天には栄え御神にあれや
  地には安き人にあれやと
  御使い達のたたうる歌を
  聞きて諸人共に喜び
  今ぞ生まれし君をたたえよ





  苔むした石造りの教会の中からは、絶え間なく幼い子供達の歌声が流れ出てくる。聖誕祭を前に、
 教会を中心にルクレチアの国も慌ただしくなってきた。
  十二月に入ったその日から、メシアが降臨したその日まで、国を挙げてその準備に追われる。そ
 れはルクレチアに限ったことではない。キリスト教である国は全てこのようなものだ。特に、聖歌
 隊の大部分を占める子供達は、学校に行く暇もなく、こうして歌を歌っている。
  神に届くように。
  そして神の代わりに彼らを労う王と王女の為に。
  イヴに教会の前で行う、アダムとイヴの堕罪の物語を元に演じられる劇を、毎年、ルクレチア国
 王と王女アリシアが賢覧にやってくる。それもあってか、聖歌と劇の練習の熱の入りようは、普段
 のミサとは全く違う熱を帯びている。
  教会の中を覗き、オルステッドはその中の熱気に思わず後退った。外は雪が降り積もり、長時間
 外にいたオルステッドの頬は、口を開くだけで皮膚が避けてしまいそうなくらいに悴んでしまって
 いる。
  それほどまでに寒い中、教会の中は決して恵まれたものではないだろう。現に石造りの教会の中
 は、小さな蝋燭が数十本と灯っているが、それ以外に暖をとれるようなものはなさそうだ。
  にも拘わらず、この、熱気。
  幼い子供達が、如何にこの行事に熱を入れているのかが分かるというものだ。
  むろん、オルステッドも幼い頃は聖歌隊に入っていた。そして確かにその時は一生懸命声を張り
 上げていたものだが、聖歌の意味が神を讃える言葉であると聞かされただけで、その意味までは分
 からず分からぬままに歌っていた。きっと、それは今の子供達も同じだろう。果たしてそんな事で
 本当に、神に声が届くのか………。
  薄暗い気分になって、赤い光がゆらゆらと揺れる教会の中を黙って見つめる。
  すると。

 「おい、入り口で立ち止まるな。邪魔だ。」

  少し荒くなった息と一緒に、聞きなれた声が背中に浴びせられた。振り返ると、手にした籠の中
 に何やら包みを入れたストレイボウが立っていた。そのローブのあちこちが濡れ、そしてまだ溶け
 きっていない雪が付いているところを見ると、彼も長く外にいたのだろう事が知れる。
  教会の入り口を塞ぐように立っているオルステッドを、不機嫌そのものの眼差しで見て、邪魔だ
 と手で追い払うような仕草をする。
  親友の邪険な扱いに、オルステッドは口を尖らせた。

 「そういう言い方は酷いじゃないか。私だって寒いんだから、教会の中に入ったって良いじゃない
  か。」
 「だったらさっさと入れ。大体、さっきから入る素振りも見せずに、ぼーっと突っ立ってたのは何
  処の誰だ。」

  オルステッドを正論で打ち負かし、ストレイボウは髪やローブについた雪を払いのけると、さっ
 さと教会の中に入ってしまう。その後ろ姿を慌てて追いかけ、オルステッドはその隣に並んだ。

 「ストレイボウ、その籠に入ってるのはなんだい?朝からわざわざ準備してたみたいだけど。」
 「聖餐式のパンだ。禁断の果実と一緒に、木に飾る。」
 「パン?そんなの何処のパンだっていいじゃないか。」
 「………お前は。」

  呆れたような声を上げるオルステッドに対し、ストレイボウはそれ以上に呆れたような声を出す。

 「お前は聖誕祭に国王と王女がいらっしゃるのを忘れたのか?確かにお前の家でお前が勝手に祝う
  だけならお前の作った黒こげのパンでも良いだろうが、国王と王女がいらっしゃる場に、そんな
  何処のものとも知れぬパンを使うわけにはいかないだろう。」
 「う…………。」

  またしても正論を吐かれ、オルステッドは言葉に窮した。ストレイボウとは長い付き合いになる
 が、この方、口喧嘩で勝ったためしがない。
  そんなオルステッドをもはや放置して、ストレイボウは禁断の果実がなる樹として用意されたモ
 ミの木の前に行き、聖誕祭当日に不備が起こらないかよう、準備物の確認をしている。こうした事
 についてストレイボウほど頼りになる者はいないし、またストレイボウ自身、こうした教会の催し
 事には積極的に参加してきた。
  それは、彼が魔術師という教会からしてみれば許されざる存在であり、その為の贖罪行為でもあ
 るのかもしれない。勤勉な彼は、しかし持って生まれた属性が故に、教会の絶対の支配下に置かれ
 ねばならないのだ。
  再び薄暗い気分になりそうなのを打ち払う為に、オルステッドは殊更陽気に言った。

 「ところでストレイボウ。君は聖誕祭のミサの後、暇かい?」

  国王と王女が参加するミサは、イブの夜に行われる。それが終われば、後はそれぞれが家族でそ
 の日を祝うだけだ。が、オルステッドの親友はつれない返事を返した。

 「後片づけがある。」
 「そんな!そんなの聖誕祭が終わってからでもいいじゃないか!」
 「お前、俺は年明けの顕現祭の準備もあるんだぞ。」
 「それまで時間はたっぷりあるさ。実は昨日、厩番のヘンリーがこっそり隠し持っていたワインを
  見つけてね。それが結構良いワインでさ、あれはきっとヘンリーの給料三カ月分くらいするんじ
  ゃないのかなぁ。」
 「お前それ、ばれたらヘンリーに殺されるぞ。」
 「いくらヘンリーでも聖なる夜にそんな事しないさ!それに胃袋の中に入ってしまえば、証拠なん
  か残らない。」

  にっこりと微笑んでみせると、ストレイボウは仕方ないと言うように溜息を吐いた。

 「お前の家に行けばいいのか?」
 「君が私の家で良いというのなら。」
 「用意するのは酒だけか?」
 「まさか。昨日、活きのいい魚も手に入ったから、そいつを捌くよ。」
 「少し遅れるかもしれないが、それでも良いか?」
 「食べずにちゃんと待ってるさ。」

  そして親友の顔に、共犯者の笑みが浮かんだのを見て、オルステッドは先ほどまでの薄暗い気分
 がようやく吹き飛んだ。
  鉄錆色の長い髪が、再び禁断の実にかかりっきりになっても、もう何も思わない。教会がなんだ、
 国王がなんだ。聖誕祭当日は、メシアの降臨を祝うふりをして、自分達の出会いを祝おう。
  そんな異端じみた事を考えても、何も怖くない。
  だって、君と私がいれば、向かうところに敵なんかいないんだから。






  朝日のごとく輝き昇り
  御光をもて暗きを照らし
  土より出でし人を生かしめ
  尽きぬ命を与うるために
  今ぞ生まれし君をたたえよ