何度も何度も、一つのプログラムが組み直されている。
まさに試行錯誤、と言わんばかりに積み上げられては再び崩れ、もう一度別の道を探りながら、
新しく作り直される。
まるで、何かの塔のようだ。
しかも、ある一定の場所まで行くと、そこで行き詰ってしまうのか、再びまた崩れていく。何処
かに抜け道を作ったとしても、今度は別の場所が行き詰る。
複雑に出来上がった袋小路。
プログラムの回路を、地図に例えるのはそうそう珍しい話ではなく、その地図が全て繋がらなく
てはプログラムはプログラムとして成り立たない。そういった部分では、地図は未完でもそれなり
に機能はする事もあるため、これは地図とはまた異なるのだろう。
そして。
今もまた、最後の牙城が最初から作り直されている。
中枢演算機構の思考ルーチンよりももっと奥深く、予測行動機構のプログラムが動いていないよ
うだ。その部分だけが、他の機能とまるで連動していない。
情報通りに作られた、ありふれたプログラム。だが、予測行動機構だけは自前なのだろう。あり
ふれた思考ルーチンと接続が困難になっている。これを最初からやり直すとなれば、その手間は計
り知れないだろう。
一から、それこそ、以前作成したものを放棄して、外殻から作り直したほうが良いかもしれない。
70%の確率でそんな判断となるだろう。
その判断に何らかの処置をとる必要はなかったし、放置しても何ら問題のない出来事だ。だが、
これからの事を考えれば、70%の確率で破棄されるその機体に対して、プログラムの異常個所の
修復を施す事は有利に働くであろうと判断した。
そう判断すれば、すぐさまプログラム修復を実行入力する。
緩やかに電子の波をそこに伸ばし、掠めるようにコードとコードの間に今までになかった文字列
を埋め込んだ。
Compendium Musicae
人間は、自分の意思が宿った時の事を、物心ついた時と言う。
それを機械に当てはめるならば、機械に物心がついた時と言うのは、起動して試行ルーチンが作
動し始めた時の事を言うのだろう。即ち機械にとっては誕生と物心がついた時と言うのは同義だ。
そして、私が中枢演算機構を起動させ、思考ルーチンを初期作動した時、一番最初に確認した事
は、何処からの接続が有効となっているか、だった。
私が起動する時、私の傍にいるのは私の創造主なのだから、90%の確率で私にアクセスしてい
るのは私の創造主であるはずだ。だから、私が中枢演算機構を可視化した中で『見た』去り行く光
の粒は、私が起動した事でアクセスを切った創造主のものだと判断できる。
私はそう判断し、それ以上の思考は止め、すぐに次のステップに移る事にした。
次のステップとは、視覚センサを稼働し周囲の形を中枢演算機構に情報として入力する事だ。こ
れが、人間にとっては実質の起動となる。もしかしたらこれまで何度も私はこうして起動命令を入
力された事があったのかもしれないが、その記憶は私の中には残されていない。初起動に失敗した
場合は、その際の記録はすべて消されるのが普通だ。
むろん、視覚センサに映し出された風景にも、記憶はない。
「う……動いた!動いた!」
視覚センサを稼働させると同時に、図らずとも聴覚センサの稼働も確認する事となった。
聴覚センサを強く刺激した個所を見れば、そこには一体の人間がいた。生命反応はあり、何処に
も異常はない人間だ。
彼の情報は、記憶回路のフォルダの中に、一番最初から付けられていた。
カトゥー。
私の創造主。
創造主と言ってしまうと、人間の中では一神教の神を示してしまう為、この場合は製作者と言っ
たほうが良いだろう。
ひとまず彼の方に近づくと、彼は屈み込んで私の視覚センサを覗き込んだ。
「僕の声がわかるかい?僕の名前はカトゥーだ。ええっと……。」
彼の声は聞こえているから、聴覚センサはグリーンだ。彼の名前は既に知っているのだが、念の
為に再入力しておく。
おはよう、と朗らかに対人間用の挨拶を私にするカトゥーを見上げると、彼は少し間をおいて、
人間が考え込む時にする行動の一つ、首を傾げるといった仕草を見せた。
「あ、そうか!まだ名前がなかったね。」
そうしてから、今度は顎に手を当てるという考える仕草を見せる。
彼がそうしている間に、私は素早く周囲をスキャンし、状況を把握していた。
私が現在いる場所は貨物宇宙船『コギトエルゴスム』。乗船者はカトゥーを含め6名。うち6人
が船員であり、1名が乗客だ。カトゥーは技術者としてこの船に乗っている。そして、この船には
6名の人間以外に、1体の生命体が積み込まれている。その生命体の詳細を探ろうと、検索をかけ
たところで、カトゥーが口を開いた。
「そうだな………丸いから………コロ!」
そう叫んだ言葉を、私はすぐさま自分の名称として入力する。が、すぐにカトゥーはそれを打ち
消した。
犬じゃないとかいう呟きを拾い上げれば、すぐさまコロという名前は95%が犬に付けられる名
であると判明する。
「それじゃ丸いけど、いっその事、逆に……キューブ!」
その言葉を私は自分の名称として再入力する。しかしカトゥーはそれをもう一度打ち消そうかど
うか迷っている素振りを見せていた。
やがて彼は小さく溜め息を吐いて、歩きながら考えよう、と呟いた。
そして、自分についてくるようにという命令を入力する。それを受けた私は、カトゥーの歩く方
向へと歩行した。歩行動作については既に確認済みであったので、問題はなかった。
カトゥーの後に従ってが歩く間にも、私は周囲のスキャンを続ける。部屋を出る際に、私と同型
の機械が何の反応もないまま佇んでいるのを確認した後、船内の図面を検索し、アクセスする。現
在、自分が何処にいるのかを、そしてカトゥーが何処にいるのかを予測する為に。
灰色の壁が剥き出しになっている通路の奥には、この船内の機械系統を全て管理する端末が置い
てあるようだ。その端末を管理するメイン・コンピュータ――所謂マザー・コンピュータが設置さ
れている。カトゥーは、そのコンピュータの元に行くようだ。
この船内の部屋には全てロックが掛かっており、それらは乗船者として登録しているものしか外
す事ができない。カトゥーは、私を登録するつもりなのだろう。
彼は端末室へと入り、中央にある装置――メイン・コンピュータに触れると、私の時と同じよう
に音声入力を開始した。
「おはよう!乗員登録を頼む。」
『おはようございます、カトゥーさん。ご用件は確かに承りました。』
カトゥーの声の後、即座に滑らかな女性を模した機械音声が響いた。その発生源は、コンピュー
タの横にあるスピーカーから。そして、『彼女』はメイン・モニタに自分の『人間の姿』を映し出
した。白い髪を長く伸ばした、まだ20代前半を思わせる女性を『彼女』は模している。
『彼女』は人間で言うところの『笑み』を浮かべて、私に言った。
『こんにちは。私はこの船のメイン・コンピュータです。皆は『マザーCOM』と呼んでいます。
私は、貴方の製作過程をずっと見守ってきましたから、貴方の事はよく知っています。仲間同士
仲良くしましょうね。』
完全な発音を保った音声は、何処か笑みさえ含んで聞こえる。しかし、それでも自らの画像を立
体映像とするほどの機能はないらしく、『彼女』はモニタの中で微笑むだけだった。
音声を発しながら私に接続し私を登録する彼女に対し、私は自然動作として彼女に対して検索を
かける。そして、そう多くはない私の記録の中で、一致したとして一瞬検索が止まりそうになった。
が、それは私が誤作動かと認識する直前で再び開始される。
だが、再び開始して全て検索する前に、カトゥーが私に命令を下した。現在、私の最優先事項は
カトゥーとなっているため、私はマザーに対する検索よりも、カトゥーの命令を優先する事になる。
「キューブ。今度は自分でついて来るんだ。このフロアの何処に僕がいるか探してごらん。」
出ていく彼を視覚センサで追いかけ、私は先程の誤作動に近い停止を精査する事を中断し、カト
ゥーの足跡を走査しながら、彼のいる場所へと向かった。