「そういえば、てめぇの名前はなんていうんだ。」
ひとしきり二人で酒を飲み明かした後、同じ部屋でごろりとだらしなく寝そべっていると、耳元
で甘い南部訛りの声がした。
ぐわんぐわんと響く頭痛を、するりと擦り抜けて心地よく響いたマッドの声に、とろんとした視
線を向ければ、視線の先には酔いなど欠片も見せていない賞金稼ぎがベッドの上に胡坐をかいてい
た。
賭博師の様子に苦笑いとも言える笑みを口元に刷いて、マッドは薄暗い部屋の中でもキラキラと
光る眼をこちらに向けている。
まるで老人のような笑みと、子供のような瞳の落差に軽く眩暈を覚えながらも、小さく、キース
とだけ答えた。
すると、マッドの笑みはますます深くなる。
「キース。『瞬く掌のキース』か。」
あっさりと告げた賞金稼ぎの声に、とろりとしていた眼が、一瞬で覚醒し、大きく見開かれたの
が自分でも分かった。思わず、飛び起きようとして、どうにか堪える。
しかし、己のそんな慌てぶりなど御見通しだったのか、マッドは笑みを湛えたままだ。
「眼にも止まらねぇ速さでカードを切っていくから、その速さを活かしてイカサマしてるんじゃね
ぇかとも言われてたな。それが元で喧嘩になって、一度、人を刺してるだろう。」
お前の事だな。
極め付けたマッドは、最後に一つ、くすりと笑った。
自分の長くもない人生の一端を、あっさりと言い当てられたキースはと言えば、マッドを酔いの
醒めた眼で見つめる。
「……で、俺を捕まえに来たのか?」
「なんで俺がてめぇを捕まえないとならねぇんだ。」
てっきり、刺した相手が自分に報復しようとマッドを雇ったのかと思ったのだが、マッドの表情
は、しっかりと呆れていた。
「まさかてめぇ、俺がてめぇを捕まえるほど食い扶持に困ってると思ってんのか。それとも俺に追
いかけられると自惚れてんのか。」
マッドの言い分は散々であったが、確かにそうであった。
マッドほどの賞金稼ぎともなれば、イカサマの喧嘩なんぞに手を割いている暇はないだろうし、
そんな事に手を出すほど食い扶持にも困ってはいないだろう。マッドが狙うのは、千ドルを超える
賞金首ばかりだ。
そして、マッドが何をしにこの町に来たのかを思い出す。マッドは大きく説明はしなかったが、
間違いなく賞金首を撃ち取りに来たのだろう。閉鎖的な、このサルーン内で起きたはずの、葬られ
た事件について嗅ぎ回っているに違いないのだ。
キースがそれについて言及する前に、マッドは、それでどうなんだ、と笑い含みに尋ねた。
「実際のところ、イカサマしてんのか?」
身も蓋もない問いかけに、キースは床に寝そべったまま呟く。
「俺は心理戦なんてもんは、苦手なんだよ。」
だから、こうやって笑い含みのマッドに、あっさりと身元を打破されて、うろたえる様相を曝し
ているのだ。
すると、マッドは今度は朗らかな笑みを浮かべた。
「ああ、イカサマはやってるって事か。」
「捕まえるのか、俺を。」
「なんで俺がそんな事しなけりゃならねぇんだ。」
同じ問いかけに、同じ答えが返って来た。
「俺は、イカサマ賭博師を捕まえるほど、暇じゃねぇ。」
「じゃあ、何しに此処にきたんだ。」
「仕事だって言ってるだろ?」
知っている。危うく人知れず始末されそうだと言った時、マッドはその通りの場所だと答えた。
人知れず誰かが葬られる事件が、此処で起きているのか。
だが、どんな。
キースはゆっくりと身を起こし、ベッドの上にいるマッドを見上げる。マッドは黒い眼でキース
を睥睨していた。繊細な手は脱ぎ捨てたジャケットを手繰り寄せ、葉巻を一本抜き出している。
「別に、そんな大仰な隠し事じゃねぇんだぜ。」
葉巻を咥えながら、マッドは屈託なく告げた。
それは誰でも知っている事件だ、と。そして、この町が絡んでいる可能性がある事は、誰もが分
かっている、と。ただ確証がないだけで。
「まあ、知らねぇ奴は知らねぇかもしれねぇな。俺達賞金稼ぎの事だからな。」
賭博師には関係のない話だ、とマッドは言ったが、隠すつもりはないらしい。キースを信じてい
ると言うよりも、本当に隠す必要のない事実だったらしい。
「若手の賞金稼ぎが次々と消えてる。」
この数か月間、連続して、賞金稼ぎになったばかりの若者が消え去っているのだ。
当初は賞金稼ぎを止めて、田舎にでも引っ込んだのかと思ったのだが、若くして賞金稼ぎになる
連中には急いで金を稼ぐ理由があり、特に家族がいる場合は逃げ出す事もできない。仮に、それで
も逃げ出したのだとしても、何らかの足跡が残っているはずである。
しかし、まるで何も残さずに、ある地点を境に、皆が皆消え去ったとなれば、そこには事件の匂
いがする。
「消えたのは、この近辺の三つの町付近だ。」
消えた若者が、この近辺を通り過ぎる理由も、まちまちだった。賞金稼ぎを追って、情報を求め
て、買い出しに。
そして、町に差し掛かったあたりで、ふっと消える。
それが騒ぎになったのは一月前の事。消えた賞金稼ぎの相棒が、奴が返ってこないと年嵩の賞金
稼ぎに訴えたのが最初だった。賞金首の追跡中に、町に食料を買いに行ってくると言った若者は、
相棒が待てど暮らせど帰ってこなかった。
町に迎えに行こうとした相棒を、通りがかった年嵩の賞金稼ぎ達が見つけていなければ、もしか
したら彼も消え去っていたかもしれない。年嵩の賞金稼ぎと共に町に行き、若者を探す相棒は、し
かし町民からは全くと言っていいほど情報を聞き出せなかった。
ただ、数日後、若者の飢えた馬を見つけただけだった。
それを機に、そういえば奴もあの近辺で行方不明になった、奴もだ、あいつもだ、という声がそ
こかしこで聞こえるようになった。
若者が消えた近辺にある町を探ったが、やはり情報は得られない。
やがて、大きな獲物を仕留めたばかりのマッドが、ようようその情報について詳しい事を聞いて、
密かに賞金稼ぎ達と共に、若者が消えたという近辺の荒野を探ってみた。
マッドは以前、旅人を食い散らかす食人鬼を撃ち落した事がある。人知れぬ洞穴に住んで、同じ
人間を貪る連中を、洞窟に閉じ込めて炙り殺したのだ。
そういう輩が、再び現れないとも限らない。
マッドは慎重に荒野を探り、そして荒野には何もない事を確認したのだ。
そうなると、残るは町の中だけである。
「この辺りには、此処も含めて三つの町がある。そのどれかに、手掛かりがあるんじゃねぇか。俺
はそう踏んでる。」
マッドは、と言うよりも、賞金稼ぎは、と言うべきか。
しかし、マッド・ドッグとあろうものが、そんな事の為にこんな場所にまで出てくるのだろうか。
他の賞金稼ぎが動いているのなら、マッドが此処に来る必要もないだろうに。
キースがそう言えば、マッドは笑みを今度は肉食獣めいたものに変化させた。
「俺が此処に来て、何か問題でも?」
尖った犬歯を見せたマッドに、キースはぎくりとした。
「キース。てめぇこそなんで此処にいる?まあ、賞金稼ぎの行方不明事件は知らなかったにしても、
こんな辺鄙な場所に来るほど、お頭が弱いとも思えねぇな。てめぇは自分で、人知れず始末され
そうだって言ってなかったか?」
「まさか、本当にそんな事になるとは思ってなかったんだ。」
西部一の賞金稼ぎの視線には、キースを値踏みするような――いや、何処か甚振るようなが浮か
んでいる。キース一人くらいならどうとでも出来るから、疑いよりもからかいの色合いが濃い。
しかし、疑われたキースには堪ったものではない。
「本当だ。この町には俺が刺した男の追跡から逃げた末に辿り着いただけだ。しつこいんだ、あの
おっさん……。」
イカサマだなんだと決めつけてきた男は、今も執拗にキースを追いかける。まあ、確かにイカサ
マをしたわけなのだが、それにしたって、駅馬車を三つ以上乗り継いだにも関わらず、未だに追い
かけてくるのは、いっそ病気ではないだろうか。
ほとほと困り顔で告げれば、遂にマッドが声を上げて笑った。キースの困り顔が、そんなに間抜
けに見えたのか。
「てめぇが刺したのは、ちょっと悪どい賞金稼ぎさ。俺も知ってる。俺は好きじゃねぇけどな、あ
いつ。賞金稼ぎが逃げるものを追いかけんのは、もう本能さ。どっかで蹴りをつけるしかねぇだ
ろうな。」
蹴りを着けると言うのは決闘でもしろと言うのだろうか。
有り得ぬ事を言うマッドを見やれば、マッドはカラカラと笑ったままだ。
「キース、てめぇ幾ら持ってる?なに、別に大した金額じゃなくても良い。この俺様が、てめぇを
追いかけてる馬鹿を追い払ってやるよ。」
西部一の賞金稼ぎなら、そんなのは朝飯前だ。
そうして、キースはマッドの脚元に200ドルを投げつけたのだ。