その夜、耳元で、逢いたいのだ、と囁かれた。
  背後から抱え込まれて、一週間後またこの場所で逢いたいのだ、と甘噛みするような声で囁かれ
 た。
  これまでの逢瀬は、基本的にはマッドがサンダウンを見つけたり、マッドがいる小屋にサンダウ
 ンが入り込んできたりと、偶々擦れ違った時に雪崩れ込むものだった。それが、本当に偶然だった
 のか、それとも偶然を装ったものなのかは、マッドには分からない。
  少なくともマッドは、サンダウンと出会う約束をした事は、一度もない。サンダウンからも、そ
 うした言葉が出た事は、これまで一度もない。
  だから、突然口にされたその言葉に、マッドが怪訝な顔をしても仕方がない事だった。
  だが、振り返って見た顔は、思いのほか真摯な眼差しで、振り返ったマッドがうろたえるほどだ
 った。思わず目線を逸らせば、米神に唇を付けられ、逢ってくれるなと確かめるように囁かれる。
 黙っていると、焦れたように顎に手が掛かり、視線を無理やり合わせられる。
  マッド、と呼ぶ声が執拗に何度も降りかかり、マッドは最終的に、その約束を受け入れた。




  後床





  忘れていたわけではない。
  ただ、どうしても間に合わなかっただけだ。
  マッドはこの荒野で、決して暇な生活を送っているわけではない。賞金首を追い掛けて不眠不休
 で馬を駆けさせる事もあれば、情報を求めて酒場を梯子する事もある。
  賞金稼ぎという仕事は、真っ当ではないかもしれないが、それでもある程度の社会生活を営んで
 いる。その上、仕事は流動的で、いつまでに終わるかなど分からない。
  だから、どれだけ約束をしたところで、約束した日に必ず逢えるとは限らないのだ。むしろ、仕
 事の性質上、遅れてでも逢いに行く事だけでも、十分に喜ばれる。無事に逢う事が出来て良かった
 と、抱き合う恋人をマッドも幾度となく眺めてきた。
  しかし、約束を破った事には変わりない。仕方ない事とはいえ、マッドも流石に少しばかり罪悪
 感があった。それはいつも飄々としている男が、約束という形でマッドを求めたからという事実が
 あったからかもしれない。それを、マッドの都合で破ってしまったのだ。
  そんな罪悪感を抱えていたから、マッドは詫びのつもりで上等の酒を一本買って、急いでサンダ
 ウンと約束をした小屋に馬を走らせた。
  もしかしたらいないかもしれないと思いつつ、小屋に辿り着いた時に薄い明りが灯っていたのを
 見て、安堵した。愛馬を厩に入れてから、玄関の扉を開けて飛び込めば、そこにはやはりサンダウ
 ンがいて。
  が、その姿を見つけた瞬間、マッドは思わず後退りした。
  小さなランプに火を点けただけで、薄暗い部屋の中には、家具の影が不思議な陰影を壁や天井、
 床に付けている。その中で、一際大きく立ち上がった影に、マッドは得体の知れない悪寒を感じた。
  しかし、その影の持ち主は紛れもなくマッドの良く知るサンダウンであり、それ故マッドは不意
 に湧き起こった懸念を払拭するべく、ソファに座るサンダウンへと歩み寄る。

 「キッド、悪い、遅くなった。ちょっと、予定がずれこんで………。」

  言いながら、見せつけるように酒瓶を掲げようとした時、サンダウンの手が伸びてマッドの腰を
 掴む。何、と思う暇もなく、マッドの視界は反転し、背中に衝撃が走った。
  ソファに押し倒されたのだ。
  そう理解した時には、サンダウンの影がマッドに落ちて、視界にもサンダウンが聳え立つように
 圧し掛かっているのが見えた。その影の中で、青い双眸がランプの光を反射して、煌々と閃いてい
 る。
  ごとん、と酒瓶が床に当たる音に、マッドは我に返った。

 「てめぇ、いきなり何すんだ!」

  反射的に跳ね起きようとすると、武骨な手が肩を掴んで身体を抑え込んでくる。再びソファに押
 し付けられ、しかし体勢も相まってマッドはサンダウンを跳ね除ける事が出来ない。
  成す術なく、それでも睨みつけていると、青い双眸に冷ややかな光が籠った。

 「逢いにくる、約束だっただろう…………。」
「だから、悪かったって言ってるだろ!仕事が長引いたんだよ!てめぇだって、この仕事が流動的
  だって事くらい知ってるだろ!」
 「だが、約束したはずだ。」

  肩を掴む大きな手に力が込められ、マッドは痛みに思わず身を捩った。その様子を見下ろしなが
 ら、サンダウンは視線と同じくらい冷ややかな口調で問う。

 「それとも、お前にとって約束とはそれほど意味のないものなのか?」
 「なっ……!んなわけねぇだろ!ちゃんと覚えてたし、予定も調整してた!ただ、相手の賞金首が
  しぶとかっただけで………!」
 「だが、約束を破ったのは事実だろう。」

  マッドの言い訳を一刀両断するサンダウンの眼差しは、いつになく冷たい。怒っているのは分か
 る。だが、それ以上に軽蔑に色が濃い。
  それを見た瞬間、マッドは自分の表情が強張るのが分かった。
  サンダウンに初めて押し倒された時も、この男にさえ自分はそういうふうに見られているのかと
 蒼褪めたが、その時よりも今回は酷い。
  呆れられても、怒りを買っても構わないが、この男に軽蔑される事だけは、価値のない人間だと
 思われる事だけは耐えられない。

 「悪かったよ………本当に。わざとじゃない、だから、許してくれ。」

  冷ややかな眼差しに震えながら、そう紡いでみても、サンダウンの瞳に灯った氷が解ける気配は
 ない。

 「キッド、なあ、埋め合わせはするから。だから、」
 「埋め合わせ?」
 「ああ、何でもするから………。」
 「………そうか。」

  サンダウンの声が、微かに笑いを孕んだ。

 「何でも、するんだな………?」

  言うや否や、サンダウンはマッドの身体を引き摺り起す。その眼が、冷ややかでありながらも、
 欲を孕む深い紺色に変貌したのを見て、マッドは何を求められるのかを知り、思わず身を竦める。
  だが、その身体にサンダウンは腕を回し、耳元で、ねっとりと囁いた。

 「ならば、明日のこの時間まで、私の、好きなようにさせろ。」
br>   その言葉と同時に、サンダウンはマッドの首を守るタイを、ゆっくりと甚振るように解いた。






 「あっ……………!」

  胸をなぞるひんやりとした感触に、マッドは思わず声を上げた。
  あっと言う間に裸に剥かれ、抵抗できないようにと両腕を後ろ手に縛られた身体は、サンダウン
 の愛撫を思う存分に受け止める。四方をランプで煌々と照らされた身体は、隠す物もなく、その光
 を受けて濃い影を落とすだけだった。
  しかしサンダウンはそれだけでは飽き足らず、マッドの形の良い長い脚を一本抱え上げると、そ
 れを背凭れに引っ掛け、大きく曝す事を強要する。
  いつも閨でされているその行為は、普段は星や月の光しかなくはっきりとは見えない事がマッド
 を安心させていたのだが、今はランプの灯がマッドを余す事なく照らしつけている。身を捩って隠
 そうにも、サンダウンにしっかりと腿を押さえられている状態では、それさえも叶わない。敏感な
 部分を、はっきりと光の下で露わにされ、マッドはきゅっと眼を閉じた。
  サンダウンはといえば、改めてはっきりと見るマッドの身体を、じっくりと見ている。白い喉仏
 から鎖骨の艶めかしい陰影や、胸から腹にかけての筋肉の付き具合や、臍から腰骨にかけての縊れ
 具合を眺めた後、本来ならば決して見る事が出来ないであろう秘部から柔らかな太腿までに視線を
 移す。
  マッドの髪の色と同じ色合いの体毛を、優しく掻き分ければ、マッドはそれだけで身を震わせた。
 どんな事があっても、口元に笑みを湛えている男が、こうして震えているのは、嗜虐心を煽るには
 十分だ。
  これから起こる事を想定し身構えているマッドを、少し安心させる為に、茂みの奥へと進んでい
 た指先を止め、腰に添える。眼に見えてほっとした様子のマッドに、サンダウンは薄く笑い、秘所
 から離した手の代わりに、寒さの所為かつんと立ち上がった乳首に唇を寄せた。

 「あぁっ!」

  その途端、マッドの口から、悲鳴のような声が零れた。同時に、大人しくしていた身体が激しく
 身を捩る。だが、それを逃がすまいと、サンダウンはマッドの乳首に歯を立て、もう片方の乳首も
 指で摘まんで揉み上げる。

 「ああっ、あん………はっ、あ……っ!」

  ぴん、と弾かれただけでマッドの細い身体は大きく撓る。サンダウンに一番最初に押し倒された
 日から、ずっとこうして弄られ続けたそこは、既にマッドの中で性感帯の一つとして育て上げられ
 てしまっていた。
  マッドの身体をそんなふうにした男は、今も好きなように、小さな突起を好きなだけ弄んでいる。

 「あん、んっ、はぁ……っ、あぁああっ………!」

  粒を舌先で転がされ、時に吸い上げられて、マッドは乳首に纏いつくぬめり感に背を逸らして喘
 ぐ。指では摘まみ上げられて、引っ張られ、捏ね繰り回される。
  延々と左右を代わる代わるに唇と指先で甚振られ、そこは赤く腫れ上がり、硬くしこっている。
 触れられただけで悲鳴を上げるくらいに熟す事を強制され、しかも喘げば更に執拗な愛撫が降りか
 かる。
  止まらない愛撫に、マッドは腰をくねらせ逃れようとするが、しかしそれは無駄であるどころか、
 サンダウンを煽るだけの行為だった。

 「あっ、あんっ、あぁ…んっ、や、あぁ……っ」
 「もう、こんなに感じてるのか…………?」

  乳首を弄られて鳴くマッドに、サンダウンはそっと囁く。その言葉にはっとして、マッドが腰を
 見下ろせば、黒い髪と同じ色をした茂みの中で、薄く液を纏った欲望が立ち上がり始めている。

 「ここ、だけで、達く事が出来そうだな………。」
 「いやっ、いやぁっ……あああっ。」

  言葉の意味を理解して否定の言葉を吐くが、サンダウンは親指の硬い腹で、赤く尖った乳首を左
 右に薙ぎ倒し、歯で軽く噛み潰す。そして宥めるように撫で、舌先で円を描くように舐める。その
 度にマッドは身体を震わせ、仰け反り、声を上げる。
  大きく開かされた脚の間では、半ば立ち上がったものが濡れて淫猥に光っていた。サンダウンに
 胸を吸われる度、そこからは先走りが溢れ、マッドの肌を伝い落ちていく。
  喉を曝し、脚を大きく広げて喘ぐ賞金稼ぎのあられもない姿に、賞金首は喉の奥で嗤うような声
 を立てた。

 「こんな身体で、本当に女を抱いているのか………?それとも女にもこうしてもらっているのか?」
 「なっ……あぁぁあんっ!やっ、そんな事っ…んあっ………ないっ……ふぁ、ああ………!」

  必死に否定の言葉を紡ぐが、乳首を責められて、嬌声を上げている状態ではその台詞に信憑性は
 ない。むしろ、その身体を男に可愛がられていると言った方が、誰もが頷くだろう。
  しっとりと汗で濡れ始めた細身の身体は、ランプの光を浴びて妖しい影を描いて、いつもは強気
 な瞳も今は薄く水の膜が張っている。捏ねられている乳首から、全身に甘い痺れが行き渡り、マッ
 ドはその痺れに耐え切れずに腰を振ってしまう。
  マッドが腰を振るたびに、胸への刺激を更に強めながら、サンダウンはマッドに訊く。

 「ここ、だけで、達ってみるか………?」
 「やっ………いやっ……!」

  こりこりと突起を押し潰されているマッドは、触れてほしいというように腰を持ち上げているの
 だが、当の本人は自分がそんな淫らな動きをしているとは思っていないらしく、まだ否定の言葉を
 口にしている。

 「マッド、達ってみろ………。」
 「やっ……、嫌、だ!ひ、無理、………ああっ、無理っ……できなっ………!」
 「私の好きに、させてくれるんだろう………?」
 「ああっ、いや、あんっ!はあぁああぁんっ!」

  一際高い声で鳴いて身体を引き攣らせるが、サンダウンはそれでは許さずに、尚も執拗な愛撫を
 加え、あくまでも達するように仕向ける。
  強弱を上げて指先で押し潰し、引っ張り、擦り上げる。舌先で転がし、歯先で甘噛みし、強く吸
 い上げる。
  だが、当然そんな事で達した事のないマッドの身体は、感じた事がない胸からの快感に身体をび
 くつかせる事はあっても、欲を吐き出す事は出来ない。限界まで自身を立ち上がらせながらも、達
 く事は出来ず、激しい責め苦に声を上げ続けるしかない。

 「あっ………やっ、あ、あ、あ………。」

  ようやくサンダウンがマッドの胸から顔を上げた時、マッドは快感に責められた身体を投げ出し、
 口の端から涎を零しながら嬌声のような喘ぎを漏らすだけとなっていた。サンダウンの拘束がなく
 なっても、広げた脚を閉じないほどに、我を忘れてしまっているらしい。
  だが、当然の如く、マッドを堕とす為の責め苦はこれで終わりではない。
  ぐったりと痴態を曝すマッドを見下ろし、サンダウンはその身体を抱き上げると、明りの灯る寝
 室へと舞台を移した。