マッドは己を見張る四つの眼を従えて、町の入口に向かう。町から出ようと言うわけではない。
最初にこの町に辿り着いた旅人が、何処に向かおうとするのかを考える為だ。
いなくなった賞金稼ぎ達が町を訪れた目的から、彼らがもしも本当に此処に来たのなら、何処に
向かうのか。
それを辿るのは、非常に簡単でとても難しい。
何事も起らなかったと言うのなら、賞金稼ぎの向かう先はそれとなく同じになる。酒場、宿、店。
人が集まり、女がいて、情報が集まる場所に賞金稼ぎは集うものだ。
だが、何かがあったのなら。この町で、賞金稼ぎの琴線を深く揺るがすものと出会ってしまった
なら、その足跡を追うのは酷く困難だ。
ロマンチストならば知っている女を見つけてしまえば後を追いかけるだろう。正義漢ならば不正
を見つけてしまえばそれを明るみにしようとするだろう。悪ぶっていれば別のならず者との抗争に
嬉々として参加するだろう。
そして、根っからの猟犬なら。
マッドは舌なめずりする。
賞金稼ぎの姿を見つければ、それを追い詰めなくては気が済まないはずだ。マッドのように。
居なくなった彼らは、一体どんな人間だったのか。それによって、全くといって良いほど足取り
は変わってくるものだ。
だが、一人一人の賞金稼ぎの性格を考えて、彼らの足取りを一つずつ潰していく暇はないし、そ
んな事をしていては自分の考えを背後にいるエリックとジュディに知らしめているようなものだ。
保安官がマッドにつけたこの二人のおつむが、如何ほどのものかは分からないが、しかし下手に動
く事は得策ではない。
例え、彼らが捨て駒でしかなかったとしても、手持ちの駒のないマッドにしてみれば、一瞬のミ
スが命取りだ――むろん、そんな事にはならないだろうが。とは言え、自信があっても周囲に敵し
かいない状況で手の内を見せるのは愚かだ。それに、賞金稼ぎ一人一人の足取りが、今現在はさほ
ど重要ではない。
だから、マッドは普通の賞金稼ぎが、町に訪れた時に普通に向かう場所へと歩を進め始めた。
進む順番は大きな問題ではない。
問題は、マッドがこうして動く事にあるのだ。賞金稼ぎマッド・ドッグが動けば、相対する人物
は決してそれを無碍には出来ない。
大股で、歩けば白い砂が舞い上がるような道を横切り、マッドは大通りの一番端にある小物屋の
扉を何の宣言もなく押し開いた。ウエスタン・ドアではなかったその店は、唐突の闖入者に対して
頭上で高く鈴の音を撒き散らす。その音に、薄暗い商品棚の下で作業していた太った女が、ぎょっ
としたように顔を上げた。
顔を上げてマッドを見た女は、再びぎょっとした顔つきになって、太った身体をゆさゆさと揺ら
し、時折つんのめりそうになりながら、どたどたと派手な音を立てて奥の扉に引っ込んでしまった。
逃げるような女の様子に、けれどもマッドは怒りもしない。女の様子に、非協力的だだとかそん
な台詞を吐くつもりもなかった。協力なんぞ、最初から得られるわけがない事など分かり切ってい
たのだ。
沈黙が下りた薄暗い店の中を、マッドはぐるりと見渡す。幾つもの商品棚が天井まで伸びていて、
その所為で光が遮られてしまい、暗いのだ。棚に並べられているものはロープだとかナイフだとか
オイルだとかで、特に光に弱いもののようには思えないから、意味があってこうしているわけでは
なさそうだ。
並べられている商品を見る限り、女を相手に商売しなくてはならないようなものでもないので、
店側もそう言った事を気にしているのではないだろう。たった今逃げ出した女の、陰気な様子を思
い出し、客商売自体向いてないようにも思う。
マッドがゆったりとした視線の動きで商品棚を眺めていると、女が出ていった奥の扉から、入れ
替わるようにして、頭のてっぺんだけを禿げさせた男が、揉み手をしながら出てきた。
「これはお客様……当店に何の御用で。」
ねっとりとした手の動きを嘲るように一瞥し、マッドはしかし男の方が客扱いは上手そうだと思
う。
「なんだ。保安官から話がいってると思ったんだがな。」
背後にいるエリックを一瞥すると、店の主人が慌てたように付け加えた。
「いえいえ、勿論保安官殿からは賞金稼ぎの方が来るかもしれないとは聞いております。ええ。」
「なら話が早い。俺が何を聞きたいのかも分かるな。」
そしてマッドには当たり障りのない言葉を言うべきである事も。
そう。
端から協力など、望めない。
誰もいなければ、それなりの脅しや賄賂も出来ただろうが、エリックとジョディがそれを邪魔し
ている。マッドの手札は押え込められている。彼らもそう思っている事だろう。
「ここ数か月間の間に、賞金稼ぎがやって来た事はあるか?」
「さあ……。皆さん、賞金稼ぎと名乗るわけでもありませんので、やって来たとしても分かりませ
んな。」
「まあ、そうだろうな。じゃあ、今から言う人相の奴は?」
マッドは居なくなった賞金稼ぎの人相を、一つ一つ上げていく。だが、当然のことながら、店の
主人は首を横に振るだけだった。
その後も、幾つか質問を続けたが、予想通り手ごたえのある反応は返ってこない。
これ以上何を聞いても意味がない事が明確にになったマッドは、最後に一つだけ、と言って、エ
リックとジュディの二人を顎でしゃくる。
「あいつら、恋人なのか?」
「なっ!」
背後でエリックが度胆を抜かれたような声を上げた。店の主人も唐突の質問に頬を引き攣らせて
いる。しかし、それでもなんとか笑おうとしている声で答えた。
「さ、さあ……?そういうのは本人の問題だからな……。」
「そりゃあそうだな。」
マッドは一つ頷いて、一切の素振りを見せずに唐突に背を向けた。そしてそれ以上の言葉を発し
ないまま店を後にした。
その後、マッドはあらゆる店やら宿やらに入って、同じ質問をした。けれども返ってくる答えは
皆が皆、当たり障りのない、前々から予習していたような言葉ばかりだった。
むろん、マッドとてそんな事は端から予想している。とはいえ通り一遍の回答に、別に八つ当た
りするわけではないが、当て付けとしか思えないように、最後に相対する人物にエリックとジュデ
ィの関係について問うた。
その度にエリックは絶句し、質問された方は唐突な質問に頬を引き攣らせる。
一通り町を巡って、一通り同じ回答を聞いたマッドは、まあこんなものだろうと思う。
そもそも、こうした上辺一遍の質問は、賞金稼ぎが行方不明になった時点で仲間達が行っている。
マッドはそれを繰り返したに過ぎないのだ。彼らが最初から何も知らない、或いは何も語らないと
決めているなら、これ以上の詮索は無意味だろう。別の場所から突破するしかない。
マッドは、神妙な面持ちでこちらの様子を窺うエリックと、ぶつぶつと文句を言い続けているジ
ュディをこっそりと見て、薄く嗤った。
彼らはこれから、マッドの行動を全て保安官に話すのだろう。マッドが碌な情報を得ていない状
態である事で、捨て駒でも十分にマッドを押え込めると思うか。
だが、夜が来て、マッドが一人で動くようになったら、少しばかり味のある駒を使うに違いない。
マッドの後を追いかけても、なんら問題のないような。それを邪険にするつもりは、マッドには
ない。
遠くに広がる地平線に、大きな夕日が沈むのを眺め、マッドは唇を開いた。赤い帯を受け止めた
唇は、いつにも増して紅色になっている。
「さて、町を巡るのはこの程度にするか。今日はここまでだ。」
お疲れさん、とマッドは二人に言い置いて、エリックがマッドを追うか、一度保安官に連絡する
かを悩んでいる間に、さっさとサルーンへと入った。
「どうだったんだ?」
サルーンに顔を出した途端、賭博場にいたキースがにゅっと顔を持ち上げた。ひょっこりと見え
たキースの顔に、マッドはひらりと手を上げて返事をし、賭博場にいる男達がこそこそと逃げ出す
のを眼で追いながら、男達がいなくなって空いた席に腰を下ろす。
金をかき集めながら、キースはマッドの顔を覗き込んだ。
「で、どうだったんだ?」
同じ質問を繰り返されて、マッドは小さく笑う。
手先は器用だが、心理戦はめっきり苦手というこの男は、賭博師と言うよりも確かにイカサマ師
に近い。そして、或いは盗賊に。
余りに手先が器用すぎて、どうも鍵明けやら何やらでさえも得意としているらしいから、賞金稼
ぎの間でもあれは盗賊として働いている可能性があると言われているくらいだ。キース本人はそん
な噂を知っているのかどうかは知らないが、眼を付けている小物狙いの賞金稼ぎもいる。
マッドは盗賊など興味もないのだが。
「変な見張りが付いたな。」
「まじかよ。動きにく事この上ねぇんじゃないか?」
お前なら見張りがいても平気でイカサマするだろうに。
マッドも同じだ。見張りがいても、必要な情報は抜き出している。今は塵芥に等しくても、練り
上げれば大局をひっくり返すほどには。
「俺も、すっげぇやりにくいんだよな。この酒場。」
言いながらも稼いだ金を鞄に詰め込んでいるキースは、ちらりと入り口近くの席に視線を向ける。
そこには、スキンヘッドの厳めしい男が、黙々と一人手酌で酒を飲んでいる。元保安官であるジェ
フリーだ。
嫌そうな顔でジェフリーを見るキースに、マッドは笑い含みの声で、何があった、と問うた。何
があったとしても、マッドはどうするつもりもないが。
「あんたがいない間、俺に大人しくしてろって説教しやがったんだ。」
口を尖らせたキースは、ふと思いついたようにマッドを睨む。
「もしかして、あんたがあのおっさんに何か言ったんじゃねぇだろうな?」
「生憎だが、俺は何も言ってねぇよ。特にお前のお守りをしてくれだなんて、誰にであろうと頭下
げて言うわけがねぇだろうが。」
巌のような男を眼を細めて見つめ、首を竦める。
「でも良かったじゃねぇか。とりあえず、俺以外にもお前を気にかけてくれる奴がいるわけだ。」
「嬉しくねぇ。」
むっつりとするキースに、マッドはもう一度小さく笑い、すっとジェフリーを見る。ジェフリー
の考えは、マッドには分からない。元保安官であった事は知っているし、とてつもなく厳格であっ
た事も。
ヴェニスと同様に、賞金稼ぎとの仲は決して良くなかった。だが、ヴェニスのようにサルーンで
金を儲ける事もなかった。清廉潔白と言えば良いのか。それ以上の噂を知るには、マッドが賞金稼
ぎの王になる数年前まで遡らなくてはなるまい。しかし、この町では困難だ。
いや。
マッドは、昼間は完全に閉ざされているように見えた、場末の酒場を思い出す。あの場所ならば、
或いは。少しきな臭い噂も聞こえるかもしれない。
更ける夜を眺めながら、もう少ししたら腰を上げようと、マッドは思う。
見張る眼は何処にでもある。その眼には、マッドがジェフリーとヴェニスの間を調べる事を止め
ようとするものもあるかもしれない。しかしそんな眼差しに斟酌してやる義理はマッドにはない。
むろん、あの酒場自体が罠であるという可能性もないわけではないが。