ちろ、と赤い舌が蝋燭の炎のように闇の中で踊る。炎というのは天使の舌なのだ、という話は、い
ったい何処で聞いたのか。聖書の一節にでもあったのか、それとも何かの俗説だっただろうか。その
妙な婀娜っぽさから、おそらくは後者だろうとは思う。舌、というものは、他の何を差し置いても、
どうしても何をしても艶が蠢いて見えるから、聖書には相応しくない気がするのだ。
尤も、目の前で舌をちらつかせているのは天使ではなく、勿論、悪魔でさえなく、ただの賞金稼ぎ
なわけで、婀娜っぽかろうが艶っぽかろうが如何わしかろうが、構いはしないのだが。
TONGUE TE TONGUE
舌が、震えている。その先端から溢れ出した雫がゆっくりと垂れて、手を差し出せば受け止められ
るくらいの速度で地面に落ち、痕を付けた。
はふ、と舌の上を呼吸が滑り落ちた。もしも息に色があったなら、それは打ち震える白だろう。
マッドは眼を細めて自分の吐き出した息の後を追いかける。見えないものを追いかけて、しかし、
まだ何が満足できなかったのか、再び舌を這わせ始めた。彼の愛銃であるバントラインの銃身に。す
ぐ近くにいるサンダウンの事など、どうでも良いと、いやもはや存在など感知していないかのようだ。
両手で銃を支え、つぅ、と黒い銃身に赤い舌を這わせている。
何が、楽しいのか。
サンダウンはマッドの様子を見ながら、そう思う。そしてマッドの行動を無意味だと思いながらも、
目を離す事が出来ない。
男にしては繊細で長い指が、バントラインの銃把をなぞり、かたどる。親指が引き金の曲線を何度
も何度も、緩やかに扱いている。その間も舌は銃身を舐め続ける。時折形の良い唇で食みながら、口
づけながら。
「はぅ…………。」
マッドの口から、吐息とも喘ぎともつかない声が零れた。同時に銃身が、飛び散った呼気で一瞬白
く染まる。それを割るようにして、流れ落ちる唾液。
「マッド。」
「うるせぇ、邪魔すんな。」
サンダウンがとうとう呼べば、恐ろしく硬い声が飛んできた。踊る舌先とは真逆の硬さを持った声
に、サンダウンは黙り込む。
邪魔するな、とは。
何を。
ちらりと再びマッドに目をやれば、マッドはもう一度、バントラインに口づけ、啄んでいる。銃身
の上から下まで、唇を這わせたかと思うと、今度は逆後方に舌をなぞらせる。そのたびに、呼吸が白
く飛び散る。
そして、マッドはとうとう銃口に舌を向ける。くりくりと先端を円を描くように舐め上げ、銃身に
は舌の代わりに右手を添える。左手は、弾倉に。やわやわと、まるで笛を吹くかのように指が動く。
ガチャ、と弾倉が回る。そこには、既に弾が込められている。暴発でもしたらどうするのだ、とか、
誤ってトリガーが弾かれたらどうするのだ、とか、言わなくてはならない事はたくさんある。しかし、
どの言葉にも、マッドを止めるだけの力がない。
カチリ、と音がする。マッドの歯が、銃口に当たったのだ。カチカチと、傷をつけないように、け
れどもこれ見よがしに音を立てながら、マッドは銃口を噛む。舌で時折銃口の中を舐めながら。さり
さりと先端を噛む。
はっはっ、とマッドの息は銃口にもかかって、飛び散る。少しすればそんな白は消えてしまうはず
なのに、マッドがずっと咥えている所為で、黒いはずのバントラインの銃身は、ずっと白濁したまま
だ。
れろ、とマッドが銃口から舌を引き抜いた。銃口の中は、唾液でどろどろのはずだ。壊れたりしな
いのかとサンダウンはしなくてもいい心配をする。マッドの銃なのだ。マッドがどうしようとマッド
の勝手なのに。
「は…………。」
マッドは一度、銃から口を離した。そして大きく息を吐く。その間も、バントラインから眼を離し
たりはしない。指も、やわやわと添えられている。うっとりと弾倉を撫でて、埋め込まれた弾をくり
くりと爪先で引っ掻く。
口の端から、一筋涎が垂れた。つぅ、と流れるそれに気が付いたのだろう。マッドは赤い舌で舐め
とった。
やがて、唇がぱっくりと割れて口腔内に銃口を押し込む。銃身を飲み込み、そこでゆっくりと肩で
息をした。銃身を咥えこんだマッドは、頬を蠢かせている。口の中で、舌を使っているのだ。まるで、
奉仕するかの如く。
今。
マッドの喉仏が苦し気に波打ち、口の端から涎が溢れ出して、それが地面に染みを作っているのを
見ながら、サンダウンは思う。
今、引き金を引けば、マッドは確実に死ぬだろう。そしてその危険性は高い。そんな事マッドも分
かっているだろうに、マッドは止めない。
はう、と眉間に皺を寄せ、苦しそうにしながらも、マッドはバントラインを咥え続けている。たら
たらと涎を流している様が、どれほど滑稽か――煽情的か、分かっているのか。分かっているだろう。
分かっているから、わざわざサンダウンの前でやっているのだ。
煽られているのか、自分は。
マッドが銃を引き抜く。バントラインはもうべとべとで、濡れていないところなどない。艶やかに、
淫らに、てらてらと光っている。外に出された舌は、相変わらず真っ赤で、炎のように小刻みに震え
ている。はあ、はあ、と何をしたわけでもないのに、マッドは息を乱して、それを整えようとしばら
くは動かない。
マッドと銃口の間に、一本、糸が出来ていた。マッドはその糸には気が付いていないらしく、遠く
を見つめて息を吐いている。しばらくそれは繋がっていたが、彼が長く大きく息を吐くと同時に、ふ
つり、と切れてしまった。