覆い被さる男の肩越しに巨大な星空が広がっている。雲一つない、その果てまで見渡せそうな晴れ
 
 渡った空は、女を口説くには格好の様相を見せている。 そんな夜だというのに、なんでこんな事
 
 をしているのか。
 
 

 あまりにもあんまりな状態に、どこか遠い夢の世界の出来事かとさえ思うのだが、この星空の下に
 
 逃げ出させまいと檻を形作る男の手足から香る紫煙が、どう考えても現実味を帯びすぎていた。



「っく…………。」



 四肢に絡まる男の熱と身体が、鎖となってマッドを縛り上げる。更に、絶え間なく与えられる快楽
 
 に拘束されて、思考回路も否応なしに引き裂かれる。その割には、頭の片隅で冷え込むほど冷静な
 
 自分がいる事も確かだ。



「は………ぅ………。」



 与えられる熱に耐えかねて眼を閉じると、逆にそれを一層強く感じてしまうという何とも間抜けな
 
 状態で。快楽を散らそうと身を捩ろうにも、圧し掛かる男の手が、がっちりと腰やら肩やらを抑え
 
 込んでいて碌に動く事もできない。自由を奪われた身体には、きつい色の所有印が数え切れないく
 
 らいに刻み込まれてしまっているだろう。身体中に男の吐息を受けて、自分も知らない場所を暴か
 
 れて。



「あ…………っ!」



 反射的に身を仰け反らせて声を上げると、後はもう、口を塞ぐ事もできなくなる。閉じる事も出来
 
 ない口からは、声がひっきりなしに零れて止まらない。自分の身体が、どんどん自分の支配下から
 
 離れていく。跳ね上がる身体も、零れ続ける声も、全部自分の意志とは無関係に吐き出されるもの
 
 だ。むしろ、この男によって引き起こされている事象なのだから、自分の身体はもはや男の物とな
 
 っていると言っても過言ではないのではないだろうか。
 


「うぁあっ、あっ!」



 急に責め方を変えられて、強く感じる所を抉られて、マッドは眼を大きく見開き悲鳴に近い声を上
 
 げた。その瞬間、自分を組み敷く青い双眸と視線がぶつかる。快楽を与える事で無理やりマッドの
 
 意識を自分に向けさせた男は、更に深くマッドの身体を抉る。



「あっ、ぅ………くぅ………っ!」



 ――――熱い。



 力の入らない下肢はどうなんだと思うくらい熱く、どろどろに溶けているんじゃないかとさえ感じ
 
 る。 そこに融け合おうとするかのように、男の身体が更に入り込んでくる。



 ――――馬鹿馬鹿しい。



 男のかさついた指が自分の指に絡まる。視線を逸らさないように固定された顔に男が口付ける。意
 
 味のない言葉を漏らしていた唇を塞がれ、舌を絡められる。ひたりと身体を密着させられて、もう、
 
 触れ合っていないのは背中ぐらいだ。まるで、マッドの身体と融け合おうとしているかのような、
 
 仕草。



 はっ。



 笑い飛ばしてやりたい。どんなに絡み合おうが、熱を共感し合おうが、夜を共にしようが、終わっ
 
 てしまえばまた離れるのだ。身体を一つに溶かしてしまう事などできやしない。
 
 

 それでもまだ、男女なら絵にもなるだろう。共にあろうが離れ離れになろうが、それはそれで話に
 
 なる。けれど、男同士だった場合、笑い話にもならない。ましてや、賞金稼ぎである自分と、賞金
 
 首であるこの男は完全に相反対する部分にいる。水と油のように弾き合うしかないのに、融け合う
 
 事など夢のまた夢だ。



「あっ……!ああっ、あっ!」



 瞼の裏が一瞬、白く焦げた。腰に融けた飴のような感覚が走る。
 
 

 その瞬間、ぐらりと身体から力が抜けた。低く呻いて短く荒い息を吐いていると、情けない事に涙
 
 の跡のついた、頬やら眦に勘違いするくらい優しく口付けされる。その行為を馬鹿にする事も罵る
 
 事も億劫で、マッドは男のさせたいようにさせておく。



 ―――それを許している時点で、自分も大概馬鹿だけどな。



 腹の底で、自嘲の笑みを浮かべる。



 分かっている。



 一番馬鹿なのは、この行為を受け入れている自分だ。本気で嫌なら銃を抜いて抵抗すれば良かった
 
 のだ。それをせずに、絆されただの何だのくだらない理由をつけて、男から与えられる熱を享受し
 
 ている。
 
 

 その熱が冷め始め、マッドは脊髄から冷え込んだ気分になった。背中に当たる砂の感触が酷く気持
 
 ち悪い。

 
 
 マッドは大きく息を吐いて、未だ気だるく動かす気になれない身体を叱咤して、辺りに散らばった
 
 自分の服を手繰り寄せる。そんな自分の身体を手繰り寄せようとするのは武骨な男の手だ。再び抱
 
 き込んで夜を明かそうとでもいうのだろうが、マッドはその手をするりと避ける。
 
 

 いつもなら気だるさを言い訳に、いつ誰が襲ってくるか分からない荒野のど真ん中で情事の後の睡
 
 魔に身を委ねるのだが、身体も気分も妙に冷え切った今夜はそんな気にはなれなかった。

 
 
 ―――どうせ。


 
 思い浮かんだ言葉の後に続く言葉は、あまりにもたくさん思い浮かびすぎる。その言葉達が一層、
 
 マッドの神経を冷やしていった。
 
 

 自分を抱き損ねた男を振り返る気にもなれず、マッドはばさばさと衣擦れを立てながら身支度を整
 
 える。最後に、星の光を角に受け止めている黒く厳めしい銃を手にした。星と月の温かみのない光
 
 を浴びたそれは、今のマッドの気分と酷似していると同時に、マッドが眼を背けているマッド自身
 
 の脆さを糾弾しているかのようだ。

 
 
 ―――冗談じゃ、ねぇ。



 マッドは逃げるようにその場を立ち去ろうとする。瞬間、脚を男の熱の残滓が伝い、凍りついた。

 冷たくなったそれに身震いし、それが自分達の関係を示しているようで身体どころか気分さえも震
 
 えそうになる。そしてそんな事を考えた自分に、今度は嘲笑うどころか愕然とする。



 ―――冗談じゃねぇよ。そんなの、まるで。



 絆されているだとか何だとか、この関係がどんなだとか。

 そんな事は、どうでも良い自分がいて。



 むしろ、いっそ――――。



 銃が灯している糾弾の光が、はっきりとした言葉になる。

 それを歯噛みする事で押し殺し、マッドは今度こそ足早にその場を立ち去った。




 

























TitleはB'zの『BadCommunication』より引用