夢魔の晩餐
 
 
 
 
 
 





  ようやく辺りの喧騒が拭い去られ、木々の間に静寂が戻ってきた時、その隙間隙間から淡く発光
  
 するものがちらほらと姿を見せ始めた。醜い悪霊達に怯えていた精霊や妖精が戻ってきたのだ。そ
 
 の中には、所謂、夢魔と呼ばれる、どちらかと言えば森の中ではなく、人里に降り立つ者達もいる。
 
  その姿にサンダウンが眉を顰めていると、年若い男の夢魔が降りてきた。
  
  
  
「随分と派手な音を立ててたけど、何かあったのか?」



  派手な髪色と服をした夢魔は、サンダウンも良く見かける男だ。大抵は保護者的存在であるドワ
  
 ーフと一緒にいるのだが、今日は一人のようだ。
 
  確かアキラとかいう名前だったその夢魔は、サンダウンの足元に転がる悪霊達の姿を認めて眉を
  
 顰めた。
 
 
 「こいつは…………。」

 「使い魔だ。大した事は知っていない。」



  銃を収めながら、サンダウンはじわじわと地面に溶けていく悪霊達を見下ろす。
  
  下等なこれらの生命体は、己が使い魔であるという事実以外は巧妙に知らされずに、ただただ暴
  
 れ回っていただけのようだった。事実、サンダウンがその魂から記憶を読み取っても、それ以上の
 
 価値ある情報は持っていなかった。
 
 
 
 「最近多いじゃねぇか、そういうの。松も言ってたぜ。悪霊どもが形振り構わず暴れ回ってるって。」



  アキラは自分よりも遥かに長い月日を生きているであろうサンダウンを見上げ、問う。
  
  
  
 「松は見当がつかねぇって言ってたけど、あんたはどうなんだよ。みんな、あんたなら何か知って
 
  るんじゃないかって言ってるぜ?」
  
 「さっきの人は、どうなんでしょうか?」
 
 
 
  不意に割り込んできた声に、アキラは木々の間を見上げる。そこには素晴らしく長い尾をした少
  
 年が立っていた。
 
 

 「ユン!」
 
 
 
  アキラが声を上げると、少年は音もなく二人の元に降り立つ。長い縞の尾がまるでバランスを取
  
 るようにふらふらと揺れた。
 
 
 
 「ユン、さっきの人って言うのは、なんなんだよ。」

 「申し訳ありません、アキラさん。実は僕はアキラさんよりも先に此処にきて、一部始終を見てい
 
  たんです。その………立ち見というか立ち聞きというか、そういう事をするつもりは全くなかっ
  
  たのですが。」
  
  
  
  ばつが悪そうにサンダウンを見上げ、人虎であるユンは頭の上にちょこんと乗っかったふさふさ
  
 とした耳をぱたつかせる。
 
 
 
 「それでですね、アキラさんが此処に来る前に、男の人が一人いたんです。」
  
 「男?悪霊じゃねぇのか?」

 「そういうふうには見えませんでしたが……サンダウンさんは、どう思われましたか?実際に話を
 
  されたのはサンダウンさんでしたし、僕が見る限り、お二人はあまり友好的には見えませんでし
  
  たので………。」
  
  
   
  突然降って沸いた、黒髪の青年。鋭い犬歯を持ち、サンダウンの名前を知り、そしてサンダウン
  
 も知らないのに彼の事を知っているような気がしてならない。そんな感情を抱く相手など、この世
 
 に一人しかいない。
 
 
 
 「………クドラク。」



  何っ、と声を上げたのはアキラだ。その声にははっきりと怯えが混じっている。ユンも顔を強張
  
 らせている。
 
 
 
 「クドラク……?そんな………。」
 
 「まだ決まったわけではないが………。」



  たちどころに身を強張らせた年若い幻獣達に、フォローをするわけではないが、確定段階ではな
  
 いと告げる。しかしだからといって、アキラとユンの強張りが解ける事はない。
 
  当然だ。よりにもよって、クドラクと尤も密接な位置関係にあるサンダウンが、クドラクの名を
  
 出したのだ。それはもはや確かだと言っていい。
 
 
 
 「サンダウンさんは、この騒ぎの中心にクドラクがいると思っているのですか?」

 「想定の一つだ。まだ何も分かっていない。」

 「でも、使い魔を使う幻獣なんか、そんな多くはいねぇよ。」


 
  使い魔を使役する者は、絶対的に使い魔よりも高位の幻獣である必要がある。高位の幻獣と呼ば
  
 れる存在は、総じて知能が高く魔力が高い。そして大抵は人の形を取る事が出来る。
 
 
 
 「クドラクはあんたと基本的には同じ能力を持ってんだろ?だったら、使い魔だっているだろ。」

 「アキラ。」



  なんだか泣きだしそうな少年の頭を軽く叩き、サンダウンは低い声で短くその名を呼んだ。落ち
  
 着いた声で呼ばれて、アキラは黙り込む。



 「まだ、何も分かっていない状態だ。これが杞憂である可能性もある。だから落ち着け。」



  お前が騒いでいるとお前の妹まで不安になる。

 
 
  唯一の肉親である妹の事を口にされ、騒がしかったアキラの神経が見る間に落ち付いていく。ア
  
 キラが落ち着いた様子に、はらはらしていたユンも引き摺られるように心を静めた。そしてアキラ
 
 の掌をそっと撫でて微笑む。



 「アキラさん、ひとまずここはサンダウンさんに任せて、僕達は帰りましょう。クドラクじゃなけ
 
  ればサンダウンさんならあっと言う間に倒せますし、クドラクだったらサンダウンさんじゃなけ
  
  れば倒せない。」


 
  あ、そうそう、と話題を変えるようにユンは他の人虎達の事を口にした。



 「アキラさん、今から暇ですか?暇なら、レイさんとサモさんにも会って欲しいんですが。」

 「レイに?行く行く!」



  密かに想いを寄せている少女の名を聞いて、まだ少し渋っていたアキラはすぐさま立ち直った。
  
 微妙にもう一人の名前を忘れているようだが。


 
 「じゃあな、サンダウン!俺はレイに会いに行ってくる!」
 
 「じゃあ、行きましょう。サンダウンさん、では。」



  さっと消えた少年達の残像を追いながら、サンダウンは人虎の少女が、確か最近腕が鈍ってきて
  
 いるとぼやいていた事を思い出した。

  明日、アキラの顔に青痣がない事を祈りつつ、サンダウンは夜の気配が薄れていく事を感じ、背
  
 を向けた。









  サンダウンの様子を見下ろす黒い犬が一匹いる。
  
  木の精霊達の中に紛れ込み、自分の気配を完全に消したその犬の口からは、先程の青年の声が零
  
 れた。



 「ふうん………随分と『惹かれて』るな。なんでかね?」

 「知らないわよ、あたいは。」



  犬の独り言に、誰もいない背後から返事があった。しかしそれに犬は驚く様子もない。



 「糸が絡んで惹き寄せられたってわけではなさそうだな。俺が知る限り、あいつらは絡まれる前か
 
  ら知り合いだ。」

 「近しい運命の糸は近くにあるものよ。」

 「なるほど、脱獄した魂も、あいつらの運命に被った事があるかもしれねぇって事か。だから絡み
 
  やすいのか。」

 「あら、あんたにも知らない事ってあるの。」


 
  さっきはあの子達が昔からの知り合いだって言ったくせに。



  糸切りの女神の声に、犬は尻尾をぱたんと一振りして答える。



 「俺は運命の女神じゃねぇんでな。俺に分かるのはあいつらの名前と、そこに刻まれた死の時間だ
 
  けだ。ついでに俺があいつらの交友関係を知ってるのは、そこらへんにいる精霊に聞いたからだ。」
  
  
  
  黒犬の気配を覆い隠すドリアード達は、どうやら彼を気に入ったらしく、色んな事を話したよう
  
 だ。あまつさえ黒い毛並みを撫でたりしている。
 
 
 
 「女誑し………。」

 「んだよ、嫉妬か?」

 「違うよ!せっかく人が真面目に仕事してるって思って感心したのに。」
 
 「人聞き悪い事言うんじゃねぇよ。天上と地獄合わせたって、俺ほど働いてる奴はいねぇぜ?」



  言いながらも、犬の黒い眼はサンダウンを追い掛けている。その背を見つめて、彼は呟いた。
  
  
  
 「面倒な奴らに絡んでくれたもんだ。夢魔と人虎はともかくとして、あのおっさん、よりによって
 
  俺の気配を覚えてるんだぜ………?」