キースは一人置いてけぼりをくった。
  自分の身に何か起こるんじゃないかとびくびくしつつも、しかし宿屋に籠っているのも癪なので、
 むっつりとしたまま賭博場で、とりあえず何人かをカモにして金を巻き上げていた。
  マッドがいない事を何人かが口にしたが、その度にキースは唸り声ともなんともつかない声を上
 げて、適当にあしらっていた。
  どうせマッドは夜になるまで戻ってこないのだ。いや、夜になっても戻ってこれるかどうか。荒
 野の隣町は、遠い。時には何日も馬を走らせなくてはならないほど。それに、他の賞金稼ぎと情報
 交換をするのなら簡単に話は終わるまい。或は、途中で酒盛りを始めているかもしれないから、簡
 単に帰ってこれるとも思えない。
  その事を分かって、マッドはキースに大丈夫だと言ったのだろうか。
  見る見るうちに目の前にうず高く積もっていく硬化と札束を見ながら、そういえばマッドは大人
 しくしていろと言っていたな、と思い出す。だが、大人しくも何も、キースはマッドとは違い暴れ
 る術を持っていないのだから、大人しくしているほかないではないか。
  キースは、キースの前にだけ降り積もる金が、周りの男達に剣呑な雰囲気を纏わせている事に気
 づいていない。放っておけば、こっそりと始末までは行かなくとも、何か騒ぎを生み出しそうな雰
 囲気だ。
  それを止めたのは、後ろからの野太い声だった。

 「派手に稼ぐのはそれくらいにしておけ。」

  キースの背後で、ぬっと立ち昇った影がキースのカードを捲る手を止めた。いきなり腕を掴んだ
 武骨な手にぎょっとして振り返ると、そこには厳めしい顔をしたジェフリーが立っていた。元保安
 官の鋭い眼光に、周りの男達も少したじろいだようだった。
  だが、止められたのがキースだったので、男達は何も言わずにばらばらと散っていく。
  積もった金と一緒に残されたキースは、ゲームを止めた男を睨み付ける。が、恐らく長年無法者
 共を相手にしてきたであろう保安官には、キースの視線など全くの無意味だった。

 「騒ぎを起こすな。」

  一言言い放ち、そして己の席に戻っていくジェフリーに、キースは小さく吐き捨てる。

 「流石は元保安官殿の台詞だな。」

  だが、それに対するジェフリーの反応はなかった。代わりに、一人きりのキースを一瞥し、平坦
 な言葉を返してきた。

 「マッド・ドッグはどうした。」
 「出かけた。」
 「だから、そうやって拗ねているわけか。」
 「は?」

  変な声が出た。
  すると、違うのか、という声が、平坦に降って来た。

 「どうでも良いが、守り役がいないのに、そうやって目立つ事をするのは良くない。」
 「うるせぇ。どうせ、しばらくは帰ってこねぇんだ。その間部屋に籠ってるわけにもいかねぇだろ
  う。」

  苦々しく吐き捨て、かといってこれ以上ゲームをするわけにもいかず、キースはサルーンから町
 中へ出た。
  一体、どれくらいサルーンの中でポーカーに興じていたのだろう。太陽は既に傾きかけている。
 通りを歩く人々の足取りも、かなり早い。家路を急いでいるのか。キースは別に急いで帰る場所な
 どないので、ふらりふらりと歩くだけだが。
  よくよく考えてみれば、賭博師としての稼ぎを考えていて、町の中を歩き回る事はなかった。食
 事もサルーンの中で済ませていたから、町にどんな店があって、道がどんなふうに連なっているの
 かも良く知らない。
  太陽が既に夕日に変貌しつつある中、キースは一人町を歩いてみる。決して小さな町ではない。
 だが、大きく発展しているわけではない。特に交通の要所というわけでもないし、列車がやって来
 るわけでもないのだから、当然と言えば当然だ。
  だが、ゴースト・タウンにならずに、なんとか喧噪がさざめきあっているのは、荒野を行く者へ
 の一時の休息所として機能しているからだろう。それは、サルーンがそれなりに整っている事から
 も分かる。サルーンの中も、柄の悪い輩も多いがそれなりに賑わっていた。
  ただ、その中身は、旅人を食い散らかすハゲワシかもしれないのだが。
  事実、荒野を行く者を泊まらせるだけで、この町を維持できるようにも思えないのだ。この町は、
 発展しているわけではないが、小さくはない。やはり、マッドが考えているように、旅人の金品を
 奪っているのか。
  ならば、その死体は一体何処へ。
  この辺りの荒野には、それらしきものはなかったとマッドは言っていた。マッドは、後は町の中
 だけだと。
  この町か、それとも別の賞金稼ぎ達がいる別の町か。
  だが。
  キースは、この町にマッドがいる理由を思う。賞金稼ぎの王たるマッドが、此処にいる事が、こ
 の町が最も怪しいという事ではないだろうか。
  西日が、強くなってくる。人が足早に歩く大通りは、そのまま夕日の通り道で、逆光と長く伸び
 た影の所為で闇の気配が強い。しかしその中に、一際黒いマッドの姿は何処にもない。
  マッドがいないこの時。
  もしかしなくても、彼らは動くのではないだろうか。
  赤い日差しが、転がり落ちるように赤茶けた荒野の大地に沈んでいく。最後に残された赤い帯が、
   妙に不吉な色をしていた。
  その不吉な色を断ち切るように、キースは取り敢えず近くの空いていた小さい酒場に飛び込んだ。
 サルーンの一画からは離れた酒場は、酷く薄暗くて、人もまばらだ。しかし喧騒から程遠いが故に、
 落ち着く者もいる事だろう。
  或いは、堂々とサルーンの喧噪の中に入れぬ輩達が。
  サルーンもお尋ね者には比較的寛容だが、あのように小煩い保安官が見回っていては、賞金首は
 入りづらいに違いない。保安官と繋がっていれば話は別なのだが。
  薄暗く明かりを落とした酒場の中は、安っぽい葉巻の匂いがして、彼らの顔を隠しているようだ。
 主人もその事を重々承知しているのか、むっつりと押し黙ったまま、天井からぶら下がる煤を払お
 うともしない。
  食器の触れ合う音と、葉巻を炙る音だけが響く中、キースはとりあえず近くにあった、古びた椅
 子に腰かける。建付けの悪い椅子とテーブルは、身を任せれば軋む音がした。
  蛍のように、暗がりに灯る葉巻の火を眺めながら、この中には此処にマッドがいる事で嫌な思い
 をする者もいるのだろうと思う。とは言え、此処にいる連中があの保安官と手を組めるとも思えな
 いのだが。
  薄汚れた風体の多い客層を見つつ、此処にマッドが飛び込んで来たらどうなるだろう、と考える。
 興味を示さないか、悉くを捕えるか。奥の方にいる、あからさまに人目を避ける男など、どう考え
 ても賞金首だろうに。
  それとも、とキースはふと思う。こうして賞金首がいる酒場も、実はこの町の保安官の息がかか
 っているのだろうか。そうして、賞金首を捕えて、それも資金にしているのか。それは悪い事では
 ないだろうけれど。
  四、五杯ほどグラスを開けたところで、徐々に酒場の中で眠る輩が増えてきた。サルーンの中に
 入れぬ彼らは、こうして此処で休息をとるのか。この酒場には宿はないようだから、仕方のない事 
 かもしれない。しかし、普通なら、こういう場末の酒場にも宿は設置されているのだが。それとも、
 出来ない理由でもあるのか。
  そして、眠りに落ちた人間の数が増え、通りからも人の気配が薄れてきたところで、しかし別の
 物音がし始めた。
  キースは酒場の主人が奥に引っ込んだのを見計らって、そっと扉を開けて外の様子を窺う。
  街灯が、力なく点滅するその下で、保安官を筆頭にしてまばらに人が集まっている。何か一様に
 思いつめたような表情をして。そして明かりを手にすることもなく、ぞろぞろと皆が特定の方向へ
 向かう。
  あからさまに怪しい彼らの様子に、キースはそっとその後を追う。
  じりじりと大通りを下り、するりと脇に逸れていく彼らは、キースが後をつけている事に気づい
 ていない。張りつめた空気を保ったまま、脇道を歩いていく。そして徐々に民家もまばらになる場
 所へと移動していく彼らは、一体何処へ向かおうとしているのか。
  皆目見当もつかない彼らの行程は、しかし唐突に寸断される。
  畦道を通る彼らの行く道を塞ぐように、道の脇からぬっと黒い馬が現れたのだ。闇から現れた黒
 馬に、流石の保安官も驚き、取り巻きの中には小さく悲鳴を上げる者もいた。キースも、もしもあ
 れが間近であったなら、間違いなく声を上げていた事だろう。
  しかも、脇に眼を転じれば、そこには白い十字架が幾つも立っている。墓地だ。悲鳴を上げたく
 なる気持ちも分かる。  

 「お?お前らこんな所で何を集まってんだ?」

  しかし、馬上から降って来たのは、人を食ったような声だった。
  よくよく見れば、黒馬の背には、同じく、いやそれ以上に濃い闇色をしたマッド・ドッグがいる。
 愕然とする人々を、さも楽しそうに睥睨している様は、明らかに分かっていて墓場から現れたのだ。
  咄嗟に口を利く事が出来なかった保安官は、それでも声を上擦らせる事もなく、ヴェニスが言っ
 た。

 「それはこちらの台詞だ。墓場から馬で出てくるなど、不遜も甚だしいぞ。」
 「そりゃ失礼。此処から来た方が早く町に入れたもんでね。でもあんたらこそ、こんな時間に墓場
  まで何の用だ?まさかこんな時間に葬式でもしてるってのか?」

  傍目に聞けば、何か心を抉るような台詞だった。しかし、保安官は平然としたものだ。多少の苦
 々しさはあったものの、堂々と答える。

 「見回りだ。最近は物騒だからな。無法者達の出入りも激しい。現に、こんな場所から町に侵入し
  ようとする奴もいるからな。」
 「はは、こりゃ失礼。ただ、俺の場合は急いで此処に帰って来なきゃならねぇ理由があったんでな。
  あと、保安官さんよ。あんたに頼みたい事があるんだ。」
 「何?」

  目を瞠ったのは保安官だけではない。後をつけていたキースも瞠目した。
  マッドはこの保安官は信用ならないと踏んでいたのではないのか。にも拘らず頼み事など。奇妙
 に思わずにはいられない。
  けれども、マッドは人々の疑念や疑惑など目もくれず、馬首を翻している。

 「此処じゃあなんだ。サルーンに戻ろうぜ。あんただけじゃなく、この町全体の協力も欲しいんで
  ね。」





 「まあ、俺が此処に来た理由ってのは、そういうわけだ。」

  サルーンで簡単に、賞金稼ぎの行方不明事件について説明したマッドは、保安官を見つめる。笑
 みを湛えたマッドは己の申し出が断られるとは思っていない表情だ。

 「一応、この辺りの荒野は虱潰しに探してみた。だが、奴らの持ち物は何一つとして見つからねぇ。
  追剥にあったなら死体が、獣に食い漁られたにしても骨は残ってるだろ。だが、遺品は一つとし
  てない。」

  それは、他の賞金稼ぎも同意見だ。
  荒野には何もない。
  
 「そうなると後は町の中しかない。」
 「我々が事件に加担しているとでも言うのか。」
 「その可能性はゼロじゃねぇが、町中に死体を隠すなんて大事すぎるだろ。だから俺はその線は採
  用しない。」

  マッドの台詞にキースは驚いて、マッドを見返した。マッドはこの町の中に死体があると思って
 いるのではないのか。
  しかし、マッドはそれを己の口で否定した。

 「俺が知りたいのは、この町に来た連中の情報だ。この町に何度か来た奴ら、そして荷物を運んで
  いた奴ら。一人じゃなくて、多分どちらかと言えばつるんでる。尤も、町中では他人のふりをし
  てるかもしれねぇが。」

  何人も賞金稼ぎは行方不明になっている。しかも時期はばらばらだ。ならばこの町には何度も来
 なくてはならないだろう。そして死体を運ぶなら馬車、出なければそれなりの大荷物でなくてはな
 らない。そして、若手とはいえ賞金稼ぎを殺し、運ぶのは一人ではできないだろう。

   「俺がお前らにしてほしいのは、嘘偽りなくここ何か月間かの滞在者の情報を寄越せっていう事だ
  けだ。そんな難しいことじゃねぇだろう。お前らだって、痛くもない腹を探られるのは嫌だろ?
  だったら、大人しく情報を出した方が良いと思うがねぇ。」

  大人しく従わねば、町を更地にして掘り返すぞ、と言っているようなものだ。この男の場合。
  これで首を横に触れる人間がいたら、見てみたい。
  案の定、ヴェニスは苦々しいままに首肯した。

 「分かった。出来る限りの協力はしよう。」
 「そりゃあ、どうも。」

  マッドは、にんまりと笑った。