では子犬のようにふりふりと甘えてくるが、マッドの本性
は、彼が荒野で生きると決めた時に選んだ名前が示す通り、狂犬である。
 傲岸不遜で唯我独尊。
 気に入ったらなんでもやるし、気に入らなければ指一本動かさない。依頼人の前で前金を地面に叩
きつけて踏みにじるくらい、平気でやらかすだろうに。
 それが、できない、と。
 マッドの答えにサンダウンが疑問をぶつけると、マッドは何かひどく躊躇って、口ごもった。視線
が床のあちこちを彷徨う姿に、どうやらこの依頼、または依頼人は、マッドの心の琴線に引っかかる
ものであったのだろう、とサンダウンは思う。
 マッドの心の琴線――それが如何様なものであるのか、サンダウンは知っている。むろん、完全に
言い当てる事はできないが、靄の向こう側にある薄ぼんやりとした形を見るくらいの事はできる。そ
の時間線が、今現在ではなく、遠い昔――南北戦争以前にあることも。
 それを放置しておくことは簡単だ。マッドを問い詰めずに、マッドのやりたいようにやらせておく
事も。
 しかし、最終的にはマッドのやりたいようにやらせておくのだが、その背景はサンダウンも知って
おかなくてはならない。それは、マッドの奥底を踏み荒らす為ではなく、何かあった時に、いつでも
マッドを守れるようにしておく為だ。
 マッドが腕利きの賞金稼ぎであることを考えれば、マッドを守る必要はないのかもしれない。
 だが、マッドの古い話となれば、それは全く別の話だ。幼いマッドの世界からはみ出してきた存在
は、マッドを自分達の元に引きずり戻すことを考えるばかりで、マッドの事は何一つ考えない。そし
てその世界の住人を、マッドは即座に切り捨てることができないのだ。
 だからこそ。
 サンダウンは、一番最初の自分の疑問の答えに気づく。
 だからこそ、マッドは人捜しなんていう、明らかにマッドの仕事の範疇には含まれていない依頼を
引き受けてしまったのだ。

「依頼人が、俺がカギの頃の事を、知っている奴だった。」
「……知り合いか?」

 ようやく吐き出されたマッドの答えに、サンダウンは頷いて、そして質問を続ける。
 マッドは、サンダウンの質問に首を少し傾げた。

「どうだろう。俺はよく覚えてねぇ。そういえばそういう奴もいたような、という気がするけど。」

 それは、イギリスの貴族の息子で、神学を学んだ後、神の教えを新大陸にも広めるためにアメリカ
に渡ってきた、宣教師なのだという。