保安官に耳が痛くなるほど、騒ぎを起こさないように、と言われた賞金稼ぎと賭博師。
  しかし、そんなに上手く騒ぎを起こさないように過ごす事など出来るだろうかと、賭博師――キ
 ースは不安に思う。
  何せ賞金稼ぎマッド・ドッグは、どう考えても一騒ぎ起こすつもりで、この町に来ているのであ
 る。マッドの目的は、行方不明になった賞金稼ぎ達を探し出し、事の真相を質す事である。ならば、
 その過程で、特に行方不明になっていた賞金稼ぎが死んでいた場合は、どうしたって騒ぎが起こる
 事は間違いないように思うのだ。
  だが、それだけではない。
  マッドだけに責任を押し付けるのはおかしな話だろう。キース自身も、十分に火種となる要素を
 持っているのだ。
  キースは追われている身の上だ。イカサマをして身ぐるみ剥いでやった男から恨まれ、執拗に追
 いかけられている。その果てにこの町に辿り着いたのだ。今まではどうにかして逃げてきたが、今
 度も上手くいくという保証はない。
  ただ、今回はマッドが用心棒の役割を買って出てくれた為、こちらの身に危害が及ぶ可能性は少
 ない。だが、マッドが男とやり合う事は、やはり騒ぎを起こす事になるだろう。
  まるで火薬庫のような自分達の実態に、キースは小さく溜め息を吐いて、テーブルの上にある酒
 と料理を眺める。
  別にキースは悲観主義者ではない。むしろどちらかと言えば楽観的で、刹那的な生き方をしてい
 る。賭博師なんて基本的にはそんなものだろう。こうして普通に食事ができるのなら、それに全力
 を傾けるだけだ。
  けれども、テーブルを挟んだ目の前にいる賞金稼ぎマッド・ドッグを見ていると、どうも自分は
 まだまだ先々の事を考えすぎて生きているのではないかを思えてくる。
  マッドは、明らかに保安官に喧嘩を売りつけた。それは、引いてはこのサルーンに喧嘩を売った
 という事に等しい。
  にも拘らず、喧嘩を売ったばかりのサルーンで、こうして酒を飲んで料理を頼んでいるマッドは、
 己の危機に気づいていない愚か者に見える。
  むろん、マッドは己の危機に気づいていないという事はないだろう。へらへらと娼婦に声をかけ
 ている合間も、腰に携えたバントラインに時折指を触れさせているところを見ると、此処が魔窟で
 ある事は重々承知しているようだ。
  それでも、自然体を崩さないのは、勿論相手に己を侮らせる為もあるだろうし、また、何よりも
 マッドが今の状況を決して打破できぬわけではないと自信を持っているからだ。

 「あの保安官な。」

  チーズを火で炙ってとろみをきかせ、それを薄くスライスした玉ねぎで挟み込んだ料理をフォー
 クで突き刺しながら、マッドは微かに笑いが聞こえてきそうな好い声で告げた。

 「賞金稼ぎ嫌いで有名なんだ。」

  昼間、サルーンにやってきて、マッドに騒ぎを起こすなと釘を刺した偉丈夫。
  確かに、マッドを見る眼は冷たく、好意的ではなかった。

 「保安官の中には、そういう奴もいる。なにせ賞金稼ぎってのは、他人の命を金に置き換えてる職
  業だからな。」

  別に命を金に置き換える職業なんてのは、賞金稼ぎだけではないのだが、死者から金を巻き上げ
 る様は、そう見えても仕方がない。

 「あとは、まあ、ならず者と紙一重ってのもあるだろうなあ。そういう輩の手を借りて作られてん
  のが、この西部の秩序なわけなんだが、真面目な保安官の中には、賞金稼ぎの手を借りるのも嫌
  だっていう奴も多い。」
 「……あの保安官が真面目には見えねぇんだがな。」

    サルーンを経営して、賭博師を使って金を巻き上げている保安官が真面目だとは、とてもではな
 いが思えない。
  本当に潔癖な保安官なら、賭博場に手を出す事だってないだろう。
  すると、マッドは何かを思い出したのか、遠い眼をして酷く愉快そうに笑った。

 「ああ、その通りだと思うぜ。でも真面目な保安官だって金は欲しいだろうよ。まして、暇なら猶
  更な。女がいればもっと、だ。女にかまける暇がないほど、よっぽど忙しけりゃあ別だがな。」

  来る日も来る日も、ならず者とのやり合いに神経を尖らせた保安官でもなければ、金の魅力には
 打ち勝てまい。
  そんな保安官は知る限りでは一人だけだ。
  マッドはそう言って、グラスを煽る。

 「まあ、この町の保安官が、暇で、女を囲ってて、金に眼がくらんで、だからサルーンを経営して
  るのか、って聞かれたら、すぐには頷けねぇがな。」

  きっとそれ以外にも何かあるのだ、と含みを持たせたマッドの言葉に、キースは首を傾げる。
  サルーンを経営する事に、他になんの理由があると言うのか。
  キースの疑問に、マッドは、さてな、と首を竦める。しかし、黒い眼はきらきらと星のように瞬
 いていて、明らかに何らかの答えを知っているかのようだった。
  マッドはそれ以上は何の答えも見せず、あの保安官はな、と関係あるようで関係のない言葉を紡
 ぐ。  

 「ヴェニス・ロウって名前なんだが、どうやら若い頃、賞金稼ぎとなんか揉めた事があるらしいな。」
 「だから、賞金稼ぎの行方不明事件に関係してるかもって?」
 「さあなあ……。まだ、何とも決まったわけじゃねぇからなぁ。それに、そんなの安直すぎてすぐ
  に疑われるだろ?」

  それに、保安官と賞金稼ぎの揉め事なんて、珍しい話じゃない。
  マッドは、苦笑と共にそう言った。

 「俺は、その辺の保安官とは上手くやってるつもりだがね。でも、保安官だって自分の仕事が取ら
  れたら面白くもねぇだろうよ。自分よりも賞金稼ぎのほうが頼りになるって言われるのも、癪だ
  ろう?俺らもそうはならねぇように気を付けてはいるが、どうにもならねぇ時だってある。」

  例えば保安官では手出しできないような、保安官のように法の元では裁けないような連中には、
 どうしたって賞金稼ぎのほうが効果的だ。
  法の網目を掻い潜る、性質の悪い連中には、同じく法の目を掻い潜る賞金稼ぎが一番良い対処法
 を知っている。時には非合法な手さえも使える賞金稼ぎには、銀の星の瞬きに唾を吐く。
  その頂点にあるのが、目の前にいるマッド・ドッグだ。

 「まあ、此処の保安官が関わってるかどうかはともかくとして、俺が出張ってきた以上は連中も大
  っぴらに動きはしないだろうよ。」

  最も、これで若者の行方不明事件がぴたりと途絶えれば、やはりこの町が関わっていたという話
 になるのだが。

 「俺はそん時の犠牲者が、あんたじゃねぇ事を祈るばかりだね。」

  グラスを弄びながら、キースが呟くと、マッドは口元に薄い笑みを湛えたままこちらを見詰めた。
 ワインの所為か、唇が赤い。

 「安心しろって。俺はそんなにやわじゃねぇよ。此処の連中に嵌められるほど、のほほんと生きて
  きたわけじゃねぇ。」
 「んな事は分かってるよ。あんたが見かけによらず、強いって事は。」 
 「見かけによらずってのは余計なんだが、じゃ、何がそんなに心配だ。あれか、てめぇにも火の粉
  がかかるんじゃないのかって、びびってんのか。」

  賭博師の割には肝っ玉が小さいんだな、と嘯いたマッドは、おそらく、生まれて初めて此処まで
 根が深い厄介ごとに巻き込まれたこちらの事情など、分からないに違いない。キースとて厄介ごと
 には慣れているが、まさか賞金稼ぎの王が出張って来るほどの厄介ごとに巻き込まれるだなんて、
 誰が思うだろうか。
  大体、マッドは自分が巷で何と呼ばれているか知っているのだろうか。
  西部一の賞金稼ぎ、賞金稼ぎの王、物言わぬ者の代弁者、貪欲な裁きの執行者。
  或いは、嘆きの砦。
  嘆きを吸い尽くして金に換える男は、嘆きが深ければ深いほど、裁きの執行も苛烈になる。その
 際に幾許かの命を纏めて刈り取る事さえ厭わない。
  血濡れの玉座に座る者。
  優雅に足を組んで微笑むマッドの影は、もしかしたらいっそ、血溜まりであるのかもしれない。
  それだけ、マッドが関われば血が流される。
  きっと、この町の人間もそれを恐れているはずだ。マッドがこれと狙いを定めたら、逃げる事も
 叶わない。

 「大丈夫だって?言っただろ?お前の事は守ってやるって。金を貰った以上はきっちり働くさ。」

  そしてそんな男に、守ってやると言われたキースはどんな顔をすれば良いのか。
  複雑な表情を浮かべたキースに、マッドはますます笑みを深くし、どうせ、近々お前を追いかけ
 てる男だって出てくるんだろ、と言った。
  その通りだった。
  キースのこれまでの経験から言って、キースのイカサマを許さなかったあの男は、近いうちにキ
 ースの前に現れる。
  銃を振り回し、キースにぎらついた眼を向けて、突進してくるはずだ。
  唐突に、ウエスタン・ドアが軋んで開く音がして、キースは思わず肩を震わせた。ちらりとそち
 らを見れば、放浪者風のいかつい男が入って来ただけの事だった。キースとマッドのすぐ傍を無言
 で通り過ぎた放浪者は、キースを見ようともしなかった。
  咄嗟に肩に力を入れていた力を、ゆるゆると落とし、キースは深く溜め息を吐く。

 「ガタイの良いおっさんだな。似てんのか?お前を追ってる男に。」
 「似てねぇ。」

  キースを追いかけている男は弛んだ腹を揺らしている。あんな厳めしい身体つきはしていない。

 「なるほど。まあ、あのおっさんがその男に雇われてるって可能性もゼロじゃねぇが、今のところ
  は大丈夫だろ。そんなに怯えんな。この俺がついてんだ。」

     勿論探りは入れてみるけれど、とマッドは楽しそうに言った。
  忙しくなる、と軽やかに言うマッドに、キースは思う。こいつ、暇なんじゃないか、と。