荒野のど真ん中で、サンダウンとマッドは二人して佇んでいた。
  一定の距離を保って向かい合う二人は、しかし一向に何か事を始めようとはしない。
  普段は、馬から降りるなり決闘を申し込んでくる賞金稼ぎが、先程からじろじろとサンダウンを
 眺め回し、そして数回に渡って大きな溜め息を吐いている。そんな事を延々繰り返すマッドに、サ
 ンダウンは眉根を寄せた。
  が、サンダウンの表情の変化などどうでも良いのだと言わんばかりに、マッドは再びサンダウン
 をじろじろと見回す。
  そして、ようやく溜め息混じりではあったが、声を零した。

 「あんた、もうちょっとまともな格好出来ねぇのか。」




  ドレスコード





  マッドは、自分の前にいる獲物の姿形を見て、憮然とした。何度となく繰り返してこうして対峙
 する度に、別の格好にならないだろうかと考えても仕方ない事を考えているのだが、残念ながら、
 長年追い続けている5000ドルの賞金首が別の誰か――願わくばグラマーな美女に――変貌した事は
 一度もなかった。
  いつもの通り、眼の前にいる賞金稼ぎは、草臥れて今にも型崩れしそうな帽子と、擦り切れてそ
 のまま襤褸雑巾にでも転職できそうなポンチョに包み込まれた、砂色の髭と髪をぼさぼさに伸ばし
 きった、あからさまに小汚いおっさんだった。
  マッドはこれまで大勢の賞金首を見てきたが、これほどまでに高額で、これほどまでに小汚い賞
 金首は一度として見た事がない。
  小物な賞金首ならともかく、1000ドルの大台に乗った賞金首は、マッドの知る限りある程度の格
 好をしていた。それは大物という自負からくるのか生来のセンスなのかは知らないが、趣味の悪さ
 を除けば、見れる格好であった。
  が、5000ドルという法外な賞金を掛けられている男は、残念ながら、非常に残念な格好をしてい
 た。もしかしたら、そこまですっとんだ賞金を掛けられた男ともなれば、姿形など気にしないくら
 い悟りを開いているのかもしれないが、しかし節度というものがあるだろう。
  荒野の砂の中に溶け込みそうなくらい概ね茶色に薄汚れた服装は、完全に保護色だ。しかも髪の
 色まであつらえたように砂色ときたもんだ。その髪の色と青味の強い眼から、まるで荒野の化身の
 ようだと思った事もあったが、これはむしろ、荒野で生きるに特化した色合いだ。要は、それほど、
 薄汚れている。

 「てめぇ、いい加減にしろよ。」

  あまりの小汚さに、マッドがそう吐き捨てれば、当の本人は、まるで意味が分からないと言わん
 ばかりの表情をしている。
  自分の小汚さに無自覚なおっさんに、マッドは気が狂いそうだ。

 「てめぇみたいな、小汚いおっさんを追いかけるこっちの身にもなれってんだ!毎回毎回逢う度に
  同じ服着やがって!それ洗濯したのいつだ、ああ?!どうせ一週間同じ服着てんだろ!」
 「………二週間だ。」
 「余計悪いわ!」

  平然として、マッドの神経を逆撫でする男に、案の定、マッドは怒り狂う。  
  元来、身なりには結構気を使っているマッドである。荒野を駆け抜ける以上、確かに土埃などで
 汚れる事は仕方ないにしても、人前に出る時は、出来る限り綺麗に設えた身だしなみをしていくと
 いうのが、人として最低限の礼儀だ。
  が、そのマッドが追い掛けねばならないのが、荒野一の小汚さを誇る――銃の腕なんぞ今は語る
 気にはならない――サンダウンである。正直なところ、初めて見た瞬間から、本当に小汚いおっさ
 んだと思った。5000ドルという賞金がなければ、華麗にスルーしていたところである。
  しかし、負け知らずの賞金稼ぎとしては、5000ドルの賞金もおいしい話だし、とりあえずちゃっ
 ちゃと撃ち取って、この荒野の襤褸を片付けようと考えた。
  だが、人生そう上手くはいかない。サンダウンは、5000ドルの賞金に恥じない銃の手練だったの
 である。小汚い癖に。
  その結果、マッドは狙った獲物は逃がさないという――誰が勝手に付けたんだこんな標語――言
 葉を守る為に、小汚いおっさんを追いかける羽目になったのである。その姿は、賞金稼ぎと言うよ
 りも、清掃員と言った方が正しいのかもしれない。

 「くそ、見苦しい格好ばっかりしやがって!それは俺に対する嫌がらせかよ!」
 「これしか服がないからだ。」
 「だったら買え!ついでに髭も剃れ!髪も切れ!ハンカチの一枚や二枚、ちゃんと持っておけ!」

  最後のほうは、もはやお母さんの言い分である。
  だが、マッドとしては切実だ。こんな小汚いおっさんなんて、マッドとしては追いかけたくない。
 グラマーな美人まではいかないとして、せめて、まともな格好をした人間を追いかけたい。

 「魔法のランプがねぇ昨今じゃあ、あんたを美女に変える事は出来ねぇからな。新しいシャツと、
  剃った髭と切った髪で妥協してやるよ!」
 「…………美女?」

  おもむろにマッドの口から飛び出してきた言葉に、サンダウンは怪訝な顔をするが、マッドはそ
 れについては手をひらひらさせただけだった。

 「ああ、それはもう良いんだ。どうせ街で引っかけりゃ良いだけの話だから。」
 「………引っ掛ける。」

  マッドの言葉に、襤褸雑巾のようなポンチョの向こう側でサンダウンが不機嫌になった事など、
 マッドは気付かない。マッドはとにかく、眼の前にいるおっさんを、マッドが追いかけても恥ずか
 しくない格好にする事で頭がいっぱいである。

 「そうと決まれば、急ごうぜ!新しい服買って、髭剃って、髪切って!そうすりゃ、てめぇも晴れ
  て俺に追いかけられるに値する男になれるってもんだ。」
 「………………。」

  サンダウンの中から込み上げる不穏な気配に、マッドは気付かない。仄かにピンクがかった紫の
 空気を纏わりつかせたサンダウンを従えて、賞金稼ぎは意気揚々と馬に乗って街を目指す。マッド
 の頭の中は、小奇麗になったサンダウンと対峙する瞬間を想像するのに忙しい。これで、小汚いお
 っさんを追いかけているなんて思われなくて済む。
  何せ、賞金稼ぎもイメージが大事な職種である。西部一の賞金稼ぎのマッド・ドッグが、こんな
 浮浪者のようなおっさん一人捕まえられないなんて事になったら、賞金稼ぎ全体の評価はがた落ち
 である。それを回避する為にも――あと荒野の清掃の為にも――このおっさんを小奇麗にする必要
 がある。
  賞金稼ぎの頂点に君臨する男は、そんな広告宣伝まがいの事まで考えていた。

 「よし、まずは服から買いに行くぞ!」

  賞金稼ぎのイメージ・ダウンを避けるべく、マッドは賞金稼ぎの王として、そう叫んだ。
  その背中を、サンダウンがじっとりとした眼で見ていた。