「なあ、本気で言っているのか?」

  部屋に戻ってから、キースはマッドに問いかけた。
  サルーンで、まるで町の住人全員に行きわたるような、隠し事一つない声で、マッドはこの町に
 死体はないだろうと言ったのだ。
  これまでマッドはこの町を怪しいと睨んでいたはずだ。だが、それをまるでひっくり返すような
 台詞。今日、マッドは別の町に忍び込んでいる賞金稼ぎ達と情報交換してきたようだが、その時に
 考えを覆すような情報が手に入ったのだろうか。
  すると、マッドは薄らとした笑みを浮かべたまま、キースに問いかけた。

 「それよりも、お前、大人しくしてただろうな?」

  キースの質問に何一つ答える気のない問いかけに、キースは少しむっとする。
  マッドの台詞は、キースの問いかけが賞金稼ぎの狩りに関わる事で、簡単には口に出来ないと言
 っているようなものだった。むろん、キースもそれは理解できる。己の手の内を、そう簡単に見せ
 る事は出来ない。それは賭博師も同じだ。
  しかし、それならば答えられないと明確に言えば良いだけだ。そんな、まどろっこしいあからさ
 まに関係ない言葉を言うのではなく。
  キースのそんな思いは、それほどまでに表情に出ていたのだろうか。マッドが突然、けらけらと
 声を上げて笑いだした。

 「そんな、仲間外れにされたガキみたいな顔をするんじゃねぇよ。これは、お前を危険な事に巻き
  込みたくないっていう俺の親切心なんだって、分からねぇのか。」
 「薄気味悪い事言うんじゃねぇ。大体、俺も大概首を突っ込んじまってんだから、危険も何もねぇ
  だろう。」

  マッドの男だと言う認識が広まっているかどうかはともかくとして、一緒の部屋に泊まっている
 以上、マッドから何らかの情報を齎されていると認識されていても仕方がないだろう。

 「なあ、お前は俺の言った事を本気にしてるのか?」

  すると、マッドはキースの台詞を置き換えて問いかけてきた。
  マッドが口にしてきた台詞を、信じているのか、と。
  その言葉に、キースは自分が立ちっぱなしだった事を思い出し、ベッドに腰掛けると正面で同じ
 ように既にベッドに腰掛けているマッドを睨み付けた。

 「やっぱり、あれは罠か。今日、出かけるって言ったのも、罠だったんじゃねぇのか?」

    マッドがいなくなった途端に、何か事が動き出すのではないかと仮定して、わざわざ――いや、
 それは必要な用事ではあったのだろう――賞金稼ぎ仲間に会いに行く用事を作ったのではないか。
 キースが一人でうろついているのを見て、今ならマッドがいないとこの町の連中が思うように。  
  現に、マッドが遠出していないと分かった今夜、保安官達は思いつめた表情で町外れへと歩いて
 いったではないか。あれを、ただの見回りと言って信じる馬鹿が何処にいる。あれが何だったのか、
 最後突き止められなかったのは失策だが。
  だが、マッドはくすりと笑い、失策ねぇ、と呟いた。

   「俺としちゃあ、まだ何も始まってねぇんだが。ま、これで連中も俺の疑いが逸れただなんて思っ
  てねぇだろうよ。ただ、奴らが俺の狙いが何なのか、はっきりと理解したってのが一番重要なと
  ころだ。」
 「………ん?」

  マッドは、奇妙な事を言った。
  マッドの狙いが理解されるのは、まずい事ではないのか。だが、マッドはそれこそが重要だと嘯
 く。
  ころりとそのままベッドに転がったマッドは、けらけらと笑うだけだ。

 「とにかく、明日、保安官殿がどんな手で俺らの頼み事を聞いてくれるのか、見物だな。下手な事
  したら何が起こるか、今日の俺の行動で重々分かっただろうよ。」

  実際に、この町に死体があるかどうかはともかくとして。
  保安官以外の連中にも、ならず者にも、旅人にも、良く分かった事だろう。
  マッドは歌うように、そう言った。





  次の日から、本格的に堂々と調査を始めたマッドの元に保安官が遣わしたのは、二人の若い男女
 だった。
  その到来は、きつい香水から始まった。
  一人は薄い茶色の髪をしたがっちりとした男で、荒野の何処にでもいる労働者風の恰好をしてい
 る。女のほうは、ひょろりと細く、しかし胸だけはやけに強調するように大きい。そして首にはマ
 フラーを巻いている。背はエリックより少し低いくらいか。どうやら、噎せ返るような薔薇の香水
 の匂いは、この女のもののようだ。
  怪訝に思う間もなく、男のほうがマッドに自己紹介をする。

 「俺は保安官助手のエリックだ。あんたの手伝いをするよう保安官に言われた。」

  快活な声で言うエリックは、けれどのその快活さとは裏腹に、マッドを見張る為にやってきたの
 だろう。その事はマッドも分かっているはずだし、エリックとて分からぬはずがない。
  しかし、エリックは軽やかな声を崩しもせずに言い募る。

 「実は俺も、少しの間だけど賞金稼ぎとして働いてた事がある。あんたは俺の事なんか知らないと
  思うけど。」
 「賞金稼ぎから保安官助手に、か。華麗なる転身だな。」

    マッドの声も軽い。
  だが、その裏側に、俺は絶対に嫌だけどな、という声があったのだが、それにエリックが気づい
 たかどうか。きっと、気づかなかっただろう。マッドは根本的に賞金稼ぎと保安官の立ち位置は非
 なるものだと考えている。
  保安官は銀の星の下に、賞金稼ぎは血濡れの玉座の上に。
  それは未来永劫変わらないだろう。

 「ただ、俺としちゃあ、あの保安官が賞金稼ぎを助手にしたって事が信じられねぇな。あいつ、賞
  金稼ぎの事が嫌いだろう?」  

  ずけずけと聞いてやると、エリックは軽く首を竦めた。

 「まあ、正直言って俺への当たりは強いよ。けれど、実力は認めてくれている。そのところは公平
  だ。力のない奴は助手にはなれない。」

  それに、と少し躊躇うように呟いた。
  賞金稼ぎの時よりも、安定した暮らしができる、と。給料も悪くないだろうから、それは本心だ
 ろう。

 「で、あんたの隣にいる女は?あんたの恋人か?」
 「違う。」
 「そうよ。」

  異なる答えが一度に返ってきた。
  どっちだ、と思う間でもなく、エリックの言葉のほうが正しいと分かる。主に表情で。

 「ああ、こいつはジュディっていって、俺の幼馴染だ。」
 「恋人じゃねぇのか。」
 「恋人よ。誰であろうとエリックとあたしの間を引き裂こうとする奴は許さないんだから。」
 「悪い、こいつちょっと妄想癖があるんだ。」
 「……そうみてぇだな。」

  きいきいと微かに低い声で騒いでいる女とエリックを見比べて、マッドは頷く。
  エリックがあんたの手伝いをするって言うからあたしもついてきてあげたのよ、と嬉しくもない
 事を言っている女を見て、マッドはけれどもそれが何処まで演技なのか、見極める事は出来なかっ
 た。
  エリックとジュディの様子がこんなのである事で、こちらの警戒を削ぐという事も有り得るから
 だ。二人の言葉や仕草を鵜呑みにするほど、マッドは賞金稼ぎとしての経験が浅いわけではない。
  マッドはにこりと笑う。
  唐突なマッドの笑みに、二人がひくりと動きを止めた。

 「まあ、てめぇが賞金稼ぎだったっていうのは、やりやすい。俺のやり方について、いちいち説明
  する必要もねぇからな。」

  賞金稼ぎのやり方を知らぬわけではないだろう。だから、マッドの行動も多少は読まれているだ
 ろうが。マッドが知らせようとしない事も、何となくだが悟られる可能性もある。
  つまり、そういう輩を見張りにつけてまで、隠し通したい事があるのだ。

 「なんせ、キースの奴……俺の傍にいる賭博師だけどよ。あいつは賞金稼ぎのやり方ってのが、よ
  く分かってねぇからな。いちいち煩せぇんだ。」
 「ああ、あんたの男って奴ね。」

  食いついてきたのはジュディのほうだった。
  顔に妙に意地悪そうな色を浮かべ、嘲るような口調をしている。

 「男同士だなんて、気持ち悪いわ。正直考えたくもないわね。そんな奴の傍にエリックを近づける
  のも嫌なのよ。」
 「はっきり言うねぇ。」

  ころりと笑って、マッドは一瞬で間合いを詰め、ジュディの顎を取った。黒い眼を、そのはしっ
 こそうな眼に合わせて、煌めかせる。

 「でも、男だろうが女だろうが、結局は惚れさせたら終わりなんだぜ?お前も、お前の男も。」

  耳元にそっと吹き込む。

 「俺に惚れないっていう絶対的な確証はねぇだろう。」

  それからにやりと笑って、

 「まあ、選ぶ権利は俺にあるわけだがな。」

  突き放すようにジュディから離れ、あんぐりと口を開けたままのエリックに向き直る。冗談に対
 してなんて顔してやがる、と笑ってやれば、慌てて口を閉じた。

 「さあ、馬鹿な事やってねぇで、さっさと調査を始めるか。とりあえず、消えた賞金稼ぎの事を知
  ってる奴がいねぇか探すかね。」
 「それなら、保安官が一通り聞いてみたようだけど、誰も知らないってさ。」
 「へぇ、随分と早い手をお持ちで。」

  昨日の夜から今日の朝の間に、一体何を調べたのか。
  ひんやりとした声に、その意味を込めてエリックに視線を投げれば、マッドの言いたい事が分か
 ったのか、エリックは慌てて続ける。

 「いや、あんたが帰った後、保安官がサルーンにいる奴らにとりあえず聞いてみたらしいんだ。そ
  したら、誰も知らないって。」
 「らしい、か。」

  つまり、エリックはその場にはいなかったのか。
  昨日の見回り――という名の怪しい行動を保安官と共にしていたのなら、エリックもあのままサ
 ルーンに向かったはずである。しかし、共にいなかったと言うのなら、この保安官助手はその間、
 何をしていたのか。

 「つまり、ざっと適当に聞いただけって事だな。なら、抜けがあってもおかしくねぇな。もう一度
  確認しとくか。」

  この二人が共にいる状態で、そんなに大層な事は聞けないだろうが。それに、この二人がいなか
 ったところで、町の住人が簡単に口を割るはずもないだろう。
  この町全てが、隠し事に加担し、依存しているのなら、猶更。
  だが、だからと言って行動を惜しむつもりはないし、行動に制約があるならある状態で、情報を
 引き出せば良いだけの事だ。マッドは微かな呟きの一欠けさえ、聞き漏らすつもりはない。

 「ところで、キースを襲った男って、あの後どうなったんだ?まだ留置所にいるのか?」
 「あ、いや。特に大きな問題を起こしたわけじゃないから、すぐ釈放されたよ。」
 「ふぅん。」
 「心配かい?」
留置所で頭が冷えてるなら、マッド・ドッグ様の物に手を出そうだなんて思わねぇだろうよ。」
  
  まだ頭が逆上せているか、大金を掴まされていないか、或いは無理やり頭を逆上せさせられてい
 ない限りは。 
  幾つかの可能性を喉の奥にだけ書き留め、マッドは二人を影のように引き連れて、朝の涼しげで
 同時に胡散臭げな市場へと歩を進めた。
  もう、仕事の時間はとうに過ぎている。