エリックは、何が起きたのか分からない、という顔をしていた。死の間際のジュディや、ヴェニ
 スと同じ表情だ。ただ、異なるのはエリックには未だ安寧の死が訪れていない事だ。死はこの後に
 来る事を約束されているが、今はまだその時ではない。肩に受けた銃弾だけでは、すぐに死ぬ事は
 出来ない。
  呆けた表情の後、苦痛に顔を歪めたエリックに対して侮蔑の表情を浮かべたのは、ずっと掲げて
 いた銃口から硝煙を垂らしたジェフリーだった。

 「ふざけるな。」

  鋭く低い声は、この世のありとあらゆるものを切って捨てるかのような、鋼の色をしていた。剃
 刀色の眼が、ますます冷たく閃いている。

 「麻薬の売買に手を出したお前を、このまま見過ごせだと?俺がそんな腑抜けた事をするとでも?」

  一切の悪に対して妥協というものを知らない元保安官は、銃口をエリックから逸らさない。痛み
 に喘ぐエリックに、断罪の剣のような視線を向ける。
  エリックが金に困りヴェニスの言いなりになっていた事など、ジェフリーにしてみれば言い訳に
 もならないのだ。いや、それどころか動機が金である事も、ジェフリーには許せないのかもしれな
 い。
  ジェフリーは、悪事に手を出すくらいなら餓死したほうがましだと思っている。
  そして、全ての人間がそうであれと、本気で思っているのだ。他の人間の弱さなど、その眼には
 映らないのだろう。

 「ましてお前は保安官助手でありながら、賞金稼ぎから金を受け取った。つまりは賄賂だ。お前は
  罪を上塗りしたわけだ。」
 「馬鹿な……。」

  喘ぐエリックは、ジェフリーの狂信的とも言える断罪に、愕然とした声を零した。

 「じゃあ、あんたは俺にあのまま薬物売買の片棒を担いでたほうが良かったって言うのか?自分で
  罪をこれ以上犯さないようにしようっていうのが、悪い事だって?金もなくて行くあてもない俺
  が、この町から逃げるにはマッドの金が必要だったんだ。」
 「そんなわけがない。」

  エリックの言葉は、ジェフリーによって一語で否定された。
  その通りだ。
  正義が命よりも重いジェフリーにとっては、エリックの言葉など信じられないに違いない。

 「清廉な人間ならば、そもそも金がないからと言って罪に手を出そうとはしない。この町の状況を
  知らずに保安官助手になったのだとしても、保安官助手ならば命を張ってでもこの状況を咎める
  のが当然だ。しかしお前はそうではなかった。金に眼が眩み、麻薬の恩恵に授かってきた。もし
  もその状況が本当に嫌で逃げ出したかったなら、金も何も投げ出して、着の身着のまま逃げ出せ
  ば良かった。」

  エリックの言い訳は、正義の前では無力だった。情状酌量もない。
  まして、エリックは。

    「まして、何故、元とは言え賞金稼ぎなどの言い分を、聞かねばならない?」

  命に金額をつけて撃ち落すという職業である賞金稼ぎ。ジェフリーが忌み嫌う、ならず者と紙一
 重の連中。正義の御旗など嘲笑う輩。
  一時的とはいえそこに身を染め、そして賞金稼ぎから金を受け取ったエリックに、ジェフリーが
 慈悲を下すわけがない。ジェフリーがエリックに齎すのは銃声以外の何物でもない。
  エリックがこれ以上の言い訳を続ける前に、ジェフリーは表情一つ変えずに引き金を引いた。
  放たれた音は、命を奪ったとは思えないほど、軽い音だった。
  一体、キースはこの短期間に、何度その音を聞いただろう。脳天に一つ、赤い花をつけたエリッ
 クは、彼が忌み嫌ったジュディ――そう言えばキースは彼の本当の名を結局知る事がなかった――
 の隣に倒れ込んだ。
  二人の血が、芥子の花に落ちて、ゆっくりと赤く染まっていった。ジュディはようやく、望みが
 叶ったのだ。

 「さあ、燃やしてしまうぞ。こんなもの、人間には必要ない。」

  ようやく銃を下したジェフリーは、エリックの吐いた終幕の台詞と、同じ台詞を吐いた。炎でこ
 の町を浄化しようというのか。しかし、確かにそれ以外に阿片を途絶えさせる方法はなかった。
  懐から燐寸を取り出し、教会の扉から離れて死体の転がる阿片畑と、キース、そして無言のサン
 ダウンの元に歩み寄るジェフリーに、その歩みを止めさせたのは乾いた声だった。

 「………それで、全てを燃やした後、私のこの男も撃ち落す算段か。」

    地を這うような、乾いた風のような声が耳朶を打ったと思った瞬間、キースは首根っこを引っ掴
 まれた。と、思うや否や、背後の死体の溜まりに放り込まれる。死体に顔を突っ込みそうになって、
 慌てて首を捻れば、視界に映ったのは荒野の化身のような、サンダウンの背中だった。擦り切れた
 ポンチョの裾が、微かに揺れている。そこから分かるのは、サンダウンがいつの間にか銃を構えて
 ジェフリーに突き付けている事だった。

 「………私はともかくとして。お前は最初からこの男を殺すつもりで駒にしていたんだろう?ヴェ
  ニスを誘き寄せた後、殺す為の駒として。」

  お前の嫌いな人種の一つである、賭博師だものな。
  サンダウンの言葉に、キースは腹の底が冷える心地がした。一方で、やはり、と納得する。自分
 が捨て駒にされる事は、薄々分かっていた事だった。

 「お前が、賭博師を見逃すほど、寛大になったとも思えん………。」
 「それがどうした。」

  冷ややかに応じるジェフリーの声がした。

 「そういった連中を捨て駒にする事に一体なんの問題がある。あのマッド・ドッグも、今回はエリ
  ックとかいう男を捨て駒にしただろう。」
 「………忌み嫌う賞金稼ぎと同じ手を使う事を、恥だとは思わんのか。」

  サンダウンの声に、初めて感情めいたものが現れた。それは、呆れだった。そして、まるでジェ
 フリーの事を知っているかのような――いや、本当に知っているのか。

 「私が此処にいる事で、逃げ出せば良いと思ったが、そうはいかんようだな。」
 「何故、俺がお前を前にして逃げなくてはいけない?」
 「………本当に、何一つとして変わっていないな。」

  己の成している事は全てが正義であると信じる事も、己が悪だと思ったものはどんな扱いをして
 も問題ないと思うところも。
  そして、正義を成す自分は、決して負ける事はないのだと、思い込むところも。

 「………一度、その牙を折ったのに、変わらんか。」
 「お前の陰謀によって、保安官の座を奪われた時の事を言っているのか。それなら生憎だが、あの
  程度の事で俺は挫けたりはしない。」
 「………そうか。」

    狂信者に限りなく近いジェフリーの様子に、サンダウンは小さく溜め息を吐いた。青色の眼には
 ただただ、決然とした強い色を湛えて。

 「お前が、売春宿を娼婦ごと焼き討ちした時に、撃ち落しておくべきだった。」

  まだ二人が銀の星の下にいた時の出来事の話だ。キースはそれを知らない。
  何も知らないキースを置き去りに、元保安官と賞金首の銃口が相見えた。

 「賞金首にまで堕ちたお前に、俺が殺せるとでも?」
 「………何の罪のない賞金稼ぎを殺し続けたお前も、十分に賞金首になっている。」

  マッドが言っていた賞金稼ぎ殺し。
  それはジェフリーの仕業だろう、とサンダウンは吐き捨てた。

 「今頃、マッドは死体の場所を探り当てているぞ。」
 「逃げ出したあんな腰抜けに何が出来る?」
 「………逃げ出した?」

  本当にそう思っているのか?
  サンダウンの声は、別に勝ち誇っているようでも何でもなかった。ただ淡々と、事実に近い可能
 性を吐き出しただけだった。

 「エリックを駒にした男が、本気で逃げたと思っているのか?」
 
    エリックにヴェニス達を殺させたのに。あの時本当に逃げたとでも。むしろ、逃げた事がエリッ
 クという駒が発動する条件だったとは思わないのか。
  そして、今は私も奴の手駒だ。
  サンダウンの声が、少しだけ苦々しくなる。
  此処は、マッド・ドッグの作った盤上だ。敵も味方もない。マッドが一人で白と黒の駒を使って
 遊んでいるだけだ。
  賞金稼ぎ達の死体が、見つかるまでの間だけの、一人遊びだ。

   「だから、ジェフリー。お前がエリックを殺す事も、この賭博師を殺そうとする事も、マッドは知
  っている。」
 「だが、死体の場所は分からなかったようだな。」

  ジェフリーがひやりとした声で言った。そしてそれは、自分が賞金稼ぎ殺しの犯人だと告げてい
 るようなものだった。

 「死体のある場所を探り当てたというのは、嘘だろう。俺には分かっている。死体の場所も分か
  らない。俺が犯人だという証拠もない。ならば、マッド・ドッグは何にも勝っていない。」

  ジェフリーが自白したとしても意味がない事。何せ、自白を聞いたサンダウンとキースは、此処
 でジェフリーに撃ち落される事になる。
  だから、本当に、これはマッドの一人遊びだ。
  かかと、今にも笑い出しそうなジェフリーに、サンダウンは小さく呟いた。

 「何故お前に、此処にいないマッドが死体を見つけ出していないと言い切れる。」

  荒野の化身は、この荒野で起きた事は全て分かっているのだと言わんばかりの、確定した事実を
 告げる声音で、元保安官を睨み付けた。

 「つまり、お前の眼の届く場所に死体はあったわけだ。常に掘り返されていても何ら問題ない、そ
  して死体の頭上に罪が蟠っているから、だれもそれ以上探ろうとしない。燃やしてしまえば終わ
  りだと。」

  ジェフリーの姿は、誰かに見られてもきっと黙らされてしまって終わりだっただろう。仮にヴェ
 ニスの眼に止まっても、ヴェニスもすぐには動けなかったに違いない。ジェフリーの言葉を借りる
 ならば、ヴェニスは銃の腕の足りない腰抜けなのだから。きっと、反撃の機会を待ちながら、見て
 見ぬふりをするしかなかっただろう。
  そう。
  ジェフリーの罪は、今、二つの死体が転がる阿片畑の下に。