「いざ、新天地へ。」
少しおどけたような口調で青年は言って、やってきた時と同じように、ひらひらと旅立っていっ
た。
いや、青年にしてみれば、旅立ったと言うよりも、新しい狩り場を求めて行ったというほうが正
しいのだろう。或いは、捜し人を本格的に捜し始めたか。
けれども、残された側にしてみれば、それは苦痛の始まりでしかない。
今まで、雪崩れ込むならず者共を、その寸でで止めていた賞金稼ぎが去っていくのだ。新しい猟
場を求めて、自分の縄張りを増やす為に。この町は青年が去っても青年の縄張りである事に間違い
はないだろうが、今まで通りの恩恵に預かる事は出来ないだろう。
青年はまだ幼い。
確かに賞金稼ぎとしての腕は立つようだが、けれども荒野の無法者がその名を聞いただけで恐れ
慄くほど、名は馳せていない。
だから、青年が消えた後の町は、再び無法者達に奪われる。
けれども、誰もその事に気付いていないのだ。
血を呼び込む撒餌である、保安官以外には。
意気揚々と馬に跨って脇を通り過ぎる黒髪の青年を肩越しに振り返りながら、保安官はそれでも
青年を引き止めて、これから来る破綻を先延ばしにしようとは考えなかった。
憂迫
新しい町に辿り着いて馬を降りた青年は、ふらふらと酒場を覗きこんでみる。
酒場には、市場と同じくらい色んな人間が訪れる。そして、そこに集まる噂話は、市場で聞ける
噂話よりも少しばかりきな臭い。市場で聞ける話が浅くて広いものだというのなら、酒場で聞ける
話は狭くて深い。
賞金稼ぎになってから、こうした噂話には逐一耳を傾ける事にしている。
それは、仕事上、馬鹿を見ない為にもどうしても必要であるという理由もあるが、本音は何処か
に捜し人の噂が転がっていないかという薄い期待があるからだ。
勿論、すぐに見つかるだなんて事は考えていない。
何度も、誰からも言われているように、金髪碧眼なんて、何処にでもあるような特徴だ。そんな
男は、捜せばすぐに見つかるだろう。そんな中から、自分の捜している人間だけを掬い上げるなん
て、砂を一粒拾い上げる事程ではないかもしれないが、困難だろうとは思う。
それでも、探し当てる自信はあった。
その自信が何処から出てくるのか、それは青年本人にも良く分からない。ただ、探せば見つかる
だろうという安易な考えのもと、彼は動いている。
ただ、彼とて、まさか本気で逢った瞬間に魂の形で分かるだなんて、夢のような事は思っていな
い。だから、賞金稼ぎの傍ら、情報を集めているのだ。そして彼は、自分を助けてくれた男が、こ
の西部で成功しているとも考えていなかった。むしろ、落ちぶれている事だって考えていた。だか
ら、賞金首の手配書の中にも、金髪碧眼の姿を捜しているのだ。
誰も、知らないだろう。
賞金首の情報を精査するのが、実は惚れた男の足跡が何処かに落ちていないかを辿る為だなんて。
名を馳せて、荒野の端から端にまで名前が轟くようにと、片端から賞金首を捕えているのが、何処
かで相手が自分を見つけてくれないだろうかと考えているからだなんて。
誰かが聞けば、馬鹿馬鹿しいと嘲笑うような、もしくは呆れかえってしまうような理由。
だが、青年は本気だし、大真面目だ。
「……それくらい、惚れてんだぜ。」
手配書を捲りながら、何処にいるとも分からない相手に、ぼそりと告げる。
町に辿り着くたびに、町の住民票を確認して、やってくる行商達の話を聞いて、酒場で賞金首や
無法者の噂話を確認して、指名手配書を捲るくらいに。
墓場に埋もれた人間の生前の事を、いちいち調べ上げるほどに。
それが、決して無意味な事ではないと考えているから、余計に笑えてくる。それでも、青年は本
気だ。
行きゆく先で気炎を上げ、盛大に吠えたてて、大騒ぎを起こして、自分の名前を知らしめて、自
分は此処にいるのだと叫び続ける。
きっと、見つけるまで、見つけられるまで、この行進は止まらない。
此処に来てから、此処に来るまでも、何人もの女を抱いて、色んな女と男に色眼を使われてきた
けれども、結局そこまでして逢いたいと思う人間など、あの男以外にいないのだ。
「さっさと出て来いよ。じゃなきゃ、見つけろよ。」
むっつりとした声で呟き、面倒臭そうに手配書を捲り続ける。
賞金首は大勢いる。けれども、青年の名があの男に届くには、まだまだ届かない。これだけ食い
散らかしても、ちっともあの男には届いていてない。
これじゃあ駄目だ、と青年は思う。
このまま、小物ばかり食い散らかしていても、それでは名前は響かない。もっともっと、大量に、
大きな獲物を捕まえなくては。
手が届かない賞金首に手を出して、地に沈む、なんて事は青年の頭からは弾き出されている。そ
んなヘマは簡単にしたりしない事は分かっていたし、そんなヘマを仕出かして、本当に求めている
相手に届く前に倒れるなんて事は、ごめんだった。
ただ、小物ばかり食い散らかしていた顎に、分相応の獲物を叩きこむだけの話だ。
そう考えて、青年は脈絡なく捲っていた手配書の手を止め、一旦最初に戻り、再び捲り始める。
ただし、今度はきちんと何かを求める手つきで。
その日から、青年は1000ドル台の大物を狙うようになった。
時には単身で、時には大勢で。
無茶をしすぎて、その身に怪我を負う事も稀にあったが、それ以外は概ね問題なく狩りを続けて
いた。点々と町を移動しながら、賞金首を噛み砕いて、機嫌が悪い時は性質の悪い賞金稼ぎも撃ち
砕いて。
そうして、徐々に青年の名前は西部の大地の染みわたっていった。
賞金首という賞金首を食い散らかしていく、飽食の獣として。或いは、卑劣な手を使っては法の
内側で胡坐をかいている賞金稼ぎを撃ち取る鉄鎚として。
苛烈で、けれども冷然として、果たしてどちらが青年の内側であるのか、全く分からない。ただ、
狙われた相手は確実に仕留められる事と、その激し過ぎる感情の差に、最終的に彼には正義の名も
悪魔の名も与えられなかった。
彼に与えられたのは、狂気の冠だけだった。
その冠に、青年は特に気に入った様子も、不服な様子も見せなかった。
ただ、彼が歯噛みする事と言えば、名が轟いても、未だに捜し出す事が出来ない男についてだけ
だった。
まだ、届かない。
1000ドルの賞金首を並べ立てても、足りないというのか。1000ドルでは安いというのか。
少し不機嫌な青年は、そうやって狩っていく賞金首の金額を、吊り上げていく。1000ドルから、
2000ドルに。2000ドルから3000ドルに。
そうして、最後に残った手配書に手を掛けた。
「5000ドルか。悪くねぇな。」