青年は、その日、薄汚れた男を見つけた。
  その姿を見て、元来綺麗好きな青年は、眉を顰める。手配書を見た時も小汚いおっさんだと思っ
 たが、実際に本物を見てみると、いっそう汚く見える。こういうのを事実は小説よりも奇なりと言
 うのだろうかと、明らかに間違った事を考える。
  そして、こんな小汚いおっさんが、5000ドルの賞金首だなんて。
  一体何を仕出かしたら、こんな薄汚いおっさんが、5000ドルの賞金をその首に懸けられるのだろ
 う。
  擦り切れて一体いつ洗濯したのか分からないポンチョ。染みだらけの型崩れしそうな帽子。履き
 古したどころか履き潰れたと言っても過言ではないブーツ。それらの隙間から見える髪と髭はくす
 んだ砂色。しかもなんだかべっとりしてそうだ。
  ただ、嵌めこまれた眼だけが、この荒野の空のように高く青い。
  確かに、あの眼だけならば、5000ドルの価値はあるのかもしれない。あの眼が、サファイアなど
 の宝石だったなら、の話だ。
  そういう銅像・石像だったなら、5000ドルという価値にも頷くのだが。
  如何せん、眼の前のおっさんは、もぞもぞと動いている。だから、あの眼は如何に空のような青
 であっても、何の価値もない。
  ただ、ここまで小汚いおっさんは珍しいから、もしかしたらそういう希少性で価値を上げている
 のかもしれない。
  需要は、非常に少ないが。




  綴れ咲く





 「サンダウン・キッドだな。」

  出来る限り、小汚い姿を視界に映さないように、賞金首の名前を呼ぶ青年。どう見ても、関わり
 合いたくないという青年の様子に、名前を呼ばれた薄汚い賞金首は、のっそりと振り返る。そして、
 ちらりと青年を見ると、すぐに視線を逸らして、再びのそのそと歩き始めた。

 「おい!てめぇ!無視すんなよ!」

  あからさまに無視した様子の賞金首に、青年は自分も眼を合わせていないという事実を棚に上げ
 て、吠える。そして、のそのそ歩くおっさんを追いかけ、くるりとその前に回り込む。

 「この俺様を無視しようなんざ、良い度胸じゃねぇか!」

  普段ならば、こんな小汚いおっさんになど関わり合いたくない。むしろ無視してくれても良いく
 らいなのだが。しかし青年にとってこれは仕事。しかも自分の名声と、恋の相手との行方がかかっ
 た決闘なのである。
  このおっさんを撃ち取って、名声を上げ、惚れた相手に自分の名を届けなくては。
  そんな理由で撃ち取られるおっさんも、憐れと言えば憐れではあるが。
  しかし青年は大真面目だ。なにせ、大真面目に、金髪碧眼という情報だけを頼りに惚れた男を捜
 しに荒野にやってきたのだ。むろん、今も真面目中の真面目だ。
  真面目な青年の顔を、うっそりと概ね茶色い男は見やり、一応、声を掛けた。

 「………何の用だ。」

  ようやく返ってきた声に、青年は少しばかり安堵し、真面目な表情を崩して口角を持ち上げる。

 「何の用だ?てめぇ、自分の立場くらい分かってんじゃねぇのか?ええ?5000ドルの賞金首さんよ。
  それとも、この俺が誰だか分かってねぇってのか?」
 「賞金稼ぎのマッド・ドッグだろう?」

  一文字違わず自分の通り名を言い当ててみせた男に、マッドと狂気の名で呼ばれた青年は口を尖
 らせた。

 「なんだよ。知ってんなら最初から無視すんなよ。」
 「…………。」

  何故、賞金首が賞金稼ぎに自ら関わりに行かなくてはならないのか。そういった突っ込みをする
 人間は、このだだっ広い荒野の何処にもいはしない。そして、賞金首も、もちろん賞金稼ぎに突っ
 込みを入れる義理は何処にもない。

 「とにかく、あんたは此処で、俺の踏み台になるんだ!」
 「踏み台…………。」

  一瞬、青年がおっさんを踏みつけている映像が脳裏を過ぎったが、そんな事を想像している場合
 ではない。青年は腰に帯びた銃に手を伸ばしている。その、良く慣れた素早い動きを眼で追う賞金
 首は、けれどもそれよりも素早い動きで、自らも腰に帯びた銀の銃を抜き放っている。
  そして、青年に狙点を合わせて、微かに迷った。
  迷うだけの時間があった事のほうが驚きではあるが、とにかく賞金首は、青年の何処を撃ち抜く
 かを迷ったのだ。
  白い額、胸は論外だ。肩、脚も避けたい。腕、手も駄目だろう。大体、この青年の身体の一部を
 僅かでも持っていけば、間違いなく賞金稼ぎ仲間や娼婦達から報復を受ける。そんな事は、昔から
 分かっている事だ。
  彼が、あの町に来た時から。
  この青年に、傷をつけるなど。
  だとすれば。
  そうこうしているうちに、青年の動きが賞金首に追いついた。もはや、これ以上の葛藤は許され
 ない。だから、賞金首は青年の指が引き金に掛かるより前に、真鍮の銃から鉛玉を吐き出した。

 「………っ!」

  青年の端正な表情が、はっきりと苦痛に歪んだ。悲鳴を上げなかっただけ、大したものだと思う。
 如何に、銃のみを撃ち抜かれたとはいえ、銃を持っていた腕も相当の圧を受けただろうに。
  子供だったなら、泣き叫んでいてもおかしくない。

    「てめぇ……!」

  唸り声が低くなった。まるで獣の出す威嚇音のような、最低重量音。巻き上がる気炎は、小物な
 らば口から泡を吹いて逃げ出す程、激しい。
  だが、5000ドルの賞金首には到底届かない。
  黙って青年を見下ろせば、唸る青年の身体から、憤りが炎のように大きくなったり小さくなった
 りしている。まるで、噴き上げる怒りを自分の中へ中へと押し込めていっているよう。或いは、そ
 の怒りは自分自身に対するものだろうか。

   「何の真似だよ、これは、ああ?!」
 「……何がだ?」
 「なんで殺さねぇんだ!決闘なんだぞ、これは!」
 「……死にたいのか?」
 「んなわけあるか!俺はこんなとこで死ぬ気なんか、これっぽっちもないんだからな!」

  バンバンと砂を叩きながら主張する青年に、どっちなんだ、と思う。

    「ちくしょう!すかした顔しやがって!薄汚れたおっさんのくせに!」

  子供のようにジタバタとする青年は、むくりと立ち上がると、賞金首に近付いてくる。

 「おい、もう一回だ。」
 「………何がだ?」
 「もう一回決闘するんだ!」
 「…………。」

  子供のよう、ではなく、完全に子供のそれだ。
  決闘を、何度もするとは一体何事か。しかも同じ相手と。しかも、たった今したばっかりだ。
  呆れて、口籠る賞金首に対して、賞金稼ぎは堂々と決闘を再申し込みする。

 「いいじゃねぇか!どうせ暇なんだろ!」
 「………暇。」
 「違うってのかよ。」

  むろん、流れ者の賞金首に、その言葉を否定する言葉は持ち合わせていない。
  だが、一日に何度も決闘をするのも如何なものか。

 「……別に、私でなくとも良いだろう。」

  1000ドルの賞金首を5人捕まえれば、5000ドルには追いつく。
  だがそれは、青年の望みを叶える方法にはならない。

 「別に、金が欲しくてあんたを撃ち取ろうってわけじゃねぇよ!俺は、名前を上げたいんだよ!あ
  いつに………!」

  言い掛けて、ぴたりと青年の口が閉じた。この先は、青年の惚れた腫れたの話である。青年の中
 に、何故このおっさんに自分の惚れた相手の事を話さねばならないのかという思いが去来しても、
 不思議はない。
  別に、恥じらっているわけではないが。

    「とにかく、あんたじゃないと、駄目なんだ!」

  聞きようによっては、甘く響く言葉ではあった。
  本心はともかく。
  そのはずだった。