マッドが、ぎろりとサンダウンを睨みつけている。その視線たるや、まるで親の仇でも見るかの
 よう。
  そう思って、気付いた。
  といか、そもそもマッドは敵だ。サンダウンが賞金首である以上、賞金稼ぎであるマッドは、当
 然ながら敵だ。しかも、好敵手なんて可愛らしいものではなく、命の奪い合いをするような、血腥
 いものだ。
  だから、マッドが、眉間に皺を寄せて、物凄く眼付きの悪い表情で、サンダウンを睨みつけたと
 しても、それを咎め立てする立場にサンダウンはない。
  しかし、それでも。
  マッドの黒い眼が、恨めしげにサンダウンを見つめる。その視線に、酷く居心地が悪いものを感
 じる。それどころか、気分が沈んだような気持ちになるのは、何故だ。




  Ifrit





 「てめぇなんか、馬に蹴られて死んじまえ。」

  睨みつけるマッドが、唸るようにそう吐き捨てた。
  突然過ぎる賞金稼ぎの不機嫌と、その不機嫌から生み出されたらしい言葉に、サンダウンは何と
 言って良いのか分からない。
  普段から、マッドに怒鳴られる事は多く、それ故に慣れているが、しかし怒鳴り声と共に吐き出
 される言葉は何処か気取ったようなものが多く、マッド自身も何となくその遣り取りを楽しんでい
 るふうがあった。
  しかし、今マッドが吐き捨てた台詞は、いつものマッドからはおおよそ想像もつかないような、
 何となく子供っぽい、要するに何の奇を衒ったわけでもない言葉で、サンダウンは反応に困った。
  馬に蹴られて死ね、と言われて、はいそうですか、と返すわけにもいかず、かと言ってそんな事
 を言った理由を問いただせるほど、自分達は深い仲でもない。
  だから、結局いつもの通り、サンダウンは無言でマッドを見るだけに留まる。
  しかし、困惑が焦りに移り変わるのに、そうは時間は掛からなかった。普段とは口調やら扱う言
 葉が違うとはいえ、基本的にお喋り機能が搭載されている賞金稼ぎは、べらべらと口を動かすのは
 普段通りだった。そして、その次に発した言葉で、サンダウンはかつてない焦りを感じる事となっ
 た。

 「もう、てめぇの事なんか信用しねぇからな。」

  うろたえた。
  本気で、うろたえた。
  何故、そんなにうろたえたのか、サンダウンにも分からない。マッドに信用されようがされまい
 が、そんな事はどうだって良い事だろう、と自分に言い聞かせるものの、腹の底で広がっていくの
 は紛れも無く焦燥だ。なんとかしてマッドからの信頼を取り戻さなくては、という、意味のない義
 務感が湧き起こってくる。
  マッドが、ふい、と眼を逸らす。その仕草にも、内心で大慌てだった。
  念の為に、もう一度言っておくが、マッドがサンダウンを信用しようがしまいが、サンダウンに
 は何一つとして関係のない話である。そもそも賞金首と賞金稼ぎという関係を鑑みるに、自分達に
 とって信用とは一番程遠い関係性だと思うのだ。賞金首が銃を持たない賞金稼ぎを撃ち落としても
 それは当然の帰結であるし、逆に賞金稼ぎが賞金首を罠にかけて落とし入れようとも咎めは一切あ
 りはしない。
  そんな関係の、何処に信用や信頼の文字が躍ると言うのか。現に、サンダウンとて賞金稼ぎや賞
 金首の、悪どい罠には何度も相対してきたではないか。
  それに。
  それに、だ。
  よくよく考えれば、マッドがこれでサンダウンを追いかけなくなる事に繋がれば、マッドに自分
 を追いかける事を諦めさせようとしているサンダウンにしてみれば万々歳である。若いマッドに、
 老い先短い自分の相手をさせるなど、とんでもない事だと、ずっと思っていたのだ。これで、マッ
 ドがサンダウンに興味をなくすというのなら、それはそれで良い事だ。
  しかし、サンダウンの一番奥底にある心中は、サンダウンのそんな浅い考えを嘲笑っているよう
 だ。
  何故か、眼の前の黒い賞金稼ぎに信用されないと言われる事が、骨身に滲みるほど堪える。
    そんな事する必要ない、と思いつつも、何故そんな事を言うのかと問い詰めたくなる。逸らした視
 線をこちらに向け直させたくなる。

 「は、てめぇなんぞ、どこぞの賞金稼ぎと宜しくやってろよ。そいつらと、幾らでも撃ち合って、
  好きなだけ血でも流せばいい。」

  少しだけ、マッドの口調が元に戻ったような気がする。言葉の節々に、気取ったものが垣間見ら
 れる。
  が、そんな事に安堵するほど、サンダウンは世間を甘く見てはいない。尤も、賞金稼ぎの機嫌の
 事など、別に甘く見ようが何しようがどうでも良い事なのだが。しかし、マッドの言葉には幾つか
 気になる点があった、と冷静に考えるサンダウンは、多分自分で思っているほどに冷静ではなかっ
 たに違いない。でなければ、本気で賞金稼ぎの機嫌を直そうと考えるはずがないのだ。
  ただし、それを突っ込む者は、この広い荒野のど真ん中では、誰もいない。
  この場にいるのは、マッドの信用を失って、焦っている賞金首だけである。

 「………どういう事だ。」

  止せば良いのに、サンダウンは問い質してしまった。
  マッドの事を考えるのなら、サンダウンはこの場で何も言わずに立ち去って、二度とマッドの前
 に現れるべきではないのだ。
  けれども、基本的に狡賢く身勝手なサンダウンは、若い賞金稼ぎが自分の前から消え去っていく
 事に焦燥を感じ、浅ましくも引き止めようとしている。そして、サンダウンの目論見通り、マッド
 は視線をサンダウンへと転じる。未だに睨みつけてはいるものの、その黒い視界に、一応はサンダ
 ウンが映っているようだ。
  そして、ぎりぎりと歯ぎしりしそうな声で、マッドは苦々しく呟く。

 「てめぇこそ、どういうつもりだ。俺は殺さねぇ癖に、あんな糞ガキは殺すってのか。」

  何を言われたのか、分からなかった。
  が、そんなサンダウンを置き去りに、マッドは苦々しい声を回転させる。

 「なあ、俺は、どんだけ何を言っても殺らねぇよな。その癖、あんな、女をとっかえひっかえして、
  賞金首の生首引き摺って喜んでるような糞ガキは殺るってのかよ。俺は、あのガキ以下だっての
  か。あのガキに限った話じゃねぇ。てめぇ、普通に賞金稼ぎは殺してるだろうが。なのに、なん
  で俺だけ。」

  殺す価値もねぇってのか。
  喉に何か詰まったような声だと思った。これが、子供だったなら、泣き声だと思ったかもしれな
 い。けれども、勿論、マッドは泣いてなどいない。だが、慰めの、もしくは言い訳の言葉は必要だ
 ろう。
  だが、一体何を言えば良いのか。
  背中を預けている時、紛れも無く命の危険を感じる事無く、安心するのはお前だけだと言ったと
 ころで何になるのか。
  こちらが眼を逸らした瞬間に嘲笑いながら銃を向けてくる輩は、当然の事ながら地に伏せてきた。
 それをしないのは、背を向けている時は絶対に安全だと言い切れるからだと、そういう存在を消し
 たくないのだと。
  そう言ったところで、何も変わらないのは眼に見えている。
  怒りよりも、悄然とした気配が強くなったマッドを見て、サンダウンはどうしたものかと、立ち
 尽くした。