諸人こぞりて 迎えまつれ
   久しく待ちにし 主は来ませり
   主は来ませり 主は、主は来ませり







   寒く、暗い季節がやってきた。
   緑と花が咲き乱れていた野原は茶色の落ち葉で満たされ、見てもなんら楽しい風景ではなくな
  った。鼻孔をくすぐる空気も、一つ一つとにおいを消していき、後に残ったのは、妙に味気ない、
  大きく吸い込めば鼻から胸にかけて、つん、とする痛みのある冷たい呼吸ばかりだ。
   そんな風の下にある野原や森からは、花の蜜や木の実は採れず、あっても動物に齧られた跡が
  あったり、小さくてとてもではないが食べられるようなものではない。そんな小粒の実の間を埋
  めるのは、落ちてぱりぱりと音だけがする木の葉ばかりで、勿論それらは食べることができない
  し、食べれたとしても胃袋を満たすことはできないだろう。
   野原が茶色く染まる頃、同時に生き物達の姿も減っていった。鹿の親子の姿もほとんど見えず、
  村人達が怯える獰猛な熊はその足跡さえ見当たらない。
   猟に行った男達が、獲物をかかえて帰ってくる事も、少なくなった。夏や秋には全員に行き渡
  っても有り余るほどの肉が、今では子供一人の胃袋を満たすことさえ出来ないような量しか捕れ
  ず、それも一週間に一度捕れれば良いほうだ。
   着実に、荒廃に向かう大地を眺め、ポゴは身震いすると洞窟から出ようとしていた足を引っこ
  めた。
   見渡す限り、暗い色ばかりが続く地面。
   皆が崇める太陽は、この季節はやはり忌まわしいのだと言うように、顔を隠す時間を早め、そ
  れがいっそう世界の荒廃を進めている。
   もはや実りの望めぬ風景を見渡しながら、ポゴは夏と秋、さぼらずに猟をしていたことに今更
  ながら安堵した。
   定期的に訪れるこの荒涼とした時期を乗り切るには、実りの多い夏と秋にしっかりと猟をし、
  蓄えをしておくことが何よりも重要となってくる。
   獣や魚の肉は天日に干して乾燥させ、花の蜜や木の実は磨り潰してパンにしたり、酒にしたり
  して長期の保管に耐えられるようにしておく。それを怠れば、この不毛の季節を乗り切ることは
  出来ない。
   本当のことを言えば、これまでポゴは真面目に猟をしてこなかった。一人で暮らす彼は、自分
  一人のことだけを考えていれば良く、同時にそれは自分はどうなっても良いという諦観の念も示
  していた。 
   しかし、今は違う。自分はもう一人ではなく、守るべき存在もある。洞窟の奥、小さな炎で温
  もりを灯す場所には、妻と子供がまだ少し原形を留めている花飾りを眺めているだろう。あの二
  人の為だけに、ポゴはこの夏と冬、誰よりも必死になって猟をしてきた。あの二人を飢えさせる
  ことだけは、何としてもあってはならない。

   ひたり、とポゴの焼けた肌に白い粒が落ちてきた。あっという間に消えたそれを見て、ポゴは
  慌てて空を見上げる。
   どんよりと分厚く空を覆う雲からは、その雲の色と同じ白い粒がたくさん降りかかってきた。
   これから先、世界はもっともっと荒廃する。この白い粒は、その先駆けだ。
   ポゴは今一度、空を振り仰ぎ、温かな洞窟の奥へと戻っていく。

   北風が通り過ぎ、春の足音が聞こえるのは、まだまだ先のこと。







   萎める心の 花を咲かせ
   恵みの露置く 主は来ませり