私が、まず最初にカトゥーから『仕事』として命じられたのは、コールド・スリープに入ってい
 る乗員4名を目覚めさせる事だった。コギトエルゴスム号の乗務員3名と、客員1名。ヒューイ・
 カーク、レイチェルと、軍部所属の伍長ダースである。
  しかし、何故この4名がコールド・スリープに入っていたのか。長期間の宇宙渡航や、渡航中に
 カプセル内でなくては安全が保障されないという危険地帯を通ると言うのならばともかく、船長や
 カトゥーがコールド・スリープしていないにも関わらず、この4名だけがコールド・スリープして
 いたのは何故か。
  私の疑問に対する回答を準備したのは、私の製作過程を見てきたというメイン・コンピュータだ
 った。
  彼女は私が疑問に対する答えを検索すると、すぐさま私にアクセスして彼ら4名だけがコールド・
 スリープであった理由を伝えた。

 『乗務員3名については、連帯感の面で非常に不安があったのです。彼らの人間関係はとても複雑
  で、航海が長引くにつれ、航行に支障をきたす恐れがありました。それをできる限り避ける為に
  地球に接近する直前まで、コールド・スリープに入ってもらったのです。ダース伍長については
  初の軍部同行者という事で、未知数が大きい。なので彼により引き起こされる混乱の予測がつか
  なかったので、やはりコールド・スリープに。』

     過剰とも言える措置だ。しかも、地球に到着するまでコールド・スリープ化しなかったという事
 は、コールド・スリープの理由がそういう理由だと悟られる事による混乱を避けるためだろう。何
 処までも船内に混乱が生じる事を抑えようとする機械だ。
  しかし、それこそがメイン・コンピュータの使命だ。そのように、このメイン・コンピュータは
 最優先事項を定められている。
  それに、彼女の判断は強ち間違っていなかった。




  Regulae ad directionem ingenii





  カーク、レイチェル、ヒューイの関係は、確かに懸念のあるものだった。そこから宇宙渡航に混
 乱が生じるのではないかと判断してもおかしくないほどに。地球到着まであと91時間29分56
 秒、誤差12分内だが、その間にさえ何か問題が生じるのではないかと予測がつく。
  基本的にはヒューイが我慢をすれば良いだけなのだろうが、これが宇宙渡航中ずっと続いていた
 なら、確かにヒューイがカークに対して何らかの意趣返しをする確率は56%に上がっていただろ
 うし、カークが暴力に出る可能性は93%になっていただろう。
  どうやら、マザーの判断は正しかったようだ。
  何せ、まるで関係のないはずのカトゥーまで彼らの事で精神的打撃を与えられているらしく、3
 人の前だと溜め息の数が多くなっている。その上、彼らはそうである事が当然であるかのようにカ
 トゥーに対して八つ当たりめいた事をしていく。それによって、カトゥーはますます疲弊していく
 ようだった。
  私の最優先事項はカトゥーと設定されている。
  むろん、私にも他の機械と同様に三大禁則事項は設定されている。故に私は何人たりとも傷つけ
 る事は出来ない。
  だが、それとはまた別に、機械には最優先事項を設定する事が出来るのだ。それは基本的には機
 械の製作者が、または機械の所有者が設定するものだ。
  コギトエルゴスムのメイン・コンピュータであるマザーは、この船の所有者である運送会社が、
 『船内の調和』を最優先事項を設定したのだろう。
  その一方で、私は製作者であるカトゥーがそのまま最優先事項となっただけである。
  しかし、カトゥーが特に何の拘りを持っていなかったとしても、私にとってそれは絶対命令であ
 る。
  私は、精神的に疲弊したカトゥーの苦痛を和らげなくてはならない。
  なので、カトゥーの誘いには出来るだけ頷く事にした。そして私は、カトゥーの膝の上で本を読
 んでもらっている。その本の内容は、読む前に既に検索済みだったが、私が大人しくカトゥーの言
 葉を聞いているだけで、彼は少し落ち着いてきたようだ。

 「ふん、完全に人間扱いだな。」

  私が視覚センサで本の内容を確認していると、上方60cmほどの場所から低い男の声が聞こえ
 てきた。
  私はその声だけでそれが誰なのかを判断し、特に視覚センサをそちらに向ける事はしなかったの
 だが、カトゥーは顔を上げて私達のすぐ傍に立った男の名を呼んだ。

 「……ダース伍長。」
 「どれだけ人間扱いしたところで、何が変わるわけでもない。」

  そう言い放つと彼は軍用ブーツを声高に鳴り響かせて、皆が集まっているリフレッシュ・ルーム
 から出ていく。彼に与えられた部屋に戻ったのだろう。
  
 「気にするなよ、カトゥー。」

  ダース伍長が出て行った後、ヒューイがカトゥーに声をかけた。声をかけられたカトゥーは、少
 し驚愕の様子を見せた。

 「彼は少し考え方が古いんだ。まあ、軍人なんてそんなものかもしれないけれどね。」
 「ああ……いや、僕は気にしてませんよ。それよりも、僕はそんなにキューブを人間扱いしてるの
  かなぁと思って。」

    皆に言われてるけど、と笑いがちに言うカトゥーの声がすぐ上から聞こえてくる。
  私は、いくつかの人間の機械に対する行動を調べてみたが、カトゥーの態度が特別おかしなわけ
 ではないと判断する。
  人間の中には機械を嫌悪する者と、機械を人間扱いする者と、そのどちらでもない、純粋に機械
 を道具として考える者がいる。彼らの中で一番少数なのは機械を嫌悪する者で、カトゥーのように
 機械を人間として捉える者は少数派でもなんでもない。
  それに今では、コンパニオン・ロボットも存在するのだ。カトゥーの行動・思考が特別なもので
 はない。
  特別なのは、むしろダースのほうだろう。
  嫌悪には、基本的には理由が存在する。彼の過去の中に、機械を嫌悪する理由となるものが存在
 するのは明白だ。最も、彼の過去を検索するには時間がかかりそうだ。何せ彼は軍部の人間。軍部
 のデータを閲覧するには、少々困難な手続きが必要となる。
  出来ないわけではないが。
  それに、この貨物船に積み込まれた、軍部所属の『積荷』。
  異種生命体。所謂、地球外生命体。
  検索してもほとんど結果が出てこなかったところを見ると、本当に研究の進んでいない新たな生
 命なのだろう。ただ、分かるのはその名と、その体型のみ。名称については仮称であり、今後別の
 名称がつけられる可能性とてある。 
  だが、それは私にとっては今は優先すべき事項ではない。問題は、その生命体が詰められている
 コンテナが破壊され、逃げ出したりしないかという事だ。逃げ出せば、この船の乗務員は当然、カ
 トゥーも危険に曝される事になる。

 「そうだ、カトゥー。ベヒーモスを見せようか?」
 「え?良いんですか?」
 
  カトゥーが、ヒューイと件の生命体の話をしている。コンテナに近づいた場合の危険性は4%に
 過ぎない。コンテナが破壊される可能性も1%に満たない。安全と判断しても良いだろうが。
  しかし、何故、あのような生命体を軍部が、しかも民間の貨物船を使用して運ぶ事になったのか。
 幾つかの結論が出されたが、それはどれもこれも同じ程度の可能性しか示さず、わざわざ記録に残
 すものでもなかった。
  疑問は解消されなかったが、カトゥーが私を膝から下ろし、ついてくるように命じている。私は
 検索や計算をするよりも先に、彼の命令に従わなくてはならない。
  ダースの事も、ベヒーモスの事も調査するのは後でも問題ないだろう。
  それに、この程度の問題など、マザーが気付いてないはずがなかった。調和の乱れを厭う彼女の
 事だ。既に何らかの対策を講じているだろう。それに対して私がアクセスをする権限はない。
  私は、私のできる範囲で、このコギトエルゴスム号に蔓延る危険から、カトゥーを守るだけだ。
 それこそが、私の最優先事項だ。
  薄暗い廊下を渡りながら、私はその奥に待ち構えている虹色の獣を仮想空間で見つめていた。