黒い髪の逃亡者逮捕連行捜査官は、自分のベンツの助手席で、むっつりと押し黙っていた。その
隣では上機嫌にハンドルを回す情報屋の男がいて、ベンツの周りには、まるで護衛するかのように
五台のバイクが逞しいエンジン音を鳴らしながら走っている。
「なんでてめぇらを連れていかなきゃなんねぇんだ。」
「そんな事言うなよ、旦那。一人で殺人鬼のいる湖畔に出向くなんざ、どう考えても正気の沙汰じゃ
ねぇ。そのままホラー映画の展開一直線だぜ。」
「だからって、こんな大人数で行ってどうすんだ。」
「何言ってんのさ。あんたが誰よりも、これから行く湖畔がどんな所か調べてる癖に。」
閑静な、それ故に別荘を建てるには十分な土地だ。現に、著名人の別荘が幾つかあるとも聞いてい
る。だから人の出入りは、皆無ではないだろう。別荘の管理人、休暇中の著名人がいるかもしれない。
けれども、だから――カーターがそこにいると仮定した場合――カーターが近付く人間に警戒しない
事の理由にはならない。
或いは、獲物を求めて、来る人間を品定めしている可能性だって有り得る。
「だったら、尚更、一人で行くなんざ間違いだ。」
「いると確定したわけじゃねぇ。」
「いると分かってからじゃ遅いんじゃねぇの?大体、旦那だって絶対にないと思ってたら、こんな
ふうに行こうとしねぇんじゃねぇ?」
カーターの経歴・性癖・性格、全てを調べたからこそ、湖の傍にあるコテージなんかに行こうと
思ったのではないのか。
その問い掛けに、彼は答えない。
答えずに、カーターの心理について、つらつらと呟く。
「ガキの頃に母親から見えない虐待をされてたってのが、オーソドックスに考えれば殺人の原因っ
て事になるんだろうな。」
「見えない虐待?」
「カーターはガキの頃、母親以外に興味を持つと、すぐにその対象から引き剥がされてきたのさ。
カーターは友人を一人でも作ろうものなら、すぐに転校させられたらしいし、奴が可愛がってた
犬猫は、いつの間にか消えてしまったらしい。」
むろん、恋人など一人として作る事は出来ない。
「耐えかねたカーターは十五歳の時に母親を殺して逮捕される。」
「ああ。でも、模範囚としてすぐに釈放されちまうんだろ。」
「カーターは優秀で、穏やかな性格として周りに見られてたらしいからな。殺人の手段を封じられ
たら、そりゃまともに見えるだろうよ。だが、子供の頃のカーターを知る人物は、カーターは虚
言癖があったとも言っている。」
毎晩誰かが家に入ってきて、お母さんの寝室の周りをぐるぐる回ってるんだ。
月の綺麗な晩には、大きな狼がやってきて、襲い掛かる時を待ってるのさ。
それは、子供の頃の言葉だったから、誰もそれほどまでに相手にしなかった。けれどもそれは、
カーターにとっての精一杯の現状への抵抗であり、また周囲への助けの声だったのだろう。
「カーターの子供の頃の妄言は、ほとんどが家の破壊を意味する。つまり、カーターの妄言は、い
つか誰かが自分を助けてくれる、母親を払いのけてくれるっていう願望さ。」
それは、少し空想の強い少女が王子を夢見るのと似ている。
つまり、ロマンチックさと紙一重なのだ。いや、カーターはロマンチストなのだろう。だから、
本当に愛した女には手を触れず、どうでも良い――特に母親を連想するような女は犯し、殺すのだ。
「ロマンチストだから、逃亡先を二人で過ごした思い出の先にってわけね。」
「さて、何処までそれが当たってるか。それは言ってみねぇと分からねぇな。」
プロファイリングにもなってない、ただの推論。いや、想像でしかない。結局のところ、犯罪者
の心理は犯罪者にしか――いや、犯罪者自身も分かっていない事もある。どれだけプロファイルし
たところで、統計学の域を出ず、全く異なる新しい犯罪者には対応できないのだ。
それに、彼は犯罪心理学者ではない。あくまでも、職業は逃亡者逮捕連行捜査官だ。職業柄、プ
ロファイリング紛いの事もしなくてはならないが、プロファイリング自体にはそれほど重きをおい
ていない。むしろ、確実な目撃証言があったなら、そちらを重視するだろう。勿論、それが偽装で
ある可能性は忘れないが。
「とにかく、さっさと行って、早いとこ結論を出しちまおうぜ。それが一番実入りが早い。」
カーターの過去も、苦悩も、被害者達には全く関係ない事だ。そして、彼の収入にも関係ない。
彼は、カーターを捕える事が出来さえすればそれでいいのだから。
けだる気にそう告げた逃亡者逮捕連行捜査官に、情報屋は、へいへいと返事をする。
「安心しろよ、旦那。もうすぐ、お目当ての湖に着くぜ。」
のったりとした男の言葉通り、遠くにカリフォルニアの緑の森と、その奥から漂う水の気配が見
えてきた。水の気配の中に、得体の知れないものを感じるのは、そこに殺人の匂いがあるからかも
しれない。
「どうよ、旦那?いると思う。」
「そんなもん、すぐに分かるか。」
コテージや別荘がぽつんぽつんと離れて建っているという地帯までベンツで移動し、観光客用の
駐車場に停車する。その周りにバイクも停車するものだから、随分と賑やかなものだと思う。駐車
場にはそれほど多くの車が止まっているわけでもないので、尚更だ。
「この駐車場に停まってる車のどれかが、カーターのものかもしれねぇなぁ。」
「車なんぞ、さっさと捨てちまってるかもな。」
もしくは此処に止めて、捜査の足踏みを狙っているか。
カーターだって、警察が自分の女に辿り着き、遠からず二人でコテージに行った事を喋るだろう
事くらい考えているはずだ。
もしかしたら、今自分が訪れている場所こそ、偽装かもしれない。だが、それを看破するには、
結局のところその地へ赴くしかないのだ。
「ひとまず、此処にてめぇの手下どもを置いてけよ。カーターの野郎が現れたら、てめぇらで捕ま
えるなりなんなりしろよ。」
手下は五人。それだけいればカーターには敵うだろうと思う。だが、相手は殺人鬼だ。気を抜か
ないに越した事はない。
「俺は旦那と行くぜ!」
「勝手にしろよ。」
吠える情報屋に、彼は面倒臭そうに答えて、茂みの奥にある、カーターの思い出のコテージを見
つめた。そして、コテージ周辺の、地面を。
途端に、舌舐めずりをした。
いる。
いなかったとしても、つい先程まで、いた形跡がある。踏み荒らされた草が、それを物語ってい
る。けれども、同時に小さな懸案が一つ。
踏み荒らされ過ぎている。
先程の舌舐めずりを押さえ、これも偽装の一つだろうか、と思う。
或いは、最悪の場合。
嫌がる誰かを、中に連れ込んだか。踏み荒らされた植物は、その所為か。
コテージの中からは、物音一つしない。それが、逆に不気味だった。湖畔から聞こえてくる、水
の音でさえ。
だが、いずれにせよ、行かなくてはならない。脇に吊るした銃を確かめ、滑るように物言わぬ木
の家に忍び寄った。