当初述べた通り、サルーンにはオーナー以外に元締めとなる人物がいる。それは地元の有力者―
―例えば保安官、銀行家、町長等の、権力を欲しいままに操るものである場合が多く、西部開拓時
代の荒野においては目うらしい話ではない。
例えばの話ではあるが、保安官やならず者に店の利益の何割かを納める代わりに、その店での揉
め事を仲介したり、或は揉み消したりする事もある。そして酷い時には、店の利益は己の懐も潤す
という事で、敢えてイカサマをする賭博師を雇ったりする事もある。
賭博師がイカサマで金を巻き上げ、その金が店の利益になり、そして保安官等の懐に転がり込む
といった具合だ。
イカサマをする賭博師は、勿論元締めの庇護を受けているため、イカサマがばれたとしてもそれ
が立証される事はない。
「それが、この町にも当て嵌まるって言うのか?」
賭博場でマッドと相対してカードを切るキースは、ひそりと問うた。騒ぎを起こした昨日の今日
なので、こちらを見る輩の数は多い。視線にもしも本当に熱が込められたとしたら、マッドとキー
スは黒焦げになっている事だろう。
だが、あまり好意的とは言えない視線に曝されているにも関わらず、マッドは何処か愉快そうな
笑みを浮かべている。
よくよく考えれば、キースはマッドが笑みを消している瞬間を、ほとんど見ていない。マッドは
いつも、何らかの笑みを湛えているのだ。それは自信の表れなのか、どうなのか。
この近辺で若い賞金稼ぎが行方不明になっていると聞いたマッドは、しかしどういうわけか、キ
ースを引き連れて昨日の賭博場を訪れた。そして何故か、キース相手にゲームを始めたのだ。
マッドは、先程のキースの問いには答えずに、手持ちのカードをひらりと開けてみせる。マッド
のカードを見たキースは、小さく溜め息を吐いた。マッドのカードはフォア・カード。対する己の
カードは、フルハウスだ。
数回目のキースの負けを見たマッドは、口角を更に持ち上げる。
「あれだな。お前、心理戦とかほんとうに駄目なんだな。」
手先の器用が売りであるキースは、心理戦なんかほとんどした事はない。だから、手先を見破ら
れてしまえば、もう打つ手がなくなるのだ。
「……あんたの眼が良すぎるんだ。」
「そんな事はねぇよ。俺は俺よりも目端の利く奴を知ってるぜ?」
散らばったカードを掻き集め、マッドは黒い眼をだけを動かしてちらりとキースを見る。
西部一の賞金稼ぎが、どうして此処でキースとゲームをしようとしたのか、キースには分からな
い。そんな事よりも、事件について何か動かなくても良いのか。
指摘してやれば、マッドは喉の奥でカラカラと笑った。
「ちゃんと動いてるじゃねぇか。此処で、てめぇとポーカーしてる。」
昨日騒ぎを起こしたばかりの。
軽やかに、しかし意味深に付け足したマッドの言葉を肯定するように、サルーンのウエスタン・
ドアが、カタカタと音を立てて開いた。ぬっと幅広くサルーンの入口に伸びた影は、持ち主の体型
を良く表している。
ウエスタン。・ドアから手を離し、サルーンの中を睥睨した男は、酷く体格が良く、上背も肩幅
も、ついでに横幅もあった。中年の深い皺の刻み込まれた顔には、しっかりと固められた黒々とし
た口髭が蓄えられている。
威風堂々とした姿の所為で、その背後に昨日キースにイチャモンを付けた賭博師が隠れている事
にしばらく気づかなかった。
眼光鋭くサルーンを見渡した男は、賭博場にいるマッドとキースで視線をくっと止めた。目的の
存在を見つけたと言わんばかりの様子で、しかも足音重く二人の元へと歩を進めてくる。
それに対して、マッドはまるでそうなる事を予見していたように、椅子に深く凭れ掛かって足を
優雅に組み直し、偉丈夫が眼前に迫るのを待っている。王者が臣下の謁見を待っているかのような
光景であったが、偉丈夫はとてもではないが友好的とは言えない。
キースが少し肩に力を込めて、偉丈夫が立ち止まるのを待っているのを他所に、マッドはやはり
薄い笑みを刷いている。
「賞金稼ぎが此処にいると聞いてきたが、君かね?」
偉丈夫の重々しい声に、マッドは片眉を上げる。
「ああ、この俺が賞金稼ぎマッド・ドッグ様だが、保安官直々に何のようだ?まさか保安官殿が賞
金稼ぎに仕事を依頼しに来たってわけじゃねぇだろう。」
マッドの口から出てきた保安官という言葉に、キースは眼を見開く。まさか、疑惑の町の保安官
がこうも簡単に出てくるとは。
思って、もしかしてこれはキースのイカサマの件でやってきたのでは、と不安が芽生える。そう
考えれば、背後にいる賭博師の存在も理解できるというものだ。大方、イカサマをしている輩がい
ると保安官に泣きついたのか。だとしたら、このサルーンの元締めは、この保安官か。そして、ま
さか保安官を出て来させる為に、マッドはキースを再び賭博場に連れてきたのか。
不安感を浮かべてマッドを見れば、マッドはキースなど欠片も見ていなかった。黒い眼は真っ直
ぐに保安官を見て、悪びれる様も怯む様も見せない。
応じる保安官も、マッドに対して何らかの心を動かされた様子は見せなかった。好意的ではない
のは眼に見えて分かったが。
「騒ぎを起こして貰っては困るのでね。注意をする為にやって来た。」
「俺は騒ぎなんか起こしちゃいねぇが?」
しれっと答えたマッドに、背後に隠れていた賭博師が、口から泡を飛ばさんばかりに騒ぎ始めた。
「いいや!こいつらだ!この賭博師はイカサマをして、マッド・ドッグの野郎はそれを庇いやがっ
た!こいつらはグルだ!」
昨日マッドに痛めつけられた恨みもあるのだろう。
けれどもマッドは、そんな糾弾にはびくともしない。
「おいおい、俺はこいつと昨日会ったばかりだぜ?そんな事は調べてみりゃあすぐに分かる事だろ
うが。それとも、俺に謂れのない罪を被せようってんなら、容赦はしねぇぞ。」
白い犬歯を見せて、喚く男を睨み付けたマッドは、今にも白い手袋を取り出して叩き付けそうな
気配を浮かべた。一瞬立ち上った剣呑な雰囲気には流石に気が付いたのだろう。地団太踏まんばか
りの男が、怯んで少し大人しくなった。
さて、引きずり出された保安官はと言えば、マッドから視線を反らし、キースを見ている。
「だが、こちらの男がイカサマをした事に変わりはないだろう。」
「こいつが?イカサマ?」
保安官の台詞に、マッドは鼻先で馬鹿馬鹿しそうに嗤った。しかもキースをも、嘲笑うかのよう
な視線でちらりと見て、
「俺はこいつと何度かゲームをしたがね。こいつにイカサマ出来るような技量はねぇよ。俺はこい
つにさっきから連勝してるぜ?イカサマ出来るってんなら、いやあ、もっと俺に勝っても良いん
じゃね?」
キースは、なんだか本当に馬鹿にされているような気分になった。
すると、矛先がマッドではなくキースになった事で、再び勢いを取り戻した賭博師が、しゃしゃ
り出てきた。
「馬鹿言え!俺は昨日、こいつに連敗したんだ!イカサマでもなけりゃなんだってんだ!」
「俺はイカサマなしで、こいつに連勝したぜ?お前が単に弱いだけじゃねぇのか?それとも。」
マッドは、賭博師から目線を反らし、保安官を確固として見つめた。
「それとも、この喚いてる野郎が、絶対に連敗しないっていう確証が、この賭博場にはあるっての
か?」
閃いたマッドの台詞は、その場の空気を一変させるだけの鋭さを備えていた。
面白そうにこちらを見やっていた誰もが、凍り付いたようだった。息を呑んだ音が、此処まで聞
こえた。喚いていた賭博師も、明らかにうろたえたように視線が宙を彷徨っている。
あからさまに戸惑いを見せたサルーンの中で、唯一、保安官だけが威風堂々とした空気を保って、
マッドを見下ろしている。
凍り付いた空気の中、小さく溜め息を吐いた保安官は、やれやれと首を竦めてみせた。
「私はただ、君達に騒ぎを起こさないように、と言いに来ただけだ。」
「あんたのサルーンだから?」
「君は本当に、賞金稼ぎマッド・ドッグかね。」
マッドの言葉に、保安官はひやりとした声で答えた。
「まさかマッド・ドッグとあろうものが、保安官が賭博場の元締めになってはいけないという事は
ないという事を知らないわけではあるまい。そういう事例も幾つもある。」
知らなければ偽物だと言わんばかりの台詞に、マッドは小さく笑みを浮かべただけで、特に反論
しなかった。
代わりに、別の問いかけをする。
「ところで、賞金稼ぎがこのサルーンを活用する事は問題ねぇんだよな?」
「騒ぎさえ起こさなければな。」
「そうか。偶に、元締めでもない保安官がサルーンから賞金稼ぎを追い出そうとするって話もある
からな。まあ、そういう保安官は妙に潔癖で、サルーンの経営なんかもしねぇんだが。」
そうじゃなければ、良い。
ひらりと掌を返したマッドに、保安官はしばらくむっつりとした口元をしていたが、もう一度同
じ言葉を繰り返した。
「何度も言うが、騒ぎを起こさなければ、このサルーンは誰が使っても問題ない。」
それだけを言い捨てると、偉丈夫は広い背をマッドに向け、来た時と同じように重々しい足取り
でサルーンから去っていった。
ねじ込んでやろうと思っていた賭博師は、保安官がまさか何もしないまま立ち去ってしまうとは
思わなかったのか、呆気にとられて立ち竦んでいる。きょろきょろと不審げに辺りを見回し、マッ
ドと眼が合った。
「まだ、何か?」
手に葉巻を持ち、ゆったりと首を傾げて、マッドは男に微笑みかけた。極上の笑みであったが、
口から零れる犬歯がマッドの残酷さを示している。
その笑みを見た途端、何やら意味不明の言葉を喚きながら、男は保安官の後を追いかけるように
走り去っていく。それを、マッドは鼻先で笑って見送る。
「……いいのか、あれで。」
立ち去った二人の足跡を眼で追いながら、キースは本当に良いのか、と思う。マッドは保安官に
堂々とお前達を疑っていると言ったようなものだ。連敗しない理由があるのか、という問いかけは、
お前達も逆にそういうイカサマをしているのではないのか、という糾弾だ。
もしも本当に、この町が、例え賞金稼ぎの行方不明に関与していなかったとしても、何らかのき
な臭い部分があるとしたら、マッドの挑発は危険ではないのか。
「問題ねぇよ。今更。」
キースの不安を、マッドは一蹴した。
「どうせ俺が此処に来た時点で、なんらかの意味があるだろうって事は奴らも分かってる。で、も
しも後ろ黒い事があるんなら、俺と自分達の事を秤にかけてるさ。さっきの挑発は、大した事じゃ
ねぇ。」
多少の危険は重々承知している。
そしてそれは相手も一緒。マッドという人間に下手に手を出したら、ただでは済まない。マッドに
欠片でも傷が付けば、賞金稼ぎ共が大挙して押し寄せてくる。マッドの死体を隠したとしても、疑惑
が広がり、掻き消せるはずがない。
「連中が何か企んでるなら、変に手は出してこねぇだろうよ。まあ、その分狡猾になるだろうが。」
そのわりにはマッドは楽しそうだ。己が死ぬだとか負けるだとか、そんな事は起こりえないと信
じていると言わんばかり。己の実力と、無数の網目が、マッドの糧になっている。
だが、キースはそういうわけにはいかない。キースはただの一匹狼の賭博師でしかない。何かあ
っても、自らを助ける術がない。
キースの不安は、しかしマッドには御見通しだったらしい。
「安心しろ。昨日言っただろ?金ももらったし、お前の事は俺が守ってみせるさ。」