くつくつと煮立ったシチューを深皿に注ぎ終えたサンダウンは、ちらりとマッドのほうを見る。
 けれども、やはりマッドは毛布の中で丸まったまま出てくる気配は微塵もない。

 「……食わんのか?」

  一応声はかけてみたものの、サンダウンもマッドから返事があると思っているわけではない。そ
 して果たして、マッドからの答えは、うぞうぞと毛布の中で動くというものだった。
  それを見て、サンダウンは小さく溜め息を吐き、自分の分のシチューだけを手にしてテーブルに
 着く。その行動をマッドが窺っている気配はあるものの、マッドが毛布の中から出てきたり、或い
 はせめてなんらかの返答を返さない以上、サンダウンにもどうする事も出来なかった。
  マッドが毛布の中からサンダウンの様子を窺う中、サンダウンは自分で作った素っ気ない味のシ
 チューを啜る事に専念する。萎びた野菜を舌の上で転がしながら、ますます強くなっていく風の音
 に、サンダウンは顔を顰めた。
  厩には一応、藁でしっかりと封をしてある。とはいえ、何が起こるか分からない。あれで問題な
 いか、一度確認しておいた方が良いかもしれない。
  そう考えたサンダウンは、行動するなら早い方が良いだろうと、残りのシチューを全て口に掻き
 こむと、素早く立ち上がった。此処に来るまでの行程で、ぐっしょりと濡れたポンチョを、それで
 もないよりはましだろうと思い上に羽織ると、毛布の中でサンダウンの行動を追っているマッドの
 頭――と思われる部分を撫で、低く告げた。

 「馬の様子を見てくる。」

  それに対しては、特に何の返答も求めていなかった。だから、サンダウンは囁くとすぐに離れ、
 風の音がますます激しい玄関へと向かった。暖炉の炎が届かない廊下は、酷く冷え切っていた。だ
 が、それも風の吹き荒ぶ外に比べれば、遥かにましというものだった。
  一歩扉を開いて、夜の闇が雪明りで薄らと仄かに照らされているのを見たサンダウンは、思わず
 眼を閉じた。眩しかったのではない。向かい来る風が、恐ろしく冷たかったからだ。
  舌打ちする気にもなれない冷たさに、とにかくさっさと用事を済ませてしまおうと、厩へと脚を
 進める。風の力に押し流されそうになりながらも厩の扉に辿り着き、扉を開こうと手を掛けた瞬間、
 それは、思いもかけない勢いで開いた。
  風の力で、吹き飛びそうな勢いで開いた扉に、一瞬ぎょっとしたものの、すぐに厩の中に入り込
 み、今度は力任せに扉を閉める。全身で引っ張らねば、扉は締まりそうになかったのだ。
  無理やり扉を閉めて、思わず暗闇の中で安堵の吐息を吐けば、突然の闖入者に二頭の馬が熱い鼻
 息を鳴らした。
  ぶるぶると首を振る彼らは、しばらくの間サンダウンを見ていたが、すぐにひっそりと静まった
 息を吐き始める。茶色と黒の馬は、ぴったりと互いに寄り添って、暖を取っていたらしい。藁に埋
 もれるようにして寄り添う彼らの身体を撫でれば、そこはまるで暖かく、サンダウンの杞憂は何処
 にもない事を知らせた。
  暖を取り合う二頭の馬は、少し眠そうな眼を互いの首筋に埋めて、うとうとし始めた。
  何も問題ない事を確認し、サンダウンはそれでももう少し藁を二頭のほうに押しやって、再び厩
 の扉を、今度は一気に開かないように慎重に開き、そして厩から素早く出ると再び力づくで扉を閉
 めた。
  とりあえず、問題の一つは解消された。小走りに厩から立ち去って、自分達が泊まる小屋へと駆
 け寄ったサンダウンは、もう一つの問題――毛布の中から出てこないマッドに頭を悩ませた。
  ただ、冷静に考えれば、マッドが毛布の中から出てこない事は、それほど大きな問題ではない。
 毛布の中に丸まっているマッドは、何もしない。つまり、酷く大人しいのだ。決闘だのなんだの煩
 い事も言わないし、サンダウンに食って掛かる事もない。その事実だけを抜き出せば、サンダウン
 にとって何が問題というわけでもないのだ。
  しかし、大人しいマッドというのは、非常に不気味だ。
  何がどうと言われても、不気味な物は不気味だ。
  一体何を企んでいるのかだとか、そういう不気味さを通り越して、何処か体調でも悪いのかと勘
 繰ってしまう。むろん、今回は単純に寒いだけなのだろうが、しかし寒いだけと言ってしまうには、
 サンダウンは今のマッドの現状を良く知らない。何せマッドは、サンダウンに触れさせようともし
 ないのだ。寒いだけなのか、風邪でもひいているのか、その判断が出来ない。
  勿論、判断をする必要などないのだ。
  ないのだが。
  腐れ縁、というか、なんというか、とにかく今まで何だかんだ言いつつ関係が続いてきた相手の
 具合というのは、気にはなるものである。
  切って捨てるには、マッドとの関係は、サンダウンにとってはこの荒野においては誰よりも長い。
 だからというわけではないが、その関係が、サンダウンもマッドも意図しない偶発的な事故や病に
   よって切れてしまうのは、なんだか酷く惜しいような気がしたのだ。
  その結果、サンダウンはマッドが毛布から安心して出てくる事が出来るよう、あれやこれやと手
 を焼いているのだが。
  マッドがいる部屋に戻って、サンダウンはやれやれと溜め息を吐いた。 
  マッドは、勿論白いもこもこの毛布の中から、抜け出してきてなどいない。
  だが、床の上には空になったスープ皿が一つ、転がっていた。
  それは勿論、サンダウンが飲み干したものではない。間違いなく、何者かが勝手に準備し、そこ
 にシチューを注ぎ、飲み干したのだ。そしてその何者かは、生憎と一人しかいなかった。

 「………マッド。」

  どうやってシチューを食べるつもりなのか、まさか食べないつもりなのか、と考えてたが、サン
 ダウンがいない間に食べるという手段を選んだ賞金稼ぎは、今は毛布の中で丸くなっている。いや、
 やはりもしかしたら、毛布の中でシチューを啜ったのかもしれない。
  呆れたような声をかければ、しかしマッドは返事をしない。
  自分が凍えながら厩に向かっている間、マッドはシチューをこっそり食べる事しか考えなかった
 のだろうか。だとしたら、なんだか酷く腹立たしいような、がっかりしたような気分になる。マッ
 ドが、サンダウンの凍えの事など、考える義理は何処にもないのだが。しかし、せめてこうして部
 屋を温めたのはサンダウンであり、馬の世話をしたのもサンダウンである以上、それについてなん
 らかの報いが欲しいと思うのは間違っているだろうか。
  その想いが、かつて保安官であった頃に、見事なまでに裏切られたものであり、その後一切の希
 望は捨てたのだとしても。
    せめて、と思うのは、それがマッドであるからかもしれない。
    そんなサンダウンの想いなど、まるで汲む気はないのか、マッドは相変わらず毛布の中で蠢いて
 いる。もこもことした白い毛布の中は、どれほど温いというのだろう。
  サンダウンは凍えて赤くなった自分の手を見下ろし、小さく、もう一度溜め息を吐いた。
  その一瞬、サンダウンの視界からマッドは逸れた。その隙に、白い毛布がもぞもぞと、しかし素
 早く動いてサンダウンの足元にまで這いよった。そして、むくっと伸び上ると、白い毛布を広げて、
 サンダウンの肩から下を覆い隠した。
  ただし、マッドの顔は毛布に覆われているので、サンダウンからは見えない。
  唐突に胸元に飛び込んできた白い毛布、もといマッドに、サンダウンは咄嗟に身動きが出来なか
 った。受け止めはしたものの、完全に受け止めきる事は出来ず、そのまま後ろによろめき、倒れる。
 幸いにして頭を打ったりとかはしなかったが、無様に尻もちをついてしまった。
    なお、マッドはサンダウンがクッションになったので、あからさまに無傷である。
  白い毛布に包まった状態でサンダウンに抱きついたマッドは、けれどもサンダウンも毛布に包め
 るように毛布を広げ、その状態で抱きついているからして、サンダウンの身体には毛布越しではな
 いマッドの身体が密着している。
  が、頭はすっぽりと毛布に包まれている挙句、サンダウンの胸元に顔を埋めているので、マッド
 の顔はサンダウンからは見えない。

 「マッド。」

  あまりにも唐突なマッドの行動に対して、咎めるような声を出してみたが、マッドはますますぴ
 ったりと引っ付くばかりである。
  そんなに寒いのか。
  しかし、いきなり引っ付かれても、困る。
  サンダウンはマッドを引き剥がすと――マッドは再び、今度は拗ねたように丸くなってしまった
 −−煌々と明るい暖炉の火に水を掛ける。燻り一つない事を確認した後、マッドが包まっているの
 とは別の毛布を、4、5枚小屋のあちこちから見つけ出してきた。
  そのうちの1枚をソファに掛け、1枚を枕のように丸めて、1枚は自分で羽織り、残る毛布はソ
 ファの上に取り敢えず掛けておく。
  そうしてから、床で丸くなっているマッドを、今度はサンダウンのほうから包み込んだ。
  すると、マッドは一瞬びくりと身体を震わせたが、すぐにサンダウンにぴったりと引っ付いてき
 た。その身体を抱え上げようと、もぞもぞとマッドの脚の辺りと思われる部分に手を差しこんでい
 ると、腹の肉を摘ままれた。どうやら、尻を触っていたらしい。
  改めてマッドの膝裏を見つけ、そこに手を差しこんで抱き上げて、毛布を敷いたソファに二人で
 寝転がる。その上から、放り出していた毛布を被りこんでしまえば、冷たい空気は何処からも入っ
 てこない。
  もぞもぞと二人で居心地のいい場所を探りあって、ようやく落ち着いた時、同時に溜め息が零れ
 出た。
  サンダウンも一緒になって毛布に完全に包まっているのだから、そろそろ顔を上げても良いんじ
 ゃないかと思い、マッドの顔を覗き込もうとしたら、マッドはやっぱり毛布の中で更に毛布に包ま
 って、サンダウンの胸に顔を埋めていた。
  苦しくないのか、と聞けば、ようやく微かな返事が返ってきた。

 「うるせぇよ。あんたはじっとしてりゃ良いんだ。」

  眠たそうな、掠れたような声が確かにマッドのものだったから、サンダウンはもう一度安心して
 マッドの身体を引き寄せた。