『俺とあいつは、親友だった。あいつは剣士で俺は魔道士で、立ち位置は違っても互いに刺激し
   合って高みを目指せる。そんな相手だった。』

   初めて出会った時、魔王の親友は眉根を顰めて何かに耐えるような表情を浮かべ、そう告げた。

  『俺はあいつに負けてばかりだった。王女の御前試合でも、負けてしまった。けれど、俺の中に
   はいつかはあいつを追い抜いてみせると言う決意があった。だから、魔王を倒した後、俺達二
   人は魔王像の前で、もう一度戦った。』

   そして、と、ストレイボウをいよいよ苦しそうに、その言葉を告げた。

  『俺は、その時、遂に、あいつに勝ったんだ。』

   そうだ、とサンダウンは思い出す。
   あの直後、亡者達の嘆きが膨れ上がったのだ。ストレイボウの言葉の後、まだ十にも満たない
  であろう子供の亡者の声を聞こうとした途端、心の迷宮は、信じられないほどの感情の奔流に呑
  み込まれた。




  Cable-backed






   倒れた日勝とポゴを見下ろし、サンダウンはこれからどうするべきかと考えあぐねた。一向に
  眼を覚ます気配のない二人を同時に運ぶ事、は骨が折れる上、いつ何時何かが襲って来ないとも
  知れない場所では危険が多すぎた。
   しかし、此処に二人を放置したまま、残る一人の少女を捜しに行く事も危険だ。
   二人が眼を覚ますまで、此処にいる事が一番無難だろうと思ったが、それはそれでまだ見つか
  っていない少女の事が心配だ。
   それに、残してきたおぼろ丸達の事も気がかりだ。おぼろ丸は動けぬ状態である上、アキラは
  まだ前後不覚の状態だろう。キューブが共についていると言っても、おぼろ丸の治療も行わなく
  てはならない状態では、二人を守り続けるにも限界がある。
   苦渋に満ちた状況。
   しかし、手立てはない。
   サンダウンは、気がかりの多すぎるその状況で、今はこの場を守り切る事が重要だと言い聞か
  せ、泥の堆積した回廊の壁に凭れる。白く乾いた泥がついた壁は、湿っぽさは何処にもなく、枯
  れかけた蔦が這うだけだ。
   水の気配のないその場所では、水に襲われる事はないだろう。だが、日勝とポゴが何かに操ら
  れていたように、何が敵となるのかが分からないのが現状だ。まだ見つからない最後の一人も、
  この二人のように操られていないとは限らない。その場合は、ポゴを気を失わせた時のようにす
  れば良いだけなのだろうが。
   そう考えて、サンダウンは少女の事を思い出して眉根を顰める。
   日勝は、まだ中途半端に操られていただけのようだった。ポゴは、確かに鋭い動きを見せてい
  たが、ほぼ直線的な動き方だった。
   だが、あの少女は、酷く変則的な動きをする事を、サンダウンは知っている。そこに、狙い過
  たず、銃を撃ちこめるだろうか。
   単に撃ち落とすだけなら簡単だ。きっと、彼女が眼にも止まらぬ速さで肉薄してきても、その
  眉間に銃を叩き込めるだろう。しかし、その米神の間際を通り過ぎるとなると、それは困難を極
  めるだろう。
   撃ち落としてはいけない。けれど、逸らしてもいけない。
   そして、不可能だと思った時、自分は迷わず少女を撃ち抜くだろう事をサンダウンは知ってい
  る。この世界に迷い込んだ青年達を助けてやりたい気持ちがないわけではないが、自らの命を懸
  けてまで助けてやる義理はないからだ。
   サンダウンは、自分がそれほど優しい人間ではない事を、重々承知していた。
   だから、直後、壁を這っている枯れたような蔦が一斉に動き始めた時も、そこに転がる日勝と
  ポゴを置き去りにしてその場から飛び退った。
   まるで、サンダウンと、ポゴと日勝の間に割り込むように、回転しながら無数に絡み合い巨大
  な一本となった蔦が、壁と壁の間に梯子を掛ける。枯れたように見えても、絡み合い太くなった
  蔦は、とてもではないが千切れそうにない。
   そして、千切ろうと考える暇すらなく、それらは生き物さながらの動きでサンダウンに襲い掛
  かった。
   咄嗟に撃ち払った2発の銃声が、螺旋を描きながら迫ってくる一際巨大な蔦を噛み砕いた事が
  功を奏した。焼け焦げた痕を残したそれらは、一瞬動きを止めた後、再び今度はばらけてサンダ
  ウンに迫るが、動きを止めたその隙をサンダウンが見逃すはずもない。
   巻き付き合うそれらの下を掻い潜り、ポゴと日勝を置き去りに、サンダウンは泥で汚れた回廊
  を引き返し始める。そしてその後を追いかけるように不規則にうねりながら、かさついた肌をし
  たそれらは、床を、壁を、天井を、這いまわる。時に飛び火するように螺旋状の蔓を伸ばし、縦
  横無尽に駆け巡る。
   それが、背中に近付くたび、サンダウンは振り返りもせずに、銃を背後目掛けて立て続けに引
  き金を引く。その瞬間、互いに絡み合っていた蔦は焼け焦げ、動きを止める。
   そんな事を、どれだけ繰り返しただろうか。
   いつのまにか、堆積していた泥も消え失せ、古びているだけで浸水も何もしていない小奇麗な
   回廊に辿り着いていた。しかし、追いかけてくる蔦は一向に減る気配がない。
   執拗な植物に、サンダウンは苛立ちを隠せない。ぎり、と歯噛みし、もう一度銃を抜き放った
  ところで、行く手にほっそりとした影が立ち昇っている事に気付いた。
   茶色の尾下げを垂らし、同じ茶色の眼を大きく見開いてこちらを見る少女の姿は、危惧してい
  たような操りの色合いは見えない。だが、状況としては最悪の時に出くわした。その四肢を武器
  とする少女の力は、生身の敵には効果的だが、こんな溢れ続けるような枯れた蔦には効果はない
  だろう。
   一瞬で全てを燃やし尽くせる、炎でもなければ。
   逃げろ、とサンダウンが口を開くと同時に、背後に迫っていた蔦達が大きく波打って、左右に
  別れる。
   そしてそれは、サンダウンを呑み込むように壁際を這って前に回り込む。
   一瞬ひやりとしたサンダウンを余所に、うねる蔦はサンダウンを無視して少女目掛けて、勢い
  を削ぐ事その手を伸ばした。

  「ひっ!なんだい、これ!」

   あっと言う間もなく、少女の武器が何であるかを知っているのか、その細い四肢に蔦が絡みつ
  く。螺旋を描いて強く縛り上げる枯れた色に、少女が悲鳴を上げた。少女が着ている服が歪むほ
  ど、蔦はその細い身体に巻き付いている。
   獲物に巻きつく蔦は、いっそ嬉々としているかのようで、若い身体に巻きつく事に夢中になっ
  ているようだ。踵から脚の付け根まで螺旋を描きながら這い上がり、手に入った身体をより無防
  備に開かせようとしている。
   だが、弾けるような身体を楽しむそれらは、己の行為が行き過ぎたものである事を理解してい
  ないようだ。
   その締め上げに、少女の顎が苦痛を帯びて仰け反る。その首にも、枯れた蔓がみずみずしい肌
  を味わうように巻きつく。
   だが、戦慄く唇から、泡を孕んだ涎が伝い落ちた。それが流れる肌は徐々に蒼褪め始めている。
   苦痛の色を伴っているその行為は、間違いなく少女の死に直結する。

   ―――締め殺すつもりか。

   きりきりと音がしそうなその様子に、サンダウンは銃を構える。
   狙うは、彼女の四肢と首に絡まる、かさついた蔦の群れ。
   だが、銃口から炎が噴き上げるよりも早く、煉獄のような炎が、回廊全体を這いまわる蔦を伝
  って、巻き起こった。
   渦巻くように蔦を巻き込みながら壁と天井を舐めつくす赤い炎は、その勢いを少女目前で止め
  たかと思うと、少女を絡め取っていたかさついたそれらを消炭にすると、一瞬で消え去った。
   蔦を焦がした灰すら残さずに全てを焼き尽くした炎が消えた後は、本当に何も残っておらず、
  先程までの植物の蠢きが嘘のようだ。静寂が戻ってきた回廊の中央では、解放された少女が短く
  浅い息を吐いている。

  「な、なんだったんだい?今のは……。」

   植物に絡め取られた四肢をさすりながら、ふらふらと立ち上がろうとする少女を、助けようと
  近付けば、背後から鋭い声が上がった。

  『動くな!』

   何処から湧き起こっているともつかない、反響するような声。
   振り返れば、そこには身体を半分透かした亡霊が、鈍い色の髪を肩に垂らして立っている。鈍
  色の髪の隙間からは、得体の知れない光を灯した剃刀色の瞳が除いている。
   果たして、今や何の役に立つのかと問い質したくなる木の杖をサンダウンに向け、ストレイボ
  ウはサンダウンから距離を取りながら、じりじりと少女のもとへ向かう。
   そして少女の隣へと動いた亡者は、少女を庇うように彼女の身体の前に手を翳し、サンダウン
  と対峙する。
   その様子に、九死に一生を得た少女は、眼を白黒させている。
 
  「ちょっと、あんた、何の真似だよ!」
  『いいか、全てはこの男の所為だったんだ。』

   ストレイボウの動きを問い質そうとする少女を遮るように、亡者は硬い声を放つ。その声で吐
  き出された言葉に、少女はおろかサンダウンでさえ眉を顰める。

  『おかしいと思ったんだ。あんたの仲間達が次々と傷ついていく中、なんであんた一人が無傷な
   のか。でも、さっきの様子を見て、答えが分かった。』

   ストレイボウは押し殺していたような声を一転させて、喉が裂けるようにして叫ぶ。

  『お前が、全ての元凶だ!お前がいる事で亡者達は激昂し、そしてそうなるようにお前はし向け
   た!彼らを、お前と同じ英雄と言われる彼らを殺す為に!激昂した亡者達が、生命に惹かれて
   攻撃する事を知っていたんだろう!そしてお前を恐れる亡者達は、お前には手を出せない!現
   に、さっきの蔓は、お前を避けて彼女を襲った。それもお前の目論見通りだった。俺が、此処
   に現れる以外は!そうだろう?!』

   オルステッド。

   全てに響き渡るような声で、ストレイボウはサンダウン目掛けて、己が親友の名を向けた。
   その瞬間に、少女は眼を瞠り、サンダウンはいっそう眉根を寄せる。だが、ストレイボウの言
  葉の波は止まらない。  

  『お前の気配を、俺が、気付かないと思ったのか?!誰よりもお前の側にいた、この、俺が!』

   転瞬、杖を振り上げたストレイボウの頭上高くに、巨大な炎の渦が湧き起こる。それが向かう
  先は、サンダウンを置いて他ならない。
   足元にまで飛んでくる火の粉に後退りするサンダウンに、ストレイボウは叫ぶ。

  『無駄だ、オルステッド。俺はお前には負けない。オルステッド、お前の中には確かに俺がいる。
   お前の中に俺がいる以上、俺は決して負ける事はないんだ。』

   だから、

  『今度こそ、決着を着けよう!そして俺の手で、お前を、終わらせる!』

   轟音と共に落ちかかる炎の塊。
   それは凄まじい風を生み出し、回廊の中には小さな竜巻が荒れ狂う。その竜巻の一つが、古び
  た床を打ちのめし、無数の亀裂を加えていく。
   骨が砕けるような嫌な音を立てながら割れていく床は、次の瞬間、一気に底が抜けた。同時に
  炎が流星のように尾を引く。
   考えている暇はなかった。サンダウンは、何が待ち受けているとも分からない、抜け落ちた底
  の奥へと身を投じる。 
   頭上で、聞いた事もない音と共に、熱風が突き抜ける。
   無茶苦茶に吹き荒れる闇の中で、サンダウンは誰かの声を聞いたような気がした。